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エンカウント 4

 明署に着くと、新山は春野にロビーで待つように告げる。


「すまない。春野さん、後で話そう。時間は……」

「はい。おかまいなく」


 新山は渋い顔で片合掌すると、国崎の背中に手を沿えて奥へと向う。暗い廊下の突き当たりにある古いドアを開け、三十畳ほどのだだっ広い部屋に国崎を押し出す。


 ホワイトボードに貼り付けられた資料、折り畳み式の机と椅子、無線機とマイク、そして高圧的な目で睨んでくる警察官達。

 良くドラマでみる光景だ、と国崎はぼんやりした意識で思った。ただ、偉そうな位置に座って睨んでいる、小柄な女性だけが強烈な違和感を放っている。


「それが目撃者?」

「はい副本部長。これがその――」

「人見でいいよ。わけわからんくなるし」

「は、了解です」


 グローブのような新山の厚い手が背中を離れると、国崎は急に不安になった。人見と名乗った女性は面倒くさそうに近くのテーブルへと移る。


「国崎さん、座って。ええと、状況はわかってると思うけど……わかってるよね?」

「はい、大体は」

「あなたは二つの事件についてかなりの情報を持ってる可能性があります。原田親子失踪と、庄野二郎殺害事件。そしてこの二つには関連があると見るのが妥当だと思う。したがって、あなた自身の安全を確保するって意味と捜査に協力してもらいたいという要望で署内に留まってもらいたいの。無論、行動を制約する意図は有りません。同意してもらえるならっばってことね。どう?」

「……はい」


 人見はそっけなく丸い目を逸らすと、すぐイヤフォンを付け、無線のマイクへ向かった。


「では、新山さん頼みます。――本部人見より高見沢警部補。庄野宅に向かって。それから奥田巡査部長を――そうよ、当たり前でしょ」


 新山のごつい手が肩にのせられると、こっちへ、と促される。そのまま部屋の奥へと進み、軋むパイプ椅子へ座る。


「なんか飲むか。店じゃあ飲み損ねたしな」


 新山がコーヒーのポットやジュースの缶が雑に乗っているテーブルを指差す。国崎はただ首を振って断った。

 じゃあ、と新山はクリップで綴じてある書類を一部手に取るとそれを読み上げ始めた。


「まず庄野二郎さんの件だが。庄野さんの恋人、というか愛人、まあ現場を見てた人の証言だ。身長約百六十センチ、痩せ型。チェックのワンピースに明るい黄色のカーディガンを羽織ったショートボブの女性、推定年齢二十代前半。が、一階の窓ガラスを割り庄野宅に侵入。階段を登り二階の部屋で出社の準備をしていた庄野二郎氏を凶器で切りつけ殺害。そのまま逃走。ってことのようだ。体型、服装とかはどうだ?」

「確かに。紺のチェック柄は持ってました。背格好も合ってますけど、そんなの証拠にならないでしょう」

「そうだな。それで、犯人は何も言わず笑いながらベッドルームに押し入り、二郎氏を後ろから左手で押さえつけながら、と、ある。二郎氏は百七十八センチ、八十五キロだ。仮に琴美が犯行に及んだんだとして、腕一本で大の男を押さえつけられると思うかね」

「そんなの俺だって無理ですよ。武道をやってたなんて聞いたことも無いし、趣味は映画や音楽だし」

「そうだな。ここは俺もよくわからんな。じゃあすまんが、彼女の写真があれば一枚欲しいんだが」


 新山は困り果てたような笑顔で遠慮がちに手を差し出してくる。パンツに付いている外腿のポケットに携帯の重みが在るのを瞬時に確認したが、国崎はそれを取り出さなかった。


「あ。春野さんの車に携帯置きっぱなしだ」


 一瞬、肝を冷やしたが、新山は意外とあっさりそうかと納得した。そこへ、人見と呼ばれていた偉そうな女警官が歩み寄り、新山に無言でクリアファイルを渡すと、そのまま席に戻ってゆく。その資料を手に取った新山は、暫く無言でそれを見つめていたが、やがて一つ溜息をつき口を開いた。


「それで、事故後、子供は――ええと、原田美月か――どうなった?」

「家は留守のようだったし、琴美ちゃんの部屋に連れて行って」

「それで?」

「ココア飲ませて、ご飯も食べさせて……それで、あの」

「うん、どうした?」

「あの、ええと」


 国崎は必死に記憶を辿るが、断片的な映像が蘇るばかりで一貫した記憶が出てこないことに改めて慌てる。まるで夢のようだ、と呟いた自分の言葉を見つけ背筋が震えた。


「怖いほどに、記憶が……混乱して……」

「多分我々が通報とソーシャルワーカーからの連絡を元に原田家を調べていた時、君はその少女と一緒に居たんだろうが。あの家の風呂場からは大量の血液反応が出た。最近の科学捜査ってやつは水で流した程度じゃ騙せないんだよ」

「それは。どういうこと?」


 新山は椅子を引き寄せながら顔を国崎に近づけると、しゃがれた小声で言った。


「免許の無い満与や子供では運転出来ない車を転がしてあそこまで持っていく奴は高確率で清子しかありえない。ばあさんが死んでない以上、血の持ち主だった人間は美月だって推測が一番簡単だ。そしてこの、今出た鑑定結果でそれはほぼ確定した。とても助からない量の血をぶちまけた後、美月は琴美の家でココアやら飯を美味しく頂いたってことか?」

「……でも、俺確かに、その……」

「国崎君。ここは考えどころだ」


 突然黒いビニール袋が記憶の彼方から蘇ってくる。

 トランクから放りだされ、所々が破れていたが、何重にも重ねてあるらしく破れ目からも黒い袋だけが覗いている。硬く結ばれた袋の端が強風に煽られざわざわと靡いていた。

 国崎は胃の辺りを押さえる。


「いいか、国崎君。都合の悪いところは聞かれたからって必ずしも言わなくていいんだ。ほら、ドラマなんかでよくあるだろ、あなたには黙秘権があるってやつ。それに記憶もはっきりはしてないんだろう? 土居琴美は警察が組織を挙げて探し出す」

「はい。でも……」

「俺は結構カンがいいほうなんだ。経験的に。君はどうみても何もしていない。最初にあった時からそれはわかってるんだよ。でもしがない下っ端公務員でもある」


 言いながら新山は、軽く顎と目線で人見を指す。


「なんというか。ありがとうございます。でも琴美ちゃんだって……」

「なにもしてないならそれで良し。君が今出来る最善は、余計なことはせず我々に任せる、ってことだと思うがな」


 新山は背もたれに体を預けると、取ってこいと囁き親指でドアを指した。 国崎は力の抜けた足を踏ん張り、よろよろと立ちあがると冷たいドアノブを回した。

 メールを打っていた春野は、幽霊のように表情を無くした国崎に気がつくと、駆け寄ってその顔を覗き込む。


「国崎さん。ちょっと。大丈夫?」

「琴美ちゃんの写真をくれって言われたんだけど。携帯が春野さんの車だって言ったら取って来いって」

「あ、そうだった? じゃ行きましょう。――なんか聞かれた?」

「ああ、庄野の家に押し入った女の服装や背格好が琴美ちゃんに似てないかって」

「で?」

「確かに琴美ちゃんが持ってた服のようだったし、身長とかもそれらしかった。そう言った」

「そっか、どっちにしても琴美さんは全力で警察に捜索されるか。写真は素直に渡すしか無いね」

「俺、混乱しちゃって。……スマホはここにある」

「ねえ。ヤバイ感じ?」

「うん、俺もかなり……」


 それきり口を噤んだ国崎に春野はかける言葉も見つからず、ただ並んで歩いた。さっきまでの晴天が嘘のように空は厚い雲が覆っている。気温も下がり風も少し強まった気がした。鉛のような重苦しい雰囲気を発散させる彼にはどうでも良いだろうなと思い直し天気の話は飲み込んだ。


「そお言えば、今夜は荒れるって言ってたな」


 助手席のドアを開いて突っ立ったまま、国崎は空を見上げてぼそりと言う。


「琴美ちゃん、どこに居るんだろう」


 国崎の頬に雨粒が一つ落ちた。 



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