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人見 2

 明市警察署に入り署長室の前に立つと、人見は丸く大きな目をやや細め、穏やかな表情を作ると、ドアをノックした。

 警察官にしては柔和な雰囲気の署長も、それを笑顔で迎えお疲れと言葉を添える。


「人見警部、お話は本部から聞いている」

「申し訳ありません、お邪魔いたします」

「いや、事が事だけに準備が良いのは助かる」


 肉付きの良い頬を再び、ぐっと引き署長は笑ってみせる。


「本件の情報だけ事前に貰ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。自由にやってくれ。――ひとつ進展があってね」

「といいますと」

「車から出た血痕は清子のものだった」

「やはり、ですか」

「ああ。いま全力で親子の足取りを追っている。世話になるのもそうは遠くないだろう。ご存知の通り、原田と土居は柔和グループの工場誘致以来一触即発の状態が続いている。本件もそういった事情に巻き込まれる懸念が拭い去れない。特に旧家で人望もある土居方には支持者が多い。行動には十分な注意が必要だ」


 直立不動のまま、奥田が口を開いた。


「ひとつよろしいでしょうか?」

「うん」

「本件は土居家過激派の犯行という線が強いということでしょうか?」

「そうだ。だが確定では無い。清子とその子供の関係も噂されている。君らもまず現場を見てくれ。署の者を付けよう。空いている車両は自由に使ってくれていい」

「ありがとうございます。人見以下二名、お言葉に甘え自由行動とさせて頂きます。失礼します」


 署長室から出ると、また人見の表情は鋭く変わってゆく。薄い唇にシガレッポを咥え直すと少し背を丸めてずんずんと歩みを進める。


「高見沢さんはとりあえず土居家に張り付いて動向を監視してちょうだい。地元の署員から情報取りつつね。奥田、お前は一緒に来て」


 高見沢の大きな背中を見送ると、人見は奥田を伴って、こちらに手を上げている警察官の元へと向かった。


「ひとみー警部でありますかあー?」


 背の低い初老の私服警官が車の前で声を張り上げ、そのまま視線を落としてコートの埃を払い始める。


「はい人見です。こっちは奥田巡査部長」

「新山です。警部補の。よろしくお願いします」

「まず、現場を見にいきたいんですが」

「はい任されてます。運転しますね」


 新山のあまり滑らかとは言えない運転に、人見は後部座席で不機嫌な咳払いをして、事件のファイルを捲った。


「こっちには来たことありますかね? 警部」

「ええ。でもあまり土地勘は無いかなあ」

「お茶でも先に?」

「いや」

「そうですか。見ての通り南北を山地に囲まれていて出口が小さい、閉鎖的な土地でしてね。人も否応無くそんな風になっていきますな。ああ、細い峠道が一本南にありますが」

「そんなもんなんですかねえ」

「そうなんだよ、奥田君。君は若いからまだわからんか……幾つ?」

「は、二十五歳です」

「そう、いいなあ、前途洋洋だなあ」


 大らかな笑い声に人見の咳払いが激しく絡むと、新山は驚いた顔を奥田に向けて見せた。


「ああ、すいません。――でね。現場からの清子や子供の足取りがさっぱり掴めんのですよ。出血量からみて大怪我は確実だ。現場は何も無いとこなんですけど、五百メートルほどでバイパスのガススタンドやコンビニにたどり着ける。でも行った形跡もない。まさか自分で墓穴掘って飛び込んだ訳でもないでしょうに。後、事故車の後ろに別のブレーキ痕がありましてね。まあ匿名通報者の車かと思うんですけど」

「ほんと?」

「はい。その車が何らかの攻撃をして事故を引き起こしたって痕跡も無いんです、追突とかね。ただ前の車の事故を回避したようにしか」

「その車が特定できれば、事故の様子はわかりそうですね警部」


 奥田の言葉に人見は返答せず、宙を見つめてシガレッポを咥えていた。奥田は仕方なく新山に向き直ると質問をする。


「そもそも、土居と原田の対立ってのはどういう発端ですか? 工場用地を巡っての争いだっていうはわかっていますけども……」

「ああ、そりゃ話せば長いよ奥田君。まあかい摘んで言えば、予定地の外れにあった首塚なんだがね」

「首塚ですか?」

「そう、栃姫の首塚。知らないかな。ここじゃあ将門より怖いって言われてるんだけど」

「ああ、聞いたことはあります。でも、今もありますよね」

「そう十五メートルほど移動したんだよ。でも、その周りの林やなんかまでひっくるめての伝承だからねえ」

「なるほど。そういうことなのか」

「南北朝とか室町幕府とかその辺の話でね。ここは戦が多かったらしくて、戦乱の最中、ここを治めていた豪族の頭が討ち死にしたらしいんだ。その家には姫しか子供が居なくて、女当主としてその栃姫が立ったって訳。これが滅法戦上手で、攻め寄せる軍勢を何度も撃退したそうだ。でもまあよくある話でね。女がそんなに強いのは魔物か何かだと、近隣の豪族のみならず、家中からも恐れられはじめて、裏切りで殺されたってお話」

「ああ、ジャンヌダルクみたいだな」

「そうだね。よほど恐れられてたんだろう。呼応して攻め入った豪族が栃姫の首を丁寧に落として――ほら見えるだろう? 柔和の工場の横。ちょっとした林になってる。――あの辺りに晒したってわけ。その表情がまた壮絶で、その豪族は見ただけで病気になって死んでしまったって話だ。死んでもなお国を守ったってことかな。栃姫の家臣はその怨念を沈めるために高僧を呼んで首塚を作ったんだ、そうしたら一夜にしてその塚を六本の杉の大木が覆い隠した」

「一夜で杉が生えたんですか? すごいな」

「そう。そして、最後まで栃姫の派閥だった土居家が、塚の管理を任されたってことだ。それから五百年、塚と周りの木々に触れる者はおろか、直接見る者すら居なくなり、土居一族だけが塚の管理をしていた。それを工場用地にと、買い上げたのが柔和グループってことさ」

「そんなに厳格に管理されていた土地をどうやって買い上げたんだろう」

「土居もやっぱり人の子でね。詐欺だか投資の失敗だかで懐が厳しくなったところで、塚の位置は今まで通りっていう口車に乗せられたってとこだよ」


 外の景色を見ていた人見が、視線を動かさずに言う。


「なるほど。あの庄野ならそのくらいの手は使うのかもね」

「お察しがよろしいですな。詐欺事件からが柔和の作戦ですよ。その後はご承知の通り、夜中の林伐採強行、土居と地元ヤクザ対柔和お抱えのヤクザの抗争……」

「そして決定的なのが、汚水漏洩と、それを隠蔽しようと動いた原田代議士ってわけね」

「そういうことですなあ。子供たちには教えたくない大人の都合ってやつです」


 人見は資料をバックに詰め込むと、運手席のシートに手を掛けた。


「原田はどんな細工をしたのかはわかってるの?」

「ありがちな圧力ですよ。保健所に運ばれた井戸水のサンプルが次の日にはペットボトルのおいしい水並に綺麗になってた、なんてよくある話でしょう? 警部レベルになれば」

「何の話?」


 人見の声が低く冷たく響くと、新山の目も細くなる。


「田舎もんはいまだに下らない迷信を信じてやがる、と馬鹿にしてるんだろうがね」


 それまでとは明らかに違った語気で新山はゆっくりと話し始める。


「ここじゃ、こうして数百年間、秩序ってもんを保ってきたんだ。どこぞの成金やら落下傘政治家やらサッチョウの官僚なんぞに、訳もわからずかき回してもらっちゃ迷惑だってことだよ」


 顔色一つ変えず啖呵を切る新山の迫力に、奥田は眼を見張ったまま凍りつく。沈黙の中で少しだけ動く新山の視線をバックミラーが映すと人見は体の緊張を解き言った。


「新山さん、私は失踪、いや多分殺人になるだろうけど――事件を解決するために来たのよ。あなたの目的は何?」

「奇遇ですな、警部。あんたと一緒だ」


 新山は、声色を元に戻すと、からからと笑い始めた。


「いや、申し訳ないな奥田君。こりゃもうただの迷信とかご近所同士の喧嘩とかいう次元じゃないってことをわかってもらいたくてさ。ちょっと芝居を打ってみた。――警部も、すいません」

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