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宣戦布告


マルスと出会ってから2週間が過ぎた。



あれから儂はこの世界が儂の生きた世でない事を知った。

まず考えてみれば植生が全く違うのだ、知っているものと似ている植物はあるが、基本的には見たことのない物ばかりである。

極め付けは魔物の存在だ、引っこ抜くと金切り声を上げる大根、ツノの生えた鼠など、数えれば切りがない。



そこでまずこの世界の情報を集めるべく、マルスに頼み込んで泊めてもらいつつ、村人たちの野良仕事を手伝っている。

姿は南蛮人の様で最初は慣れなかったが、どの者も素朴で優しき心を持つ民草だった。



鍬を握ると若侍だった頃を思い出す、若い時分から付き従っておった家中の者は息災だろうか…。

かつて生きた世界の事を思いながら鍬を振り下ろす。



「シンクロー!今日は終わりにしよう!」


「む、何故だ?まだ陽は傾いておらぬぞ。」


「外にいるとまずい、まずいんだよ…!

豚伯の視察があるらしい、目をつけられたら殺されるぞ!」


「領民がしっかりと畑仕事をしている、領主からすれば立派なことではないか。

何を咎められるというのだ。」



ここでは伊勢新九郎と名乗ると決め、マルスにもそう呼ばせることにしたのだ。

しかし新九郎は不思議でたまらなかった。

かつて伊豆国を治る者として視察した際は領民と茶を共にしたり、酒を振る舞って宴を催したりと、マルスの言う様な殺伐とした出来事ではなかったからだ。



帰ろうと言うマルスと言い合っていると、畑のあぜ道の先から絢爛豪華な馬車が走ってくるのが見えた。



「あぁ…そんな、まずい…」



マルスは絶望した様に片膝立ちになり、馬車へと頭を垂れる。



眼前で馬車は止まり、中から丸々と肥え太った豚のような顔が覗き、こちらに語りかける。



「お前たち、何をしている?」


「見て分からぬか?畑を耕しておるのだ。」


「な、何だその口の聞き方は…!

僕はアルバ・ベルテス!ベルテス伯爵家の長男だぞ!

そもそも視察中は外出を禁止したはずだ!

お前達平民など獣同然、貴族である僕の目を汚さない様に閉じこもっているべきだろう!?

それに僕の前で剣なんか差しやがって…!」



なんだ、この者は領主家の嫡男だと申すか。

自らの生活を支える領民に何たる言い草か…。



「ほほう、それは誠に申し訳ないことをした。

しかしアルバ殿は大変変わった趣味をお持ちでいらっしゃるご様子。

獣同然である平民の女子を拐かすとは、これは傑作ですなあ。」



マルスの娘は恐らくこの男に拐われ、殺されたのだ。

我が子を殺した相手に頭を垂れるなど武士であれば耐えられぬ屈辱だが、それ程までに恐怖が染み付いておるのであろう。



「なっ…!こいつを殺せ!!

貴族に歯向かう反乱分子だ!」



この様な安い挑発に乗るとは、何と短絡的な事か。



馬車を護衛する4人の衛兵に向かってアルバは命令を下すと、騎兵は剣を抜いてこちらに切先を向ける。



「武士相手に剣を抜いたとあらば後戻りは出来ぬぞ。」



柄に手を掛けて軽く威圧してやると僅かに衛兵達が後退りする。




相対した相手に見せる恐怖心。

そこが隙、見逃さぬ。




「がっ…」

「ぎゃっ…」




居合術の要領で素早く剣を抜き、先頭の衛兵の首を跳ね、返す刀を両手で握りつつ刃先を次の衛兵の頭に叩き込むと、首の辺りまで頭が真っ二つに割れてパタリと倒れた。



「さあ次はどちらか?

同時に来ても構わぬぞ。」


「わ、わぁぁぁ!!!」

「くそぉ!!」



目の前で死んだ同僚に及び腰になりつつ、主命ということもあってか切り掛かってくる残った二人の衛兵。



「ひぁっ…」

「ぐぼぼ…」



一人目の剣を躱し、背中を切り付ける。

二人目は剣を振り上げている最中だった為、切先で喉に突きを入れた。



「な、なんだよこれ…

なんなんだよお前!!!」



衛兵4人がいとも容易く斬られるのを見ていたアルバはこんな事あり得ないというように馬車を降りて辺りの惨状を改めて目の当たりにする。



「武士に剣を向ければこのような結果は必定。

さぁ。次は貴様の番だ、太刀を抜け。」



アルバにしっかりと切先を向け、剣を抜くように促す。

遁走など許さぬ、この者が号令をかけて衛兵をけしかけたのだ。

戦において主君だけが戦わずに逃げ延びるなど道理に合わぬ。



「う、うわぁぁぁぁ!!!」



アルバは儂の様子を見て逃げることは叶わぬと判断した様子で装飾だけは立派な剣を抜き、半ばヤケクソに切り掛かってくる。



「甘い!」


「ぎゃあぁぁぁぁ!!!手が!手が!!!」



上段に剣をかざしながら走り込んでくるアルバに、剣を振り下ろすのを見計らって軽く刀を振ってやると、手首がぽとりと落ちて鮮血が飛び散る。



「よいか、痴れ者め。

貴様の父、ゲルテス伯爵とやらに伝えよ。

バーゼル村はこの伊勢新九郎盛時、また名を伊勢宗瑞が預かった。

ここの村人は誰一人として貴様の好きにはさせぬ、と。」


「ひ、ひぁっ、殺す、殺してやる!父上の軍が来ればお前なんか!」



血の滴る手首を必死に抑え、捨て台詞を吐きながら馬車に乗り込んで逃げ帰るアルバを横目に刀に付いた血を払い、鞘へと戻す。

やはりこちらの意図を伝えるには一度アルバを返さねばなるまい。

ふむ、馬車の御者は斬らなかったのは正解だったな。



「シ、シンクロー、お前なんてことを…

それにこの村を預かるって…」


「うむ、これより戦となる。

人としての尊厳を取り戻す戦ぞ。」



北条早雲の名で有名ですが、一説には北条を名乗ったのは息子氏綱からであり、早雲自身は伊勢宗瑞、または伊勢新九郎と名乗ったといわれています。

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