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九話 新たな出会い

朝や昼間そして夜は賑やかな迷宮都市アスガルムだが、深夜だけは違う。

深夜は、闇の時間。


光を嫌う様々な人間達が己の欲望或いは悪意のままに行動する時間だ。


それは、彼女もまたその内の1人であった。


「はぁ…はぁ…」


迷宮都市アスガルムと無法都市デミウルゴを繋ぐ路地裏を歩く一人の女。

姿は漆黒に隠れよく見えない。

彼女は何処か苦しそうに、壁に半身を寄せ脚を引き摺りながら歩く。

ポタ、ポタと。

その腹部や肩部に大きな傷を負い大量の鮮血を垂らしながら。


しくじった…簡単な仕事の筈だった。

あの方の護衛兼刺客として、様々な仕事をこなしてきた。

この手は多くの者達の血で染まっている。

ならば、当然の報いなのかもしれない…数え切れない程の人間を葬ってきた。

ならばやはり、当然の報いだ。


誰からも看取られず。


こんな血と臓物の悪臭がする路地裏で独り、息絶える。

殺人者には相応しい末路だろう。

どうしてこうなったのだろうか…何処で私は間違えた?


女部族アマゾネスの村で行われた部族間の殺し合いに嫌気が差し、一族の家宝であった黄金の槍と鎧を持ち村を去った。

村を出た後も、傭兵として各地で戦争に参加しながら路銀を稼ぐ日々。

幼き頃、夢見ていた誰かの為の英雄になりたいと言う願いは叶わなかった。


最終的に路頭に迷い行き着いたのが、"悪神ニュクス"に拾われた。


幼き頃、憧れた英雄とは程遠い行いをしていく内に自分自身の夢も希望も捨て去った。

拾われた恩義だけに報いる為に、私は今日まで"汚れ"仕事をただ無感情にこなして来た。

黄金の槍は外見こそ輝きを放つがその中身は血で染まり真っ黒に染まった。

鎧もまた、同じく。


だが、これで終われる。


あの地獄の日々から解放される…そう思うと気が楽になる。

意識が薄れて行く。

声はもう出せない。

手も足も動かない。

もう少しで日が昇る。


美しい太陽の光がほんの少しだけ私を照らす。


太陽の"光"…何処までも、純真で己を貫き続け人々を照らし続けている。

私とは正反対の道を貫き通す太陽の光は今の私には苦痛に過ぎない。

虚しくなる。

苦しくなる。

いっその事、闇の中で死にたかった。


温かい。

身体は既に冷え切っているのに、不思議とそう錯覚してしまう。


ふと、偶然目にした先日の事を思い出してしまう。


無法都市のドヤ街を荒らした鎧熊アルマベアに勇敢に立ち向かう少年の姿を…あの姿はまるで、本物の英雄みたいだった。


視界がボヤける。

せめて最後に…太陽を…

彼女の意識は、消える。


足音が聞こえる。


小走りで何処かへと向かおうとする足音がピタリと止まる。

少年の目にあるモノが留まる。

進む進路を変更し、路地裏へと入る。

ふと、立ち止まる。


目の前には、大量の血を流し真っ青な状態で地面に倒れ伏す女の姿があった。

少年は、真っ青になった女の手を取り脈を測る。

ほんの僅かに、トクン、トクンと動いている。

次に、口元に手を添える。

微かに、ひゅーと言う苦しそうな息継ぎが聞こえる。


線を描く血液は迷宮都市の奥、冒険者ですら寄り付かない無法都市デミウルゴへと続いていた。

それだけで、彼女がどんな事情を抱えているのかは容易に想像出来るだろう。

見捨てる事が得策だ。そう思う冒険者が大半だろう、むしろ其れこそが正しい判断だ。


しかし、少年は違う。


彼は、自分は善人なんかじゃない…そう自覚している。

が、目の前で死に掛けている女性を見捨てる程腐ってはない。

それに、彼女の容姿は美しく、躰もまた魅力に塗れていた。

下心…ではない、そう違うのだ…違う筈だ。


少年は、彼女の身体を抱きかかえる。


見捨てると言う選択肢は、既に少年の頭からは消えていた。

きっと、英雄なら困っている人間を見捨てない。


幸い、街に人通りはない。


朝早くから迷宮に潜ろうとしたが、今日一日位は休んでも大丈夫だろう。

師匠にはまた、面倒事を持ち込んで来たなって言われるんだろうな。

そんな事を思いながら、彼は自分の拠点へと戻る。




ーー


「…ッ」


ふと、目が醒める。


見知らぬ天井が此方を見つめる。


頭には柔らかい感覚。

身体も同じく柔らかい感覚がする。

そして、自分の身体には幾つもの包帯が巻かれていた。

どうやら、私は何者かに命を救われたらしい。


辺りを見渡しても、誰も居ない。


静かさが残る、少し古びた建物。

木のコップ。

木の椅子と机。

薄汚れたカーテン、燻んだ木の扉。

一目見ても分かる、貧相な家だ。

それでも、妙な心地よさがある。


鎧と槍は丁寧に、壁側に置かれていた。


意識が薄れてゆく中で、ふと自分を助けようとした人影を思い出す。

あの人物が私をここまで運んで来たのだろう。

礼を言わねばならない。


そう思っていると、木の扉が軋みを立てて開く音がした。


入って来たのは、赤髪の女性。

人離れした美貌に、粗末だが僅かな神々しさを感じる。

詰まるところ、現人神だろう。


ならば、この方が私をここまで運んで下さったのだろうか。

いや、あの時の感触…もう少しがっしりとした肉付きをしていた。

戦士の逞しい腕だったはずだ、となるとこの方の使徒だろうか。


「目が覚めたようだな。」


ふと、赤髪の神物が私に話しかけてくる。

烈火の瞳が私を照らす。


「ああ…感謝します。私をここまで運んで下さったのは貴女か?」

「いいや、違うとも。それに君も私では無いと分かっているだろ?」

「礼を言いたいのだが、私を助けた者は何処へ?」

「"迷宮ダンジョン"だ。もう暫くしたら帰って来るさ。

所で一つ聞きたいのだが、君はいやお前は…"赤星鎧槍(シリウス)"だな?」

「!知っているのか…」

「ああ、無法都市の大半を牛耳る"邪神派閥"の頭取"夜闇を統べる悪神(ニュクス)"パーティー最強の用心棒…全てを防ぐ不動の鎧、神をも貫く絶槍を操る闇都市最強の一人。」


ああ、やはりこの神は全てをお見通しなようだ。

だからこそ、疑問が残る。

何故、私を危険人物だと理解しながら助けた事を容認したのだろうか。


ふと、扉のノックを叩く音がした。


「入れ。」


彼女の言葉と同時。


木の扉がゆっくりと開かれる。


部屋に入ってきた人物が、私の心を掻き乱す。

なんの偶然か、はたまた必然か。

その少年こそ、私が数日前に目にしたあの英雄だった。


「意識戻ったんですね。」

「君のおかげでね。ありがとう…あのまま死にゆく私を見捨てないでくれて。この恩は必ず。」

「気にしなくて良いですよ。目の前で今にも死に掛けてる人を見捨てる方が胸糞悪いですし。それが例え、邪神派閥の方でもね。」


その嘘偽りのない笑顔は私には眩し過ぎた。


「まだ怪我が酷いですし、今日一日は此処でゆっくりして下さい。」

「いい、のか?」

「ええ、貴女に敵意が無いのは分かりますからね。」

「また、仮が増えたな。」


断る、べきだった。

きっと彼等に迷惑を掛けてしまうから…でも、彼等の優しさに触れてもう少しここに居たい。

そう思ってしまった。


怪我の痛みも落ち着き、私は彼等とお互いの事を話した。

自分がして来た愚かな行為は隠しながら自分の現状を話した。

彼等は、この都市では有名なパーティーだった。


現人神アテナスとその使徒ジーク。

聞く噂とは、信用出来ないものだ。

本当に、慈悲深く心優しい女神と誰よりも真っ直ぐな少年。

あの悪神とは比べ物にならない程に、居心地が良い。


気が付けば、2日目の夜を迎えて居た。


この日は、アテナス様が夜風に当たろうと私を誘ってきた。

明らかに、和やかな話ではないだろう。


「この二日間、どうだった?」

「悪くなかった…それに尽きます。叶うなら貴方達と共に在りたいそう思える程に。」

「私は構わないぞ?」

「ご冗談を。私は貴方達の様に心綺麗ではない。この手は既に汚れ切っている…多くの血と屍の中で、元の色すら分からない程に…

でも、此処に居たことで夢を思い出しました…私は、誰かを護れる英雄に憧れていたんだと。」

「………」

「だが、私はあの悪神ニュクスの使徒だ。いつ貴方達に魔の手が伸びるか分からない。

明日の朝、此処を発つ。」


これ以上、彼女の意思は覆らないだろう。

その会話を盗み聞きしていたジークもそう確信した。

彼女を救いたい、そう思った。

だが、彼女の覚悟を踏み躙る事だけはしたく無い。


そう思っていた矢先、彼女は姿を消した。


残されたのは、血痕。

そして、手紙。


『すまない』


そう、一言だけ。


事情は推測出来る。


だが、納得は出来ない。


彼女は、これだけで俺達が納得すると思ったのか?

ふざけるな…



防具を着て、師匠から授かった幻竜大剣を手に取る。


「行くのか?」

「はい…

「待て。流石にお前一人では不可能だ…だから、協力者が居る。」


部屋に入ってきたのは、まさかの人物。


彼を見た俺は、不覚にも勝ちを確信した。


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