五話 "|剣闘神祭《スパルタクル》"
"剣闘神祭"
それは年に一度、この迷宮都市クノソスで行われる"迷宮都市四代祭り"の一つ。
迷宮都市中から、腕に自信のある冒険者が"闘技場"と呼ばれるステージで魔物と一対一或いは多対一で闘う祭り。
この祭りの主催は"軍神の聖火団"パーティー。
迷宮都市でも屈指の実力者が集まる武闘派集団が迷宮内で捕えた魔物の訓練を行い厳正なる管理の元で、挑戦者に見合った魔物を選別する役割を担っている。
今の今までこの大きな祭りで、重大な事故が起こった記録が無いのは軍神の聖火団パーティーの手腕から成せる技。
冒険者ギルドや都市の人々の一部は、この祭りを危険視する意見も出ている。
が、過去の記録に軍神の聖火団パーティーに対する絶対的な信頼があってこそだ。
だからこそ…誰一人として不足の事態など予想していなかった…
軍神の聖火団"拠点"…闘技場地下牢。
此処には、迷宮より軍神の聖火団のメンバーが捕獲し調教してきた危険な魔物達が数十、数百匹以上も閉じ込められている。
手前より危険度の低い魔物順に奥へ行けば行く程に強力かつ凶暴な魔物が待ち構えている。
そんな地下牢内に複数の足音が響き渡る。
足音の正体は暗闇の中に隠れ、更には黒のローブを纏って居るため断定出来ない。
ただ不思議な事に、普段ならば雄叫びを上げ今にも襲い掛かろうとする魔物達は酷く大人しい。
何処か、彼等を目にして怯えているような。
足音は地下牢を更に奥へと進んでゆく。
そして最奥、一際巨大な牢の元で立ち止まる。
暗闇の奥より覗く赤眼。
その背丈は、巨人族よりも大きく。
荒い鼻息、耳に響く呻き声。
その魔物は、目の前で自分を下から見下ろす彼等を睨みつける。
「アドニス…」
集団の先頭に居た、ローブを纏った女が隣に居た人物の名を呼ぶ。
「仰せのままに。」
アドニスと呼ばれた人物は、対峙する魔物を睨みつける。
「ギイっ!ーー、ぐるる、、、」
アレほどまで強者の風格を醸し出していた魔物は、その強大な殺気に気圧され大人しくなってしまう。
ふと、女がフードを取りその容姿を露わにする。
それは…あまりにも美しかった。
いや、"美しい"程度の表現では表せない程に…この世全ての"美"を体現したような容姿を持った彼女の全てを包み込むような瞳が魔物の目を見据える。
「はぁい、これで完了♡それじゃ、後はお願いね?♡」
可愛らしい笑みと仕草を残し、彼女は護衛を付けて去っていった。
「全く…うちの女神様は本当に困ったお方だ…」
一人、残されたローブの人物は呆れた様子で溜息を吐きながら柵に手を掛ける。
「良いかい、君はコレからあの方から言われた事だけを忠実に守れば良い。
少しでも命令に背いたら私、いや僕が殺す。」
魔物は弱った子犬の様にクゥンと鳴き返事をする。
その返事を聞くと、ローブの人物はその牢屋を単純な腕力だけでこじ開ける。
「後は、あの方の合図と共に目標だけを狙うんだ。」
そう言い残し、去っていった。
ーー
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ジーク 性別:男
AGE;15歳
【ランク0】
《ステータス》
筋力:F(54)→F(98)
耐久:F(60)→E(115)
敏捷:F(70)→E(120)
魔力:F(0)
幸運:F(50)→F(70)
《派生ステータス》
根性F、執念F
《魔法》
該当なし
《スキル》
【ーーーーーー】・【ーーーー】
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「おお!またステータスが伸びてる!」
俺はアテナイ師匠から渡されたステータスの表示された羊皮紙をじっくりと眺める。
自分でも驚くほどに数値が伸びている…一つだけど、遂にFの壁を破った。
嬉しそうに羊皮紙を見つめるジークを見てアテナイも、嬉しそうに微笑む。
少年のこんな嬉しそうな顔を見るのはいつ振りだろうか…いや、もしかしたら初めてかも知れない。
これもあの権能の効果なのだろう。
あの女には感謝しなければ…彼女との会合が無ければ今もジークは酷く昏い顔で私の元へ帰って来ていたのだろう。
こうして歯車が動き出す事もなく、ただただ哀れな人生を過ごしていた筈だ。
諦めかけていた夢をジークは再び追いかけ始めた。
あの剣はまだ渡せない、剣と言うには余りにも粗末すぎる…
だからこそ、彼女に託した…私が最も信頼する神物にな。
ーー
ーー数時間前。
アテナスは、墓場で手にした剣を大切そうに抱えてある建物の前に辿り着いた。
看板には"焔の鍛治炉"という文字が刻まれている。
此処に訪れるのはいつ振りだったか…自分の知る限りこの鍛冶屋以上に優れた鍛冶屋を知らない。
現人神は勿論、その使徒達の一人一人もまた優れた鍛治の腕を有している。
"鍛治神の柱炉"パーティー。
リーダーでランク6の"単眼巨匠"や副リーダーでランク6"神速の戦車"と言った迷宮都市でも数少ない一級冒険者が所属する実力派。
また、"単眼巨匠"彼は"現人神"に匹敵する程の鍛治の腕を持ち、第一線で活躍する冒険者達の持つ武器の殆どを彼が打ったものだ。
彼等の打つ防具や武器はどれも一級品…その為、価値は高く普通の冒険者では手も足も届かない値段で取り引きされている。
今のアテナスにそんな埒外な値段を払える訳ないのだが、彼女はなんの躊躇いも躊躇もなく店内に足を踏み入れる。
「おいおい…こりゃ珍しい客が来やがったな。」
彼女を出迎えたのは、長身の男。
薫衣草色の短髪の似合う好青年。
黄金の鎧を額・胸・肩・膝に装着し、背丈ほどの大槍を抱えている。
彼こそ、"鍛治神の柱炉"パーティーが誇る"神速の戦車"アキレウス・イリアス。
「お前達の主は居るか?」
「ああ、居るぜ。あっちの部屋だぜ。」
アキレウスは、顎をクイッと動かして部屋の方を指す。
「簡単に教えて良いのか?」
「姐さんにアンタは問答無用で通せって言われてる。」
「そうか。」
部屋の奥へと進む。
室内には、熱気と武器を打つ快音が鳴り響いている。
アキレウスの指した方向へ進むと豪華な扉の前に辿り着く。
彼女はノックもせずに部屋の扉を開く。
「やれやれ…アンタはどうして、そんなノックもしないで入ってくるのよ。」
中に居た神物は、呆れた様子でそう呟く。
「私用でな、この剣を打って欲しい。」
アテナスはそう言って鯖付き薄汚れた剣を彼女に手渡す。
「これは…正気なの?」
雰囲気が殺伐とする。
無理もない、この剣はいい意味でも悪い意味でも有名なのだから。
ジークの両親…かつての大英雄が生涯持ち続けた魔剣であり、かつての大悪党が多くの命を奪った邪剣でもあるのだ。
「ああ、正気だとも。で、打てるのか?」
「私に打たせる気?」
「逆に、君以外の適任は居るのか?少なくとも私は知らない。」
「はぁ…仮に私が打つとしても、貴方に莫大な金が払えるの?言っとくけどウチは他の鍛冶屋よりも数十倍は高いよ?貴女に払えるの?」
痛い所を突かれた彼女は、少しバツの悪い顔をする。
「無い!」
普段の様子からは想像も出来ない程のテンションで堂々と答える。
「もう…」
「頼む…一生のお願いだ…あの子はようやく夢を追いかけ始めたんだ。
私にできる事はあの子を側で支えてやる事だけなんだ…その為に、この剣をあの子に託したい。」
「……分かった。打ってあげる…でも条件がある。」
「なんだ?」
「それは…」
ーー
「師匠。
今日はやけに街が騒がしいですね。」
「忘れたのか?今日は"剣闘神祭"が開催される日だぞ?」
"剣闘神祭"?
ああ、そう言えば今日だったな。
だからこんなに街が騒がしいのか…折角の師匠との買い物だったんだけどな。
「そう言えば師匠、その大切そうに抱えている物は何なんだ?」
「ああ、コレは…」
「ーーキァァァァアア!!!」
ふと、近くから数人の悲鳴が響き渡って来た。
慌ててその悲鳴が聞こえた方角に向かうと、何処から現れたのか巨大な魔物が街で暴れ回っていた。