三話 歯車は少しづつ
「朝か、、、」
俺は隣で寝ている師匠を起こさないようにベッドから起き上がる。
余った食材で朝食を作り置きし、装備を手に取る。
今日も迷宮に潜る為だ。
それに昨日、初めてステータスが上がった事を実感する為でもある。
襲い掛かる睡魔に必死で抗いながら装備を着る。
装備と言ってもそんな大層な物じゃない。
頼り無い銅製の胸当てに防具足、そしてボロボロの長剣。
なけなしの金で買った最低限度の物だ。
いつかしっかりとした装備品と武器を買いたいものだ。
だが、それは夢のまた夢だろう…せめてもう一人くらい、パーティーメンバーが居れば話は変わってくる。
冒険者の仕組みとして、冒険者は基本的に"使徒"と呼ばれるパーティーの統括者・リーダー・副リーダーの3人で"冒険者パーティー"となる。
正式な冒険者パーティーとなった者にはギルドより多少の支援金が送られる。
ただ永久ではなく、結成して一年の間だけと言う縛りはあるがそれでも駆け出しの冒険者達にとっては最良だろう。
だが、ジーク達の場合はその規約が適用されない。
彼等は正式な冒険者パーティーとしてではなく、仮冒険者パーティーなのでギルドからの金銭的な支援は行われない。
何度もギルドの方には新規メンバーの募集を掛けているけど未だに集まる気配はない。
それもそうだろう…かつては英雄と呼ばれていた師匠は今や堕落女、そしておまけにリーダーは最弱英雄。
そんな地雷に自ら脚を踏み入れる馬鹿はいないだろう。
「それじゃ行って来ます。」
師匠を起こさない程度の音量でそう告げ部屋を後にする。
迷宮都市の街内に出る。
迷宮都市はこんな早朝でも多くの冒険者や街人で賑わっている。
街を歩いていると、一人の人物が声を掛けてくる。
「ジークさん。」
綺麗な顔立ち。
薄い桃色と紫が混じったロングヘア。鋭く、冷たい雰囲気さえ感じる紫紺の瞳。
少し尖ったもふもふの獣耳。
鎧や武器を担ぎ歩く物騒な雰囲気の街には似付かわないメイド服に黒タイツ。
彼女は、俺のすぐ横の酒場"希望の宴"で働く店員の一人。
その美貌や身体は勿論だが、彼女の氷の様な接客態度に快感を覚えた冒険者達によるファンクラブが作られる程に人気な人だ。
「アタランテさん…おはようございます。それで、どうしたんですか?」
一応、彼女とは面識はある。
面識と言っても店の前を通る度に挨拶するくらいのほんの些細な関係。
彼女の方から話しかけて来たのは初めてだ。
「今日も朝から早いのね。」
「はい…少しでも早く強くなりたいので。」
「そう、ですか。良い心掛けですが…あまり無理をしない方が良いと思います。物事を急ぎ過ぎ、判断を誤れば命は簡単に失われてしまう。と、ヴィナスが言っていましたよ。」
「気を付けます…」
「それと、マナが今日の夜はうちで夕食を食べに来て欲しいな!と言っていました。」
「分かりました…それじゃ、行ってきます。」
ヴィナスさんの伝言だったのか…心配してくれるのは嬉しいけど、そう言うのは自分で伝えた方が良いのでは?
と思ったが、口には出さない。
彼女の忠告を胸に留め、迷宮へと向かう。
そんなジークの後ろ姿をアタランテはただ黙って見つめる。
実は先ほど、ジークに伝えた忠告は彼女の言葉であった。
マナに伝えて欲しいと頼まれたのは、最後の会話部分だけ。
ならば何故、彼女はそんな言葉をジークに掛けたのだろうか。
その真相は彼女のみが知るだろう。
ーー
「でやぁ!」
ザシュ!
俺が振るった長剣の一撃がゴブリンの首を刎ねる。
首から上を失ったゴブリンは滝のような血飛沫を上げて地に倒れ消滅する。
そして、紫に輝く小さな魔石だけが残る。
俺はそれを回収し小さな皮袋に入れる。
「これで10個目っと。」
迷宮に潜って30分。
俺はステータスアップの恩恵を噛み締めていた。
凄い、アレだけ苦戦していたゴブリンをいとも容易く倒せる。
だが、無理はしない。
自分のペースでゆっくりとゴブリンやスライムを狩っていこう。
しかし、ここで想定外の事が起きる。
一階層全体に奇妙な悲鳴にも似た声が響くと同時、迷宮の壁より次々とゴブリンやスライムが生み出される。
「なっ!?」
想定外の状況に驚いているとあっという間に、俺はゴブリンとスライムの群れに囲まれてしまった。
囲んでいるのはただのスライムやゴブリンでは無い、通常よりも少し強い状態の魔物達。
思わず後退りしてしまう…ふと、頭の中に逃げる。そんな選択肢が浮かんでしまった。
もう逃げない、そう決めたのに。
"あの人"ならこんな状況でも逃げ出すことはなく乗り越える筈だ。
そんな逆境でさえも、天才は簡単に覆してしまうのだろう。
選ばれた者は皆、尋常ならざる精神性と勇気を持っている…持たざる者は、こんな状況にさえ恐怖を抱いてしまう。
ああ、やはり羨ましい。
だからこそ、ここで逃げる訳には行かない。
剣のグリップを両手で力強く握り締める。
やってやる!
醜く、惨めに足掻いて…地べたを這いつくばって必ず彼女の様な英雄になって見せる!
そう思うとさっきまで抱いていた恐怖が嘘のように消える。
俺はただ、前に突き進んでいた。
数十分後、全ての魔物を倒し終えた。
「少し、疲れたな。」
階層内に散らばった魔石や素材を回収し、ギルドに赴く。
「こ、こんなに!?これ、本当に君がやったの!?」
「はい!昨日遂に、ステータスが上がっていたんですよ!」
「!そっか…諦めなくて良かったね!!」
ミリーナさんは自分の事かのように喜んでくれた。
キルドで全ての魔石と素材を換金した結果、30000ミダス。
これまでじゃ有り得ない程の大金…諦めないで良かった、本当にそう思えた。
一通りやる事を終えた後、俺は拠点に戻ってきた。
「これは…」
俺の"女神の加護"を見た師匠は、驚愕の声を漏らす。
俺も師匠から手渡されたステータスの刻まれた紙を見て驚愕する。
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ジーク 性別:男
AGE;15歳
【ランク0】
《ステータス》
筋力:F(10)→F(54)
耐久:F(8)→F(60)
敏捷:F(15)→(70)
魔力:F(0)
幸運:F(10)→(50)
《派生ステータス》
根性F
《魔法》
該当なし
《スキル》
【ーーーーーー】・【ーーーー】
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「凄い、ステータスが更に上がってる…」
数時間、迷宮に潜って魔物を倒していただけでこんなに…
「異常な程に伸びてるな…」
「どうして急に…」
「ま、ステータスが伸びてるからって慢心はするなよ。」
アテナスは、煙草の煙を吐きながらそう言う。
ジークにはあの権能の事については話していない。
もし仮に伝えて、ジークの今のモチベーションの妨げになるのだけは避けたい。
加えて、この前代未聞のスキルを他の者にはまだ知られる訳には行かない。
その有用さを知った馬鹿共がジークを利用しようと近付いて来るのを防ぐため。
悲しきかな、今の彼女にはかつての力はない。
ジークの夢を応援する為に、その力を返上し神の使徒となった。
いや正確には、現人神となった。
だからこそ、自分は別の形でジークを守る。
「ああ、そう言えば今日は用事があったんだろ?」
「はっ!そうだった…まずい!行ってきます師匠!」
ジークは大慌てで部屋を出ていく。
やれやれ。と言った様子でアテナスは立ち上がる。
「私も覚悟を決める時が来たんだな。」
そう呟いて、彼女は拠点を出てとある場所へと向かう。