第十話 偶然或いは必然の遭遇
「作戦は打ち合わせ通りに頼むぜ坊主。」
「はい。」
俺達は現在、暗黒蠢く無法都市デミウルゴに足を踏み入れていた。
俺の目的はただ一つ、彼女を連れ戻す。
おそらく、彼女を囲う"夜を総べる悪神"パーティーとの戦闘は免れないだろう。
当然、そうなれば俺一人では手も足も出ない…だからこそ、心強い。
まさか、"彼"が来てくれるなど予想すらしていなかった。
それは、数刻前に遡る。
ーー
「助っ人ですか?」
「ああ、実はとある神に借りがあってな。丁度いい機会だから悪神とその使徒達と事を構える事にした。
メンバーは、お前とあっちから1人派遣される。」
「それで、その一人は…」
アテナスが合図をする。
部屋には、2人の男女が入ってきた。
一人は、朱色の髪と瞳を持った女性。
神々しい雰囲気を放っている。
恐らくは師匠と同じ現人神だ。
そしてその隣に居る青年。
長身の男。
薫衣草色の短髪の似合う好青年。
黄金の鎧を額・胸・肩・膝に装着し、背丈ほどの大槍を抱えている。
彼の事は知っている、いや知らない筈がない。
冒険者の中でも数少ないS級冒険者の1人にして、"鍛治神の柱炉パーティーが誇る"神速の戦車"アキレウス・イリアスだ。
そのランクは脅威の《6》、人を超えた怪物の領域に足を踏み入れた存在。
「来たわよアテナス。準備は出来てるのかしら?」
「ああ。だがその前に、もう一つ目的が出来た。それは、赤星鎧槍の救出だ。」
「本気で言ってるの?彼女の境遇は知ってるけれど、その所業は許される事ではないのよ?それでも、仲間に加えるつもり?」
殺伐とした空気。
当然だ、犯罪者を仲間に加えようとしているのだから。
彼女達からしたら、今回のターゲットの一人を見逃せないだろう。
「覚悟は出来てます。他の人達から何と言われようとも、僕は彼女を救いたい…彼女の"居場所"になりたい。」
「………」
「良いじゃねぇか姐さん。」
「はぁ…分かった。なら、今回の目的から彼女は外す。
それを踏まえてもう一度目的を確認するけど、今回の目的は無法都市を牛耳る"邪神派閥"の殲滅。
私達は別働隊として戦場を掻き乱す役割を担ってる。
アキレウスが戦場を掻き乱している間に、ジークには赤星鎧槍の救出をしてもらう。」
「よし、なら出発させて貰うぜ。」
「ジーク、無事に帰ってこいよ。」
そんな師匠の優しい言葉を胸に、俺はアキレウスさんと共に赤星鎧槍救出へと向かう。
そして現在に戻る。
「此処が無法都市の半分を総べる奴ら《ニュクス》の拠点へと繋がる裏道だ。正道では既に、アストレア・パーティーとアレス・パーティーが良い感じに奴らの気を引いている。
数が減ったとはいえ、まだまだ敵は多い…此処は、俺が足止めしてやる。
だからお前は、その裏道から拠点に忍び込み赤星鎧槍と話せ。」
「はい!」
ジークとアキレウスは同時、別方向へ駆け出した。
方向も、目的さえも異なる。
一方は、仲間の救出。
一方は、目標の殲滅。
目的は違えど、宿る思いは似たり。
彼女を昏いドン底から救い出す為。
彼等に殺された家族の無念を晴らさんが為。
ジークは、予め教えられていた地下道よりニュクス・パーティーの拠点へと忍び込む。
アキレウスは、ただ独り。
20を超える現人神の使徒達の前に立ち塞がる。
漆黒に煌めく金色の鎧、そして大槍。
漆黒に浮かぶ紫紺の輝きを放つ眼光。
側から見れば、実に無謀だ。
20を軽く超える精兵集団にたった独り、立ち向かおうとするなど。
現に、彼等は嘲笑っていた。
たった一人で、この人数相手に何が出来る?と。
愚か。
哀れ。
無意味。
足止めにすらならない、瞬殺。
圧倒的な数の暴力。
故の油断。
故の驕り。
故の失態。
彼等は、気付かなかった。
いや、気付かなかった。
目の前の圧倒的有利の状況に感覚が麻痺し、思考は勝利に染まっていた。
男が、槍を構える。
無駄だと、嗤いながら全員で取り囲む。
だが彼等は、既に詰んでいる。
何故か。
何故ならば。
目の前で対峙するこの男は、人智を遥かに超えた"ランク6"の一級冒険者。
一方、彼等のランクは1〜2で構成された精兵。
大抵の冒険者では確かに歯が立つまい。
されど、彼からすれば彼等はただの有象無象。
アキレウスが、動く。
勝負は、一瞬。
彼等に僅かに見えたのは、アキレウスが槍を構え地面を蹴っ飛ばしたその一瞬のみ。
後は、理解不能。
強いて言うなら、彗星が疾った。
全ての人間を粉微塵にしながら、彗星がただ疾った。
人だったモノの大半は、肉片へと成り代わる。
数多の屍ですらない、肉塊を踏み荒らし怪物が闊歩する。
その時、ようやく理解したのだ。
自分達は、とんでもない化け物を怒らせたのだと。
ーー
轟音が外から響く。
作戦通り、彼が暴れているのだ。
ならば自分も、役目を果たそう。
ニュクスの拠点を息を潜めて歩く。
その拠点はあまりに趣味が悪い。
魔物、動物の骨の剥製に生皮。
血液で描かれたであろう絵画。
そんな悪趣味な物が、廊下から部屋の隅々まで飾らている。
それに、何か嫌な予感がする。
早く、彼女を見つけて抜け出そう。
途中、地下へと続く階段を発見し慎重に下る。
辿り着いた先には、信じられない光景が目に浮かぶ。
悪臭が漂う地下。
奥まで続く鉄格子。
その中には、様々な種族の奴隷が今にも生き絶えそうな状態で入れられていた。
思わず眼を見張る。
こんな所に、居ると此方の気がおかしくなりそうだ。
早く、彼女を救出しよう。
暫く進むと、とある部屋を見つける。
ゆっくりと中に入る。
それが罠だとも知らずに…
「っ!?」
「あらあら、ここに来るお客さんにしては可愛らしいわね?」
ふと、背後から知らない声が響く。
慌てて振り返る。
其処には、闇がいた。
表面上は、人間だ。
美しい人間の女性。
だが、その内面は絶対なる悪。
狂気的な眼が、此方を見つめている。
狂喜に満ちた顔で、此方を観察している。
獲物を見つけたような、そんな瞳と貌。
「誰だ!」
いや、正体はわかる。
師匠やヘパイストス様から教えて貰っていた危険人物の最有力候補だ!
凶悪犯罪集団"ニュクス・パーティー"の使徒長、"毒蠍姫"スルカ・アンタレス…ランクは4。
剣を構える。
しかし、遅かった。
「ざーんねん♡」
気付いた時には、俺の身体は身動きすら取れなかった。
ほんの一瞬、身体に激痛が走る。
次の瞬間には、焼けるような激痛と身体の痙攣。
地面に倒れる。
「ねぇ、聞きたいんだけど?此処には何人できたの?」
「だれが、言うかよ…があっ!?」
強烈な蹴りが腹部に突き刺さる。
骨が折れ、粉砕する鈍い音が響く。
「言わないともーっと痛めつけるわよ?」
「ハッ…俺一人、だよ。」
「嘘つかない方が、いいんじゃないのかなっ!」
「がぁぁあ!」
黒紫の細剣の剣先がジークの腹部を突き刺す。
ジークの腹部は紫に繁殖し、身体中に毒が駆け巡る。
ガハッ。とジークは口や鼻から吐血する。
「言わないと死ぬわよ?それとも、私の玩具になるなら助けてあげるけど?」
「ぺっ。」
血が混じった唾をスルカの顔に吐きつける。
長々とした沈黙、沈黙、沈黙。
ジークを掴んでいた手が離れる。
同時、スルカの振り下ろした拳がジークの顔めがけて叩きつけられる。
そのままジークが地に倒れる事は許さず、胸ぐらを掴み殴り蹴り続ける。
夥しい返り血が、彼女の顔と服を血に染める。
殴り、殴る、蹴り、蹴る。
コイツは殺さない。
痛め続ける、死を懇願するその時まで。
「そうだ!見るも無惨な姿にしてあの子に見せてあげましょう!
ニュクス様が張り巡らせた罠を掻い潜る事は、如何に彼等でも難しいでしょうし?
ああ、でもあまり時間を掛けると厄介な事になるしもう少しだけにしましょ。」
ジークは、無抵抗に痛め付けられても尚、その戦意を絶やさない。
反撃の機会を狙うが、難しいだろう。
麻痺毒が身体から消えない限り、この身体が動く事はない。
地下で響く、女の狂笑。
そんな女の元に近づく、一人の人物に気付かずに。




