嫌がらせ
ある日のこと、自分の部屋から渡殿に出た鉢かぶり姫は、異様な匂いに気がついた。
お付きの女房も眉を顰め、「何でございましょう?」と言うが早いか悲鳴を上げる。なんということであろうか、渡殿に糞尿や泥、落葉といったものが撒き散らされていた!
「なんとしたこと、早く片付けねば」
女房たちが怒り騒ぎ立てるのだが、どう考えても姫に対する嫌がらせとしか思えない。
しかし、嫌がらせは、その一件だけではなかった。
翌日、屋敷で飼われている老猫の『初瀬丸』の姿が見えない、と備中守が不思議がっていると、屋敷内の池に初瀬丸の死骸が浮いているのが見つかった。
水を怖がる初瀬丸は、中庭で遊ぶことはあっても池には近寄らない。誰かが初瀬丸を池に沈めたのでは? となり、これもまた大騒ぎになる。
「鉢かぶり姫の仕業です!」
騒ぎの最中、備中守の御前を訪ねた北の方は傲然と言い放った。
「何を申す?」
「わたくし、見ましたのよ。猫がいなくなる直前、朝からずっと、姫は猫と遊んでいました」
「それはいつものことではないか」
「いいえ。今日に限って、その猫が姫に爪を立てたのです。姫は大変な剣幕で抱いていた猫を投げました!」
備中守は、あの穏やかな姫が初瀬丸のやることに怒ったりするだろうか? と疑問に思い、
「突然爪を立てられたら、誰だって手を離すだろう」
と、その場は妻の言には取り合わなかった。代わりに、
「可哀想な初瀬丸を手厚く葬ってやりなさい」
と、返事するに留めたのである。
連日の恐ろしい出来事に、鉢かぶり姫は打ちひしがれ、御付きも連れずに亡き母の墓にこっそりと詣でることにした。
「大好きなお母さまとお別れをして、その上このような姿になってしまい、毎日辛いことばかりです。幸い、父上には新しい母上がおそばにいて下さいます。可愛い女の赤ちゃんも生まれました。私はもう用済み。この世になんの未練もございません。早くお母さま、私を迎えに来て下さいませ!」
姫は墓に縋り付くようにして泣いた。
もちろん、母からの返事はない。
「お母さまーー」
姫の麗しい泣き声が、辺りに響く。