仕事に飽きたので出奔します
真っ暗な部屋で、うすらぼんやりと光る石を抱きしめるようにして魔力を注ぎ込んでいるとき、ふと、飽きたなと思った。
それまで、義務なので仕方ないと思い、唯々諾々と従っていたが、考えてみれば、この世界は魔力を持っていない者はいない。まあ、大小の差はあるが。
こんな巨大な物に一気に注ぎこめるほどの魔力持ちは確かに希だが、一人でやる必要はなく、複数人で注ぎ込めば、充填できるようになっている。
一人に負担をかけるようには、世界は出来ていないのだ。
「あれ?」
今まで、何で私は、お役目を一人でこなさなければ、なんて思ってたんだっけ?
私が来る前は、複数人でちょこちょこと溜めてたはずだ。幼かったけれど、一人だけでやっているとは聞いたことがない。
両親も、仕事が休みの日に、一時間ほどお務めに行ってくると、魔力の充填に出掛けて行っていたのを覚えている。
私が来てからは必要がなくなったと、話しているのは漏れ聞こえてきたが、その時はなにも不思議に思わなかった。
えっと、そうだそうだ。私、魔力暴走を起こして、草原を広範囲ですり鉢状にしちゃったんだ。
それで、驚いた動物やら何やらが街に雪崩れこんで二次被害を起こして、結果的に、結構な惨事となった。
その頃私は、魔力切れで倒れていたので、その後のことは、よくわかってないんだけど。魔力暴走は、器以上に魔力を作り出してしまい、上手く制御できなくなって起こることらしい。
だから私は、魔力の充填と、魔力制御を日々続けてきたんだけど、いつまで経っても、魔力充填のお役目が終わらなかった。
ずいぶんと前に魔力制御はお墨付きを貰ったのに。
「あれぇ」
もしかして、私、もうこのお役目から解放されていいんじゃないだろうか。
そうだ。
そうだよ。
私が、こんな毎日毎日、ヘトヘトになるまで一人で魔力充填をやり続ける必要ない。だって、世界は一人に頼り切らないように出来ているんだから。
「うん。よし、旅に出よう」
だって、魔力が多いと、魔法が使える。いや、正しくは、呪文なしで使える。なんだけど。
いやね。制御を教えてくれた先生が言うには、魔力って言うのは、世界に干渉する力なんだって。
私が魔力暴走を起こしても、無傷だったのは、私自身が、多すぎる魔力が鬱陶しくて、周りに発散した結果で、周りこそ、すり鉢状になっちゃったけど、無意識であっても自分でやったことだから、反動とかなくて傷つかなかったんだって。
えっとなんだっけ。そう、動物が水を払ったようなもんだって言ってたな。
無意識でもそれが出来るのが、魔力の多い人間の特徴で、この、制御って言うのは、器に収まり切らなくて拡散して自分の周りに広がってる自分の魔力密度を上げて、器に収まるようにすることなんだって。
これは、先生のたとえ話だったんだけど、もし、普通の人の器には、十って魔力が収まって一杯になっているとすると、私は、普通の人の器に百を詰め込めるように凝縮する。ちなみに私の器は、普通の人より大きかったので十分の一くらいまで密度を上げれば、暴走しないように器に収めることが出来た。
でも、この魔力充填で、枯渇状態を引き起こすせいで、日々、魔力が上がってしまっていた。魔力を枯渇状態まで使うと、体は、この魔力量では足りないんだって思って、更に魔力を作り始めるんだって。だから、生まれて魔力量が足りないってなった子は、故意に魔力枯渇を起こして、魔力量を上げる訓練をするらしい。
まあ、もう何年とか覚えてないけど、何度も魔力が枯渇しては、魔力量を上げていたもんだから、体は魔力量だけじゃなく、回復量も上げていった。魔力が足らなくなるのは少ないだけじゃなく、大きい器なのに回復が追いついていないからだって、今度は思ったのかもしれない。
そんないたちごっこを繰り返し、現在、万分の一くらいまで密度を上げているが、使用量が回復量を下回ったお陰で、たぶんこうやって考えることが出来るようになったんだろう。
でも、魔力枯渇での魔力増量って、恐ろしいことに、器はさほど大きくならないんだよね。制御できてなかったら、私、今頃暴走じゃなくて、爆発してたんじゃないかな。
今考えると、ちょっとでも、制御に失敗してたら、私はこの都市ごと吹っ飛ばしてたのかも。
魔力制御がんばって良かった。先生の教え方が良かったおかげで、大量虐殺とかしないですんで本当に良かったよ。
気が付いたら廃墟の中でしたとか、なってたかもしれないんだよね。いや、本当に私よく無事で過ごしたよ。
しかし、最初は余剰分だけって話だったんだけど、気が付いたら、枯渇するまで、色々な物に、魔力充填するようになってたんだよね。
なにが切っ掛けだったのかな。もしかしたら、この都市を動かしてるのに、最初から、半分くらい充填できちゃったのがいけなかったのかな。
お陰で、陽の光をほとんど浴びないし、食事も真面に取ってない。
よく今まで生きていられるなと、自分でも不思議。魔力で食事の肩代わりとかできてんのかな。それ以外考えらんないよね。今生きてるっていう現状をからして。
でも、それって絶対体に良くないよね。
考えれば考えるほど、環境が劣悪すぎないかな。
よく今まで黙ってたって言うか、今まで私、魔力足んなくて、思考できてなかったんだな。やっと、回復が上回ったから、思考できるようになってきたお陰で、自分の現状が可笑しいことに気がつけたんだ。
旅にでるって言うか、これ、そろそろ逃げないといけない感じじゃないかな?
ここで逃げないと、また私、思考できなくなるほど、魔力充填させられるかも知れない。
それは、百歩譲って良いとしても、また魔力が上がると、私、いつ爆発するか分からなくなるよね。
今のところ制御できてるけど、このまま魔力量が上がっていったらいつ制御できなくなるかわかんないもん。
うん。今が逃げ時だね。
でも、これだけは充填してくか。最後のお仕事半端で終わらせるのも、何となく据わりが悪いし。
旅は夜明け前にでることにしよう。
少し眠れば、脱出するくらいの魔力は回復するし。魔力充填は、朝食の後だから、夜明け前なら見つからない。
「あ。置き手紙くらいは残しとこう」
誘拐されたとか勘違いされても困るしね。
転移はー。まずは、あのすり鉢状にしちゃった草原かな。今私が正確に思い浮かべられる場所って、あそこしかないから。
両親のいる家は、思い浮かべることはできるけど、この状況をどう思ってたかわかんないからな。
進んで差し出したとは思いたくないけど、ここに閉じ込められてから、一度も会ってないから、そのあたり想像もできないんだよね。
両親だし、悪い人たちだとは思いたくないけど。
まあ、そのほか理由を付けるなら、善良だったときは、巻き込むのが気が引けるのもある。悪い人じゃないなら、助けようとして、危ない目に遭うかもだし。
それはそれで、寝覚めが悪いことになる。
問題は、私が世間知らずすぎることだけど。そのあたりは何とかするしかないよね。
うまく良い人見つけられればいいんだけど。
知識は魔法じゃどうにも出来ないからな。いや、鑑定とかは出来るんだよ。これがなにとか、それがなにとか調べることは出来るけど、物の情報と、一般常識は違うからな。
ずっとここに閉じ込められてたから、生活するために必要な常識とか、普通は知ってて当たり前っていう、大前提的なものをほとんど知らないというか、知ってたのかもしれないけど、既に曖昧になってる。
魔力制御を教えてくれた先生も、教えてくれたのは魔力制御や魔法に関してだけ。
先生曰く、先生はダメな方の人間なので、参考にならないらしい。
その参考にならないも、よくわかんないんだけどね。
そんなわけで、そろそろ充填も終わるし、少し休んだら出て行くかな。
軽く仮眠をとって、今までなかったすがすがしい目覚めに、ぐっと一つ伸びをする。
「よーし。まずはあの草原に」
私の代わりに一枚の紙を残して、心置きなく私はそこを後にした。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「仕事に飽きたので、旅に出ることにしました。魔力制御も出来るようになり、暴走の心配ももうありませんので、魔石の充填も、本日限りでやめさせていただきます」
そんな置き手紙をみた監視員は悲鳴を上げた。
出入り口は見ていた。そこから出た形跡はない。しかし、置き手紙を残して、居なくなっている。
慌てふためき、責任者に手紙を見せた。
責任者もまた慌て、混乱したまま午後になった。
なにがどうなっているのかと、過去、彼女に魔力制御を教えた教師をつれてくれば、ケラケラと笑い出す。
「十年、ひたすらあの子を使いつぶして、魔力量があがらないと思ってたのか。俺はてっきり自殺願望があるのかと思ってたよ。あの子が魔力制御を誤れば、こんな小さな都市、跡形もなく吹き飛ぶんだからな」
その言葉に、どれだけ自分たちが非人道的なことをしてきたのか、遅ればせながら気がつく。
食事もほとんどさせず、魔力だけで保たせてきたはずだ。
その上で、大量の仕事を押しつけ続けた。
教師の言うとおり、彼女が魔力制御を誤っていたら、あの、草原に大穴をあけた爆発が、ここで起こったのだ。
ましてや、教師が言うには、彼女の力は年々増していた。
しゃれではなく、この街など簡単に吹き飛ばしていたのかもしれない。
「まあ、これからは、昔のように何十人も使って魔力充填すりゃ良いだけだろ。そんな焦ることか?」
こともなげに教師だった男が言うが、責任者はゆるゆると首を横に振った。
「十年、我々は彼女一人でこの街のすべてを補わせた。街中の人間をすべて集めて充填させても、この魔石を充填することは出来ない。魔力の充填で魔力量を上げていたのをやめたんだ。今の三十より下の人間は、魔法すら使えなくなってるかもしれない」
「それこそ、気絶するまで補充して、魔力量を上げればいいだろう。俺が生きてる間は魔力制御は教えてやるさ」
人にやらせていたことを自分たちが出来ないなどと、言うわけがないよなと言わんばかりの目を向けられ、誰もが視線をさ迷わせた。
なにをどう取り繕ったところで、彼女が居なければやるしかない。
恐らく住人たちはお門違いに彼女を憎むだろう。十年もの間、彼女一人でどうにかしてきたのだ。
それが、いわれのない犠牲だったとしても、恩恵にあずかっていたものは納得するはずもない。
彼女がいれば事足りたのは確かなのだから。
本来その誹りは、彼女を使い続けた者達が負うべきものだが、楽を覚えた者達に、なにを言っても響くわけがない。
まあ、文句を言ったところで、魔石に魔力が充填できなければ、生活が出来なくなるのだから、やらないとだだをこねて、生活が立ち行かなくなれば、結局のところやるしかないのだ。
普通に魔力の多い彼女に、少し負担を増やしてもらうだけであったなら、こんなことにはならなかったろう。
しかし、なにを言ったところで後の祭り。
彼女の魔力量は、都市をまかなえるほどなのだ。そんな魔力量の多くなっている彼女を、この都市の人間に連れ戻す力はない。魔力量はそのまま魔法の技量なのだ。捕縛が出来るわけもなく、彼女が本気で隠蔽をかければ、見付けることすら容易ではない。
ただ、魔力の充填が出来なければ、この都市がなくなるだけだ。
都市をつぶすか、死ぬ気で充填するかの二択。
もっとも、都市が潰れたとしても、どこに受け入れられるはずもない。
どこの都市もここと同じで、魔力を充填することで、都市機能を動かしているのだから、都市を維持する魔力のない者を、他の都市で受け入れるはずもないし、そんな穀潰しを養ってやる理由もない。
有り体に言えば、選択肢は一つしかない。
死ぬ気で充填し続けること。
その上で、魔力量をあげるか、人数を増やして一人の負担を減らすか。そのくらいしかできることはない。
それでも、最大の魔石は充填済みとなっている。明日明後日に立ちゆかなくなるような恐怖はない。
しかし、一ヶ月後は分からない。
民の混乱を覚悟の上で、すぐにでも魔力充填作業とともに、魔力量の底上げをするしか道はない。
文句を言われたところで、出来なければ都市がつぶれるだけだ。
それがじわじわとになるか、あっという間になるかの差でしかないのかも知れないが、必死に充填作業を続け、魔力量を上げていけば、次代には間に合うだろう。
どれを選ぶも結局の所は住民次第だが、なにを選んだところで、誰一人として明るい未来は想像できなかった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
久しぶりの太陽と風を感じ、私は一人、草原でにんまりとした。
草木の匂い、はずれの音。そこかしこに感じる生き物の気配。
ここ何年も感じていなかったものだ。
何より。
「壁と天井がなくて広い」
ずいぶんと狭苦しいところに居続けたものだと、我が事ながら感心してしまう。
まあ、魔力枯渇でまともに考えられなかったんだけど。
「さあ、どこにいこう」
どこに行くのも自由だ。
ああ、こうして自分で何かを決めるのも久し振りすぎて、どきどきする。
とりあえず、飛んでどこかに行ってみよう。
きっと空から見る世界は綺麗だろう。
独自魔法解釈なので、その辺りの突っ込みはご遠慮ください。(笑)
あと、ざまあとしてはおそらく弱いかなーと。