心の在処
ガラス瓶の中に思いを詰め込んだ。
色毎に分けられた細かな硝子粒に見えるそれらが、俺の扱う商品だ。
数年前。世界各地で同時期に、奇妙な生物が発見される様になった。現在では「心獣」と呼ばれるようになったそいつらは、いわく人間の心から生まれ、感情を糧に生きている、らしい。既存の生物に似た形をしているにも関わらず、その無機物の様な体表面と彩度の高い体色から、始めはやれ不気味だ化け物だと世間は一通り大騒ぎになった。
......始めは、だ。ヒトの適応力と言うのは大したもので、今では心獣もちょっと変わったペットと化していた。むしろ犬や猫やその他諸々とは違い、餌は非物質だし糞便もしない、口に合う餌さえ与えていれば手間も金も掛からない存在だ。
こうして専門のペットショップが成り立つくらいには、心獣は急速に人々の生活に溶け込んでいった。
「でもライリのお店はずっと閑古鳥よね」
「頭ん中を読むんじゃねぇ」
......物思いに耽っていられたのは客が居ないからだった。カウンターに突っ伏していた上半身を起こして、現実に引き戻してくれやがった客じゃない来訪者を睨む。
「と言うかお前いつの間に居たよ、リカ」
正面に立っていたのは、腐れ縁と言う表現が合う幼馴染のエリカドール。赤みがかった茶髪を一本の三つ編みに束ねた、そばかす顔の女だ。
「今さっき。元気してる?」
「元気に見えるなら眼科の受診を勧める」
「......すっごい冷やかしは帰れってオーラを感じるんだけど」
「口で言った方が良かったか?」
「どうせ他のお客なんて来ないじゃん」
「あ"ぁ?!」
ガサリ、と俺が思わず上げた大声に合わせて、彼女の手元で音がした。
「............おい」
空を切る音がしそうな速度で、リカの顔が逸らされる。その胸元には、膨らんだ二つの紙袋が抱え込まれていた。
「リカ。想像はついたんだが何だそれ」
「............くぬぎやの、レモンパイ。ライリ好きだったよね」
「違うそうじゃない。好きだがそっちじゃなくてだな」
なおも先延ばしにしようと言うのか、目が世界レベルの水泳選手並に泳ぎまくっている。
「っ......ひとりでにもぞもぞ動いてる方について訊いてんだよっ!」
「ごめんなさい!」
「用件の前に謝るな!!!」
心獣に好かれやすい奴と言うのが居る。こいつはその典型だ。分かりやすく言うなら子供っぽい奴。感情を餌にすると言う性質上、喜怒哀楽のアウトプットが激しい人間の方が好まれやすい様だ。言い換えるなら単純。......良く言うなら純粋、か。
だからこう言う事も、幼いころからままあった。
「その、この子なんだけど......」
リカが微かに動く方の袋の口を開けると、中には予想した通り、一匹の心獣が居た。色はショッキングピンクにオレンジのまだら模様で、似た動物を挙げるなら栗鼠だろうか。
紙袋が音を立てる程に動いたのは俺が驚かせてしまったからのようで、出て来たそいつは逃げる事もせず、気怠げにしている。
「はぁ......いつものだな。何度も言ってるがうちは慈善事業じゃないんだぞ」
「ごめんってば......でも放っておけなくて」
「俺の気が変わらない内にそいつと賄賂置いて帰れ」
「......! ありがとう!」
心獣は、個体毎に決まった種類の感情しか消化出来ない。合わない感情に触れすぎると弱っていき、時に凶暴化して、果てには消滅する。
その治療は、飼い主からの依頼で頻繁では無いにしろ恒常的にある仕事だったが、リカが連れ込むのは決まって野良だった。そもそもあいつは心獣を飼う気が無いらしい。
野良の保護も、積極的にはしないが仕事の内な為、一概に迷惑とも言えずにいる。そうこうしていたら、リカが拾ってくる野良心獣の対処が俺の仕事の一つになってしまっていた、と言う訳だ。
「おい、アイ。仕事だ」
商品棚の整理をさせていた人影に声を掛ける。少年とも少女ともつかない幼い人型の、正体はこいつも心獣だ。名前の通り"愛"を食べるこいつは、両親が何処からともなく連れ帰って来て以来、共に店を切り盛りしてくれている。
「マタリカチャンノツレゴナノ?」
「連れ子、はおかしいだろ......」
「ライリガチャントスレバソウナルトオモウケド」
「うるせえ。ならねぇよ」
知能が高く、その分変に厄介だった。それでも共に居るのは、それを補って余りある対心獣においての有能さ故だが、偶に蹴り出したくはなる。
「......ナニコレ? ナンカヘンダヨコノコ」
「変だからここに来てるんだろ」
「ダケジャナクテ」
言われて、俺も眼鏡を掛けて目を凝らす。疲れるから余り使いたくは無いのだが、この仕事に必須の感情を可視化する眼鏡だ。
栗鼠の全身を、薄桃色の靄が包んでいる。カラーモデルと見比べてみれば、恐らく恋情の色だ。体色とも一致するし、これがこの心獣の好む感情なんだろう。しかし不調を来たして見える割には、他の色で濁ってはいない。
「............なんか付いてるな」
「ゼンゼンチガウイロ」
代わりに耳の後ろ辺りに、限りなく黒に近い紫が、裂けたような傷口にそって局所的にこびり付いていた。
「ちっ......」
「ネェライリ......」
「分かってる。ぶっちゃけいつも通りだろ」
憧憬と憎悪。好きと嫌いが混じりあった負の紫は、嫉妬の色だ。傷口から侵食していると言う事は、この感情は傷をつけた心獣のもの。十中八九凶暴化した個体だ。
「悪いが、処置は頼んでも良いか」
「イイヨー。イッテラッシャイ」
「行ってくる」
凶暴化した心獣の対処は、この仕事においての最優先業務だった。牙や爪に一定の防御性能を示す、特別性の上衣を歩きながら身に纏う。武器は刃のついていない玩具のような刀。人には無害かつ心獣に確実にダメージを与える優れ物だ。
ドアに掛けられた札を「営業中」から「準備中」に裏返して、足早に出て行く店主を見送り、残された人外は独り言ちる。
「......ソレダケジャナインダロウケドネ」
傷付けられていた栗鼠の心獣は、彼の幼馴染の傍に居たのだ。しかも凶暴化しただろう心獣が宿していた感情は嫉妬。そいつの矛先は、本来エリカドールに向いていたものだったかもしれないのだから。
「ヤッパリライリノソバハイイナァ」
「サテ、ボクモシゴトシナイト」と、少年の様な少女の様な獣は、満足気に栗鼠に向き直った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「ライリ、チョットウルサイヨ」
昼過ぎに出て数時間で帰っては来れたが、店を開け直す気にはなれないまま、閉店時間を迎えた。店内のソファに沈みこんで呻き声を上げている俺を、アイが面倒くさそうに嗜めてくる。
「聞いた話だとあいつ、他所が失態で逃した奴だったって......」
「シリヌグイダッタコトガソンナニフマン?」
「えー......」
傷の処置と不純物の抽出が終わって、無事元気になった栗鼠が、ここぞとばかりに俺をアスレチックにしている。
騒ぎを起こした暴れ心獣は、処分した。それ以外にやりようは無いし、仕事だから後悔はしないが、人から生まれ人に殺される彼らに、思いを馳せない事は出来なかった。アイにこの遣る瀬無さが伝わらないのも、いつも通りだ。
計二体の心獣から抽出して瓶詰めした、各種感情の欠片を手慰みに弄くり回しながら、自分の上を駆け回る栗鼠を他人事の様に眺める。
「モウ......ハイ、コレ」
「ん? ......あぁ」
頭にぽすんと、紙袋が乗せられる。リカが持ってきた、くぬぎやのレモンパイだ。言われるまで忘れていたとは情けない。
紙袋を開けると、一口サイズのミニパイが一つと、カットケーキの形で二ピースが入っていた。
「......はは。アイ、あと栗鼠、お前も。ティータイムにしようか」
「オ、サスガリカチャン」
俺にとっては小さくない事件でも、何事も無かった様に、日々は過ぎていく。それでも大切な人達のお陰で、俺はここで立っていられる。
だから、思う所はあれど、思う事にしよう。今は、
それだけで十分。




