人に訊ねるときは自分から
結局、国王陛下は私の精神を削るだけ削って、始終ニヤニヤした顔でディランと街に行った時の話や、森へ行った時の話をさせられた。途中でこの国の宰相が鬼の形相で陛下を迎えに来て解放された。
「なんだかものすごく疲れた」
なんだろう。親戚のおばちゃんみたいな感じだった。
空気に徹していたお父様が恨めしい。
「陛下は昔から、ああなんだよ」
遠い目をしたお父様は、王宮に来たついでに挨拶をしたい人がいると言い、王宮の奥へと向かって行った。
その間、暇を潰す場所として一般開放されている庭園がとても綺麗だと教えてもらったので、庭園を散歩することにした。
「わぁー」
侯爵家の庭の何倍もの広さがありそうな庭園は、歩きやすい様に道もレンガで美しく舗装されていて、花壇には区画ごとに薔薇やクレマチス、芍薬などの日本にもあった花や、見たことのないような花まで色取り、計算し尽くされた配置で目を楽しませてくれた。
「こんなにゆっくり花を見るなんて何年振りだろう」
向こうにいたときなんて花屋に行くかどこかのお店に入ったときに飾ってあるのを見る位しか縁がなかったもんなぁ。
「お前が愛し子か?」
しみじみと思い出していると、後ろから威圧的な声が聞こえてきた。
どうしよう。振り返らなきゃだめかな。なんかまた嫌な予感がするんだよなぁ。
「・・・・? 聞こえなかったか? 愛し子というのはお前のことか?」
再度の声掛けに渋々振り返る。
二十歳いかない位の青年だろうか。太陽の光に透けるような長めの金の髪、綺麗な顔に乗せられた髪と同色の眉は顰められ、パッと見で身分の高い人間とわかる仕立てのいい服を着ている。
「えっと、どちら様――」
「殿下〜! 置いてかないでくださいぃ〜」
言い切る前に、こちらに大声で叫びながら走ってくる少年が見えた。
殿下って。ここの王族は自由だな!
「殿下、仰ってくだされば、私が、お連れします、ので、いきなり飛び出して、行かないで、くださぃぃ」
従者の格好をした少年は到着すると、息も絶え絶えになりながら訴える。
「頼むより自分で来たほうが早い」
今のうちにこっそり逃げられないかな。
「おい、愛し子」
ダメデスヨネー。
「・・・何でしょうか」
自力での脱出に失敗した私は、お父様が早く戻ってくることを祈る。
「お前、医療の知識はあるか?」
「医療の知識はありません」
陛下に会った後だとこの王子様らしき人はとっつきにくいというか、言ってしまえば感じ悪いなあ。でもまあ王族って本来こんな感じかな?
「父がもうすぐ戻ると思いますので失礼します。」
「待て」
強い力で手首を掴まれ、痛みで顔が歪む。
「・・・・・・すまない」
すぐ離してくれたけど痛かった! 馬鹿力王子!!
「殿下〜。初対面のお嬢さんに自己紹介もせずに狸オヤジ達との会議直前みたいな顔で詰め寄ったら怖がられますよ〜」
従者の少年に言われてハッとしたような顔をしてるけど、もっと早く気付こうよ!
「・・・重ね重ね申し訳ない。私はリヒト・アーサー・フォン・ディティリエ。この国の第一王子だ。愛し子の名前を教えてもらっても良いだろうか」
「アサコ・エーデルラントと申します」
カーテシーをし、名乗る。お母様と特訓しといて良かった。
「エーデルラント侯爵令嬢、すまない。藁にも縋る思いなんだ。力を貸してくれないか」
事情を説明すると言われ応接室に場所を変えることになった。お父様を待っていたことを伝えると、お父様には私の居場所を伝えてあるらしい。いつのまに。
用意して貰った紅茶に口をつけ、殿下が話し始めるのを待つ。
あ、この紅茶おいしい。
「私には妹がいるんだが・・・・」
殿下が深刻そうな顔をして話し始める。最初の印象が悪くて、できればもう帰りたいけど、聞く姿勢をとる。
「私の妹は一年前から目が覚めないんだ。原因がわからねば対処のしようがないと医師も魔法師もみな匙を投げた。愛し子ならなにかわかるかもしれない。駄目で元々、どうか一度妹に会ってくれないか」
この世界に来てから私は困ったことがあまり無い。その疑問を、私につけてもらった家庭教師に聞いたことがある。
それは、これまでの愛し子と呼ばれた人たちが創り上げてきたからだと聞いた。今の私は、魔法はまだまだ魔力操作を練習している段階だし、医療についてだって多分私よりこの国の医者のほうが詳しいと思う。
「会っても何もできないと思いますよ」
「それでもいい。この通り、頼む」
そう言って殿下は私に頭を下げた。
正直、私にはどうすることもできないと思う。だけど、この国の王子様が頭を下げて頼んで来た。それだけ必死なんだ。
この国の人たちにはとても良くしてもらってきたし・・・
「わかりました。お役に立てるとは思いませんが、会うだけ会ってみます」
「・・っありがとう! すぐ、案内させてくれ」
迷路のような王宮内を右へ左へと複雑なルートを殿下の案内で進んでいく。
ここで迷子になったら帰れる気がしない。
最初にいた庭園からかなり奥まった場所に来ると、ドアハンドルに繊細な細工の施された扉の前で殿下が立ち止まった。
「ここがザラの・・・妹の部屋だ」
殿下は三回ノックをすると、扉を開け中に招き入れてくれた。
「ザラ、早く起きてまた笑っておくれ」
妹を心配する殿下が、いつかのお兄様に重なって見えた。
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