社会見学をしよう
お父様経由で一週間後、街に行くことが決まった。
その間、私はエーデルラント家の娘という立場なので、お母様から礼儀作法を習うことになり悪戦苦闘していた。気をつければ出来るってレベルじゃない。もうこれは身体が覚えるまで繰り返すしかないだろう。長期戦でやるしかない。
そんなこんなで一週間はあっという間に過ぎていった。
「できました」
「ありがとう。ステア」
ステアに髪を結ってもらって、街で流行ってる型のワンピースを着て・・・なんてことはなく、ショートのこげ茶のカツラを被り、サラシを巻いて、簡素なシャツとズボンに革でできたポストマンバッグみたいなデザインの鞄を斜めにかけて準備を終える。これで、どっからどう見ても小柄な少年の出来上がりだ。
そのまま部屋を出て一階へと行くと、玄関ホールでは既にディランが待っていた。
「ディラン!」
「よう。準備は出来てんな。んじゃ行くぞ」
「ちょっ、まって。行ってきます」
「いってらっしゃ~い」
私に目を向け、上から下まで眺めた後、行くぞと言いながら動き出したディランに慌ててついて行く。丁度、玄関ホールまで見送りに来てくれたお母様に挨拶をして屋敷を出る。
屋敷から少し離れたところから乗り合い馬車に乗り、ラングスタールという一番近い街へやってきた。
「おおー」
「ここがラングスタールだ。この辺りじゃ一番でかい街になる。」
真ん中に綺麗な石畳の道があって、両サイドにレンガ造りの色々な店や、よくわからない建物が建っている。ロンドンみたい! 行ったことないけど。物珍しさに、歩きながら目につくものあれは何?これは何?とディランに聞いて回る。
「周りばっかみてはぐれんなよ」
そう言って、大通りから脇道に入って少し歩いた所にある、ひと際大きな建物の前につく。
「ここは?」
「冒険者ギルドだ。興味あんなら見といたほうがいいだろ」
冒険者ギルドの中は思ったより明るく綺麗だった。
入って正面奥にカウンターがあって、紙を持って並んでるのが五列。一番奥に大小様々だけど、何かしら袋を持った人が多く並んでるのがニ列。素材の納品とかかな? そして、入ってきた扉の左側に大きな掲示板があって、そこに貼ってある紙を見てる人が集まっている。
「おぉーギルドっぽい・・・」
「っぽいじゃなくてギルドだ」
ディランがひとつひとつ説明してくれたことによると、掲示板に貼られている依頼を見て、受ける依頼を決めたら紙を剥がしてカウンターに持っていく。カウンターで手続きをしたら、決められた期間内に依頼を遂行しなければならない。奥のカウンターは採取依頼等の納品口で、採取や討伐で取れた素材の買い取りもしてくれるそう。
冒険者登録ができるのは十二歳からで、登録料として銅貨3枚あれば誰でも登録出来る。通ってきた道にあった店のりんごが一個で銅貨一枚だったから、六百円位かな?案外リーズナブル。一度登録したら世界各国どこでも身分証として使えるんだって! 便利。ただまあ、当然というか依頼遂行中に怪我したり、最悪死亡しても自己責任。そのかわり、難易度の高い依頼は報酬も高額だとか。
「冒険者にもランクがあってな、登録したときにカードが発行される。最初は皆銅から始まって銀、金、白金で、最後がオリハルコン」
「おりはるこん」
あるのか。オリハルコン。ゲームでしか聞いたことないよ。
「ディラン、ちなみにディランは?」
「白金」
「・・ちなみに白金ってどのくらい、いるの?」
「確か二十人くらいだったか」
「・・・・・この国で?」
「世界で」
「oh・・・」
お父様、世界で二十人の冒険者様は腕利きじゃなくて超、腕利きだと思うの。
「ちょっと客はアレだが、うまい飯屋があるんだ」
そう言って、一通り見学を終えた冒険者ギルドを出てギルドのちょうど裏側まで来ると、ポツンと一軒の店があった。中に入ると昼過ぎなのに客は大勢いるが、殆どのテーブルで昼でもお構いなしに酒を飲んでいるようだ。
なるほど。それでこの恰好か。確かに女の格好じゃ酔っぱらいに絡まれそうだ。ただ、ガラが悪いというよりも陽気な酔っぱらいが多い印象で、どこも笑いながら飲み食いしてる不思議な店だ。
運良く、店の隅の方に開いてる席をみつけ座る。間も置かずに、カウンターの奥からエプロンをつけた、ディランより一回りくらい大きい男が出てきた。
「ディランじゃねーか。飯か?酒か?」
見た目だけじゃなくて、喋り方も少し圧を感じる。
「久しぶりに飯食いにきた。こいつに食わせてやりたくてな」
「ほーん。嬢ちゃん食えねえものは?」
「えっ」
なんですと。今の私は、ちょっと線は細いけど少年には見えるはずなんだけど。
「男の恰好しててもよく見りゃわかるだろ。まあ酔っぱらいにはわかんねーだろうが」
よく見て大丈夫だと言ってくれたステアやディランは、酔っぱらってはなかったけどね。
「いや、見ただけでわかるやつのが少ねえって。ゴッズのがおかしい」
おっちゃんゴッズっていうんだ。牛のマスク被って斧持ったら似合いそうですね。まあ、お隣に世界で二十人しかいない冒険者様がいるんだ。パッと見で男装見破る大男もいるんだろう・・・多分。
「んで、嬢ちゃん食えねえもんは」
「ないです」
深く考えるのを諦めて、質問に答える。ご飯食べに来たんだから、ご飯が美味しければもういいや。
「ん。待ってろすぐできる」
ディランによると、本当は食事メニューはないんだって。
だから、食事を頼むときはその日あるものでゴッズさんが作って出してくれるそう。
この店に神はいた。
「こ、これは・・・」
「ロック鳥のテリヤキだ」
エーデルラントの屋敷でも鶏肉っぽいのは食べたけど、香草で蒸したようなものだった。日本食はないんだと思ってたのに。久しぶりの見知った料理に私は内心、小躍りだ。
「いただきます」
さすがに箸は無かったからフォークで一口。
「!」
つややかなタレがお肉全体をコーティングしていて、皮はパリッとしたまま、身は柔らかくてジューシー。パサツキなんてなくて、噛むと肉汁が溢れ出てくる。
「おいしい!」
それから私は、黙々と食事に集中した。
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