異世界の温泉郷
ホノル村の中は外観と同じく純和風の作りをしていた。旅館と違うところは、中に入ったら受付があるわけではなく、薬屋や道具屋、鍛冶場など様々な店が連なっている。旅館の中というより、土産物屋が立ち並ぶ温泉街の印象だ。
「みてみてーお店、いっぱいー」
「ほんと、すごいね」
「ああ、スゲェよな。ここだけで村の生活は事足りるように出来てるらしい」
とりあえず、私達はしばらく滞在する宿をとるため二階へ上がった。
どうやら、二階全体が宿泊施設になっているようで、あちらこちらにこの国の人とは風貌の異なる人達を見かけた。
「人、多いね」
「ここにある風呂が少し変わっててな。観光客が多いんだ」
「おふろー!」
変わった風呂が何か、なんて想像がつく。ほぼ間違いなく温泉とか露天風呂とかその辺りだろう。
一旦ディラン達と別れ部屋に入る。
部屋の中は和洋室になっていて、簡易キッチンが備え付けられている。畳の部屋には布団ではなく、背の低いベッドが置いてある。きっと、布団に馴染みのないこの世界の人達への配慮だろう。
「なんか本当に旅行に来ただけの気分」
雰囲気のある部屋なのに、普通の宿屋より気持ち高いくらいの値段で泊まれるのは、ただの旅行で来たとしてもお得かもしれない。
この部屋を私一人で使うなんてすごく贅沢な気分だ。
小さめのテーブルにティーポットと茶菓子が置いてある。ちぐはぐだな、と思いながらもついついお茶をいれて一息つく。
「緑茶があれば完璧だったのに。確か紅茶とは加工が違うんだっけ。ここになくても、この世界のどこかにはあるかな」
お茶を飲んだら気が抜けて、完全に寛ぎモードになって満喫している。
今日はこのまま宿で体を休めて明日の朝、ダンジョンへと出発する予定だ。それまでは自由時間。
夕食はディランとティルの三人+精霊一匹で食べる約束をしてるけど、それまでは少し時間がある。
丁度いいから旅の汗を流そうかな。
部屋には備え付けのシャワーがあるが、せっかくなのでディランの言った変わった風呂に行くことにする。
宿の従業員に聞くと一階にあるといい、詳しく場所を教えてくれた。教えに沿って歩いていくと、暖簾のかかった入口が二つ見つかった。
片方はピンクの暖簾にレースがついて可愛らしく装飾されており、もう片方は深い藍色に白で模様の入った暖簾。
入り口の脇にはそれぞれ、ピンクの暖簾の方には女性、藍色の暖簾の方には男性、と、この国の言葉で書かれた札がかけられていた。
ピンク色の暖簾の方を進んでいくと、今度はちゃんとした扉が出てきて、扉を開けると脱衣場になっていた。
脱衣場には鍵のかかるロッカーがあった。鍵は変な形をしていて、紛失防止なのか紐がかかっていて、鍵をロッカーにかざすだけで開閉出来るらしい。多分魔法かな。
壁には横長の大きな鏡が壁にかかっていて、化粧水や乳液が備え付けられている。入浴後の手入れが出来るスペースがちゃんとあるようだ。
一番奥に風呂に続くだろう扉があり、足元にはマットが敷いてある。
時間がズレたのか、他に人の姿はない。服をぬいで扉を開けると、最初の予想の通り、岩で作られた露天風呂があった。
「うわー 予想はしてたけど、ほんとにあった」
ご丁寧に洗い場まで再現されていて、木でできた椅子と桶が置いてある。
そこで頭と体を洗い、お待ちかねの湯船に浸かる。
「あったかーい」
少し熱めの温度だが、外の空気がひんやりしていて涼しく、いつまでも入っていられそうだ。
ゆっくりお湯に浸かり、体が十分温まった頃に風呂から出た。もう少し入ってたい気持ちはあったが、調子に乗ってのぼせないうちに、あがることにした。
先に肌の手入れをし、簡素なワンピースに着替える。部屋に戻る途中、来るときは気にならなかったが、瓶詰めの牛乳を売ってる店が目に入った。
ちょうど風呂上がりの客の目に入りやすい位置に銭湯で売ってるような瓶詰めの冷えた牛乳。
この世界で牛乳を買うときは、少し大き目の容器を店に持っていって、それに詰めてもらうのが一般的だ。それを考えると明らかに作為的なものを感じたが、この際それでもいいじゃないかと、一本購入して飲みながら部屋へと戻った。
部屋へと戻ると、夕食に丁度いい時間になっていた。ディランとティルに合流して、一階の店の中から適当に選んで入る。
夕食はやっぱりというべきか、ここまで揃ってるのに何故かというべきか、日本食はなくて、この辺りでは定番らしい野菜とモウールの肉と豆の煮込み料理を頂いた。
食事を終え、再び部屋へと戻る。特にすることもないが、そんなゆったりした時間を満喫する。
明日からはダンジョン探索だ。どうなるかはわからないが、やれるだけの事はしよう。だけどその前に、今はのんびり過ごして英気を養う。
「明日から頑張る」
こうしてホノル村での初日は過ぎていった。
ブクマ、評価ありがとうございます。




