ボーナスが貰えるって誰が言った?
頭に浮かんできて書きたくなったので見切り発車ですがよろしくおねがいします。
「朝子せんぱーい!資料、置いておきますねー」
「ありがと! なっちゃん。もうすぐ桃子ちゃんのお迎えの時間じゃないの? 早くあがっちゃって!」
「いつもありがとうございます! お疲れ様でーす」
保育園のお迎えがある後輩を見送り、明日のプレゼンの資料作りを再開する。
「今日中に終わるかなー。これ」
私は坂本朝子。朝の通勤電車の中で読むネット小説と、帰りの電車でのうたた寝を愛し、休日が恋しい三十四歳。
「次のボーナスが出たら、有給取って人がダメになるソファ買って、食料と漫画と小説をしこたま買い込んで籠城するんだ・・・!」
ささやかな野望を、ささやかな胸に秘め、仕事に励む。
別に、仕事が好きなわけじゃない。なんなら、手を抜けるなら抜きたい。だけど、今やってる仕事は確実に次の査定に影響する。ボーナスが増えないのは仕方ないと思える。でも、減るのは嫌だ!!!
この資料が出来上がったら、明日はもう発表するだけ。
黙々と作業を続け、やっとのことで資料作りが終わる。ついでに、明日の準備も終えたとこで時計を見たら、二十三時。帰ろう。
最早、夕飯を作る気力なんてさらさらなく、帰り道にあるコンビニで缶チューハイと焼鳥、三角形のパックに入った枝豆を購入し、鼻歌を歌いながら、街灯の灯りを頼りに夜道を歩く。
「疲れたなぁ。積読消化したい・・・」
ふと、読まれずに積み上がった本の山を思い浮かべ、独り言をつぶやきながら歩く。
借りているアパート近くの公園が見えてくる。
この公園、左に細い道があって、ここを通ると近道になる。
街灯もない真っ暗な細道だけど、ここを通らない場合、公園を大回りしなくちゃいけない。たいして長くもない真っ直ぐな道なので、度々通っている。
「今日も近道しちゃおーっと」
だから今日も、いつもと同じ近道のつもりでその道を通った。
うーん・・・? 頭が痛い。何ならちょっと、身体がだるい。
昨日、チューハイ飲んだから? あれ、飲んだっけ? 分からない。でも、もうちょっと寝てたいなぁ。
うーん。まぶしい・・・
ん?
まぶしい?
「私のボーナス!!!」
寝坊したと思い、冷や汗をかきながら勢いよく、ふかふかの極上ベッドから飛び出し時計を探す。
「あ・・・・れ・・・?」
時計のあるいつもの位置を見ても、何もない。
更に言うなら、アイボリーの可愛らしい模様の入った壁の、ホテルのスイートルームのような広い部屋。どこだここ。間違いなく、私の部屋じゃない。
「ん? んん!?」
混乱している私の視界の端に、ちらりとミルクティーベージュの髪が映る。おかしい。私の髪は真っ黒だし、髪洗ったり乾かすのがめんどくさいから、ロングなんてもってのほか。
お気に入りの美容師さんに、いつでも肩上で切り揃えてもらってる。今着ている服も、肌触りのいい、足首まで長さがある、買った覚えの無いワンピース。
試しに髪を引っ張ると、頭皮に痛みを感じた。カツラを疑って頭を振りまくってみたり、ピンを探してみたりしたけど、そんなものがあるわけなかった。
これは地毛だ! と、やっとのことで理解し、部屋にあるドレッサーの鏡で自分の姿を確認しようと一歩動いたところで、部屋の扉が開いた。
「失礼しー・・・」
クラシカルなメイド服を着て、メイドキャップを被った、十五、六歳位の女の子。手には掃除道具を持っている。
女の子は私を見ると、扉の前で硬直した。
固まるメイド少女。
体はドレッサー側に、顔は入口の少女に向け固まっている頭ボサボサの不審な女。
正気を取り戻したのは少女の方が先だった。
「おっ、お目覚めになっているとは思わず、失礼しました! すぐに、旦那様と奥様をお呼びしてきます!!」
少女は掃除道具を持ったまま、勢いよく回れ右をして走り去っていった。
先程の少女が、旦那様と奥様とやらを呼びに行った直後、私は無事に再起動をすることができた。
目的のドレッサーまで行き、鏡を覗き込むと、そこにあるのは、知らない顔。
腰まで届くくらいの、ミルクティーベージュのふわふわした柔かそうな髪。滑らかな肌は白く、毛穴なんて見つけられそうもない。
優しげなタレ目で、ペリドットのような透明感のある瞳。
鼻も口も小さめだけど、完璧な配置になっていて、全くの別人になっている。とびっきりの美少女。年も、さっきの子と同じくらいだろう。
これはあれか。異世界転生・・・それとも、なんかの乙女ゲームに転生した?
ヨーロッパのどこかに生まれ変わって記憶喪失・・・はないだろうなぁ。
真剣に今の状況を考えていると肩を叩かれた。振り返ると、ミルクティーベージュの髪に、青い瞳を持つ、甘い顔立ちをしたイケオジがにっこり笑っていた。年齢は四十代前半位、だろうか。
「やあ、気分はどお?」
「ぎゃっ」
突然のイケオジに、一瞬心臓が止まった。
「あなた、悪ふざけが過ぎますよ」
イケオジの一歩後ろには、亜麻色の髪に、ペリドットの瞳を持った、ナイスなバディのおっとり系美人。
二人とも、一目で裕福だとわかる仕立てのいい服を着ている。
その二人のさらに後ろには、先程の少女が控える様に立っている。
もしかして、この人達が旦那様と奥様とやらか。
今の私にどことなく似てるこの人達はきっと、この身体の持ち主の両親なんだろう。
メイドの子は、起きてるとは思わなかったって言ってた。
目覚めた私を見て、わざわざ両親を呼んでくるなんて、あれかなぁ。転生モノによくある、高熱が出て寝込んでた、とか。事故で意識が無くなってた、とか。
私にはこの子の記憶がない。
坂本朝子の記憶しかない。
娘(多分)が目覚めたら別人だった、なんて知ったら悲しむだろうなぁ。
どうすればいいのかわからなくて悶々としていると、イケオジがこちらを覗き込むようにして、どこか胡散臭い笑顔をして問いかけてきた。
「君は、自分が何者かわかるかい?」
二十年以上前なんだけど、焼き鳥ってスイミングスクールの帰りに屋台でモモ串一本六十円で買ってた気がする。