いきなり本番という手法
●小説の導入部分について
「さっさと本論に入れ」というけれど……。
アダルトビデオ・DVDは、いきなり本番で、ずっと最後まで本番だ。「いきなり本番」は普通の作品でも常識になっていて、文章や漫画の指南書も、基本中の基本だとしている。
でも、映画で主人公が、いきなり事件に巻き込まれ、最後まで続くというのは………落ち着かない。
やれやれ、やっと事件が解決して「さあ、これから」と思ったら、そこで2時間の映画が終わりだなんて………ちょとそれは、「あざとい」というか、「基本に忠実すぎない?」と感じでしまう。
いきなり本番は、読者にどうするか選択の余地を与えない。まるで俺々詐欺が畳み掛けるのと似ている。
映画というのは、あらかじめ入場料を払ってから観るのだからね、そんなに畳み掛けなくたって、
「観るよ、観ますとも」
だから、まあ落ち着けよ。
そういえば、僻地の工場で、社員食堂の店員が、目の前の客じゃなく、遠くの客を呼び込むということがあった。でも飲食店は、そこだけなのよ。
その工場は、港区にあって、自動車を組み立てていた。
ほんと、な~んも無いところで、工場の外に出て昼飯を食べるなんてありえない。
「はいっ、いらっしゃい、いらっしゃい」
……言われなくても、そこで食べるのだから、こう、なんというか、目の前の客(俺様)を、もうちょっと大切にしたらどうだと思ったものだ。
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●実作の導入部分
(ドラクエ8を使って)
最後は、中ボスのドルマゲスが負けるところまで。
だから最初は、そのドルマゲスが杖を奪うところからがいいなあと、だいたいの方針を決めた。
じゃあ、中身が問題になる。
で、何を書けばいいのか……サッパリ判らない。
材料はある。だってドラクエ8なのだから、ネタには困らない。しかし何を書くのか?
(中身の)スタート地点でハッキリしていることは、「まだ、ほぼ何も判っていない」ということ。
読者は、何も知らない状態から読み始め、読み進めるにつれ、少しずつ作品の世界を知っていく。
ネタバレ的に、いちばん最初で、
「じつはねぇ、犯人はね、○男なんだよ」
「姫は、△王子と結婚するんだよ」
と、書けばいいってものではない。
少しずつ小出しにする。だから、何も解らなくて当然。
読みはじめた時には、何も知らなくて当然なのだが、すでに冒険が始まっていて、有無を言わせず冒険に参加させるというのは、いかがなものか?
俺々詐欺から畳みかけるように電話がかかってきたどころか、だまされてATMで送金し終わった場面から、スタートしている気分なのだよ。
ドラクエ8(PS2版)のスタート地点は、原っぱで、
そこは、城から出発して、川の吊り橋を渡り終えた所。
(吊り橋は壊れていて、もう城には戻れなくなっている)
場所的にも、時間的にも、既に冒険が始まっているところからプレーヤーは参加する。途中参加みたいになっている。
しかも、(ドラクエ8)主人公の素性・正体が判るのは、ゲームの最後の最後の最後。つまり、ずーっと主人公が何者か判らないまま、ずーっとゲームをやるのだ。
だから、もやもやーっとした、ハッキリしない気分を引きずってゲームをする。感情移入できないし、幸福な結末にも、「ふ~ん。あ、そう」という気持ちしか湧かない。
ゲームは、プログラム操作で秘密を守れる。
出版物でも連載雑誌なら、最後の最後に、
「じつは、犯人は○男です」と秘密を引き延ばせる。
ところが、単行本(文庫本)の小説だと、秘密なんて守れない。どうしても知りたいと思ったら、最後の方を読めばいい。
秘密をどう扱うのか。
情報を出し惜しみするのが、良いか悪いかは、別にして、
ゲームは、後出しが可能。
単行本は、だだ漏れで不可。
なので、ネタバレしても読める本というものを目指す。
刑事ドラマでいうと、最後に犯人が判るタイプと、刑事コロンボのように最初から「こいつが犯人」と判るタイプがある。
[補足]
なんか解りにくい説明になってしまったが、つまり、最初に全部をネタバレ的に言えばいいというものではなく、少しずつ出していくのが理想的なのだが、単行本・文庫本で発表する場合は、作者の思惑通りに、読者が少しずつ受け取ってくれるとは限らない。いきなり結論から読み始める読者だっている。
いきなり本番というスタイルは、受け手の情報量を、制作者側が何とかして管理してやろうとしている。……そう感じるわけで、管理しきれるのなら、まあ、そういう手法も有りなのかもしれないが、果たして単行本・文庫本で、その手法を真似ていいものなのか…………。
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●主人公の意志
トロデ王のオッサンは、ドルマゲスを追って、呪縛を解くつもりでいるらしい。
でもね、誰が戦うの?
オッサンが戦うわけではなく、戦うのは主人公。
追いかけて、勝つ見込みがあるか?というと、無い。
それに城での待遇が良かったわけでもないし、姫様が魅力的でもない。馬だしww
普通に考えたら、主人公が旅につき合う理由なんて無い。だからゲームでは、強制的に同行させて、既成事実にしている。
(ゲーム版では)主人公が嫌がる可能性があって、それを隠すために、情報を出し惜しみしているんじゃないか?と感じるのよ。
………じゃあ、どうすればいいのか?
ネタバレしていても読者が読むのは、やはり、主人公に主体性がある場合。
ドルマゲスのせいで、城が壊滅状態になり、残ったのは主人公と、異形の姿になった王様と姫だけ。
普通の王様なら、ガックリするし、勝算がないから追いかけようとは思わない。それなのに、錬金釜を積んで、何とかするつもりでいる。
なので、主人公が自発的に同行したのかもしれない。
錬金釜は、2個のアイテム(道具)を入れてグツグツ煮ると、1個の素晴らしいアイテムになるという釜。(取説に載ってない)
例)
薬草8G+薬草8G→上薬草88G
72Gのプラス
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↓こうなった
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[旅立ち]
<前夜>
城が壊滅状態になり、粗末な戦闘服を着た主人公。
王様は旅立つ準備を始める。
壊れた錬金釜の説明をするが、気が遠くなる話だ。
そして主人公に、
「行く行かないは、お前の自由だ」とも言う。
<翌朝>
王様と馬姫が、とぼとぼ出発すると……、
旅姿の主人公が、正門で待っていた。
<終>
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●読者の意志
読者にできることは、読むこと(…当たり前w)
ということは、読者にとっての選択肢は、読み続けるか、読むのをやめるか。
(読むだけしかできない読者には、選択肢なんて無いように思いがちだが、しいてあげるなら「読まない」がある)
※主人公が進むを選択=読者が読み続けるを選択
まあ、渋々でも読み続けるのは出来るけれど、主人公の主体性・意志に共感すると、読み続けるのが楽しくなり、あたかも、主人公の主体性・意志が、読者にとっての主体性・意志のように感じられる。
ネタバレしてて、この先どうなるか判っていても、楽しめる読者もいると思う。
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【終】
[追記]
長々と書いてきたけれど、主人公や登場人物の自主性が大切のように思った。
制作者側が情報を管理しきれるのなら、登場人物が事件に巻き込まれてズルズルと事件に振り回されていく………というのも有りだけれど、
管理しきれないのなら、登場人物の自主性を尊重した方がいいのではないか。<追記 終>