第3話 放課後デート
制服に着替えた後、青宮に連れられるままに歩き、電車に揺られて1時間。
何故か俺は、大型ショッピングモールのフードコートにいる。
「優真くん、醤油が好きなんですね」
「ああ、やはりラーメンといったら醤油だろ」
注文したラーメンを机に置くと、先に席に座って待っていた青宮が興味を示してきた。
塩や味噌、豚骨も捨てがたいが、俺の中ではラーメンと言えば醤油だ。
今までの俺がどうだったのかは知らんが、券売機の前に立った時に、真っ先に醤油の二文字が脳裏に浮かんだので間違いないだろう。
「そのラーメン、1口私に下さいな」
「断固拒否する。俺は例えスープの一滴足りとも残さず自分で食べたい派なんだ」
「そんな強欲な派閥、初めて聞きましたよ。創始者に、食べ物はシェアした方が絶対良いって伝えたいものです」
「それなら目の前にいるぞ? そして答えはノーだ」
「なんと! まさか優真くんが創始者だったとは……」
軽く頬を膨らませ、シェア失敗の不満を表す青宮は、熱々のたこ焼きを冷ますために「ふーふー」と息を吹きかけ、ソースの上にのっかった青のりや鰹節を思いっきりまき散らしてアタフタしている。
控えめに言って可愛すぎる。
さっきのドケチ派閥なんて全部嘘。
こんな可愛い女の子と間接キスするなんて耐えられないが故の逃げ。
耐えられないっていうのは、もちろん生理的に無理、とかいうマイナスイメージゃない。
幸せすぎて死んじゃう方の耐えられないだ。
「いただきまーす!」
ようやく食べる準備が整い、青宮は大きなたこ焼きを口の中に運んでいく。
ソースに付かないように、箸を持つ反対側の手で長い黒髪を耳の後ろに掻き上げる仕草は、まさしく男性が選ぶ女性のキュンとする仕草(俺調べ)第1位だ。
これで青宮の食べているものが俺と同じラーメンだったら完璧だったけど、たこ焼きバージョンもまた違った良さがあって素晴らしい。
「あっ、優真くん。女の子の食事姿をそんなにじっと見つめるのはダメですよ? 女の子のトリセツ100か条のうちの1つです」
「申し訳ございませんでした……。それにしても多いなトリセツ」
「覚えておいてくださいよ。女の子は繊細な生き物なんです!」
「わかったよ、青宮」
「あ、お、み、や?」
あっ、そうだ。
完全に油断してた。
教えられてから数秒後、早速俺は繊細な生き物の扱いを間違えてしまった。
「わかったよ、楓」
「それでよろしい。彼女は下の名前で呼ぼう、トリセツの序盤の序盤だよ!」
忘れてはいけない。
俺は今、青宮楓と放課後デート中なのだ。
名前呼びに満足したのか、次々とたこ焼きに箸を伸ばして両頬で頬張る青宮に、1時間前、俺はこんなことを言われた。
「今日1日、私は優真くんの彼女です。ラブラブで、アツアツの高校生カップルですよ!」
なんでも、このデートが失った俺の記憶を戻すきっかけになるかもしれないらしい。
記憶を失う前の自分とか、難しいことを考えずに、今の俺の自然体でいてほしいとも言われた。
フードコートでの軽快なやり取りも、その一環だ。
ラブラブアツアツまではいかないが、我ながら頑張っていると思う。
「はい、あーん」
「あーん、とは?」
「創始者様に、シェアの素晴らしさを知ってもらおうと思って。ほら、他の人のものを食べるなら派閥的にも大丈夫でしょ?」
有無を言わさず、俺の口元に香ばしい香りを漂わせるたこ焼きが伸びてくる。
爪楊枝を噛まずに、上手くたこ焼きだけを抜き取れば、間接キス問題は突破できる。
しかし、見間違いじゃなければ、俺に差し出されたたこ焼きは、さっき青宮が「ふーふー」と可愛らしく冷ましていたものだったはずだ。
間接キスならぬ、間接ブレスはセーフだろうか……それともアウト……。
「優真くん早くして! 私、腕がつりそうだよ」
「うわっ、ごめんごめん。あ、あーーん」
ぷるぷると震えている細い腕に急かされ、間接ブレスの是非について判定が下る前に、俺は大きく口を開け、1口でたこ焼きを爪楊枝から抜き取る。
噛んだとたんにトロリと中身が出てきて、アツアツの液体が俺の口内を襲う。
「アツッ! アツアツアツアツアッツ!」
「ふふっ。優真くん、面白い」
「ちょっ、面白がってないで水っ! 水頂戴!」
まだ笑っている青宮からコップを受け取り、一気に飲み干す。
「ぷは――っ。死ぬかと思った……ってあれ?」
受け取ったコップをよく見ると、淵に薄っすらピンク色の跡が付いている。
俺的には、ラーメンを食べる途中で飲み干してしまった自分のコップに水を注いでくれたと思っていたのだが……。
「間接キス……ですね」
やられた。
グラスに付着しているピンク色の正体は、青宮のルージュだろう。
淡く控えめに塗られた唇は、目立たない程度だが確かに薄くピンク色に染まり、女の子らしさを演出している。
青宮が上品に口元を手で隠しながら悪戯っぽく笑っているのを見ると、最初から俺が間接キスを気にしていたことに気づいていたんじゃないかと思ってしまう。
これじゃあまるで、ラブラブアツアツのカップルじゃないか……。
「彼氏冴えねえ……」
「どうして付き合ってるんだろうね」
「リア充爆発しろ」
ほら、周りがヒソヒソし始めた。
土曜の午後ということで、ファミリーが多いのはもちろん、学校帰りの学生も多い。
そんな中で、これ見よがしにイチャイチャしてたら、こうなってしまうのは目に見えていた。
だから俺は、この計画には乗り気じゃなかったんだ。
最初は具体的にどうしてカップルとしてデートすることが俺の記憶を取り戻すことに繋がるのか、そもそもカップル設定だと自然体でいられない、といった感じで沢山ツッコんで抵抗姿勢を取った。
しかし、肩を落として目を潤ませる青宮から、上目遣いで無言の圧力を受けてしまうとどうしようもない。
可愛さに負けて、俺はひとまず黙って計画を受け入れることにした。
そのせいで未消化の疑問がたくさん残ったままだ。
「なあ楓。楓はさっき、今日1日俺の彼女だって言ったよな?」
「はい、言いましたよ。それがどうかしましたか?」
「俺らって、元々付き合ってるんじゃないのか? この言い方だと、まるで今日限定みたいな響きだなあって」
自分で言ってて恥ずかしいが、アパートの前で、青宮は俺の彼女だと確かに言っていた。
黒崎も同じく俺の彼女らしく、見事な公認2股を未だ理解しきれていない矢先に、この引っかかる言い方だ。
最後のたこ焼きを口に入れた青宮が、モグモグと咀嚼しながら、右の手のひらを俺に向ける。
食べ終わるのを待て、という事だろう。
このくらいの事なら、俺でもわかる。
女の子のトリセツには書いてないレベルの簡単なことだろうけれども。
「ごちそうさまでした……それで、優真くんの質問に簡単に答えると後者が正解です。今日が終われば、私たちはカップルじゃなくなります」
「どういうことだ? それだと本当は違うみたいな言い方だな」
「そうですね、詳しく話すと長くなるので、移動しながらにしましょう。さっ、立って立って!」
新たに注ぎなおした水をぐいっと飲み、たこ焼きを完食した青宮が立ち上がる。
「今度こそ、ちゃんと説明してくれるんだよな!」
「もちろんです! もうばっちり目が覚めましたから!」
スタスタとフードコートを出てしまった青宮を追いかけるため、食後で重い腹と腰に鞭を打って立ち上がる。
本当の本当にちゃんと説明してくれるのだろうか。
駅までの道で聞いた時は、電車の中でって言われたし、その電車で眠ってしまった青宮は起きた後、昼飯を食べながらと言った。
そして、結局食時中も説明されることは無かった。
三度目の正直――いや、四度目の正直で説明してくれることを祈ろう。
第3話を最後まで読んでくださった皆様ありがとうございます!
青宮楓デート編の始まりです。
楓ちゃんの可愛さを余すことなく伝える且つ、物語の主軸となる主人公が置かれている状況の説明が出来ればなと思います。
ちなみに作者もラーメンは醤油派です。
この作品を少しでも面白いと感じて下さった方は、是非ブクマ、評価をよろしくお願いします。




