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第21話 至れり尽くせり


「はい、先輩。あーん」

「あ、あーん」

 

 ニコニコと楽しそうにスプーンを差し出してくる黄野と半ばやけくそで口を開ける俺。 

 乾いた口内にグレープ味のゼリーが流れ込んでくる。


「私、氷枕用意してきますね。ゼリーとスポドリここに置いておくので、適度に食してください。あっ、冷蔵庫にアイスを入れておいたので食べたい時は言ってください」


 本当はたっぷり8時間寝たおかげで体調は大分回復していたけど、俺のためにビニール袋が破けるほど看病の用意をしてきてくれた黄野を玄関先で追い返すことは出来なかった。

 こうして俺の記憶上初めて、女の子を家にあげることになった。


 しかも黄野は俺が黒崎に説得されて結んだ掟、1か月に3回彼女としてアピールする権利を使ったらしい。

 お陰であーんはもちろん、ちーちゃん呼びも強制だそうだ。

 

 実際、黄野は彼女として彼氏の俺のために看病を頑張ってくれている。 

 今はキッチンに行ってしまったが、さっきまで洋室で俺に付きっきりであれやこれやと忙しく動いてくれていた。

 おでこに青いツブツブの感触が気持ちいい冷却シートを貼られ、反対に身体は掛け布団の上から毛布とがっつり温められている。

 そして何故か首にネギが巻かれている。


 黄野曰く、「おばあちゃんが風邪引いたら首にネギ巻くのが良いって言ってたんです!」だそうだ。 

 正直これっぽっちも効果は望めないが、黄野が自信満々に話している前で否定することもできず、大人しくされるがままに巻かれることにした。

 

鼻づまりを貫通して匂ってくる強烈なネギの匂いはともかく、頭と身体のケアに加え、手元には飲食が揃ってるし、何なら飲み薬も置いてある。


 これが至れり尽くせりって奴か……。

 後輩の女子に何でもかんでもやってもらうってのは男としてどうなのかは置いといて、ぶっちゃけこの状況は最の高だ。


 一昨日と昨日、デートから家に帰ってきてから1人暮らしの大変さを思い知った。

 1週間放置していた家を大掃除。

 冷蔵庫から賞味期限切れのものを捨て、近くのコンビニで新たに買い足す。

 風呂掃除もする必要があったし、溜まっていた洗濯物も整理する必要があった。

 

 1人暮らしをすると、お母さんのありがたみが身に染みてとてもよくわかる。


 このまま黄野が家事をいつもやってくれればなあ……ってアブナイアブナイ。

 そんな甘い怠惰な考えをしちゃうなんて、やっぱり熱がまだ下がってないのかも。


「せんぱーい、氷枕出来ましたよー」

「ありがとう、助かるよ」


 余程冷たいのか、黄野は制服の袖で手を覆って氷枕を運んできた。

 通常の枕と取り換え、キンキンに冷えた氷枕に頭を乗せた瞬間、頭全体が心地よい冷たさに包み込まれる。

 

 これはもう完全に熱が引くに違いない。

 というか、今測ったら既に平熱に下がっている気がする。


「先輩、少し失礼しますね」

「ん? ……って、うわっ! びっくりした……」


 突然俺の頭にかき氷を一気に食べた時のようなキーンとした痛みが走った。

 

 原因は俺のおでこに小さな掌を当てた黄野。

 氷枕に頭を強めに押し込まれ、心地良いを超えて痛みを感じるレベルの冷たさが襲ってきた。


「まだ熱がありそうですね……」

「えっ?」

「先輩、キッチン借りてもいいですか? 私、お粥を作りたいと思います!」

「別にいいけど……」

「やった! それでは急いで作ってきますね!」

 

 今、冷却シートの上から手を当ててたよな……。

 こういう冷却シートって少し時間が経つと熱を吸収したかのようにあったかくなるから、それを黄野は熱がまだあると勘違いしたっぽい。


 こんなにテキパキと手際よく看病してくれる人がそんな凡ミスを普通するか?

 冷却シートの上から熱を測るなんて、ドジっ娘がやりそうな……。

 

 そういえば黄野、玄関前で明らかにキャパオーバーの量を小さなビニール袋に詰めて破裂させてたな。


 あれっ、よく見たらこの飲み薬、風邪用じゃなくて鎮痛剤って書いてる……。

 

 1度違和感を感じた瞬間、次々と思い当たる節が頭に浮かぶ。


「そもそも首にネギって……」


 ガッシャーーーーン


 俺の思考を裏付けるように洋室のドアを抜けて何かが割れる音が盛大に響き渡った。


「大丈夫か黄野!?」


 思わずちーちゃん呼びを忘れてしまったけど、この際そんな些細な事どうでもいい。

 何が起こったのかを確認するためにベッドから飛び出して、リビングと洋室で部屋を2つに分けるドアを思いっきり開ける。

 

 何が起こったのか、確認するまでもなく大体予想は付いていたけど。


「ごめんなさい……お皿、割っちゃいました……」


 キッチンに棒立ちになり、今にも泣き出しそうな黄野の周りに大量のガラスの破片が散らばっていた。

 






第21話を最後まで読んでくださった皆様ありがとうございます!


作者の木本真夜は、三度の飯より感想が好きなので、どんなに些細なことでも書いて貰えると嬉しいです。


また、この作品を少しでも面白いと感じて下さった方は是非ブクマ、評価をよろしくお願いします。

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