第16話 挫折
黒崎が陸上を辞めようと思っていた……?
今日、普通に大会に出場していたから結局は思い止まったんだろうけど、そもそもそんな時期があったことに驚きだ。
俺と出会った時だって、大会前の自主練で走っていた途中だと言っていた。
辞めるどころか、部活に熱中しているように思える。
話の流れ的に、愚痴と言うのはこの陸上を辞めることに関係するものだろう。
「私、2年前に結構大きな怪我しちゃって、暫く走ることが出来なかったの。それでも必死にリハビリして、ようやく部活に復帰することが出来た。けどね、もう1度怪我をしたら走れなくなるかも、って思うと前みたいに上手く走れなくて……」
「トラウマってこと?」
「うーん、ちょっと違うかな。スランプの方がしっくりくるかもしれない。私、少し有名な選手だったから、周りからの期待どんどん大きくなっていって。それなのにタイムは伸びないし、逆に遅くなることが多くなっちゃったの」
黒崎が有名選手だと言うことは青宮から聞いているし、実際に今日の大会で周りから感じた。
競技場の中では断トツで1番人気だったし、中学時代の人気も少しと言えど凄かったに違いない。
そんなプレッシャーの中、結果が出ない部活を続けていたらきっと……。
「中3の春大会が復帰後初の大会だったの。そこで私、ダメダメな結果出しちゃって。みんな夏に向けて頑張ろうって励ましてくれたんだけど、練習を続ければ続けるほど陸上が嫌いになってった」
「今、陸上を続けてるってことはもう1度陸上を好きになれたんだよな」
「うん。今は陸上が、そして走るのが大好き。優真のお陰でね」
ここで俺が出てくるのか。
お陰ってことは、何か黒崎にアドバイスをしたとか……?
この内容が愚痴だとして、同じことを電話で聞いた俺が黒崎に何か言った可能性はある。
だけど、1度辞めよう決めた意思をひっくり返せるほどの力を持った言葉を初対面の俺がかけれるのか……?
正直そんなことが出来ると思わないというか、見当が付かない。
「私、優真に出会った日の午前練習で有り得ないくらい低いタイム出しちゃって。何年も走ってきたコースを最後に1周して陸上から離れようって思ってたの」
「そこに穴を掘り続ける俺が現れたわけか……」
「その後は話した通りだね。優真が倒れて、これで最後って決めていたランニングは中止。私は陸上辞めそこねちゃったってわけ」
「愚痴の内容って多分その事だよね」
「そうそう。君のせいで私、陸上辞められなかったんだけど? って冗談めかして言ったの」
当時の再現なのか、携帯電話を耳に当て、少し低めのトーンで黒崎が愚痴を言う。
「それで俺は黒崎の話をずっと聞いてたのか?」
「そうだねー。優真は基本、一方的に話す私に相槌で反応するくらいだった。けど、私が全て話し終えて電話を切ろうとした時、優真が1つだけ質問してきたの。本当に陸上辞めるつもりか? って」
なんだその質問。
俺は黒崎の話を聞いていなかったのか?
ここまでずっと陸上辞めようと思うって話をしていたのに。
「おかしな質問でしょ? 私は明日にでもって答えて電話を切った」
「まあ、そうなるよな」
「次の日、仕切り直しでまたランニングコースを走ったわ。もちろん虹橋第3公園も途中で通った……いや、通ろうとしたんだけど……」
その意味深な間は何だ。
そしてちょっと想像がついちゃう。
「公園に俺がいるとかは流石に無いよな」
「それがあるんだよ……優真が何故か公園で待ってた。今回はスコップを持ってなかったし、穴も掘ってなかったけど」
「何それこっわ……」
軽くストーカーじゃないか。
いや、別に跡をつけているわけじゃないし、セーフか?
それに単なる偶然かもしれない。
偶々、公園に行ったら黒崎が来た的な……いや、話を聞く限り確信犯のような気がする。
「もう1度だけ邪魔させて」
「……ん?」
どういうこと?
何そのセリフ、いきなり言われても何のこっちゃなんだけど……。
「これ、公園で待っていた優真から私への1言目」
「イタすぎる! 待って、俺本当にそんなこと言ったの!?」
「言った言った。大真面目に真顔で言ってた」
アニメとかゲームに出て来そうなくっさいセリフだなーって思ってたけど、まさか俺が言っていたのかよ。
青宮の時もそうだったけど、記憶喪失前の俺の性格どうなってんの?
俺本人が後から聞いて、恥ずかしさマックスレベルのことばっかりなんだけど……。
「無視して走り抜けても良かったんだけどねー。何だろう、よくわかんないけど、その時の私は優真についてくことにしたの」
なんで青宮と言い、黒崎と言い、簡単に初対面の人についていくかな……。
もし俺が危ない人だったらどうするつもりなんだ……ってそこまで精神が参ってたってことなんだろうけども。
ていうか、俺も俺だよな……普通なら引かれてもおかしくないことをしている。
正直、俺の異常なまでの行動力が怖い。
2人の超絶美少女相手に何かしらの下心を持っていたのならまだわかる。
誰しも可愛い女の子にはカッコいいところを見せたいし。
これがもし、打算なしの単なる人助けだったら。
記憶喪失前の俺は底なしのお人好しと言うことになる。
もし青宮と黒崎が、そういう優しさを好きになったのなら、ますます俺は2人の好意を受け取るわけにはいかなくなる。
残念ながら、今の俺はそんな聖人的な精神を持ちわせていないんだ。
「おーい、優真? なんかさっきから考え事多くないか?」
「あ、ああ。ごめん、つい記憶をなくす前の事を聞くと考えこんじゃって」
「別に謝らなくていいよ。優真の記憶を戻すために話してるんだし」
2人からの好意について、俺がどうするべきかは家に帰ってからゆっくり考えよう。
このままじゃいけないのはわかってる。
黒崎から話を全て聞いた後、1度整理して結論を出す。
だから、今は黒崎との話に集中しよう。
「俺が言った邪魔って多分、黒崎が部活を辞めることへの邪魔だよな。さっき、俺についていったとか言ってたし、ランニング中止してどっか行ったのか?」
「甘い物食べさせられた」
「えっ?」
「糖質とか脂肪とか全部無視して、甘々なスイーツをこれでもかってくらい食べさせられた」
「どんな邪魔の仕方だよ……」
黒崎が陸上を辞めることを阻止しようとするなら、もっとなんか色々あっただろ。
陸上の楽しさを再確認させるとか、まだ高校生活があるからって励ますとか。
正常な思考なら絶対にスイーツを振る舞うという選択肢にはならないはず。
いや、そもそも記憶喪失の前と今で俺は大分思考回路が違うようだし、何か今じゃ思いつかないような考えがあってこそのスイーツかもしれない。
いっぱいカロリーを食べれば体重は増える。きっと黒崎はダイエットしたくなるだろう。そこでランニングを勧め、もう1度陸上に目覚めさせる……くらいしか考え付かない。
絶対にこれじゃないな。
確実にこんな回りくどい作戦建てる奴いないわ。
「意味わからないでしょ? でもね、この邪魔が私が陸上を続けるきっかけになったんだよ」
ニコッと、爽やかに俺に笑いかけた黒崎がアイスに向き直って、デコレーションとしてつけた虹型のクッキーを口にくわえる。
もう、俺も黒崎も残すアイスはコーンの中に詰まった分だけなので、溶けるのを心配する必要はない。
おーい、青宮ー。
アイスを食べ終える前に、女の子のトリセツを至急持ってきてくれ。
俺にはどうしてスイーツを食べさせることが、辞めかけた陸上を続けるきっかけになるのか全く分からないよ……。
第16話を最後まで読んでくださった皆様ありがとうございます!
作者の木本真夜は、三度の飯より感想が好きなので、どんなに些細なことでも書いて貰えると嬉しいです。
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