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クリスマス2018 短編

作者: 夢瀬しず

 広部市にも冬が訪れようとしていた。静かにわたのような雪が降りしきる街、中心地近くのショーウインドーはイルミネーションに照らされ、道行く人々の顔色もやや明るい。


「今年も、早いものだなぁ。。」


しみじみと、細竹はつぶやいた。彼は学級委員長である。広部高校2-Aの頼れるリーダー的存在にして、成績優秀、みんなに頼られる憧れの人間である。


女子からも声をかけられ、何かと頼りにされる。


なんとこのたび生徒会長にもなり、他の生徒からの信頼もうなぎのぼりだ。しかし、神崎などという既に高校課程を終わらせている人間がアメリカから転校してきて、成績常勝、常に1位を取っていたトップの座から降ろされたのは気になっている。



勉強は常に努力しやっているのだが、英語はネイティブだし大学でやるような専門書を休み時間に読むような男だ。細竹は半ば現実逃避をしていたが、自分よりも勉強ができると認めざるを得ないのだ。


「だが。問題は成績のみではないのだ。気さくな、頼れるエリートとして……俺にはキャリアがあるんだ。二年のなっ!夏休みに来たばっかりの神崎とは差があるんだ」



そう考えると、燃えて来た。今すぐに飛んで家に帰って、ヘロヘロなどと揶揄される腹筋を鍛えて、もっと女子からの信頼を集めなければならない!


しかし、憂慮すべきはクリスマスだ。そう、なぜか不思議なことに、完璧で頭脳明晰、皆からの期待を背負うはずの自分にはなぜか彼女がいない。おかしい。

何かの間違いであるだが、それはそれとして、帰宅すると妹が彼氏を家に招待しており、おにいちゃんは静かにしていて、物音を一切立てないでと言明されているので、オチオチ筋トレも出来ないのが問題である。


そう思ったときだった。ふと、考えに夢中になりすぎ、ひとりで興奮していたため、ほの暗い路地に入っていたことすらあまり意識が向いていなかった。


「動くな」


と耳元でささやかれたことすら、思考に夢中で気づかなかったのだ。


「動くなと言ってるだろうが」

「ひえぇっ!?な、な、ななななな」


細竹がはっと我に返って周囲を確認すると、いかつい肩幅の、ラグビー選手並の男が三人、細竹の周りを取り囲んでいた。


「ぼぼ、暴力反対!落ち着きたまえ君たち。人間、話し合えば分かる!」


べらべらと回る口をむんずと抑えられて、更に人気の無さそうなところへ引きずられていった。川べりである。何も無い真っ暗な中に、スマホのライトだけが光る。


暗くてよく分からないが、細竹の見たところ、彼は広部高校の生徒ではないという気がしていた。なぜかって髪に金髪が入っているからだ。健全な私立高校である広部高校にパツキンの生徒はいない。ヤンキーがおおめと目される広部北高校だ。公立であるにも関わらず柄が悪い。


「お前、細竹真二だな?」

「そ、そうだが。この僕に一体何のようかな?いや、用ですか」


ドスを効かせてすごんでくるので、細竹は勇気を出そうと思ったのだが集団で睨まれ、濡れそぼった子犬のように縮こまった。


「お前は、神崎アズマの友人だろう」

「あ、ああ。そうです。彼は優秀な転校生であり、僕の好敵手で、友人です……。」

「神崎……ヤツは、この広部には存在してはいけない人間だ」


マジな目をして、そう低く言うものだから、細竹は息を飲んだ。


「まさかっ!?友人である僕を人質に、何か要求をするつもりなのかっ!?」

「うるせえっ。こいつを縛れっ!」


異議を唱える暇もなく、抵抗することも出来ずに口に何か布らしきものを突っ込まれると粘着テープらしきもので後ろでにぐるぐると縛られた。んー!と声を出して抗議するも、何食わぬ顔で細竹は簀巻きにされてしまった。


「んーーっ!」











――――――




それから、どれくらい時間が経っただろうか――寒空のした、簀巻きにされて転がされ、寒さが身体にしみこんできた。もぞもぞと身体を動かして身体を温める細竹。おい、動くなと脅されて涙ながらに鼻水をたらした。


そろそろスマホの充電が切れてきたなどと不穏なことをごろつきが嘯いたときだった。


果たして、一台のタクシーが堤防の上の道路を南から走ってきて、細竹らの近くで停車した。中から降りてきたのは、銀髪、イケメン、眼鏡の御曹司、神崎アズマだった。



「神崎くん!友よ!僕のために来てくれたんだねっ!」


鼻水を飛ばしながら感涙の涙にむせぶ細竹。


「神崎アズマ、とうとうきやがったか!」

「……聖夜に、これは一体なんの騒ぎだ?」


仕立てのいいガウンをまとい、細身のジーンズを履く神崎は男ですら見とれるほどの美貌を持っていた。明らかにパーティか何かにおめかししていると見える。

怪訝そうに川べりの草むら近くにいる細竹、と北高の連中と思しき数人のごろつきたちを見渡した。


「俺のスマホにおかしなメールが入っていたから確認しに来てみれば……君たちはこんな寒空の中暗いところで何をやっているんだ」


「来たな神崎アズマ……しらばっくれても無駄だ!この細竹を助けたければ、この街から出て行け」


神崎は眉を潜めた。


「街を出て行けとは、大きく出たな」

「そうだっ!俺たちは貴様のせいで、彼女を失ったんだ!『え~神崎くんのほうがかっこいい~』とか言ってだ!」

「お陰で、散々な目に遭った。もともと、アメリカから一時的に転校してきただけだろう。親友を助けたかったら、とっととアメリカに尻尾を巻いて帰ると誓え!」

「ほお……。お前たちの要求はそれか。だがその前に、訂正させて欲しい。俺は細竹の親友などではない」

「なにいっ!?」


衝撃を受けるごろつきたち。

神崎は非常に怪訝な様子で顔を輝かせる細竹を見た。


「細竹。先ほど、推定君のアドレスからメールが届いた。どうやって俺の私用のアドレスにメールを送ったんだ?アドレスは教えていないだろう」

「え?いやつい偶然……見る機会が合って……死ぬ気で暗記した」

「なんだそれは。個人情報漏洩じゃないか」


「え?細竹真二は、神崎の唯一無二の友人だと聞いたが」

「それは違う。彼はただのクラスメイトだ。特別な付き合いがあるわけではない」

「そ、そんなぁ」


ショックを受ける細竹。神崎は眼鏡をずりあげた。


「驚いたよ。君が簀巻きにされる画像が送られてきて、『助けたければ来い』と連絡が来たときには、全く何故俺に来るのかさっぱり分からなかった。ここに来るかどうか、難儀していたところだ」

「そんなぁ。神崎くん」

「しかしまあ、本気のようだし、丁度近場に居たことであるし、長引くと寒いだろうと思って、わざわざ来たということだ。俺は見て通り忙しい。細竹、これは貸し1だぞ」

「か、神崎君!惚れそう」

「やめろ。気持ち悪い」


「な、なんだと!?こいつは神崎アズマの親友ではなかったのかっ!?」

「当然だ。これから脅しをかける時には、関係者に対してメールを送るんだな」

「こいつがそう北高校で吹聴しているからそう思ったのに!」

「デマの震源地はお前か……。」


神崎は細竹をにらみつけた。が、細竹はあわてて目を合わせないように視線をそらす。


「……ええい!貴様が来たという事実だけあればいい。その過程はどうでもいいのだ。お前だけがモテるのはずるい。ここでその眼鏡叩き割ってやるぜ」

「は、僻むのはいいが……。女性と交際したいのであれば、こんなことをしている暇があったら、自分磨きなり、交際できるような努力をするのが先決だろう。他者を引きずり落とそうとすることになんの意味があるんだ?」


筋の通った素直な意見に、ごろつきと細竹は胸を押さえた。


「ぐっ……!それはなぜか僕にも刺さる台詞だ」

「う、うるさーい!今日のコイツにはいつも侍らせている取り巻きがいない!たたんじまえー!」


 これでも腕の立つ剣士である神崎の目からすれば、のろのろ、といいようとしかない素人じみた動きで下草に足を取られながら走ってくる様子を目にしつつ、仕方ないなとため息をついて応戦しようとしたところ、背筋にひやりとした緊張感を感じた。場違いなすさまじい殺気を感じて息を呑んだ。


本能的に身をひねると、すぐ横から濃厚な敵意を纏った人影が風のように神崎の脇を駆け抜けていった。思い切り飛び上がると、落下の勢いをのせてごろつき三人組のうち一人の顔面を思い切り拳で押し込んだ。めき、といやな音が響いた。


「てめぇらが、マリアに何かした犯人か、あ?」


額に青筋を浮かせながら、戦意を全身にみなぎらせる全身黒で整えた細身の少年が、バキボキと指を鳴らし、拳に血をつけながら凶悪な表情でギロリとガンをつけた。


「古谷!?」

「ああ?なんだてめぇら集まりやがって。くそ眼鏡、てめぇも一緒かよ」

「どうしてお前が此処にいるんだ?」

「それはこっちのセリフだぜ。マリアに渡しといた防犯ブザーに反応があってなぁ。何かあったかと思って来た」


鼻がへこんで白目を剥いて気絶している仲間の惨状に震え上がるごろつきたち。

思わぬ広部の凶犬の登場に、ガタガタと震えて後ずさり、逃げ場が無いかちらちらと目線で探っている。


「てっめえら明らかに怪しいもんなぁ?ボコボコにしてから話を聞かせてもらうぜ」


いつもよりキレのある古谷が、自在に動く。やけくその反撃をかわし、どのごろつきにもオーバーキルな重い一撃を食らわせて沈めていく。逃げようとした残りの一人があえなく捕まって、みぞおちに強力な膝をもらって気絶した。


「古谷。全員気絶させたら、話が聞けないだろう」

「ああ、そうだったな」


清輝は気の無い言葉を吐き、手元のスマホを見つつ、何やらごろつきたちの荷物を漁った。スマホから防犯ブザーの発信元を見ているのだ。発信の反応を見つつ、奇妙な表情を浮かべながら細竹に向き直ってポケットやなにやら探り始めた。


「わ、やめて、くすぐったいって!わはは」


果たして右のポケットから出てきたのは、清輝がマリアにプレゼントしたはずの防犯ブザーだった。


「……。これは俺がマリアにやったものだ。あいつはよく絡まれるからなぁ。それを、どうしてお前が持ってるんだよ」


「え?マリアちゃんに愛の証としてもらった」

清輝の顔が一瞬で不機嫌になった。無言で細竹を睨みつける。


「わ、違うんだごめんなさい!わざとじゃなかったんだ。マリア女史から譲り受けてえ!僕、本当に感動して大切に使う所存でぐわしゃあ!」


問答無用で、顔面に足裏スタンプをかます。沈黙した細竹は手足を脱力して伸びたが、そのまま放置するのもどうかと思い、拘束を剥ぎ取って転がしておいた。寒くはあるが、放置しても問題ないだろうという判断だ。仲良く気絶したごろつきと細竹たちに、清輝はホッカイロをひとつ放った。


「ち、なんなんだよ。こんな日に手間取らせやがって……ああマリア?お前、何ごともないよな?変な男とかは……何もなかった?そうか。それなら良いんだ。勝則んちから一人で出歩くんじゃねえぞ」


マリアの無事を確認し、通話を切ると、清輝は神崎のほうにちらりと視線を向ける。


「で?てめえの用事は済んだのか」

「ああ。問題ない。似たようなことがあってな。なぜか、俺を脅迫するために細竹が誘拐されたんだ」

「どういうことだよ、それ」

「さぁ……俺に聞かれてもな。酒の匂いがしたし、よく分からないまま、その場の勢いでやったということではないのか?」

「んだよ。てめーも来てソンしたってやつか。無駄足だったぜ。帰るか」


なんでこんなクリスマス日に騒動を起こさなくてはならないのか、とため息をつきつつ清輝は神崎に背を向けて帰ろうとする。ふと、歩みを止めた。


「約束の時間まで後三十分だぜ。……人数分作ってんだ。てめえも来い。マリアがせっかく手料理を振る舞うんだ。フケることは許されねえぜ」

「ああ。そのつもりだ。会食を早く済ませて、遅れて行く。マリアにもよろしく言っておいてくれ」

「へ、そのくらい自分で言え……。」


清輝は口の端をにやけさせつつ、ポケットに手を突っ込んで堤防を駆け上がった。


降りしきる雪。ホワイトクリスマスに彩られた広部の夜は、まだまだ明けそうにない。




~Merry Xmas!~

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