モーガン・ル・フェイ
サブタイトルはアーサー王の妹から取りました。内容と直接的には関係有りませんが、間接的にはある・・・かな。
超高層ビル「アヴァロン」に出てくる子ネタは大体アーサー王に関連するものからとっていたりします(そんなに活用はしていませんが)
「経過を報告しろ」
柴崎は部下の米原に向かって、感情を極力抑えた声で問うた。それは逆に自分自身の怒りを極力抑えているかのように聞こえた
「はい。先ほどの電圧システムの一時的な復旧はやはり例のAIのものでした。ー目的は混乱に乗じての対象の脱出かと」
柴崎は口の端を噛んだ。先ほどからあのAIには一泡も二泡も吹かされてばかりだ。
「それから、システムの一部復旧に乗じてこちらからハッキングを仕掛けてみましたが…全て失敗に終わりました。…ただ、」
「…なんだ?」
歯に物の挟まった物言いをする部下に、後を続けるよう促した。
「いえ、そのシステムの復旧に伴い、こちらからのハッキングとは別に第三者からのハッキングが行われていました。こちらは成功しているようで、非常用通路への扉のキーコードを書き換えたのは確認しています」
「その第三者とは?」
「不明です。5分とたたない内に、全てのPCがブラックアウトしましたから」
「…妙だな」
SIKEの情報はもれてはいないはずだ。しかも、彼女ー糸伊原茜が今現在どういう状況にいるのか分らなければ、非常通路のキーコードを書き換えるようなことはしないはず。ほんの一部とはいえ、たった5分間でSIKEが管理しているはずのセキュリティを書き換えたのだ。相当腕に自身のあるハッカーなのだろう。いやこの場合はクロッカーというべきか。
『会長』
無線機を通して音声が入ってくる。電波が乱れているせいか音割れが激しかったが、かろうじて聞き取れるレベルだ。作戦に支障はないだろう。
「喜田川か。守備はどうだ」
『現在20階のA通路、非常通路のドア前にいます』
糸伊原茜は現在、20階の非常用通路にいる。そこは『非常用」とは名ばかりの通路で、主に表に出しづらい『商品』を運ぶのに使用していた。なので柴崎コンサルティングのごく限られた人間しか存在を知らない。部屋と部屋の間を縫うようにして縦横無尽に走るそれは、このアヴァロンを知り尽くした人間でも位置を正確に把握して移動することは困難だ。地図があればよいのだが、機密情報であるためペーパーメディアでは存在しない。それに、むやみに単独行動をとって統率を取れないようであれば意味はないという喜田川の助言に従い、精鋭隊三人の団体行動で対象を拘束することにした。
「…会長」
背後に立っていた秘書は、恐る恐る主に問うた。
「何だ」
そうこうしている間に、強行突破のためのカウントが始まった。
『5、4、3、2、1…』
「…我々は、もしかしたら『はめられた』のではないですか?」
その答えは、ドアのロックへと向かって放たれた銃声によってかき消されてしまった。
「なっ…何!!今の?」
パソコンのディスプレイの明かりを頼りに手探りに進んでいた茜は、始めて生で聞く銃声に体を竦めた。一発ではなく、何発か続けて放たれるそれは彼女の体の自由を奪うには十分すぎた。
『ーーー解析中。ーーー非常用通路のドアが拳銃によって強制的にアンロックされたようですーーー』
「!!」
やがてその答えが示されたように、扉を蹴破る音が響き渡る。そしてそれに続くかのような複数の足音。茜は走り出す。なるべく遠くへ引き離さなければ。
「非常階段はどこ!?」
相手に気付かれないようになるべく小さな声で、SIKEに話しかけた。
『この通路をまっすぐ行き、突き当りを左へ、そして一番目の角を右へ。その後突き当たりをーーー』
べらべらと話し始めるPCに、茜は頭を抱えながらも、言われたとおりに突き当たりを左へと曲がる。足跡の主たちはこちらの気配に敏感なのか、的確に追跡してくる。
「…ちょっと!!もっと手短かな経路は!?」
『−−−−−』
手元にあるPCは黙り込んだまま応答がない。焦りをこめた声で再度尋ねるが返事はなかった。
(「嘘でしょーーー!!」)
みるみるうちに男たちとの距離が縮まってゆく。やがて袋小路にたどり着き、茜は乱暴にPCのキーボードをたたいてみた。しかし応答はない。
『糸伊原茜さん』
拡声器のひび割れた音が反響して耳に突き刺さる。それを振り払うかのように首を振ったが、無意味だった。
『そのPCを我々に渡して投降してください。これが最後のチャンスですーーーこれを拒否するようなら、われわれは武力行使も厭わない』
じりじりと男たちがこちらに攻め寄ってくる。その手には白い銃身が握られていた。
(「…」)
投降…もう既に自分は一度このAIを使って逃走している。ただで帰してはもらえないことは、本能で分っている。だとしたら、どんなに絶望的な状況であろうと、自分自身の力で抜け出さなければならない。何よりもーーー空兄に本当のことーー真実を教えてもらうまでは。
比較的落ち着いた態度であたりを見回す。そして、足に微妙ながら風が当たっていることに気付いた茜は目線を下へとずらした。格子窓がとりつけられているそれは、どうやら換気口のようだ。最大限の力をふるい蹴りをいれると、案外簡単に窓は外れた。からんからんと、金属の音が響くがかまいはしない。
「…っ!!おい」
「嬢ちゃん!!」
空気を通すだけの機能を有しているそれのなかは、狭かったが四つんばいになればなんとか動き回れるほどだった。ひっしになって匍匐前進し、角を曲がる。
通気口の幅は狭く、その場にいた三人とも首を突っ込んでみたものの、体を入れることはかなわない。ライトの明かりで照らしてみたが、曲がり角があるため死角が存在し、視界も良好とは言いがたかった。じっと耳を澄ましてみるとかすかに人の気配がした。やはり女性の茜の身であっても、身動きをとるのは容易ではないらしい。
「おいおい…」
小野坂は呆れた表情で肩を竦めた。橿原はなおも冷静な表情を崩さず、右手を通気口に入れ、しばらく目を閉じた。
−−−−−−−−−−−−そしてーーーーーーーーーーー
パァンッ
銃声が当たりに響き渡る。黒いコンパクトな銃身が特徴的なベレッタM800。それが通気口の入り口の壁をめり込ませた。それと同時に若い女ー茜の悲鳴がこだました。
「今の銃声が聞こえたか!我々は本気だ!出てこなければ、また撃つぞ!」
恐怖心をあおるかのような、低い叫び声の後、ずしりと思い沈黙が支配した。
「橿原!」
喜田川は止めにかかろうと、橿原の肩を揺さぶった。
橿原は動じることなく、しかし瞳の奥に静かな怒りの色を表していた。
「…我々の任務はあのAIを確保する、それだけのはずです」
「だからといってだな!相手はただの女子高生だぞ!」
「…あなたは、彼女がただの女子高生だと本当に思っているのですか!?」
「…」
それは最初から感じた違和感だった。彼女ー糸伊原茜を拉致したとき、何故か電圧が不安定となり防犯灯が破裂した。普通ではありえないことは明白だった。
それだけではない。
『ずぶの素人が世界最高峰の知能を持つAIを扱えるわけがない』
喜田川・橿原・小野坂の上司である柴崎はこう言った。
ーしかし現に彼女は、AIに命令を下し、行動している。これはどういうことなのか。
「ーーー現場の指揮は私が取る」
うつむいてしまった橿原を見下ろしながら、喜田川は彼の肩から手を離した。
「こうなってしまっては、他に通気口を探すか、ここで持久戦に持ち込むかしかないな」
前者はたとえ見つかってしまっても、深追いは出来ない。それに向こう側からどのような攻撃を仕掛けてくるか未知数だ。喜田川は先ほどの橿原の言葉を自らの胸のうちで反復させた。
(「ただの女子高生ではない…か」)
その認識を改めなければならないことを、喜田川は今更悟ったのだった。