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アルマンディン

佳奈美から逃げるように離れた茜は、隣で少し憤っているような表情の温を見た。


「…湯木先輩と仲いいんだ」


 先ほどの悶着の余韻からか、皮肉を込めて口にしてみた。すると、温は目を細めて言葉を詰まらせた。


「1年の後期で委員会の活動が一緒だったんだ。それだけのことだ」


「別に私は二人が付き合ってるとかそういうことを聞いてるんじゃないんだけど」


 知らず知らずの内に言葉の端々に棘が混じる。このままだと自分がものすごく悪い人間のように思えたが、一度口火を切った言葉は中々心の中に戻ってきてくれるものでもなかった。


「湯木先輩、温のこと好きなんだって」


「本人が言ったのか?」


「言ってなくても、ああいう風に呼び出されたら普通気付くよ」


 腕の中で熱くなってしまっているPCを強く抱きしめると、茜はうつむき加減でつぶやいた。SIKEが助けてくれなかったら、自分はどうなっていたのだろう。そう考えると、恐れと共に強く黒いドロドロとした感情が渦巻いた。


「もういいよ」


「え?」


「もういい。こういうことしてたら、多分いろんなことに身動きが取れないよ。だっていつまでもこういう風に一緒にいたら、温だって彼女も作れないじゃない」


「…あのなあ」


 何かに脅えるように俯いている茜を見て、温は戸惑いながらも恐る恐る茜の肩に手を伸ばそうとした。


「おう、海棠」


 急に呼び止められて、行方を失った温の手は何かを紛らわすように空中をつかんだ。声のしたほうに目線を向けると、よく見知ったクラスメイトの男子だった。


「っと、糸伊原も一緒か。お前ら今日はよく一緒にいるよな」


「…」


「やっぱり、あの噂は本当だったのか」


「噂?」


「皆まで言わせるなよ。ほら…」


 温が友人の前で絶句していると、茜はその隙をついてか、一目散に昇降口めがけて走り始めた。


「…おい!」


 茜は失速しないまま下駄箱の中に右手を突っ込むと、下穿きをすばやく引き出し、上履きを中に詰め込むと外へと飛び出した。その俊足たるや、現役の陸上部員をあっといわせるほどだった。


「…もしかして俺、言ったらいけないこと言った?」


 茜を取り逃がした後の温の殺気立った表情を見て、哀れな同級生こと弓田は上ずった声を上げながら必死に許しを請うのだった。



 赤のランプを灯している信号に足止めされた茜は、はやる息を抑えるように胸の辺りに手を当てた。何故だかわからないが、苦しかった。


『アカネ、心拍数が20〜30上昇しています』


 手提げの中からSIKEの声が聞こえた。茜はMP3からイヤホンを抜き取ると、PCにつないだ。


「さっきはありがとう」


『ーーーアカネはハルのことが嫌いなのですか?』


「え?」


『先ほどから、一緒にいたくないかのように接していると”思え”たので』


「”思う?”」


『はい。私は茜ではありません。私が”SIKE”という個性を持った人格である限り、茜の気持ちを完全に知りえることは出来ません。しかし、対象となる人物を観察して、該当する症状をある程度割り当てることは可能です』


 相変わらずの弁舌ぶりに、茜は苦笑した。


「違うよ」


 茜は空を見上げた。梅雨明けもまだだというのに、雲ひとつない快晴ぶりだ。西の空のほうは夕方が近いためか茜色に色づき始めていた。


「私と温はね、中学にあがって3年間、まともに口を聞かなかったんだ」


『それは付き合いがなかったという意味ですか?」


「うん、まあね。同じ中学で同じクラスだったこともあったけど、お互いバリバリの思春期を迎えちゃっててさぁ、ま、色々あったわけよ」


 従兄弟だとはいっても男性と女性との区別をつけなければ気がすまない年頃のことだ。一緒にいれば冷やかされるし、女子の格好の噂の種にされた。それが互いを疎遠にさせたといっても良かった。それに加えて茜が(はる)の兄である(あき)について色々と話すことが、温の癇にさわったらしかった。


 時には夏代が間に入って話しをすることもあったが、それも大抵10分足らずで終了して温は自分の部屋に引っ込むことが多かった。


 高校に入ってからは夏代に買い物を頼まれることがあって成り行き上二人でスーパーに立ち寄ったりするが、あまり会話もないまま買いたいものを買って帰ることが殆どだ。時折言葉をかわしても、茜の性格上喧嘩を吹っかけて終わることも有り、あまり良好な関係とは言いがたかった。しかしそれでも、昨日のように勉強を見てくれたり風邪で休んだりした時にノートを取ってくれたりしたことはままあり、何だかんだといって面倒見のいい性格なのは兄譲りなのかもしれない、とそう思う。


「急に一緒に行動するようになってさ、どういう風に接したらいいのか分からないんだ」


『アカネはハルのことが好きなのですか?』


「え・・・」


『好きってどういう気持ちですか?どういう感情なのですか?』


「いやいやいやいや、待って待って!!」


 いつの間にやら茜が温のことを好きだということを前提に話を進めているSIKEに、慌てて止めに入った。


『恋って何ですか?』


「…」


 そう聞かれた茜はしばらく黙り込んでしまった。初恋の人は空だと心の中では思っているものの、未だに恋とはどういうものなのか明確な答えを茜は持っていなかった。


「正直言って私にもよくわからないよ。でもさ、答えは一つじゃないと思うよ」


『それは、恋の帰結する方向が人それぞれ存在するということですか?』


「ま・・・まあそういうことかな。私の友達でも彼氏とすぐ別れて別の相手と付き合う子もいるし、一途に同じ相手と付き合う子もいるし…。でも、どちらが正しいかなんて他人が決めることじゃないんだよね。だからさ、恋の定義なんて人それぞれなんだよ」


 しゃべっていて段々説教くさくなってくるのに恥ずかしさを感じながらも、SIKEに話しかけることによって、先ほどまで昂ぶっていた感情がだんだんと落ち着いていくのがわかった。


『恋の定義は人それぞれ』


 自分の言葉を復唱するSIKEに茜は何だか教師にでもなった心境だった。


「今日の夕飯は自炊に決定かぁ、何作ろうかな」


 東京の空とは思えないほどの澄んだ空を見上げて、茜は一筋の白銀色に光る一筋の光を見出した。


「飛行機雲」


 マゼンタとアクアマリンのグラデーションが美しい空を通る一筋の真っ白な線に茜はしばらく見惚れていた。


 しばらく耳を澄ますと、微かだが蝉の鳴き声が聞こえてきた。


 夏は、もうすぐそこである。


 


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