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強さと弱さ

「何固まってるんだ」


 どうしてそれを知っているのか、わからないといった表情で茜ははるを凝視した。


「な…なんで、知ってるの」


「…1ヶ月くらい前から、頻繁に兄貴からメールが来ていたんだ。今自分が開発しているAIについて」


「…」


「それは、今までの常識を根底から覆す理論を持ったAIなんだってメールに書いてあった。まあ、どういう思惑があって俺の所にメールが来たのかまではわからないけど。なんで俺が茜を見つけられたかわかる?」


「あ」


 そういえば、そうだった。何故か温はちょうど茜が近所のビルの上に降り立ったベストのタイミングで駆け込んできたのだ。出来すぎといえば出来すぎだった。


「あの日ー金曜日の放課後にメールがあったんだ。茜が拉致られた、って。最後に兄貴の名前があったけど、見たこと無いメールアドレスだった」


「…それでどうしてあの時間、あそこにいたの?」


 温は傍らにおいてあったリュックサックに手を突っ込むと、携帯電話を取り出した。


「これ」


 表示した画面を茜に示す。


 そこにはメールの何件かにわたって、簡潔にこう書かれていた。





『ーーー19時40分、御代志ビル』


『−−−−20時10分 代官山 フォルデルト・ビル』


『−−−−20時30分 葛木女子大学』



 何の変哲も無く、特徴も無いただの時間と場所の羅列。


「何、これ?」


「俺にもよくわからん。数十分刻みでコロコロと場所を変えてくるんだ。おかげで東京中走り回ったよ」


 それであの時、制服もよれよれで傘も差していなかったのか。


 考えてみれば、大雨の中、傘もささずに自分を負ぶってマンションまで連れ帰ってくれたのだ。


「あ…ありがとう」


 温の瞳をしっかりと見つめてそういうと、照れ隠しのためかまた、顔を横に背けた。その時、ダークブラウンの髪がさらりと肩を撫でる。


「…ふん、それよりも、さっきの話に戻るけど、例のパソコン出して」


 まるで亭主が妻に向かって「茶を出せ」という風な気軽さで、机の上を指した。


 茜はため息をつき背後の勉強机の下からPCを取り出した。それを二人の間にある丸机に置く。


「ふぅん、やっぱりパソコン自体はマニア向けだな」


 見ただけでわかるのか、即答だった。おそらくこちらも築山並みのマニアと茜は見た。


「で、どうやったら例のAIは起動するんだ?」


 少しわくわくしているのだろう。声が弾んで聞こえた。


(「こういうのって、男のロマンっていうやつなのかしら?」)


 理解しがたいといった表情で茜はSIKE(サイキ)に呼びかける。


「サイ」


『ーーーはい、アカネ』


 スリープモードに入っていたのだろう。真っ暗だった画面が急に明るくなり、いつもと同じ『Ψ(プサイ)」のロゴマークが現れた。


「これが思考能力を持つAI、か。でもこんな薄型のパソコンのどこにそんな容量が…いや、その他にも視覚認識の面でいえば…」


『誰ですか』


 どこか不穏な空気を察してか、SIKEが頼りなさげに声を上げた。


「彼は、私の従兄弟ではる っていうの。字は温かい、って書いて一文字で『はる』。わかる?」


 茜がそういうと、SIKEは白面のディスプレイを出し、そこに文字を打ち込んでいく。


「そう」


『海棠博士の弟ですね』


「あ、知ってるんだ」


『写真を見せられましたから』


 そう言って次の瞬間ディスプレイ上に現れたのは、まだ5,6歳といった所のあどけない茜と温が、タオルケットにくるまって、仲良く眠っている写真だった


「「なんだそれはーーーー!!!!」」 


 二人して同時に声がでる。まさしく驚天動地といった風体だった。


『題して『あき秘蔵ツーショットコレクション NO1』です』


「題さなくてもいい!!」


「ナンバー付けされてるってことは、他にもあるのか!?」


 温の声にこたえるようにして次に表示されたのは、先ほどの写真よりもいくらか幼い二人の入浴姿だった。大き目の海棠家のお風呂の浴槽に二人して仲良く浸かっていた。


 更に二人の赤面度が上がる。


「なんでこんなもん撮ってんだうちの親は!!」


「何よこれ!!」


 茜は真っ赤になりながら、丸テーブルをがくがくと揺さぶった。


『題して『あきの秘蔵ツーショット…』』


「「もういいわ!!」」




「あのクソ兄貴…」


 荒い息を吐きながら、温は悪態をついた。どうやら今の写真攻撃で大いに動揺しているらしい。−−−それは茜も同じことだった。


(「空兄あきにい、あんなものコレクションしてたんだ」)


 悲しいやら、恥ずかしいやら…。茜はまた深いため息をついた。恐るべし、空兄。


「ねぇ、温はサイについてどれくらい知ってるの?」


 不意に疑問に感じた茜はそう尋ねていた。


「…現存のAIのように命じられた、プログラミングされたタスクをこなすものではなく、自分で思考することの出来るAI−それがSIKEだってメールには書いてあったよ」


「それって、すごいことなの?」


「茜はチェスの名人がコンピューターと戦っている所って見たことあるか?」


「うん、ニュースとか、新聞とかでよくやってるよね」


 この前見たのは、チェスの世界チャンピオンとコンピューターの対戦、だったと思う。惜しくもコンピューターが負ける形となったが、大接戦だったらしくその様子をクラブで築山が熱弁を振るっていたのを思い出した。


「あれだって、その場の人間が見たらコンピューターが自分で考えて「手」を打っているように見える。しかし、実際の所そうじゃないんだ。「こういう手が出たらこうする」という細かい命令をあらかじめプログラミングされているに過ぎない。そして現在、科学の発達と共にAIに命令できるタスクの量が増えてきている。だからチェスの世界王者にコンピューターが勝つということも有りうるんだよ」


 チェスというのは、思考を基にする競技である分、「こうしたらこの手しか打てない」という行動を制限されるゲームである。その点から考えるとプログラミングといった観点から見れば、現存のAI技術に対応しやすい競技なのである。このほかにも将棋やトランプ、オセロなどのコンピュータゲームにもこの理論が当てはまる。


「でも、このAI−−SIKE(サイキ)は違う。普通の人間と同じような思考法でチェスを打つことができるんだ。−−−だから、昨今のAIのように初戦で世界チャンピオンに勝つあるいは接戦に持ち込むなんて芸当は先ず出来ないね」


「どうして?」


「それは、SIKE自身がチェスについて『思考』していないからだよ。人間と同じようにSIKEも『思考』することで『成長』していくんだ。だから、もしかしたらSIKEがチェスについて学んで行けば、もしかしたら世界チャンピオンにだって勝てるかもしれない、けれどもずっと負け続けるかもしれない。それは誰にもわからないんだ」


「?」


「まぁ、言い換えるなら「限界の無いAI」ということになるか。専門的な言い方をすれば『強いAI』ということになるんだろうけれど」


 『強いAI』−−−それは、柴崎自身も口にしていた言葉だ。


「人間と同じってこと?」


「まあ、簡単に言ってしまえばそうだな。しかし、こんな物SF小説の中でしかお目にかかれないと思っていたが…」


『海棠博士はーーー』


 急にSIKEが話し出したので二人は話すのをやめた。


『海棠博士は、私に「人」とは何であるかを、茜の元で学べ、と言っていました。色々なものを見て、聞いて、感じてーーー』


 その声はどこか悲しい響きを持っているような気がしてならなかった。




何だかようやくSFらしくなってきた(笑)


空兄の恐るべき本性が明らかに!?

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