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さじ加減

昼食が終り、テスト問題の直しがすんだのは、もう夕方近くになってからだった。ようやく最後の一問を解き終わった茜は、自分がまるで砂のように崩れ去ってゆくのを想像してみた。


 それほどまでに疲れきっていたのだ。


 隣で根気よく教え続けたはるも同じらしく、某スポーツ漫画のラストシーンのように、白くなっていた。


 どうやらここまで出来ないものとは思っていなかったらしい。


 しばらく無言でいると、ノックの音が聞こえた。


「茜ちゃん、温君、飲み物いる?」


 それに答えるように、無言で手を上げる二人。


「何がいい?」


「紅茶で。お砂糖とミルクつけてください」


「俺、コーヒー。ブラック」


「了解。ちょっと待っててね」


 再び沈黙


 結局高校生の貴重な休日を、ドタバタ劇と、風邪と、そして憎き数学に振り回されてしまっていた。


「ふふふふふふふふふふふ」


 疲れのあまりか、溜まった気を一気に吐き出すように茜は声を出した。


「不気味な声出すのやめろよ。気味悪い」


「考えてみれば、自分のことにも手一杯なのに、空兄あきにいのこと心配するのってお門違いもいいところだよね」


 ぽつりと、思わずそう洩らしてしまった。


「…そうでもないんじゃない?」


「はい?」


「兄貴、嬉しそうにしてたよ。茜からメールもらった、って」


 茜は倒れこんでいた机から顔を上げると、温のほうを見た。


「…なんでそんなこと知ってるの?」


「…本人に聞いたから」


 再び沈黙


「えええええええええ!!!??ど、ど、どうやって!?」


「国際電話」


(「その手があったか」)


 実を言うと茜も一度は考えた手だった。しかし、通話料の計算をするに当たり、メールの方が遥かに簡単でお金がかからないことに気付き、電話することはなかった。しかも、通話のタイミングなんてわかるはずも無く、もっといえば、本人以外の誰かが電話に出た場合、どう対応すればいいのかわからないということもあった。


「たまに電話しても、茜の話しばっかりで、正直うざったい」


「…」


 それはつまり、裏を返せば”自分の兄を取られているようで気に入らない”という意味にもとれる。当たり前だろう、遠い国へといってしまった兄とのたまにできるコミュニケーションの時間が、他の女の話題で占められているのだ。


「なんだ、はるって案外ブラコンなのね」


「え?」


 温は怪訝な表情をした。何言ってんだこいつ、と目が言っている。


「だってそれってさ、私に温兄を取られるみたいで嫌ってことでしょ?」


「どうしてそうなるんだよ?」


「…あんた、現国の成績悪いでしょ?」


「ーーー別に」


 ふい、と視線をそらす。これは、温が嘘をつくときについついやってしまう癖だった。昔、それを度々空にたしなめられていたことを思い出す。


(「温君、人にいやなことをしてしまったら、ごめんなさい、しないとね」)


 あれは茜と温が幼稚園の年長組だった頃の話だ。同じ組の男子が温のおもちゃを取り上げたのだ。多分それはその子にとって温自身のことが気に入らない、ということもあったのだろう。言いたいことははっきりと言うし、手も早かったし。


 だから案の定温はその男の子の頭をポカリと殴ったのだ。


 そして自分でまいた種にもかかわらず泣き出す男の子。当然先生が駆けつける事態になった。


 事の顛末を保育士の先生から聞いた空は、茜の隣でむっすりとしていた温に目線を合わせた。


(「あいつが悪い」)


 そうとしか言わない温は、空にじっと見つめられるのが耐えられなかったのか、目をそらした。すると、温がこらこら、とばかりに肩に手を置いた。


(「でも、その子に先に手を出したのは温君だよね?」)


 そして、諭され続けること約15分、とうとう温は頷きかえしたのだった。



 そう考えると、何だかんだ言って温は空に頭が上がらないのだ、と茜は思った。


「何だよ、にやにやして、気持ち悪い」


「−−−今すぐ殴っていい?」


「…やっぱ、やり慣れてないことはするんじゃないよな」


「は?ーーーあ!、もしかして今の慰めてくれてたの!?」


 茜のずばりとした指摘に、温は急にこちらを向いてさっきまで憮然としていた表情を180度変えた。


(「うわぁ、真っ赤」)

 

 耳から頬まで、余す所無く朱色に染まっていた。


「ーーー明日は雪かもね」


 普段の付き合いからか素直に喜ぶことの出来ない茜はそうもらしていた。


「そうじゃなくて、俺は単に…」


「単に?」


「単に、兄貴のことよりも・・・・」


「はいはーい、飲み物熱くなってるから気をつけてね」


 両手が塞がっているせいなのか、ノック無しで夏代が入ってきた。


「ありがとうございます」


「いえいえ、−−−温君どうしたの?顔真っ赤にして」


「…何でもない」


 肩を落としながら、夏代から熱々のコーヒーの入ったマグカップを受け取った。


「そう、温君夕食こっちで食べるわよね」


 ちょうどいいから、と夕食まで茜に付き合ってくれることになったのだ。茜にとってありがたい話だったので素直に受け取っておくことにした


「ああ」


 夏代が部屋から出て行ったあと、温はおもむろに言葉を切り出した。


「あれをみせてくれ」


「ーーーは?」


「兄貴から送られてきたPC、持ってるんだろ?」


「!?」


 茜はしばらく、声を出さずにじっと温のほうを見つめていた。



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