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最終定理

「あらあ、はる君、どうしたの?」


 夏代の間延びした声に答えるようにして温は「ああ」と生返事をした。


「茜は?」


 その答えを聞いた夏代は、にやりと笑うと


「なぁに?やっぱり茜ちゃんのことが心配なのね」


 底なしに楽しそうな声だった。茜は気付かれないように中途半端にドアから覗き込む。相変わらず不機嫌そうな顔だ。


「熱は下がったのか?」


「ええ。明日からは学校にも行けると思うけど」


 温は靴を脱ぐと夏代のほうはお構いなしにずんずんとこちらへと向かってくる。


(「やっば…」)


 茜は慌ててドアから離れると、ベッドへ飛び込もうとした。


 しかしはるの足の方が速く、ドアの開く音が勢いよく背後で響いた。


 仕方なしに振り返ると、そこにはやはりいつものように不機嫌そうな顔立ちの青年の姿があった。


 Tシャツにジーンズといったラフな格好で、肩には外に出かけるときに使うのだろう小さなリュックを背負っていた。


「おい」


「…何よ、ノックぐらいしなさいよ」


「…思ったよりも元気だな」


(「だったら何だっていうのよ!?」)


 温はそのまま断りもせず、どかどかと部屋の中央に置かれている丸テーブルの横に座り、リュックの中身をあさり始めた。


 年頃の女性の部屋だとは、もはや思っていないらしい。


 しばらくして茜のほうへと向き直ると、床を指差した。どうやら「座れ」の合図らしい。


「?」


 茜はしぶしぶはるの前まで行くと、素直にその前に座った。


「ーーー見せてみろ」


「・・・・・・・・・・・・は?」


「金曜日にあった数学のテスト、見せてみろ」


「・・・・・・・・・・・え?」


 意味をつかみかねたらしく、茜はもう一度首をひねった。


「数学のテスト、見せろ」


 沈黙

 

「はあああああああああっ!!!???」


「糸伊原茜 数学2−−−−37点」


 スコーン


 その点数を聞いた茜は気が動転して、丸テーブルの上に置かれていた筆箱で温の頭をしたたかに殴っていた。


「おい!」


「それはこっちが言いたいわよ!なんであんたが私の小テストの点数なんて知ってるのよ!!あんた私のストーカー!?」


「はあ?一昨日お前を負ぶって帰る途中、定期出そうとしてカバンの中身見たら、見てくださいとばかりに乱暴に突っ込んであるから!」


「そうだとしても、こういうときは言わないものなの!!ほんっとうにデリカシーってものがないんだから」


 そこまでいうと、今度は温が谷よりも深いため息をついた。


「俺にデリカシーがあろうが無かろうが、一応これでも親切心で来てやったんだぞ」


 茜は更に眉間に皺を寄せた。


「お前、2年の初めからこんな点数とってたら、林野に目つけられるぞ。それとも覚えてないのか?明日提出なんだけど」


 小テスト・林野先生。数学・赤点・提出


 ここから導き出される答えといえば


「あああっ!!」


 そうだった、と茜は口を押えて必死に動揺を隠そうとした。しかしバレバレである。温はやっと思い出したかとばかりに肩をすくめた。


 明日は数学2の授業のある日ーーーすなわち金曜日に行われた小テストの「直し」の提出期限でもあるのだ。


 茜はあわてて自分の学生カバンをつかむと中身をひっくり返して、でてきた一枚の紙切れを食い入るように見つめた。


(「だめじゃん・・・これ」)


 やはり何度見ても身の毛もよだつような点数しか表れてこない。しかも林野が担当する数学の小テストは「小」がつくとは思えないほどの問題量を出すことで有名であり、間違えた問題すべてをやり直すとすると、自力で明日提出できるとはとても思えなかった。


 がけっぷちだった。


「だから、いわんこっちゃない」


 いつもなら、ムカッとくるはずの温の声も気にならなかった。なぜなら、今彼は自分を救ってくれる唯一の存在であるからだろう。


「…今ならあんたが仏に見えるわ」


「それはどうも。で、どうするの?」


 考えるべくも無かった。


「ーーー宜しくお願いします」




「だから、何度言わせるんだよ!そこはこっちの微分公式を使うんだって!」


 茜は机にかじりつきながら、頭の中を行きかう数列と壮絶な戦いを繰り広げていた。温の説明に納得はするものの、それより先に進むことができない


 しかも、毎度のことながら温は人に教える時でさえ、容赦ない。いや、「教える時だからこそ」だろうか。まさしくスパルタだった。


「違う!その問題は教科書に一番最初に載ってる公式で解けるんだよ!本当に授業聞いてるのか!?」


 あまりの言い様に茜はむっとしたが、この状況で言い返してもさらにきつく言われるだけだということをよく理解しているので、口には出さずただ目の前の問題に集中するようにした。


 そうなのだ。本当であれば、授業をきちんと聞いて、予習復習をして、事前にテスト勉強をしておけば解ける問題ばかりなのだ。それを「苦手だから」の一言では逃げる口実にはなりはしない。


 そのとき、部屋のドアがノックされた。


 エプロン姿の夏代の姿だった。いつものように背まである長い髪をうなじの辺りでくくり、肩に垂らしていた。


「昼ごはんできたわよ」


 夢中になって気がつかなかったが、そういえば家中に夏代の作るご飯のいいにおいが広がっていた。この匂いは、チキンライスだろうか。


 茜が必死に懇願の目線を送ると、温は奈落のそこよりも深いため息をついた後、呆れ顔で茜の方を見た。


「いいよ」


 どこか投げやりな調子の温の答え方に


「あらあら、まあまあ」

 

 と、夏代はいつもの調子で微笑んだ。



 その日の昼食は、夏代の得意料理TOP3に入る、半熟のオムライスだった。絶妙の柔らかさの卵が口の中でとけてゆく感触はまさしく絶品というほかは無かった。


 それと、これまた肉のうまみが十分に出ているコンソメスープ。


「はあああ、幸せ」


「病み上がりとは思えないな」


 おかわりを頼んだ茜を見て、温は率直な感想を漏らした。


「悪かったわね」


「温君、おかわりは?」


「いや、僕はいいよ」


 リビングのテレビが、お昼の料理番組からニュースへと切り替わった。


「休日の今日、大勢の人手で賑わうはずだった、都心有数のショッピングセンター『アヴァロン』は、管理会社の「柴崎コンサルティング」会長の柴崎渉容疑者の逮捕により、今週一杯は閉鎖されたままだということですーーー」


 ニュースの内容は、朝見たものとはさほど内容の違いは無かった。


「ーーー茜ちゃん、ご飯の量これくらい?」


「あ…はい」


 ぼうっとしていた茜は意識をキッチンの夏代のほうへと向けた。


「たくさん食べてね」


「はい」


 茜はもう既に次のニュースに切り替わっているテレビを見ながらどこか釈然としない気分に襲われたのだった。


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