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夢の境


 また、夢を見た。


 私が幼いときのゆめ。


 何時だろう。原体験の記憶とでもいうのだろうか、おぼろげで、とらえどころのなくて、はっきりとした映像が浮かんでこない。


 そのかわり、とても胸のうちが熱くなるのだ。



 茜がふと目をさますと、そこはいつもの自分のベッドの上だった。熱も引いたようで、体には運動後のような疲労感だけが残っていた。首を右に巡らせると、そこには健やかに眠りについている夏代がいた。枕もとの時計を確認すると、ちょうど夜中の3時を回ったところだった。


 のどの渇きを覚えた茜は、夏代を起こさないよう細心の注意を払いながらベッドから降り立ち、そろそろとドアの方へと向かう。ずっと寝ていたせいか体が思うように動かなかった。


 リビングへと入ると、キッチンに入り冷蔵庫を覘く。夏代が色々と買い揃えてくれたのだろう。食材がこの前より増えていた。


 スポーツドリンクのペットボトルを抜き取ると、コップに注ぎ、一気に飲み干した。


「ぷはあーー」


 生き返る、そう感じた。一昨日起こったことを考えればあまり洒落になっていないが。


 そういえば、夢を見た気がした。


 懐かしく、それでいて初めて見るような夢。


 しかし殆どの場合そうであるように、どのような夢だったかは記憶には無かった。


(「夢といえば…」)


 昨日見た夢のことを思い出す。空兄あきにいの夢。


 いつも見るようなとらえどころの無い夢とは違い、はっきりと覚えている。彼の体温も匂いも、そして周りに広がる草木の揺れる音や光…全てを。


 あれはなんだったのだろうか。


 まさか現実に起こったことだとでもいうのだろうか。


(「茜、きみはひとりじゃない。それを忘れないでいれば、大丈夫。「運命」にだって勝てるんだから」)


 「運命…」


 そういえば、昨日会った青年、アオイはこうも言っていた。


(「そう、運命。何万という道に枝分かれしていようとも、僕と君が出会うことは『運命』なんだ」)


 運命


 それは曖昧で明確な答えを与えるのを拒否しているかのような言葉だった。


(「ばっかじゃないの」)


 月並みな言葉かもしれないが、未来とは自分で切り開いていくものだ。運命という言葉を用いることそのものが、茜にはあまり好きにはなれなかった。


 イライラとした気持ちを抑えようとして、またスポーツドリンクをコップに注ぎ込むと、茜はまた一気飲みをした。




 梅雨の時期とは思えないほど晴れ上がった日曜日の朝こと


「でもよかったわね、熱も下がったし」


 計ったばかりの体温計に表示された数字を見ながら、夏代は嬉しそうに微笑んだ。


「これで明日から、ちゃんと学校に行けるわね」


 そうだった。学校を休まなくてもいいという気持ちとは裏腹に、貴重な休日を風邪で潰してしまったことになるのだ…。どこか損をした気持ちになる。


「…本当にありがとうございました」


 ぺこりとお辞儀をした茜に夏代は首を振った。


「いいえ、珍しく甘えてくれて、私も嬉しかったわ」


 その言葉に茜は赤面してしまう。どうしてかむず痒い気持ちだった。


あきはるも男の子だからかしら、母親離れが早くてね。あまり私を頼らなくて寂しいから、ついつい茜ちゃんにおせっかいを焼いてしまうのよ」


 すこし恥ずかしそうに、顔を伏せがちにして夏代はつぶやいた。


「夏代さん…」


「さあさ、それじゃ着替えましょうか。そのままだと汗でべたべたして気持ち悪いでしょう?」


「あ、はい」


 着替えを渡されて、茜はキッチンに朝食を作りに出かけた夏代の後姿を眺めていた。その姿は本当の母親のようで、茜はすこし寂寥感というものを覚えていた。


 万樹は土曜日の午前中に出かけたまままだ帰っていないらしい。仕事だろうとは思うがもしかしたら夏代とあまり顔をあわせたくないだけのかもしれない。


「サイ、起きてる?」


 着替え終わった茜は、部屋の片隅でコンセントに繋がれたPCに向かって話しかけてみた。


『充電はもう既に完了しています』


 いつものような明るく、綺麗な声だった。


「でさ、あんたには、聞きたいことが山ほどあるんだよね」


『待ちたまえ、ワトソン君』


「…へ?」


『この状況を説明するのは、真に骨が折れるのだよ。だから全員がそろうのを待とうではないか』


「何その台詞…」


 どことなく、楓子ふうこの芝居がかった口調に似ていなくも無いが。


『知りませんか?アキから教わったのですが』


「…ああ!」


 そういえば、昔(あき)の部屋に『コナン・ドイル全集』置いてあったことを思い出し、一人合点がいった。


(「…って、何教えてんのよ…空兄」)


 PCに向かって真面目にシャーロック・ホームズの台詞を吹き込んでいる空の姿を思い浮かべて、少々情けない気持ちになる。


 父親にしてこの子あり、といった感じだろうか。


「…サイって、空兄あきにいが作ったんだよね」


 感慨深げに


『ーーー作ったのではありません」


「え?」


『「再生させた」のです』



「!?」


 その言葉を聞いて、ますます昨晩の夢が現実味を帯びてきた。そう空は言った。SIKE(サイキ)は『再生させた』のだと


「それってどういうこと?」


『−−−−わかりません。私も海棠博士からそう教わったばかりですので。けれどーー』


「茜ちゃーん」


 ドアの開く音と共に夏代がひょっこりと顔を出す。茜は慌ててPCを閉じて、作り笑いでふり返る。


「朝食作ったけど、食べる?」


「え…、ええ。頂きます」


 茜は立ち上がり、夏代のあとに続いて部屋を出た。


 リビングの食卓にはほかほかの湯気を立てた朝食が並べられていた。学生でしかも朝は殆どひとりで朝食を取っている茜は工夫の凝らされた和朝食に軽く感動を覚えた。やはり持つべきものは料理上手な女性なのだろう。


「お嫁さんにしたい女性NO1…」


「ん?」


「なっ、なんでもないです!」


 茜は首をぶんぶんと振り、箸に手を伸ばすと手を合わせて小さく「いただきます」とつぶやいた。


 夏代はにこにこと笑顔のままどうぞ、と優しく薦めてくれた。


 朝食のメニューは、塩ジャケ、ご飯、味噌汁、ほうれん草のおひたし、漬物…といった理想的なまでの和食。しかも味はお墨付きだ。


「このおひたし、おいしいです!」


 香りのよい独特の風味が口の中に広がる。まさしく絶品だった。


「そうでしょ?鹿児島産の黒ゴマを入れてみたの。温君も気に入ってくれていてね、この前なんかボール一杯平らげちゃって」


 ボールを前にしておひたしをがっつくはる…。不気味というか何と言うか。


『ーーー次のニュースです』


 テレビの方に注意を向ける。丁度、朝いつも見ている情報番組のニュースが流れているらしかった。


『一昨日、都心の高層ビル『アヴァロン』オーナーの柴崎コンサルティング会長・柴崎渉容疑者が脱税の疑いで逮捕されました。これに伴い、家族連れでにぎわうはずだった今日は急遽ショッピングモールを閉鎖し、警察の捜査に入っています。警察の調べによりますとーーーー」


 ぶっ


 上機嫌ですすっていた味噌汁を噴出しかける。


「あらあら、まあまあ、大丈夫?風邪がまだ治ってないのかしら」


「いえ、のどに詰まらせただけですから」


 テレビの画面を食い入るように見つめる。


『アヴァロン』


 それは、一昨日自分を捕らえていた牢屋の名前でもある。120メートルの超高層ビルであり最先端の武装、セキュリティの施されたビルとして威容を誇っていた。


 茜は引き続きニュースに耳を傾けようとしたが、それほどたいしたものではなかったのだろう、すぐに終わってしまった。


(「どういうこと…?」)


自分が搬送用エレベーターを脱出する時、確かに一発の銃声が聞こえた。それと何か、言い争う声も。それを最後としてアヴァロン内部のことは何も知らない。あの後内部では一体何が起こっていたのか。


 わからない


 わからない事だらけで、昨日の頭痛をぶり返しそうだった。



 朝食を終えた茜は、食器の後片付けを夏代に任せて、自室へと向かった。熱が下がったとはいえ体はだるく、目もとろんとしていた。昨日あれほど寝たというのにまだ寝足りないらしかった。


 茜は自分のベッドに倒れこむとそのまま泥のように眠っていってしまった。




 しばらくして目を覚ますと、もう昼が近い時間となっていた。


(「おなか空いたかも」)


 空腹で目を覚ましたらしい自分の意地汚さに少々嫌になりながらも、身を起こして立ち上がった。SIKEはというと、部屋の隅のほうでじっとしていた。


 いや、「しゃべる」という行為さえなければ、外見上はただのPCなのだ。それだけに「声」だけが「SIKE(サイキ)」を「SIKE(サイキ)」たらしめている。そう考えていると、少しだけ寂しい気がした。


(「あれ…?」)


『寂しい?』


 自分は何故そのようなことを考えたのだろう。


 何故SIKEの「存在」を確かなものにしたいのだろう。


 わからなかった。


 しかし何故かここで、夢の中であきが話していた言葉を思い出す。


         「あの子はね、茜と同い年位の女の子なんだよ」


 もしかしたらSIKEにはモデルとなった人間がいるのかもしれない。


 いや、もしかしたら「その子を『再生』しよう」とした結果がSIKEなのかもしれない。


 いずれにせよ、わからない事だらけだった。


 そこまで深慮していると、インターフォンが鳴った。どうやら夏代が応対に出ているらしく話し声が聞こえ、しばらくして部屋の前を足音が通り過ぎていった。


(「誰だろう」)


 万樹だろうか。


 そう思った茜はドアを半開きにして半身を廊下に出し、突き当りの玄関を覗いた。


 −−−そこには、


はる君」


 何故か不機嫌そうな、温の姿があった。





 


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