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誰かの記憶

ふわふわとした浮遊感が体を支配していた。なんだか、ジェットコースターに乗っていて坂を急降下するときのあの独特な感覚だった。


 目の前を見たことの無い女の子が走り去って行く。ブラウンの混じった髪をツインテールにして赤いリボンがゆらゆらと揺れていた。年のころは5、6才といったところだろうか、可愛らしい仕草で両手を勢いよく降り、駆けてゆく。


(「だれ…?」)


 茜は目を凝らして女の子が走り去った方向へ体を向けた。


 そこに立っていたのは、夕陽に照らされて手をつないで歩く女の子ともうひとり見覚えのない少年の姿だった。年が離れているのだろう、身長が女の子の倍ほどもあり、意志の強そうな瞳が印象的な端正な顔立ちをしていた。


 女の子は快活に笑いながら、手にしていた物を少年に向けて指し示した。


(「うさぎのぬいぐるみ…?」)


 いや、はたしてウサギといえるのか怪しい代物だった。耳は左右の長さが全然違っていたし、目の位置も大きさも左右対称とは程遠いものだった。腹からは綿が飛び出し、口は半開き。そう、今にも「きしゃーーー!!」と言って襲い掛かってきそうな恐ろしいシロモノだ。


 けれど女の子はそれをまるでかわいらしいものでも見るようにうっとりとした表情で見つめ、はにかみ笑いを見せた。少年もそれに釣られて微笑む。


 微笑ましい光景だった。夕日に照らされた細長い二つの影が遠くまで、遠くまで伸びていた。


(「あれ…?」)


 どうしたのだろう。あわてて自分の頬に触れてみる。驚くほど熱かった。目尻から涙が溢れ出していたのだ。


(「どうして」)


 ぽたりぽたりと、なんのためらいもなく流れ始めた涙は留まることは無かった。


 ふと、女の子がさりげない仕草でこちらを振り向いた。そしてうさぎもどきのぬいぐるみをきゅっと握り締めてゆっくりと手を振った。


 ばいばい


 そういっている気がして、茜は駆け出す。


「待って!!」


 なぜか、知っている気がしたのだ。


 あの女の子のことを。



「待って!!」


「はいはい、いつまででも待ちますよ」


 茜は自分がベッドに横たわっていることに気付くと、横に居た人影に気付いた。夏代だ。


「体の具合、どう?」


「え…?、あ、はい。前よりは随分楽です」


 眠って少し汗をかいたせいだろう、のどにまとわりつくような妙な痛みは薄れていた。


「そう。何か飲む?スポーツドリンクなら買ったのがあるわ」


「いただきます」


 待っててね、と一言おいてから、夏代は立ち上がり扉の向こうへと消えていった。


 茜はため息をつきながら天井を見上げていた。ここ数日間に自分の身に起こった様々なこと。多分それはあきから託されたAI−SIKEサイキがすべてを握っているのだろう。


 自ら「考え」そして「行動」するAI−人工知能


 the Superlative Intelligence that have Knowledge of Everything


 『すべての知識を有する最上の知能』


ーーーそれが、SIKE(サイキ)


(「…だめだ」)


 考えれば考えるほど頭が回らない。大分症状は治まってきたとはいえ、体は本調子ではなかった。


 そうこうしているうちに、夏代がリビングから戻ってきた。手の上の盆には茜愛用のマグカップと湯気の立ったお椀が載せられていた。


「おかゆ、食べれる?」


 気を利かせて持ってきてくれたのだろう。そういえば昨日の夕方から何も口にしていなかった。


「…頂きます」


 茜は体を起こすと、マグカップを手に取る。


「あの、お母さんは?」


「ああ、二日酔いで真っ青な顔のまま仕事に行ったわ。通勤途中で飲んでねってウコン渡しといたけど…」


「…まったくお母さんってば自分の限界も知らないで飲み続けるんだから。あの、はるは?」


「ああ、帰ったわよ。いつもながらそっけなく、ね」


 空になったマグカップを夏代に手渡すと、熱々のおかゆの入ったお椀を受け取った。


「…食べさせてあげようか?」


「…ぶっ!!」


 おかゆを噴出しかけた茜は何とかこらえて夏代のほうを見る。いつものように首をかしげて微笑んでいた


「あらあら、まあまあ」


 茜は耳まで真っ赤にして首をぶんぶんと振った。夏代はその様子が新鮮でたまらないらしくくすくすと笑う。


「ねぇ、茜ちゃん」


「は…はひ」


「やっぱり、うちで暮らそう?」


 その言葉に改めて茜は夏代のほうを見つめた。


「私、心配なのよ、今日みたいにいきなり風邪なんてひいたらって思うと…」


「だっ…、だけど」


「万樹ちゃんも、万樹ちゃんだわ。自分の娘が熱出してるっていうのに、仕事に出ちゃうなんて…あれじゃあ、」


「あのっ!!」


 その先を言わせまいとして茜は声を張り上げた、しかしその反動からか気管に空気が入り咳き込む。慌てて夏代が背中をさすってくれた。


「大丈夫!?」


「だ…だいじょうぶ…です…ごほっ!!」


 わかっている


 夏代は悪気があって言ったのではない。ただ茜自身のことを心配してそれで…。


 けれど茜は聞きたくなかった。自分の母親の悪口など。


 ぐうたらで、親としては失格かもしれないが、茜にとって「母親」いや、「家族」といえる存在は万樹ひとりなのだから。


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