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愛しの我が家

 しばらく茜は、雨の中を立ち尽くしていた。これまで起こったこと全てを思い返しながら、頭の中に納まりきるように情報を整理する。


 しかし、うまくいかなかった。


 まだ唇に熱が残っていた。それを振り払おうとして、何度も唇をぬぐう。


「あきにぃ…」


 屋上のドアが突然開いたのはそのときだった。


 そこに立っていたのは、息を切らせたもう一人の従兄弟、はるだった。


「茜!!お前…!!」


 何かを叫ぼうとするが、うまく声に出せないらしい。肩で息をして必死に呼吸を落ち着かせているのが分る。


「っ…!今までどこに行ってたんだ!心配したんだぞ!…っておい?」


 茜はしばらく、はるのほうを見つめると呆とした表情でしばらく宙を眺めていた。


 頭がくらくらする。


 雨に打たれたせいだろうか、それとも慣れない頭脳労働をしたせいなのだろうか、それとも…


(「世界が、回ってる…」)


 茜の様子がおかしいことに気付いた温はそろそろと茜に近づく。それと同時に茜は意識を手放した。


(「あ…き…にぃ」)


 意識を失う最後の瞬間に見たのは、初恋の人によく似た青年の叫びにも似た呼び声だった。



 温は突然崩れ落ちた茜の体を抱きとめた。額に手を当てると、どうやら熱を出しているようだ。長い間雨に打たれていたのだろう。体は冷え切っていた。


「茜!」


 とりあえず茜の体を背負ってビルの中へと駆け込む。階段の端に座ると、呼吸を確かめた。少し苦しそうだったが、規則正しく呼吸をしていることに安堵した温は、ため息をついた。


「どうしてまた、こんなとこに…」


「…ん」


 腕の中の少女が身じろいだので、温は呼んでみた。


「おい」


「あ…」


「なんだ?ったく、これからおぶって帰る者の身になってみろよ」


「あ…き…にぃ」


「…」


 温はしばらく呆然と茜の顔を眺めた後、唇をかんだ。


「何だよ。どうして…兄貴なんだよ」


 助けに来たのは俺なんだぞ、と言いかけて、温は唇を閉じた。そして茜の頬をそっと撫でた。濡れた黒髪が指先に絡まった。


「…兄貴はもう来ないんだ。わかるだろ?」


 そう、静かに問いかけた後、ゆっくりと茜の体を抱きしめた。




「帰ったら、冷やさないといけませんね」


 それまでヘリを静かに運転していた男は、助手席に座っているアオイの頬を見やると、くすりと笑った。年のころは30代の後半といった所で、中肉中背の体つきをしており、切れ長の目が特徴的だった。


「あいつには言うなよ」


 アオイはニヤリと微笑むと、口の端を手でぬぐう。


「きっつい、一発だったよ」


「それは、自業自得というのではありませんか?」


 ヘリの外をふと見やると、深夜のネオン街の電灯がきらめいていた。大小さまざまな光の粒は、まるでひと時の幻のように美しかった。


「しょうがないじゃないか、したかったんだから」


 男はこれ見よがしにため息をついて、


「次からはせめて、相手に伺ってからにしてくださいね」


「いちいちうるさいなぁ、松方は」


 アオイは子供っぽく膨れて見せると、自分の口元に指先を当てた。そして急に声色を変える。


「…『茜』の解いたアヴァロンの暗号強度はいくつだ?」


「ーーーArthurアーサーの管理者権限パスワードは『上』から流れてきた情報によりますと、168ビットだそうです」


 普通、セキュリティパスワードはビット(bit)という単位で強度を測っている。通常コンピュータは二進法、つまり0か1の数字で構成されており、ビットというのはデータの最小情報単位をあらわす。

 1ビットの暗号はつまり、数字で表すとすると「0」か「1」の2つのうちのどれか、ということになる。2ビットでは「00」「01」「10」「11」の4通りと2乗され、3ビットは3乗の8通りということになる。つまり168ビットというのは、2の168乗通りのパスワードが考えられるということになる。


「『アドニス』を使えば解読にどれぐらいかかる?」


「テストを行っていないので何ともいえませんが64ビットの暗号解読テストでは15日で答えをはじき出しました」


「そうか…、予想以上だな。『上』も喜ぶだろう」


 そのとき、男ー松方のイヤホンがうるさく鳴り出した。どうやら無線がはいったらしい。


「『T』の帰還を確認したそうです」


「結構。それじゃあ、僕たちも帰ろうか愛しの我が家マイ・スイート・ホームへ」



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