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運命

「もうじき到着します」


 運転席の男は、マイクに向かって何やら指令を出しながら、青年に話しかけた。茜のほうからは後姿しか見えない。窓から景色をのぞいてみると、そこは茜の自宅から歩いて20分ぐらいの所にある廃ビルの屋上の真上だった。もとはセキュリティ会社の持ち物で、よくヘリコプターが止まっていたのを思い出した。


 ヘリはしばらく滞空した後、下降を始めた。


 無事にビルの屋上にヘリをとめると、青年は広報座席のドアを空け外に出て、茜に手をさし伸ばした。彼の手はとても大きくて、何故か幼馴染のあきの手を思い出させた。無事に地上に着地すると、振り払うように手を離した。


 けれど視線は青年から離さなかった。−否離せなかったのだ。茜はどうしようもなくこの青年に惹かれていた。それは多分「恋愛」とは違った感情なのだろう。何かとめどなく自分の中に流れていた感情が急にわだかまり始めたかのような、妙な感情だった。


 外は6月だというのに、風が冷たく、肌寒かった。


「あなた、名前は?」


「え?」


「名前よ。無いわけないでしょう」


 青年はしばらく呆然と茜を見つめたあと、椿色の唇を開いた


「アオイ」


 その言葉を聴いたとき、胸の鼓動が急に早まった。先ほどの脳の中に流れ込んできた”イメージ”の感覚に似ていた。どうしてか心がざわめく。


『アカネ、大丈夫ですか。心拍数が上昇していますが』


 イヤホンマイクを通じて、SAIKEが話しかけてきてくれた。今となっては聞きなれてしまった少し高めの少女の声。心の奥底に響くような美しい声だった。


「あなたは、サイーいえ、SIKEについてどれ位知っているの?」


 目の前の青年ーアオイは興が削がれたといったふうに、眉を潜ませて茜を見つめた。


「近年アスタルテ社で開発が進んでいた人工知能のことだよ。「the Superlative Intelligence that have Knowledge of Everything」の英文の頭文字をとって『SIKE』と名づけられた。意味は『最上の知識を有する最高の知能』、まぁ、開発者の海棠氏は別の『意味をもって『サイキ』と名づけたようだがーー」


「ーーーえ?」


「その意味を君が知るのは先のことだよ」


「…それも『運命』なの…?」


 青年は答えなかった。そのかわりにまた、微笑んだ。


「血」


「え…」


「血がついてる、ここ」


 そう言うと青年は自分の唇を指差した。そういえば、先ほどの衝撃に必死に耐えようとして、口の端を噛んでいたことを思い出す。


 茜が唇に指で触れようとすると、アオイはそれを遮るように腕をつかんだそしてーー


(「……え?」)


 次の瞬間口付けられていた。肩をきつく抱き寄せられ、逃げることもかなわない。体中が電流が走ったかのようにカッと熱くなり、茜は熱に浮かされたようにゆるゆると目を細めた。まるで眠りにでもいざなわれているかのように。


『ーアカネ!』


 SIKE《サイキ》の呼び声に正気づいた茜は、少しだけ緩まった腕を振り回し学生カバンをアオイのわき腹へとぶつけ、その反動で少しよろめいた彼の頬を思いっきり平手打ちした。


「なっ…、なっ…、なっ…何すんのよ!!」


 茜は顔を真っ赤にしながら、手の甲で唇をごしごしとぬぐった。口の中に血の味が広がり、鼻先を鉄分の匂いがかすめた。


「何って、確認したのさ」


「確認…?」


「僕たちがもう一度、『ひとつ』になるためのね」


 アオイは至極真面目な表情で顔を伏せたのち、ふっと表情を和らげた。何故だろう。さっきと同じ笑みのはずなのに、底光りするような黒い『面』が茜の目には見えた。


(「恐い…」)


 アオイはもう一度茜の傍へと近寄った。そして耳元で囁く。


「君にももうじきわかるよ、『運命』とはなんなのか」


「…」


「また会おう、茜」


 まるで暗示にでもかかったかのように、体が動かなかった。アオイは茜から離れると、ひとりヘリコプターのほうへと引返してゆく。


 そして、また心の奥がざわめくような、プロペラの回転音を響かせながら、灰色の機体は飛び去っていった。


 茜は呆然と立ち尽くしていた。先ほどの出来事がまるで夢のように、ふわふわとした感触を伴って脳内にフラッシュバックする。普通の、ごくありふれた一日になるはずだったのに

この数時間でそれは一変した。組織からの誘拐・監禁・SIKEとの出会い・逃亡…そして


(「キス…」)


 ぽつり


 ぽつり


  雨の雫が茜の黒髪にかかった。ぱらぱらと小雨だったが、すぐに土砂降りにかわる。けれどそれでもなお茜はその場から離れることが出来なかった。雨が額から頬、そしてのどを伝う。それと共に、別の水滴も流れ出していた。どうしてだろう。いちど流れたそれを抑えることはできなかった。


「っく…っく」


 手の甲で涙をぬぐいながら、唇をこれでもかというくらい擦った。


(「…あきにぃ」)


 思い出されるのは、遠いところへといってしまった従兄弟のことだった。また、ほほえみかけて、思いっきり抱きしめてほしい。そして言ってほしいのだ。


 「今までのことは全部悪い夢だったんだ」と


 耳を突き刺すような雨の音は、茜の体を容赦なく打ち付ける。耳障りなその音は、彼女の心の内を攻撃した。


(「どうしてそばにいないの…?」)


『ーーーアカネ?』


 SIKEの声がした。


 やっぱり、雨は嫌いだ。


何かにすがろうとしている自分の姿を思い知らされるから。





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