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人質

違和感が残るが、まるで限りなく普通の。

 柴崎は茜からひったくるようにPCを奪うと、後ろへと下がった。16桁でSIKEの演算作業は止んでおり、パスワードが埋まる気配は無い。


「なるほど、自分の『主人』が危険と知るや、抵抗は止む、か」


「サイ…」


「サイ…?ああ、このAIのことか」


 茜は両腕を喜田川と橿原に捕まれ、膝をついた。首をぐっと押さえつけられる。おそらく体に力が入らないようにするためだろう。


「多少、不透明な点もあるが、まぁいい。これで先方との『契約』は果された。−−−しかし、困ったことになったーー」


 銃口がこちらを向いている。それは視線のように茜の肌を這うようにして感じることが出来た。


「君は知らなくてもよいことまで知り、我々に多くの損害を与えた」

 

 息が凍るほど寒いにもかかわらず、汗が吹き出た。体は震えが止まらない。


「会長、あのようなことがあったとはいえ、彼女は一般人です。ここは穏便に…」


 茜を取り押さえていた男の一人が進言した。


「穏便に…だと?」


 柴崎がそう言ったとき、少しだけ首を押えていた力がゆるんだ。茜は目の前の男を見上げる。


 そこには、銃口をこちらに向けた柴崎の姿と、ディスプレイをこちらに向けたままのSIKEが見えた。いつもの「Ψ《プサイ》」のロゴ…ではなく、何かの映像を流し続けていた。


(「草原…いや、海?何なの?この映像は?」)


 それは何の変哲も無い、ただの映像の羅列だった。まるで、バラバラの写真を無理やりつなげたかのような。



 その時だった




 体が大きく震えたかと思うと、脳の中にイメージがわきあがった。加速する・周りの景色が解けてゆく、そして目の前がいきなり記号で覆いつくされた。流れてゆく記号が、いつしか消えていく。そうしていくうちに、「景色」はどんどんと変わっていった。


 様々な「イメージ」が恐るべきスピードで頭の中をよぎってゆく。


(「いや…恐い…」)


 今まで感じたことの無いような感覚に、茜は必死に耐えた。唇を強くかんだせいか、口の中に血の味が広がる。


「おい…」


 喜田川は茜の様子がおかしいことに気付いたのか、声をかけ、顔を覗き込もうとする。


「・・・・・・・28P7K680H」


「え?」


「28P7K680H!!アルファベットはすべて大文字よ!」


 それはSIKEが今まで解析してきた管理者権限パスワードの「残り」だった。


 SIKEはものの3秒とたたない内に、パスワードの枠をすべて打ち込んだ。


『管理者権限奪取成功』


 その声と同時に、部屋の明かりがついた。あまりのまぶしさに、茜は目を凝らす。


「!!何故だ!、管理者権限パスワードなど…そうそうたやすく破られるはずがない。…何をしたんだ!」


「何も…」


 気分が恐ろしく悪い。茜は振り絞るように返事をした。イメージの残像がまだ目の前をちらついていた。自分が何者であるかを忘れてしまう、それほどに強烈なイメージがいまだに体を支配していた。


「…まぁ、いい」


 再び拳銃の撃鉄を上げ、引き金(トリガー)に指をかける。


「お前にとってはせっかく手に入れたお宝だが、こちらには人質がある。ーーーそうだ、外部からのハッキングを蹴散らせ。それぐらい訳ないだろう?取引先にも痛い目を見せないとな」


 ゆっくりと、腕の中にあるAIに話しかけるようにして。銃口を茜の方へと向けた。


(「大丈夫よ、茜。信じるの」)


(「サイを…彼女を!」)


 茜は拳を握り締め、ひたすら祈りを捧げた。


ーーーーーーーーーーそして。


 先ほども聞いたかのような、いやそれよりも大きな音が部屋を支配した。それと共に起こる揺れ。地震ではない。この超高層ビルを管理しているスパコン、Arthur(アーサー)が揺れているのだ。


「くそっ!」


 それと同時に一発の銃声。そして、部屋は再び暗転した。茜は自分のみが無傷であることを確認すると、男たちを振り払い柴崎めがけて体当たりをした。思ったよりも華奢な柴崎の体はよろけ、それと同時にPC−SIKEが頭のうえに振ってきた。


「痛っ!!」


 PCが頭に激突した。頭を押えながら、腕にPCを抱えもつと、茜は頭の中にインプットしてあった場所へと移動した。この状況下で唯一の脱出口となる物品搬入用エレベーターへと。


「何故だっ!何故お前が!!」


 背後から柴崎が何かを叫んでいるのが聞こえたが、茜はかまわないまま最後の力を振り絞って中へと転がり込む。勢いをつけすぎたせいか壁に肩から激突し、声にならない叫びをあげた。


「っっっう…!」


『ドア閉鎖』


 SIKEの声と同時に、目の前のドアが閉まってゆく。しばらくして、エレベーターが動き始めた。


 安堵した茜はずりずりとその場に座りこみ、周りを見回した。もともと人が入るよう設計されていないせいか、中は狭く天井も低い。隅のほうになにやら大きめの塊があった。


「何これ?見たことが…って!私のカバン!」


 それは、今日放課後に拉致されたときに持っていた学制カバンそのものだった。ある程度まで使い古した革のカバンと夏代お手製のタータンチェックの手提げまでご丁寧に用意されていた。まるで最初から茜がここに来るのを分っていたように。


 ーそれからーーー


「あのさ…サイ、」


 先ほどから感じていた「違和感」を、恐る恐る口にした。


「私たちって、1階…つまりは、『下』から脱出するんだよね?」


『『上』か『下』かと問われれば勿論『下』ですこのエレベーターは屋上と1階に直通しています。出口は1階にしか存在しません』


 その返答に、茜は唾を飲み込んだ。どうやらまた、トラブルが発生したらしい。もう膝から下に力が入らないというのに…。


「………このエレベーター、上昇してない?」




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