コタツ論争
茜は膝を抱えながら、じっとパソコンの画面を眺めていた。恐ろしい速さで演算しているのか、先ほどからギュインギュインと鋭い音を出している。
「ねぇ…サイ」
茜は寒さを紛らわせようと話しかけてみたが、中々返答は無い。やはりそれどころではないのだろうと、諦めて膝に顔をうずめた。
吐く息は白く、まるで季節が一気に夏から冬へと移動してしまったかのようだ。
『ーーー寒いですか?』
急に聞こえてきた声。それは先ほどから共に行動してきた存在を証明するものだった。
「…わかる?」
『このPCには、上部中央に小型のアイカメラが埋め込まれていますので、茜の状態は逐一手に取るように分りますよ。体温が先ほどより0.25度低下しています』
「大丈夫よ。こんなの、クーラーのきいた部屋にいると思えば」
そう言いながら、最近冬服から夏服へとかえたばかりの制服を恨んだ。
『茜は寒いのは嫌いですか』
「ーーえ?」
SIKEなりに気を使って(?)のことなのだろう、話題を振ってきた。
「うーん、寒いのはあんまり好きじゃないけど、暖房が効いたぬくぬくした部屋で、本読んだり、テレビ見たり…あっ、サイは”こたつ”って知ってる?」
軽い電子音と共にSIKEは答えた。
『ーーー炬燵とは日本の暖房器具のひとつであり、熱源の上に炬燵櫓を組み、こたつ布団を掛けたもので、布団の中に足を入れて暖をとる。床を数10cm下げて足を曲げられるようにした掘り炬燵と床が平面のままの置き炬燵に分けられる。』
見事なまでの模倣返答だった。
「ーーーさすが、最新式のAIね」
『ーーー何故ですか?』
「はい?」
『何故、暖をとるのに狭い場所に足を突っ込まなければ成らないのですか?温まりたいだけなら、ストーブやエアコンで十分のはずです』
「…」
つまりSIKEは、外観的機能ではなくこたつの中身、「本質」について尋ねているのだ。
「えーっと…なんだかその方が楽しいじゃない?」
『楽しい?それは「精神的に高揚する」という意味ですか』
「まぁ…それに、狭い所だからこそ、人が集まってきて、おしゃべりしたり、一緒にテレビ見たり、うたた寝したり、うん、そうだね。楽しいからかな」
茜なりの一番自然な返事だった。そういえば、今年のお正月は珍しく母子めずらしく過ごしたのを思い出す。大晦日のチャンネルは紅白かクイズ番組化で母の万樹と白熱した試合(喧嘩とも言う)を繰り広げたのだった。
『…』
「わかった?」
『イエス』
また、「Ψ《プサイ》」のロゴがくるりと回る。
そうこうしているうちに、画面の中のパスワード枠が埋まってゆく、すべてこれはAI(人工知能)であるSIKEがはじき出したものだ。すでに10桁を越えていた。
『パスワード解析まであと15分ーーー』
そのときだった。破裂音に似た銃声が当たりに響いたのは。茜は不吉な予感がして後ろを振り返る。すると外へと通じるドアが今にもこじ開けられようとしていた。
「さ…サイ!!」
悲痛な叫びにも似た声で、茜はSIKEに呼びかけた。
『中央制御室のロックが強制開錠されました。危険です』
「そんなことはわかってるから、早くして!!」
『これでもアルゴリズム構築速度は、最高値をはじき出しています』
何発かの銃声の後に、体当たりの音が聞こえてきた。茜は自分の肩にもたれかかるようにして襲ってくる恐怖と戦いながら、PCを抱き寄せ、なるべく後ろに下がった。
「あと何分!?」
『最速でも13分』
「間に合わないわよ!」
その声と共に、扉が男たちの体当たりによって弾けとんだ。懐中電灯の明かりが茜たちを照らし出す。
「こんばんは、糸伊原茜さん。先ほどは、どうも」
声はあくまでも穏やかだが、目はもはや笑ってはいない。見えるとするのならば、憤怒の表情だけだ。
「さぁ、そのAIを返してもらいましょうか」
「いやっ!」
その声と共に背後にいた男たちが茜の腕をつかむが、茜はPCを抱きしめたまま動こうとはしない。
「…困りましたね」
柴崎は銃口をゆっくりと床へと近づけ、引き金を引いた。部屋に残る残響に茜はますます身をすくめると、目の前の男を睨みつける。目尻には涙がにじんでいた。
「さぁ、渡せ…渡すんだっ!」
(「いや…」)
自分を必死に奮い起こしながら、茜は自分に言い聞かせた。だめだ、ここで渡してはいけない…と。
なぜかはわからなかった。けれども、母親が子供をかばう本能のようなものが茜を揺り動かしていた。しかし、男たちにもみくちゃにされてPCがずりずりと腕から離れてゆく。
『大丈夫です、アカネ』
(「え?」)
『大丈夫です、アカネ。私は大丈夫です』
『離してください、大丈夫ですよ。私を信じてください』
それは優しい、聖母のような声だった。その声に少し安堵した茜はゆるゆると力を緩めていった。
「アヴァロン編」もようやく佳境です…(ゼェゼェハァハァ)とにかく書ききる気満々なのでよろしくお願いします!