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攻防

「会長」


 柴崎はソファに深く腰掛け、暗い部屋の中でじっと耐えていた。この状況下で無理に動くことは無いはずだ。何かしら”向こう”から動きはあるはずだ。こちらから動くことは無い。


 そう考えていても、不吉な予感ばかりが頭をよぎる


 AIは覚醒と同時に茜と共に逃亡した。これは当初のシナリオには無かったことだ。柴崎が聞いたところによれば、AI−SIKE(サイキ)は自我を有し、それゆえに「他者」に依存することはないという。人間への依存こそが現在の情報産業の前提となりうるものであり、そうと考えるならばAI(人工知能)はその前提に背反するものである。しかし、二元論ーーこの世のものは二つの相対するものから成り立つという考え方に基づくのであれば、AI−人工知能の誕生は必然的なものなのかもしれない。


 たとえ機械であろうと、精神や魂といったものが宿るのであれば、それは人類のこれまでの短い歴史の中で最大の禁忌といえるものなのかもしれない。


「会長。非常回線を通じて向こうからコールが」


 米原は他の社員に気取られないように注意を払いながら、手元の電話の子機を示した。


「!?だっ…誰だ!?」


「…」


 柴崎は米原につかみかかる勢いで迫った。米原は落ち着くよう促しながら耳打ちする。その名前に、柴崎は中ば”予兆”のようなものを感じた。


「どうしますか?この状況でコールができるとするならば…」


「いい、代われ」


 そういいながら、米原から差し出された子機を耳に当てた。


『お久しぶりです』


 電話の向こうから聞こえてきたのは、まだ若い青年の軽やかな、それでいて背筋をひやりとさせるような清涼感を持った声だった。


『大分、苦戦していらっしゃるようですね』

 

 言葉は心配している風であっても、声の調子とはそれとは正反対のようで、くつくつと笑いをこらえているようだった。


 柴崎は必死に怒りをこらえながら尋ねた。


「どういうものか説明していただきたいものですね。あのAIは糸伊原茜の命令を受け付けないのではなかったのですか?」


『ーたしかに我々は糸伊原茜があのAIの声紋セキュリティシステムのログインパスワードを知っている、それだけの存在と伝えはしました。けれどもう一つ、伝えたはずです。かのAI《サイキ》は『精神』、『自我』を持っていると』


「それがどうしたというのです!!」


 苛立つ気持ちが先走り、怒鳴り声となってあらわれる。


『…自我というものはつまり、自己がどのようなものかを認識し、それを日常的な選択の中で適応させてゆくことに他なりません。どうやらSIKEは糸伊原茜を一目見て、『恋』に落ちたようですね』


「…っ」


 柴崎はもう既に気付いていた、しかし気付いた時には遅すぎたのだ。いま電話の向こうで薄ら笑いを浮かべている人物を信用するべきではなかったと。


『ご心配なさらずとも、あと10分もせずに全システムは復旧するでしょう』


「!?」


『先ほど我々があなた方の所有するスパコンを介してネットワークへハッキングしたのはご存知のはずです』


「…」


 ほんの短い、数分間の間に行われたハッキング。それが意味する所は柴崎も分った。


『ハッキングは現在も続行中です。我々の有する『アドニス』を用いて』


「なっ…!」


 アドニスとはITトップシェアを誇る企業、アスタルテ社が1980年代から開発を進めて、昨年ようやく完成させたばかりのスーパーコンピューターの名称である。300TFLOPSという大容量は勿論のこと、独自の発達した5つのネットワークシステム、そして演算の速さは世界一とも謳われている。


『おそらく、SIKEにも感づかれていないはずです。全システムの采配は彼女ーいえSIKEにゆだねられているのですから。−けれど』


 そこで言葉が少し曇る。


『SIKEはここのメインシステムを構築しているArthur(アーサー)の管理者権限を無理やり奪って、アヴァロンを内部から壊すつもりのようです』


「!?なんだと!!」


 管理者権限を用いて、内側からーそれは最悪のシナリオだった。


『糸伊原茜は、中央制御室ーArthurのところですよ』


 その声はあきらかに、わらっていた。柴崎は苛立ち紛れに子機を乱暴に米原に預けた。


「喜田川!橿原!」


 傍らに待機して、手元をなにやらいじっているいる二人は、注意を主のほうへと向けた。彼らが手にしていたのは、黒い銃身がいやというほど目立つ拳銃だった。その何挺かをズボンのホルスターにかけた。


「何でしょう」


「中央制御室へと向かう。準備しろ。それから小野坂も呼べ」


「会長も行かれるのですか?」


「ーああ。ここまでこけにされて、黙って見ていられるか」


 ぎらぎらとした視線で睨みつけてくる柴崎を見て、喜田川は背筋が凍る思いがした。



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