地下三階 拘束と嘆願 1
ウォーター・ハウスと、グリーン・ドレス、そしてボーラが、クラーケンにやってくる数時間前の出来事だった…………。
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性行為はメディアによってコントロールする事が出来る。つまる処、人間の欲望というものはそういうものでしかないのだから。快楽も苦痛も、幸福も不幸も、全ては音階のように調律する事が可能なのだから。
性欲とは、人間の根源的なものだ。それは呪いそのものだ。人は法と秩序、道徳と倫理によって、性欲をコントロールしていく。無秩序は悪そのものだ。
人は正義と道徳の下で生きるべきだ。
それは、プレイグが頻繁に口にする言葉だった。
フロイラインはプレイグの為に生きている。彼女はクラーケンよりも、プレイグを愛している。彼女にとって絶対の存在がプレイグであって、それ以外は無価値なのだ。それは彼女自身でさえも例外ではない。
彼女は、いつものように、この巫女として、この国に尽くす。
簡易的な食事を行う。儀式には疲労が伴うからだ。
儀式場の二つ隣側は食堂だった。彼女専用の場所だ。
海産物類の食事だった。鮨やパエリアに、ボンゴレ・ビアンゴ、ペスカトーレ、彼女は大食漢だった。それなりの量の食事を次々と平らげていく。
儀式の為には、栄養が必要なのだ。
そして、その栄養は、儀式によって生まれた者達の中から選別されて食事に出される。
フロイラインは嘆願の儀式場へと向かう。
場内は暗い密室だ。
ひたり、ひたり、と。
部屋の中には、人型をした何者かが入ってきた。
それは魚のような頭部をして、全身に、獣のような体毛が生えている。体毛の下には鱗がびっしりと生えていた。ヒレやエラと同時に、掌には肉球のようなものもあった。
獰猛なまでの原初の感情が、その場を支配していた。
フロイラインは歓喜する。
自分は祝福されており、国家そのものと一体化しているのだと体感する。全ては完全へと至る過程であり、それに殉じているのだという多幸感に満たされる。
それは、一つのパーティーだった。そして、祈願そのものだった。国家という大いなる神に等しい存在への希求だった。
自らの肉体こそが、神への供物だった。神への馳走こそが、自分だった。
…………。
そして。
数時間後、儀式が終了する。
彼女を拘束していた枷が外されていく。
怪物達は、彼女の子供達だった。彼らは元の場所へと戻っていった。いつものように。
儀式場に消毒液と石鹸水の混ざったシャワーの水が撒かれる。吐き出された体液が洗浄されていく。彼女の身体も洗浄されていく。その後、彼女の全身が赤い色の光によってスキャンされていく。
今回は種子を宿さなかったみたいだ。
フロイラインは、少し、残念に思う。
熱風によって、濡れた身体が乾かされていく。
彼女は、ぼうっとした顔で、先ほどの、自らの行為を愛しく思っていた。
脱衣場に辿り着き、脱いだ下着と衣類を身に付ける。
水色のセーラー服に、スカート。純白のロング・ソックスに、純白のブーツ。
清楚そのものの姿だ。
行為によってかなりの体力を消耗した為に、栄養ドリンクを口に入れる。国を守る為に、非常時には、武器を手にして戦う為に、万全の体調で挑まなければならない。
フロイラインは、少し、焦っていた。
儀式のサイクルを早めなければならない。
もっと、強力な守護者を産まなければならないのだから。
その為に、この肉体は改造手術を施したのだから。
通信機から連絡が入る。
部下の水兵隊からだった。
「あらそうですの? この国の外に対しての防衛システムも強化するべきですわね」
侵入者とは、珍しい。
水兵隊の主な仕事は、内部の反乱者の始末なのだから。
拘束して尋問するのと、その場で処分するの、どちらが有用かの判断を任される。フロイライン自らが、会ってみて決める事になった。
フロイラインは、うっとりとした表情へと変わる。
彼女は両腕に白い光を放ち続ける拘束具を身に付ける。首にもだ。
この拘束具を嵌めると、自分がこの国の大地と繋がっているような気分になる。
「まあ良いですわ。侵入者達を歓迎致します。私と、私の子供達が」
フロイラインは、保育場へと向かった。
そこには、彼女の子供達が収監されている。
保育場は儀式場のフロアの三つ程、隣側にあった。
彼女は部屋の中へと入る。そこは巨大なホールだった。真っ白な檻の中が無数に並んでいる。階段があり、檻が縦にも積み重なっていた。
檻の大きさは様々だ。檻の中には、怪物達が一体、一体、入っていた。みな、彼女が儀式で産み出した子供達だ。先ほどの儀式に参加した者達もいた。彼らは今や大人しく眠っていた。
大きな檻の前で立ち止まる。
中には、巨大な真っ白な鳥の翼を生やした、長い犬歯を持つ白い虎が入っていた。
「おいで、ダーマ。私と共に、狼藉者共を始末しましょう」
そして、フロイラインは、次々と、必要な檻の錠を外していく。
彼女は自身の能力である『ソリューション』によって、水を生み出していく。
彼女は巨大な水のハンマーを作り出す。
既に、準備は整っていた。そこは塔の上だった。
ダーマは彼女を待っていた。
そして、白い翼を生やした白虎の背中へと跨る。
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外側の秩序のロジックに照らし合わせるのならば……。
…………フロイラインは、完全なまでに狂っていた。
何よりも淫靡であり、何よりも卑猥で、そして邪悪にして荘厳でさえあった。
醜悪なさかしまの光景は、クラーケンの秩序そのものだ。
クラーケンにおける、空の水兵隊達は、表向きはアイドルも行っていた。
スクリーンの中で、彼女達は踊り歌い、男達の欲望を刺激して、グッズも頻繁に出していた。そして、男達は好きなように、彼女達を理想化し、妄想を並べ立てていく。
清楚さや純粋さ、純潔さや清純さの象徴とされている空の水兵部隊は、悪徳に満ちた性行為と懐胎を裏側で行い続けていた。
男達の理想の全ては偽りだった。
そして、更に、男達は、その偽りから脱却する力を失っていた。
あるいは、それは男の根源そのものに根差した弱さだったのかもしれない。
フロイラインは、美しく、整然とされた調和を愛しく思う。
彼女はこの世界における女という性のありとあらゆる汚辱を味わい尽くしていると同時に、あらゆる性の快楽と恍惚を味わっているという事になる。
そして、男達は彼女に幻想を抱く。
理想の女神として崇敬する。
水兵隊の裏の実態を知らない女達の精神をも、掌握している気分になる。
この肉体を汚せば汚す程に、それは至高の愉悦となる。
そう、全ては完成された世界へと変わるのだ。
内なる獣を、開放させよう。
この国の為にならば。
人という種族の欠片さえも、放棄してしまおう。
フロイラインは、生命の根源は、海なのだと考えている。海から生命が生まれ、やがて陸上に生き物が蔓延ったのだろうと考えている。
逆に考えるならば、生命の全ては、母なる水へと還っていくのだ。
それは、クラーケンの掟ではなく、彼女自身の掟だ。
起源が海であるのならば、自身が人の形状を保っている理由さえも無いのだと思う。
もし、彼女と全力であいまみえて、勝利出来ないのだとすれば、自らもまた、人を止めて、怪物と化すのも良いかもしれない。
彼女は自らの産んだ怪物達を愛しく思っている。
そして、同時に、ある種の憧れさえある。
人であるという雑念なんて、不要なものにさえ思えてしまう。
だから、自らは怪物で構わない。
フロイラインは、空に住む“天空の鳥篭”の怪物に想いを馳せる。
彼女は『アブソリュート』を妬む。彼の方が強いからだ。
強いという事は、より彼の方がプレイグに忠誠を誓っているという事なのだろうから。
彼女は決意する。
彼女は儀式によって、自らもまた、化け物にならないといけないと考えている。
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