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地下二階 調律と供給 3

 イリムは『ディスク・ムービー』の配属部隊だった。末端の一つとは言え、フロイライン直属の空の水兵部隊なので、セーラー服の着用が許されている。


 粛清や管理などの実働部隊でこそないものの、彼女はこの職務を自らの誇りに思っている。

 セーラー服は、クラーケンを象徴する軍服の一つだ。

 自分達が空と母なる海の民である事を意味するデザインそのものだ。

 イリムは黒髪をしている。清楚そうな顔立ち。

 親友のモジューラは、金色に近い茶髪をしたツイン・テールだった。

 仕事が終わり、二人は互いの顔を見つめ合う。

 二人は共に、自分達の住む家への帰路に付いている処だった。

 二人は共同生活を送っていた。


 このムービーはシリーズ物だった。

 クラーケンのこのブロック内で働く男達や、プレイングを参考にしたい女達の欲望処理の為の聖職だ。彼女達の顔は知られている為に、街を歩けば、男達が畏敬の念で彼女達を見てくる。イリムは、特に、それらの視線が心地良かった。

 水兵隊の制服は、制服屋のコスチューム用品としても売られている。勿論、正規の軍服を使う事は違法なので、素材や完全なデザインの再現は禁止されているが、人気は高い。

 自分達は男達の欲望の対象として従事している。

 それは、二人に、どうしようもない程の自己愛と万能感を与えてくれた。


「ジュラ、今日もお仕事頑張ったねっ!」

 イリムは屈託の無い笑みで笑う。

「うんっ! イリー。ねえ、今日のこの人、頑張って私の事、侮辱的に叫ぶの恥ずかしくて嫌がっていたよっ。やっぱり、お仕事慣れしていないんだね」

「そうなんだ。それは可愛いなあ。私達より一回りも二回りも年上で、お父さんみたいなお年なのにね」

「うん、お昼の休憩中に、オムレツ弁当差し入れてくれた。“グリフィン”の奴。あれ、高いから、私達の薄給じゃ余り買えないのに、彼の方が私達よりもお給料低いだろうにねえ」

「それにしても、イリー。イリーの今日の女子高生姿、可愛かったね。イリーは童顔だから、女子高生に見えるよね!」

 二人は、仲睦まじく笑い合う。

 彼女達の瞳は、さながら無垢そのものだった。

 配属が上になれば、儀式に参加出来る巫女に昇格出来るかもしれない。それは、水兵部隊に配属された女達にとって至上の幸福そのものなのだ。

 巫女になれば、スクリーンに映し出されて、みなに称えられる。男達は彼女達に傅き、女達は彼女達を羨望と嫉妬の眼差しで見続けるだろう。

 そして。

 儀式に参加出来れば、ガーディアンを産む事が出来る。それは国家を崇敬する水兵隊に憧れる女達にとっては、とても名誉ある事だった。



「あら、君は“反逆者”なんだね」

「なんだねえ?」

 男は、現れた水兵隊の二人に対して、怯えた顔をしていた。

 男はノート型パソコンを手にしながら、違法サイトの解析を行っていた。これは、プレイグが仕掛けた罠の一つだ。


 イリムとモジューラは、粛清と管理こそ許されていないが、懲罰は許されている。そして、上の部隊への報告が義務付けられている。

 男は、パソコンを取り落とす。

「じゃあ、粛清班に回される前に、ちょっと私達と遊ぼうか」

「うん、これも大切なお仕事だもんねえ」

 男は、必死で二人から逃げようと走った。

 しかし、二人は瞬く間に、男に追い付く。

 男はモジューラの手にしたスタン・ロッドによって、全身を麻痺させられる。男は、彼女達の家宅付近にある懲罰室へと連れていかれる。

 それは、巨大な四角い棺桶みたいな場所だった。

 まず、男は椅子に座らされた。

 粛清班が到着するまで、適度に懲罰を施しても良いと言われている。これは民間人には知らされていない情報だった。……ムービーの配属部隊のイメージを崩さない為に。

 懲罰室の中には、ありとあらゆる道具が置かれていた。

 男の両手両脚は椅子に付属しているベルトによって、拘束される。

 男は上半身の服を脱がされる。

 懲罰室には、メスや電気ノコギリなどがあった。

 男の腹と胸は切り裂かれていく。小腸と大腸が、ごっそりと床に転がる。肺と心臓の見える胸骨が露になる。男はもう既に、その時点で狂っていた。ただただ身体中のあらゆる場所から、あらゆる液体を排出する為のマシーンへと変わっていた。


「あ、この男の処罰、決まったんだって」

 モジューラは、通信機から耳を話して、からからと笑い声を上げる。


「保菌室に入って貰うんだって。そこで、懲罰で破損した部品を縫い合わせた後。実験に必要な、必要最低限の臓器や身体の部品を残して、菌がどのようにこの男の身体に作用するのか実験するんだって」

 イリムはそれを聞いて、屈託の無い声で笑う。

「ねえ、君、君、よかったねえ。とっても、国にとって名誉ある事だよ?」

 男の顔は、もうどうしようもないくらいの絶望と死への渇望のみに満ち溢れていた。



 軍服に身を包んだ男達が、プレイグを囲んでいた。


 プレイグは、茶色の髪を長く伸ばして、ファーの付いたコート付けていた。

 本当に有能な独裁者とは、この体制が独裁である事を勘付かれてはならない。

 大体において、暴虐の王と呼ばれる者は人民達から、そう認識されたのが間違いだった。

 本当は自由が無いという事を、気付かれてはならない。

 クラーケンの情報を管理する電子掲示板は、異分子を矯正、あるいは粛清する為の装置だ。それを知らされているのは、国家中枢の一部の人間だけだ。

 プレイグの部下達がそれを行っている。

 そして、クラーケンにおいて、プレイグとその部下達の操作室は、隔離された場所にあった。国家元首や議員は飾り物だった。プレイグは表舞台に出ないようにしていた。

 プレイグの仕事は、情報ネットワークの掌握だった。

 匿名掲示板を幾つか設置した後に、それらが匿名であるかのように錯覚させるようにしている。

 国家中枢の秘密を探ろうとした下級市民達は、例外なく矯正か粛清を行う事にしている。

 スクリーンを眺めながら、部下の一人が、困惑した顔をしていた。


「……何だ? これは」

 匿名掲示板内にて、奇妙な文字の配列が現れる。ひたすらに、無意味な記号を並べ立てている書き込みだ。それを発信しているのが何者なのか分からない。


「これが、何なのか探索する必要があるな」

 プレイグは眉を顰めた。

 彼の背後に、異形の怪物が現れる。

 それは巨大な牙を上顎と下顎に持った、長い鉤爪の生えた怪物だった。

 その怪物は、スクリーンの中へと入り込んでいった。



 この男には罰を与えなければならない。


 貧相な身体の青年だった。

 プレイグは、怪物の眼を通して、舌なめずりをしていた。

 彼は勝手に、クラーケンの情報端末に侵入した者だ。おそらくは、電子機器を使える自らの自負からだろう。

 プレイグの部下達は、彼の事を調べ上げている。

 ネットワーク内の端末を、糸のように怪物は手繰り寄せていた。そして、糸の先は、その青年の脳と繋がっていた。この糸は普通の人間には知覚出来ないだろう。

 彼は水兵隊の中で、歌姫を行っているジュエを好んでいた。

 そして、彼のパソコン内部には、アニメ画像が大量に詰め込まれており、彼の性的嗜好は美少女が複数の男達に凌辱されているものだった。彼は殆ど女との交流に縁が無かった為に、性行為は未経験だった。

 プレイグの部下達は、青年をジュエの前に突き出す。

 青年は歓喜していた。

 自分の憧れの存在が、眼の前にいるのだという事実に打ち震えていた

 ふと、青年は、此処が何なのかに気付く。……此処で、何が行われるのかに。


 そこは、儀式場だった。

 円盤状の部屋だった。青白く半透明の、床や壁だった。

 ジュエの下へと、屈強な男達が集まってくる。

 そして、嫌がるジュエの服を無理やり、剥ぎ取り始める。

 シナリオはこうだ。この青年が悪戯半分でハッキングしたから、彼が女神のように思っているジュエにも罰を与えて、男達で凌辱する事になったという事だ。

 青年は両手両脚を鎖で縛られていた。

 ジュエは必死で抵抗するが、次々と、彼の目の前で屈強な男達によって凌辱されていく。ジュエの全身はあらゆる体液に塗れていた。彼女は男達によって、あらゆる部位を犯され続けていた。彼女は泣き喚き、青年に助けを請うが、男達はなおも彼女に対する輪姦を止めない。

 半狂乱の声が、儀式場にて響く。

 青年は半ば、壊れていた。


 …………。

 懲罰と同時に、儀式は行われた。

 男達は、種馬だった。

 …………。


 ジュエが新たな怪物を産み、更なる昇進を願う為の踏み台だった。

 水兵隊達は、表向きは淑女であり、クラーケンのアイドルとして君臨し、男達の欲望を叶える為に、ありとあらゆる容姿や、性格などを衣装のように纏っているのだが。

 水兵隊達は、何よりもクラーケンにその身を、その精神を奉げている。

 そしてそれを実行する為には、新たなこの国の守護者を産む事だ。

 守護者達は、往々にして、人ではない化け物の姿をしている。

 しかし、人型で無いからこそ、より力の強い生命としてクラーケンを守れるのだ。

 そして、怪物を産む為に必要なのが、儀式だった。

 服従こそが何よりも、心地が良い事を示さなければならない。

 それを理解していない人間は、然るべき運命を向かえるべきなのだ。


 …………その青年は、後日、精神科の医療病棟に入院した。罪責によって、心が壊れてしまった。彼は狂ったまま、何事かを叫びながら、まともに排泄も出来ずに垂れ流し、独房内の白い壁に向かって、自らの糞尿を投げ続ける毎日を送る事になった。

 大体、反逆者達は、何よりも、愛国心が足りない。

 プレイグは反逆者を決して赦しはしない。

 そして、彼はどのようにすれば、人間の心が壊れるのかを、つねに研究していた。

 他者の心を掌握し、コントロールする事が彼の生涯の課題だった。

 下層の人民達は無力でなければならない。

 決して軍隊に歯向かうだけの力を持たせてはならない。

 適度な労働力にはなるが、しかし、決して抵抗するだけの腕力は与えてはならない。プレイグは考える。何をどうすれば、男達の攻撃性を奪えるかを。それは女の存在だ。そして、アイドルの存在だ。大量の娯楽の存在だ。性欲のコントロールが必要だ。


 全ての完璧な調和に必要なのは、完璧な調律だ。

 それでも、本当に困った反逆者は徹底して粛清しなければならない。

 クラーケンの端末へのハッキングくらいならば、軽い罪だ。だから、青年は心が壊れる程度で済んだ。より強い裏切りには、それ相応の報いを与えなければならない。

 プレイグはスクリーンを切り替える。

 生きながら、解体されていく男の苦痛が部屋いっぱいに満ちていた。



 特に、オタク的コンテンツのユーザーの大部分は、脳にプレイグの作り出す“寄生体”を侵入させられていた。全て、プレイグの能力だ。彼らはもはや、現実というものをマトモに認識する事なんて出来ない。

 彼らは死ぬまで、幸福の中を生きるのだろう。

 そして、幸福なんてものは、そういうものなのかもしれない。

 システムに従事するという事だ。

 夢や希望や絆や愛や友情といったようなものをテーマにして、娯楽を構築する。そして、その中に、消費者が望むように、巧みに性欲を喚起させるものを混ぜる。

 そうやって、人々からこの世界に対する最低限の希望を奪わないようにする。

 このシステムに疑問を抱く者達の疑問を、可能な限り、抹消しようと試みる。



 解体されていく者達は、悲しみと同時に、それが喜びに変わっていっているかのようだった。自分自身の肉体を他者に委ねる快楽を味わっているのだろう。

 そして、それはきっと幸福感さえ味わうのではあるまいか。


 彼らは妄想の世界へと入り込んでいく。精神の自由を求める為だろう。

 肉体は破壊され尽くされた後に、なお、精神だけは自由である事を求めようとする。プレイグは、そういった彼らの精神を掌握するのが心地良い。

 拷問されるものは、医療の促進の為のリソースだ。だから、一定数の反逆者は必要なのだ。合法的に非人道的な事を行って、国に貢献出来るからだ。


 プレイグは。

 敢えて、罠を設置する事によって、反逆者を一定数、生み出している。

 反逆者ならば、どんな事を行っても構わない。

 合理的に国家が繁栄する為ならば、どんな行為も許される。

 彼はそう考えている。全ては部品のメンテナンスに過ぎないのだから。

 この国家のシステムの維持と発展に比べれば、人命など実験用のマウスと同程度だ。そして、プレイグは究極的には、自分自身の命でさえも例外では無いと考えている。



 グッズ店には、フロイラインの写真集が並んでいた。

 クラーケンの空の水兵隊には、熱烈なファンが多い。


 グッズ店内には、二十代前半から、三十代後半くらいの男達で溢れていた。水兵隊は個々にファンが多い。“ムービーの隊員”は邪道だ、と言う者達も多いのだが、それらを除いても、クラーケンの多くの市民達は、水兵隊の隊員を個別に崇拝している者達が多かった。グッズは、よく売れた。

 水兵隊の下級部隊は、特に、彼らに夢を抱かせてくれる。一般市民の中で、水兵隊のメンバーと恋人同士になったり、挙句、結婚にまで至る事が出来たという逸話が聞かされている。様々な逸話は、電脳空間においての掲示板で情報がやり取りされ続けている。


 フロイラインを象った像は、一番の人気だ。それ以外の彼女を取り巻く竜騎兵隊達は、次いで人気だった。しかし、それよりも、下級兵士達も強い人気を誇っている。それはやはり、彼らの夢が実現する可能性が少なからず在るからなのだろう。

 グッズを漁っていた男達は、とても楽しそうな顔をしていた。


「ルレックさんは、狙い目なんじゃないかなあ? 他の男に取られたら嫌だよなあ」

 脂ぎった顔の、小太りの男は腹を摩りながら、ハンバーガーを食べ続けていた。

「いやいや、ナーシャもいいよ。ナーシャ可愛いよ。ツイン・テールが素敵なんだ」

 歯並びが悪い、青白い肌をした、黒ブチ眼鏡を掛けた、痩せ過ぎた骸骨のような男はにやにやと笑っていた。

「ユリィもいいですよね。胸を熱くさせますよ。きっと、料理が得意なんだろうなあ。彼女、アイドルもやっているから。今度、新曲出すんだよ」

 そう言いながら、ぐしゃぐしゃにフケだらけのもじゃもじゃ頭をした男が、三日くらい風呂に入っていない体臭を撒き散らしながら、穴や食べ物のシミだらけのTシャツをぽりぽりと掻いていた。

 みな、日々の憂いを吹き飛ばして、とても楽しそうな顔をしていた。

 四、五名で固まっている男達は、口々に、自分達の願望やフェティッシュなポイントを話していく。

 彼らの年収は、様々だった。職種によっては、それなりに高い地位にいる者もいれば、無職で職探しを続けている者までいる。しかし、水兵隊というツールを通す事によって、みな、同じ者達として分かり合えているのだった。


 彼らは、この国家の象徴の一つである、空の水兵隊達を信仰していた。その信仰はとてつもなく強いものだ。彼女達の為にならば、彼らは低賃金労働によって得られる生活費を削ってでも聖像や肖像画などを買い漁る。そして、低賃金労働の残業を積極的に増やして、更にグッズ集めに精を出す。

 彼らは国家の有用な消費者だった。

 資源を生み出す素材だった。

“私を見て欲しい、私を愛して欲しい。誠実な人が好き。誰よりも私を愛してくれる人が好き。”そのような言葉がメロディーに乗って歌われ続けていく。

 男達は、歓喜に打ち震えていた。

 ユリィやナーシャ、ルレック達はアイドルだった。

 彼女達は人気を博している。

 主に白や紺と基調としたファッションに身を包んでいる。

 それは、学生服を模した物だったり、ウェイトレスを模したものだったりする。

 男達は、彼女達の歌声に聴き惚れる。

 歌姫達は、彼らの救いだった。


 …………。

 そして、彼女達は、男達が知らない『儀式場の巫女』としての裏の顔を有していた。



 性欲。

 それは、もっとも簡単に、人間を操作する為に容易いシステムだ。

 性風俗産業によって、人間は攻撃性や暴力性をコントロールされていく。生命というものは個体を増やし、子孫を残したいものなのだから。人はその弱さによって支配されていくのだろう。



 軍事部隊に入る男達もいる。


 彼らはエリートと呼ばれる者達だ。クラーケンの法と秩序を守る為に、そして、空の水兵隊達との恋愛や結婚の可能性を高める為に、男達は軍隊に入る。国家官僚へとなる。

 それは、強い強い同調圧力となって機能する。

 プレイグの算段においては、もし、他国との戦争になれば、貧困層から雑兵を駆り出そうと考えている。彼らは喜んで、国の為に命を投げ出すだろうから。

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