地下二階 調律と供給 1
この章からエログロ表現は多大になっていくかと思います。
※場合によっては、R15として公開しているページを削除するかもしれません。
三人が地下を出て、眼にした場所は、見事なまでの庭園だった。
此処は、空中都市になっているらしいのだが。空から見れる地上の絶景を見てみるのも良いかもしれない。
空がとてつもなく、青い。
そして、空には巨大な“三つの太陽”が輝いていた。
それぞれ、青、緑、紫の色彩をしている。
閉鎖病棟で会った老人いわく、クラーケン全体を支配している動力炉らしい。
あの老人の門を作る力は本当だったらしい。
帰りも、この場所に戻らなければならないだろう。
三名が最初に付いた場所は、地下室で、長い長い階段を上った先に、この場所が現れたのだった。
三人は、しばらくの間、街を歩き続けていた。
空には、鳥などの怪物に乗った女兵士達が、巡回していた。
「それにしても、クラーケンの女兵士の軍服はセーラー服なんですねえ。可愛いなあ。美人も多いし」
ボーラは嬉しそうな顔で、鼻の下を伸ばしていた。
「それにほら、清楚そうな娘が多いですよ。初心な汚れをしらない少女に見えるなあ。ほら、男をまだ知らないね」
ウォーター・ハウスと、グリーン・ドレスは顔を見合わせる。
ボーラは、性格上、女に弱い為に、どうしてもこういう部分は愚鈍な部分がある。
「はあぁ? ねえ、あなたには、奴らが清楚に見えるんだな?」
グリーン・ドレスは、半ば裏返った声を出して呆れていた。
ウォーター・ハウスは、どうやら、まじまじと珍しい物に興味を見出しているみたいだった。
「肌のケアが良いな。品質を保ちたいのだろう。実年齢よりも、かなり若く見えるのかもな。おそらく、人間の平均女性よりも男性経験は豊富だろう。興味深いな、何だ、奴らは。奴らの人体の構造を調べてみたいな。奇妙な生物だ。この国の生体実験の結果なのかもな」
暴君は、淡々と分析していた。
「はあ? 何ですか? それは」
「この国では、女兵士と娼婦が同じ職業なのかもしれん。分からんな」
「あなた、女を見る目が何も無いだろぉ?」
緑の悪魔は、楽しそうに笑っていた。
ボーラは、むうっ、と唸る。
「俺、美人には弱いんですよ。とっても弱いんです」
「ああ、本当に気を付けろよ。奴らはおそらくは人間の思考で言う処の“狂気”さえ有している。ボーラ、お前は女には気を付けろ。命取りになる」
暴君は、何かを韜晦するかのような言葉で告げる。
「エロ妄想を撒き散らす童貞じゃないんだから、あなたはさあぁ」
グリーン・ドレスは、げんなりしたような顔で、空を飛ぶ女兵士達を眺めていた。
「いやだなあ。俺は経験豊富なんですよ。女に関しては」
「ボーラ。この世界の男には四種類の人種がいる。その中のうち、二種類は、童貞か童貞でないかだ。後の二種類は何だと思う?」
ウォーター・ハウスは、茶化しながら言う。
「何ですか? 暴君」
「人を殺している奴と、人を殺していない奴だ。殺人はまあ、童貞を捨てるようなものかもな。殺した奴にしか殺人の現実ってのは分からないのに、童貞の女に対する妄想のように、殺人はファンタジーと化して、あらゆる文化産業、芸術産業にテーマとして取り組まれるわけだ。ボーラ、もし俺が殺せなかったら、分かっているよな? お前が殺すんだ。この世界に君臨しているプレイグとかいう奴をだ」
暴君は、冷淡に言った。
ボーラは、意味を理解して頷く。
「処でおい」
ウォーター・ハウスは淡々と告げる。
「当然のように、見つかったぞ? 俺達」
彼は、空の彼方を眺めていた。
何かが、ジェット機のようにやってくる。
それは、どうやら、翼の生えた何かだった。その何かの上に人間が跨っているように見えた。
†
「貴方達は何者ですか?」
ボーラは慌てた顔をしていた。
相手は、冷然とした眼で三名を見ていた。
それは、巨大な怪物の背中に跨るセーラー服を身に纏った女だった。
蝙蝠のような翼を生やした、トカゲに乗った女だった。
ドラゴンという形状とも取れたが、それにしては余りにも、不気味な姿をしたぬめぬめとした鱗と瞳の爬虫類だった。ドラゴンのような神々しさと猛々しさのイメージは、その怪物には無く、単に本当にトカゲに蝙蝠の翼を移植しただけのような怪物に見えた。
年齢は、年端もいかない少女のようにも見えたが。もしかすると、メイクか何かで誤魔化しているのかもしれない。
ボーラの口元は、自然と緩む。
やはり、間近で見ると、美人だった。
ボーラは、思わず彼女に見惚れていた。
「聞こえなかったのですか? 貴方達は何処から侵入したのですか? 私達には分かるのですよ? 貴方達はクラーケンの者ではないですね?」
女は感情の灯らない表情で、三名に告げた。
ウォーター・ハウスが、ふうっ、と溜め息を吐く。
グリーン・ドレスも面倒臭そうな顔をしていた。
途端。
怪物に乗った女の肉体が、ぐじゅぐじゅに崩れ去っていく、彼女は悲鳴を上げながら、何か言いかけるが、既に声帯も腐り切ってしまっていたみたいだった。彼女の乗る怪物も同時に腐って、皮膚や肉や内臓がぼろぼろと崩れ落ちて、骨ばかりの姿へと変わっていく。
どしゃりっ、と、後には腐肉だけが残っていた。
ボーラは、鬼の形相で、ウォーター・ハウスを見据えていた。
「おい何だ? 馬鹿かお前は。女にうつつを抜かしやがって。……駄目だな。通信機を押された。俺達の侵入は完全に上の方に知れ渡っているだろうな」
「だって美人だったんですよっ! 暴君、酷いなあ。やはり、貴方は暴君だっ! せっかく眼の保養だったのにっ!」
「やかましい」
グリーン・ドレスも眉を顰めていた。
「これで、私達の存在は、完全にプレイグとかいう奴に知れ渡ったぜ? おいおいボーラ、あなた、完全にドジ踏んだよなあ。何も会話せずに、即死させるべきだった」
ウォーター・ハウスは、何処吹く風といったように、その死体の解析を行っていた。そして、何かに気付いたらしく、まじまじと死体を観察していた。
「おい、二人共」
ウォーター・ハウスは言う。
そして、彼の手には、何か赤い塊のようなものが握り締められていた。
「これを口に含め。飴玉だと思ってな。必要になるだろう」
グリーン・ドレスは、言われて、すぐにそれを自らの口の中に放り投げた。そして、ボーラにも飲み込むように言う。
「何ですか? これ……?」
「この女の死体から創った“血清”だ。念の為に、必要になるだろう」
ボーラは、今一、納得のいかない、といったような顔をしていた。
ふと。
三名が立っている場所に、何か、風のようなものが生まれる。
ウォーター・ハウスは、溜め息を吐いた。
「早速、来たな。しかし、かなり早いな」
まるで、彼はそれを待ち望んでいたかのようだった。
おそらく、尖兵だと思われる兵士を始末した後に、やってくるのが早過ぎる。
むしろ、三名の侵入はとっくにバレていた可能性が高い。
「……捨て駒にしたのか? 此方の能力を見る為に」
ウォーター・ハウスは、そんな事を呟く。
翼の羽ばたく音が、鳴り響いていた。
それは、明らかに、先ほどの兵士よりも、地位の高そうな立ち振る舞いをしている女だった。
纏っているオーラは、少し尋常では無かった。
そいつは、巨大な真っ白な鬣の無いライオンのような怪物に乗ったセーラー服の女だった。漆黒の髪を肩の辺りまで伸ばしている。
ライオンの背中には、巨大な鳥の翼が生えていた。
いや、ライオンというよりも、よく見ると虎なのだろうか……。
「お前は何だ?」
暴君は単刀直入に訊ねる。
「私ですか? 私はフロイラインと申します。先ほどの貴方の手並み、しっかりと拝見させて頂きました。既に、私の上司に貴方の映像はお送りされております」
「お前も捨て駒か? 俺の『エリクサー』の人体実験になりたいのか?」
「貴方がお望みならば、私はこの国の為につねに命を奉げる覚悟がありますので」
フロイラインと名乗った女は、まるで、朝起きたら顔を洗うのは当たり前だ、とでもいうかのような口調で告げる。
暴君は露骨に嫌そうな顔をする。
「そうか。……お前は俺の射程に完全に入っている。だが、俺はお前を始末するつもりは無いが……」
ウォーター・ハウスは不遜な口調で言う。
グリーン・ドレスの方は、何か思う処があったのか、水色の縞の入ったセーラー服の女を見据えていた。
此処にいた者達は、みな、空間が、引き裂かれるような錯覚を覚えた。
それは、火炎だった。
閃光と共に、焔の爆撃が一面に光の亀裂を入れた。
グリーン・ドレスだった。
彼女は自身の能力である『マグナカルタ』の派生能力である、掌から放たれる火炎の爆撃である“カラミティ・ボム”をフロイラインと名乗った女に向けて放ったのだった。
ボーラは、しばし絶句したような顔をしていた。
暴君は何も言わなかった。
「ウォーター・ハウス、悪い。このカス共は、私が始末する事にするよ。……ねえっ? 軽率過ぎたかなぁ? 私、駆け引き苦手だし……」
爆炎が火柱を上げて、クラーケンの空へと届いていた。
煙が激しく、燻り続けている。
炎は、周辺の街路樹などにも燃え移り、キャンドルのようにしていた。
「……いや。想定済みだ。俺は俺で、計略に走り過ぎて墓穴を掘る事もある。お前のように、有無を言わさず始末する方がいいかもしれん」
そう言いながらも、彼はやはり、何かを思索しているみたいだった。
「策士、策に溺れなければいいんだがなあ。……ボーラ。お前も自戒しておけ。……これから、俺達が始末するべき最重要人物は、何十年もあらゆる策を巡らせてきた相手だ」
未だ、くすぶり続ける炎を見ながら、グリーン・ドレスは露骨に苛立っていた。
炎の中から、その女は無傷で現れる。
彼女の肉体は、薄い水の膜によって覆われていた。
「あら? 貴方、炎使いですのね。私は水使いですわ。うふふっ、嬉しいですわね。貴方とは、とっても仲良くなれそうで」
グリーン・ドレスは、わなわなと震え上がっていた。
そして、ウォーター・ハウスとボーラの顔を見る。
「分かった。こういう事もある。計画が狂った。ドレス、好きにしろ」
暴君の言葉を聞いて、緑の悪魔はそれこそ水を得た魚のようだった。
彼女の両肘から、炎の翼が生まれる。そして、翼は収束していき、刃のような形状へと変わっていく。
彼女は有無を言わせず、水色のセーラー服の女へと飛び掛ってきた。
「いくら水を纏っていても、物理的に蒸発させてしまえば意味がねぇだろ?」
フロイラインは、淡々とした顔になる。
そして。
フロイラインは、いつの間にか、水で出来た巨大なハンマーを手にしていた。
そして、グリーン・ドレスの顔面へと、それを深くめり込ませる。グリーン・ドレスの肉体が、上空高く舞い上がっていく。
フロイラインは微笑していた。
「うふふっ、私、貴方とは気が合いそうですの。いつでもどうぞ? 私はクラーケンの空をつねに巡回しておりますから」
そう言うと、彼女は翼の生えた白い虎に跨る。
「行きますわよ。ダーマ」
そう言うと、水使いの女は飛び去っていく。
グリーン・ドレスは、まともに着地出来ずに、大地から生えた新緑の木々に激突したみたいで、身体に木の葉や木の枝を纏わり付かせながら、わなわなと震えた顔へと変わっていた。彼女に纏わり付いていた小枝などが焼け崩れていく。
「絶対、焼き殺してやる、あの女。内臓を引きずり出して食わせてやる。ふざけやがって、ふざけやがってっ……っ!」
そう言うと、グリーン・ドレスは、フロイラインが向かった先へと翼を広げて飛び去っていく。
後には、二人の男達が残されていた。
ウォーター・ハウスは、あの水使いの女を興味深くまじまじと見ていたみたいだった。
ボーラは、不思議そうな顔で、彼の横顔を眺めていた。
「あれで良かったんですか?」
ボーラは訊ねる。
「良かった。最良の選択だろう。勿論、あの女は、俺が毒殺する事も可能だったが、彼女の肉体は毒物に反応して、周辺に致死の毒を撒き散らす仕様になっているみたいだ。……、そうなれば、俺は平気だし、俺の力で常日頃から、血清を肉体に作っているドレスも平気だが。……お前は駄目だろうな」
「俺、…………足手纏いじゃないですか……」
ボーラは、がっくりと項垂れる。
「気にするな。人には人それぞれの役目がある」
†