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地下七階 アノーマリー 2

 闇の中、彷徨うグリーン・ドレス只一人を、闇から解放してしまっただけで。彼女の手によって、異常な数の人類と都市が死滅してしまった。


 ウォーター・ハウスは、自分が悪だと思う。そして、それを誇りに思う。

 それにしてもだ。

 大体において、人間ってのは不平等の下で生まれてくる。

 人が個々に持っている才能や特性は、余りにも差異が在り過ぎる。

 そのどうしようもない現実の前で、彼は他人の才能の形を見ようと考えていた。

 彼は思考する。思案する。

 自らの生きてきた意味が何なのかを、考え尽くそうとする。

 ……俺が生きている間に、この世界に撒き散らしたものから、何かを得ようとする者が現れるだろうか。おそらく、それは意味の在る事だろうな。

 彼は悪の太陽になろうと考えていた。

 悪なる意志を求める者……、この世界に対して反逆を求める者に対する贈り物を生み出したいと考えていた。願わくば、彼らがこの世界と戦えるように。



 プレイグが行方不明となった。

 フロイラインと、彼女が率いる空の水兵隊の大半は死亡していた。報道関係者は、必死で、街の秩序を維持する為に、情報を捏造しようと必死になっていた。スクリーンに越しに、国民に供給されるアイドル達の姿は、コンピューターで作った作り物ばかりだった。

 ボーラは、クラーケンの国民は、自ら洗脳されたがっているのだろうと、結論付けていた。あるいは、初めから、分かっていた事なのかもしれない。


 あれから。

 フロイラインが破壊した地区は、彼女の毒素により、汚染区域となって閉鎖された。ハイドラの毒の浸食は、やがて、大地に溶け込んでいくのだろうか。

 プレイグが電脳空間の彼方へと葬り去られた後も、クラーケンという国家はシステムのみが機能し続けていくのだろう。只、儀式は中断される可能性が高い。

 表向きの国家元首は、相変わらず、秩序の回復の演説を続けていた。

 議員達も、それに倣って、国民達を励まし続けていた。

 そう言えば、あの国家元首の名は何と言ったか、ボーラは思い出す事が出来ない。天空の鳥篭の復興は始まっていると聞いている。国の動力炉となる三つの太陽は、遠からず復元されるのだろう。


 結局の処は……。

 そう、クラーケンは、存続し続けるのだ。

 そして、国民達は、虚妄の世界の中で生き続けるのだろう。

 神無き世界で、彼らは生き続けるのだ。彼らが信じていたものは、全て虚像でしかない。

 ボーラは、真理とは何なのか、と考える。

 そもそも、全てが洗脳によって作られた世界なのかもしれない。クラーケンの外も、何もかも。…………。

 ただ、きっとこれだけは真実だと思う事は、自分は正義では無いのだろうという事だ。

 幸福も、不幸も、もしかすると、存在しないのかもしれない。

 人の意思さえも、存在しないのかもしれない。

 人は、存在し得ないものを追い求めているだけの奴隷に過ぎないのか。

 何の為に生きて、何を目的として、何を到達地点にしようとするのか。

 きっと、答えなんて永遠に出ないのだろう。

 これまでも、これから先も…………。

 


 ボーラは、相変わらずウイスキーのボトルを開けて、水のように飲み続ける。

 ウォーター・ハウスと、グリーン・ドレスは呆れたように、その光景を眺めていた。


「ねえ、暴君。人は何の為に生きるんでしょうね?」

 彼は飄々とした顔で、魚のムニエルにフォークを入れている男に訊ねる。

「俺に聞くか?」

「私に悲惨に殺される為に生きているんだ」

 グリーン・ドレスは、楽しそうに笑う。

 違いないな、と、ウォーター・ハウスは鼻を鳴らす。

 ボーラは思う。

 命は無価値なのだ、と。

 命の価値を作ったのは、信仰なのだろう。そして、信仰とは言語なのだろう。しかし、無価値故に、人は価値を作り出そうとするのだろうか……。

 三名は、相変わらず、仲良くバーなどに入り浸っていた。

 大体において、ボーラが二人に教えたものだった。

 グリーン・ドレスと、ボーラが楽しそうに話していた。

 そして、二人でチェスに興じていた。ボーラが熱心に、緑の悪魔にチェスを教えていた。彼女は頭を抱え込んでいた。


 ウォーター・ハウスは、ふと、二人が眩しく思う。


 この二人と共にいてはいけないんじゃないのか、という錯覚を覚える。勿論、ボーラは大切な友人で、グリーン・ドレスに至っては所謂、恋人という事になるのだろうが……。それでも、どうしようもない程に、ウォーターの心には孔が開いていた。自分が此処にいてはいけなんじゃないのか……。彼らには、間違ったものしか与えていないんじゃないのかと。

 ……いつか、俺は彼らの下から去っていくのか。永遠に続く関係性じゃないのかもしれない。俺は……、俺は、いつまで生きているんだろうか。俺を殺しにやってくる何者かが現れるような気がする。ただ、それは今日ではないというだけで……。

 もう、どうしようもない程に。

 二人が、眩しかった。

 まるで、自分自身の命の灯火に、何か、価値を与えてくれているかのような。

 そして、どうしようもない程の寂寥感が、暴君の心に過ぎる。

 ふと、暴君は思い立った事を、実行に移そうと考えた。

 ウォーター・ハウスは、後ろから、グリーン・ドレスを抱き締める。


「おい、何だよ? 急に」

「グリーン・ドレス」

「だから、何だって」

「愛しているぞ」


 ボーラは、吹き出す。そして、ズレた眼鏡を掛け直した。

 緑の悪魔の顔は、真っ赤になっていた。

 彼女の全身は、小刻みに震えていた。

 ……いつまでいられるのか分からない。俺はいつか自分の居場所でさえも、自分自身でさえも破壊したくなって、彼らの元を去っていくのかもしれない。ならば、……俺は今を大切にしたい。俺は、この世界に宣戦布告をしなければならないのだから。

 グリーン・ドレスは、顔を赤らめながら、ばんばんと、ウォーターの胸倉を叩いていた。




END


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