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地下六階 闇への帰結 3

 ボーラの姿を見つけた。


 このまま、バラバラに引き裂いてしまおうと思う。そして、可能な限りの拷問を行うのだ。彼にはクラーケンの貢献をして貰う。その後で、残り二人の敵の処分をどうするべきか考えよう。

 彼らを捉えれば、自らが偉大だと崇拝し続けている“フルカネリ様”がまた、舞い戻ってくるに違いない。それは、彼の中においては、完全なる確信へと変わっていた。

 それは、暗い、淀みのような存在だった。

 まるで、アリジゴクのように、そこへと回転しながら、落下していく。

 そこから抜け出す事は、とてつもなく、難しい事なのだろう……。

 何もかもが、終わっていく空間なのだから。

「ああ、あのお。何か、本当に嵌まっちゃいましたねえ。貴方」

 ボーラの声が響いてくる。

「ええっと、ですねえ。まさか、仕掛けた罠に嵌まるって思わなかったんですけど。そのですねえ、その先にあるのは、廃棄物ですよ。貴方が忌み嫌っている」

 プレイグは、ボーラが何を言っているのか分からなかった。

「貴方、収集していたじゃないですか。電脳世界に思考を接続する人達を洗脳する為の恐怖を。その恐怖のゴミ捨て場、作ったじゃないですか?」

 僅かな光が、掻き消えるように。

 ボーラの声は遠ざかっていく。

 プレイグは、無限に落下していっているみたいだった。

 彼は、今の事態をよく把握出来なかった。

 自らが、敗北するわけが無い筈だった。

 ふと、彼がようやく、自分が置かれている状況と、落ちていった場所を理解する。

 そう、そこは彼が洗脳して、支配する為に恐怖を植え付け、恐怖を引きずり出した者達の、恐怖の墓場だった。ありとあらゆる恐怖の感情が、プレイグの思考に入り込んでくる。彼はこれまでに味わった事の無い、感情が怒涛のように込み上げてきた。

 怨嗟が、皮膚を削り、肉を抉り、骨を砕いていくかのように、浸透してくる。

 もはや、生きている事それ自体が苦痛だったし、まるで永劫の業火で焼かれ続けているかのようだった。そして、考えたくない事だが思い出す。ある事実に気付く。この墓場は無限の時間、存在し続けるのだ。クラーケンの電脳ネットワークが存続する限りにおいて。つまり、クラーケンのネットワークが完全に消滅しない限り、プレイグの意思は死ぬ事も出来ずに、恐怖の世界に放り込まれ続けていくのだ。

 プレイグの精神は不死になった。

 それと同時に、彼は永劫の苦痛の中で生きる事となった。



 ボーラは、役目を終えて、ウォーター・ハウス達の下へと向かう事にした。


 結局、自分は殺人行為を行えなかったのだが、けれども、それ以上の事は遂行したし、あの末路こそが、あの男に相応しいものだと思う。

 無重力の世界の中を、未だ彷徨っていた。

 自分もこの仮想空間から、早く、抜け出さなければならない。

 でなければ、場合によっては、プレイグと似たような末路を辿るかもしれない。

 空の水兵隊達の大部分は、グリーン・ドレスとの戦いで死亡してしまった。

 復旧も難しいだろう。

 何しろ、フロイラインの儀式場も完全に破壊されてしまったのだから。

 今、ネットは遮断されている。しかし、もうすぐ、クラーケン中に電力は行き渡るだろう。

 その間に、ボーラは考える。

 洗脳を解いてやろうか? ……いや、洗脳されている者達は、洗脳されたがっているのだ。プレイグが亡き後も、彼らはアイドルという偶像を求め続けるのだろう。それは太古の昔、人間が神を求めた系譜なのだろうか。

 人は、理想化された異性を求めたがるのだろうか。

 それもまた、人の心の持つ弱さそのものなのだろうから。

 ふと、自分は現実世界に戻れるのだろうかと考えていた。

 ウォーター・ハウスには言わなかったが、自分が電脳空間に潜る為の時間は限られている。言わば、潜水を行うダイバーみたいなものだ。

 だから、空気が必要なのだ。

 いつまでも長く、潜っているわけにはいかない。

 深く潜り続け、長く潜り続けていると、当然、肉体や精神に失調を来たしていく。そして所謂、“窒息死”してしまう事もあるだろう。

 だか。ふと、彼は思う。

 このまま、無へとなっていくのもいいかもしれないと思った。

 ボーラは思う。

 此処は、人間の底知れない闇の世界だ。

 自分が知りたかった世界の真理の只中にいるのだ。ひょっとすると、自分は真理と一体化する事が出来るのかもしれない。人の心の黒い影を掌握する事が出来る。


 …………。

 クラーケンの体系は、ツリーではなくリゾームだ。

 張り巡らされた根っこの一部を破壊しても、この国は自動的に動き続けるに違いない。プレイグを倒しても、存続するのは分かり切っている。

 しかし、絶対的な支配者がいなくなった今、この国に生きる者達は、どのように変貌していくのだろうか。どのような未来へと移り変わっていくのだろうか。

 ボーラは、少しだけそれを見てみたいと思った。

 国家の中心が消滅した後も、人は生き続ける事が可能なのだろうか、と。

 この電脳空間の中で、永遠に生きられたのなら。

 永遠に人々の欲の果てを眺め続けられたのならば、どれ程、良い事なのだろうか。

 そのような欲望を振り払おうと、彼は必死だった。

 もし、そんな事が仮に可能だったとしても、自分自身の心が腐っていくだけのような気がした。だから、彼は此処を早く抜け出そうと思う。


 光が見えてきた。

 自分の意思が死ぬ前に、あるいは二度と外の世界に出られなくなる前に、何とか、仲間達と合流出来そうだ。二人共、よくやってくれたと思う。

 生のウイスキーを、また口にしたい。

 ボーラは、外に出る喜びを思い出す。



 水兵隊達を信奉する男達は、先ほどから、突如、ネット回線が使えなくなった事を嘆いていた。いっそ、自殺してしまいたい、と蹲る者達もいた。

 政府からは、予備の電力が供給されると言われている。

 それにしても、長い。

 政府に対する不満は、徐々に募っていく。

 ネットワークこそが、彼らにとってのライフラインだった。

 多くの者達と繋がる為の、コミュニケーションの手段だった。


 しかし。

 医療機関や、電車などの電力は、三つの太陽を通していないので、通常通りに始動していた。普通に生活を送る上では、それ程、不便しなかった。しかし、男達の大部分は、ネットが生活の一部になっていた。通常の仕事などにも支障を来たす。みな、混乱していた。

 何処かで、誰かが、“神を失ったみたいだ”と呟いた。同時期に、数多くの人間が似たような情緒を抱いていたのだろう。


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