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地下一階 ボーラという男 2

 その男に会ったのは、美術館の帰りに入ったコーヒー・ショップだった。

 眼鏡を掛けた男だった。顔は端正とは言い難いが、何処か穏やかだった。何処か、医者やカウンセラーを想起させる。白衣が似合いそうだった。

 彼は背広にネクタイを締めていた。


「お前は何だ?」

 ウォーター・ハウスは、抹茶オレを口にしながら、アボガド・ソースの照り焼きチキン・サンドイッチを口にしながら、男に訊ねた。

 男はむしゃむしゃと、クルミ・クッキーをミルク・シェイクで租借していた。そして、どうやら、読書中だったらしく、ランボォの『地獄の季節』が彼のテーブルの上に置かれていた。ラテン語で書かれた本だった。


「俺ですか?」

「俺達の事をずっと観察していただろう? 明らかに、何か思う処があるだろう?」


 ウォーター・ハウスは少しだけ、剣呑な口調で訊ねた。


「貴方、“暴君”でしょう?」


 男はウォーター・ハウスの質問には答えずに、ウォーターの通り名を口にする。

「そうだが。お前はあれか? この俺を始末しに来た殺し屋か? なら、覚悟は出来ているんだろうな?」

 ウォーターは、冷たい視線を男に送る。

 男は慌てて、首を横に振る。

「いえいえ、違いますよ。逆です。逆なんです。俺はね。貴方とお友達になりたいなあと思ったわけです」

「気安く、彼に接しようとするな。私が殺すぞ?」

 今度は、グリーン・ドレスが睨み付ける。

 彼女は、相方が美術館で買った西洋美術の歴史の本と、絵画のポスト・カードを眺めながら、頭を捻っている処だった。

「あのですね、あのですねえ。依頼があるんですよ。暴君、そして“緑の悪魔”さん。暴君、貴方が芸術を愛でている事は知っている。だからですねえ、ヴァンダリズム……文化を嘲笑する者は赦せない筈ですよね。ちょっと、俺のお話を聞いていただけませんかね?」

 暴君は緑の悪魔を制して、胡乱な眼で、その男を見据えていた。

「どういう事か聞かせて貰おうか。俺を始末しようとしている馬鹿者ではないんだろう?」

「そうです。貴方様のご協力が必要なんです。……逆に言うと、貴方様くらいの猛者じゃなければ務まらない仕事なんです」

「……お前も能力者だろう。しかも、変わったタイプの力を使えるタイプのように思えるな。なあ、お前の事は何と呼べばいい?」

「何とでも、どうぞ」

 ウォーター・ハウスは、眼鏡の男のテーブルを見る。

 ランボォの詩集か。ランボォ、ランボォ、ランボォ…………、ウォーターはそれ程、好きな詩人ではない。どうしても、詩がだらだらと長文過ぎるのが気に入らない。

 ランボォという単語が、頭の中で反復されていく。彼はふと、思い付く。


「ボーラ、でいいか? お前はその詩人が好きなんだろ?」

「ええ、いいですよ。ははっ、それでいいです」

「じゃあ、ボーラ。さっそくだが」

 ウォーター・ハウスは、彼の頭を鷲掴みする。

 ボーラと名付けられた男は、冷や汗を流し続ける。

「お前の能力を包み隠さず教えろ。でなければ、俺の右の手はお前の頭と顔に何をするか分からない。しっかり吐くんだ、包み隠さずな」

 ボーラは、恐れ戦きながら、自分の能力だけでなく、苦手な食べ物や動物などの事も放し続けたのだった。



 ボーラという眼鏡の男は、よく酒を飲む男だった。

 好物なのは、ウイスキーだった。

 ウォーター・ハウスは、頻繁に酒場に連れていかれた。

「ははっ、暴君。あれですねえ。酒ってのは、人類の遺産なんですねえ」

 ボーラは、くだけたTシャツにジーパン姿だった。対するウォーター・ハウスは、パンキッシュな服装を身に纏っていた。ガーゼのTシャツにダメージ・パンツ。そして、シルバーのネックレスに、チェーン付きの拘束具のような腕輪を左腕に付けていた。

 眼鏡の男は、度数の高い酒を水のように飲んでいた。

 彼が言うには、三度の飯よりも、酒が好きらしい。

「なあ、ボーラ。お前、頭のネジ、外れているだろ」

 ウォーター・ハウスは、真顔で告げる。

「暴君、暴君、そう言えば、俺はですねえ。哲学をやっています。人間の言葉とは何なのかについて、つね日頃から考えているのですよ」

「俺はお前はどんな言語で物を言っているのか理解に苦しむのだがな」

 ボーラは、腹を抱えて笑いながら、新たにウイスキーを注文する。

「ねえ、暴君。人間にとって幸福とは何だと思いますか?」

「それは自由だろうな。何者にも縛られない自由。そして、何を為しても構わないという自由。いや、人間というか俺個人の幸福なのかもしれん。俺は縛られない。俺は拘束されない。俺は自身が人間という存在だという檻からも解放されたい」



「一緒に、『クラーケン』という国を滅ぼしませんか?」


 暴君と緑の悪魔は、カフェで、そのような事を言われた。

 まるで、これから最近、上映されている、変わった映画でも見に行かないか、というかのような口調だった。国一つを滅ぼす。それは、ボーラという男が、暴君の力を確かに知っている事だった。

 ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスは、同時に、少しだけ面倒臭そうな顔をする。


「あのな。俺は自分の気分で動く。何ていうか、俺の美的感覚の琴線に触れて、気に入らないと感じた国や民族は滅ぼす。そして、それは誰の命令でも動かない」

「知っていますよ。でも、きっと貴方はとっても気に入らないと思う。クラーケンという国は。地図を探しても見つからないでしょう。外側からは観測出来ない場所ですからねえ」

 やはり、映画の内容でも話すような口調だった。



 クラーケンへと続く道の事を、ボーラは教えてくれた。

 どうやって、その街に向かうのかをだ。


 クラーケン。それは浮遊大陸になっていて、街は区画によって一つ一つの大陸になっている。

 そこは、外界から閉ざされた場所だった。

 それを、たまたま見つけたのは、ボーラの能力故だった。

「お前の能力はつまり、何だ?」

「俺は電脳空間。つまり、インター・ネットの中に入る事が出来るんですよ。まず、パソコンに入ってインター・ネットの中に入り込む事が出来るんです」

「ほう?」

「もっとも残念な事に、パソコン内に美女の画像を収集していても。その美女と話したりする事は出来ない。あくまで情報媒体でしかないですから。大きな絵を見ているような感じですかねえ」

「ふむ。ネット内に入っている時、どんな気分になる?」

「海の中を泳いでいるような、ダイバーですかねえ。俺はあらゆる場所に行けますよ。ネットを通して、空間を移動するという事なのかなあ。そこで、“クラーケン”という存在を俺は見つけたんです。その国を統治しているプレイグという存在もです」

「ふうむ、お前は何だ? そのクラーケンとかプレイグとかっていう者に対して、何か因縁でもあるのか?」

「無いです。只、俺の美学で許せなかった。糸のようなものの形が見えたんですよ。それが人の脳に繋がっていた。俺はそれを感じて、こいつがこの世界に存在している事が嫌になったんです。気が付いたら、貴方を頼っていたというわけです」

そこに向かう為には、ある施設を利用する必要があるのだと言った。

 ウォーター・ハウスに付いてくるように言った。


「ああ、そうだ。グリーン・ドレスさんも付いてきてくれるように言ってくれませんか? ほら、一応、戦力は多いに越した事は無いんだし」

「そうだな」


 ウォーターは、アジト内にあるドレスへと通信機から電話を掛ける。


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