地下五階 天空の揺り篭 2
オンライン・ゲームの中で、ひきこもり気味の男達は剣や銃を手にしていた。彼らはこの世界においては、万能感を覚えていた。外の世界と違って、とてつもなく満たされていた。
彼らは、自らの内部にある攻撃衝動を、ゲームなどによって昇華している。
今回の敵は、巨大な白い翼が生えたドラゴンだった。
ドラゴンは、鉤爪を振るう。
すると、前列にいた何名かが、バラバラにされる。頭蓋を割られ、脳漿が撒き散り、腹が裂かれて腸が飛び散っていく。眼球が、鼻が、転がっていた。
無残にして、無情な死体だ。
後列にいた者達は歓喜の声を上げていた。
このゲームは、リアリティを追及しているのだ。だからこそ、臨場感があり、興奮度が上昇していく。彼らは満足だった。露骨なバラバラ死体も、如何にも作り物の3D映像に見えた。
†
外の世界において、アブソリュートは、電脳に意識を接続している者達の何名かを、実際に、バラバラに引き裂いていた。まるで、仮想世界での破壊と同じような事が、現実世界でも行われていた。殺戮の血飛沫が舞い上がっていく。
けれども、アブソリュートの存在に気付く者は、この街にはいなかった。
ただただ、無残に、ゲーマーの男達は殺されていく。
このアブソリュートは幻影だった。
本体は、天空に彼の肉体は封じられている。
プレイグの能力によって、電脳空間を通って、幻影を実体化させて、ゲーマー達を殺害したのだった。男達もまた、プレイグの無数の腕に絡め取られている。
全ては、プレイグの意のままだった。
人々の脳は、プレイグの能力に繋がっており、更にプレイグの能力はアブソリュートに繋がっている。
みな、意のままに生かされて、意のままに死んでいく。
そして、それが当たり前の事実として、みな受け入れている。ありとあらゆるものが、他人の死として、消費されていく。無関心は完成されている。
けれども……。
ふと、巨大な金属の怪物の動きが、止まった。
「アブソリュートか……。良い名前な気がするな」
ウォーター・ハウスが呼び掛けたからだ。
彼は自らの存在意義が何なのかを思い出そうとしていた。
思い出したくても、思い出せずにいた。
だから、与えられたプログラムのみを遂行する事にした。
そう、自分は殺す為にのみ生まれてきたのだ。
†
金属で創造された感情の無い怪物。
そして、クラーケンの最終兵器なのだろう。
感情も、自由意志も排除していった存在。
完全に、国家の為にだけに動く存在。
それが、プレイグにとっての理想だったのだろう。
今、闇の色彩の中に入り込んでいるのだろう。
ウォーター・ハウスは考える。
どうすれば、現状を打破出来るかをだ。
……この敵は強い。
ウォーターの殺人ウイルスは、まるで眼の前にいる敵には通じなかった。
金属すら喰い破るウイルスを発生させてもなお、修復される速度の方が上を行かれている。
ウォーター・ハウスは、この世界を赦さない。
もし、この世界に悪があるとすれば、自分はこの敵とは違う悪になろうと願った。
クラーケンに来て見た、様々な者達。
アブソリュート。
そして、此処に来る前に見た、空の水兵隊。
生体兵器と、金属兵器。
その創造過程において、察そう、それは創造主の悪意を感じ取っている。
その意志は、人ならざる何かなのだろう。
ウォーター・ハウスは、その意志が創った世界は完全に狂った何かだと考えている。
それは、一つの偽造の歴史なのだ。
完全なる完成を目指して、この国のシステムは続けられていくのだろう。
これから、クラーケンの住民の平和を破壊するのだ。
希望や平穏といったものを、奈落の絶望へと突き落とすのだ。
それにしても。
かなり、危険な事実がある。
……アブソリュートの能力が、まだ何なのか分からないな。
ウォーター・ハウスは、自らの左腕を見る。
彼の肘は激しい裂傷が出来ており、血の雫が滴っていた。
おそらくは、いつの間にか攻撃されたのだろう。アブソリュートが動く処が見えなかった。
†
深い悲しみの風に満ち溢れていた。
全身の所々が、切り刻まれていっている。
この空間には、アブソリュート以外にも、ウォーターを攻撃している者がいるのだろう。それは、感情を喚起させるものだった。
アブソリュートが、そいつらを呼んだのだ。そして、それは半ば霊体のように、ウォーター・ハウスを攻撃し続けていた。
これは、悲しみなのだろうか。
そう、悲しみの風だ。
ウォーターは、胸に爪痕を残されていくような気分になった。
この空間一体には、風が吹き荒れている。ウォーター・ハウスの全身を細切れにしようとする風だ。そう、これは悲鳴なのだ。悲しみの刃なのだ。
ウォーター・ハウスは自身の肉体を治癒する能力も備えている。
しかし……。
このままだと、再生が間に合わなくなるだろう。
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