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地下四階 水と炎 3

 フロイラインが誘った場所は、透明なガラスによって作られた建造物だった。


 街から少し、離れている場所だ。

 これが、何の為の施設なのか分からない。

 ただ、相手は、覚悟を決めたのか、グリーン・ドレスと真っ向から勝負するつもりでいるみたいだった。

 このビルには、セーラー服を身に纏った、他の空の水兵隊の姿が無い。

 グリーン・ドレスは透明なガラス張りの部屋の中を進んでいた。

 何か得体の知れない空間のような場所に思えた。

 グリーン・ドレスは、ビルの奥へと歩いていく。

 大きな箱のような部屋だった。

 そして、数分の間、歩き続けた後だろうか。


 そこには。

 フロイラインが、佇んでいた。

 壁、天井、そして床一面にはガラス一枚を隔てて、隙間なく、異様なものが収納されていた。それらは、猥褻な画像の数々だった。実写の女を使ったアダルト・ビデオの写真らしきものもあれば、アニメや漫画などの絵なども使われていた。

 写真や絵の中に納まっているのは、フロイラインと、彼女を取り巻く親衛隊達の姿に似ていた。卑猥な画像の中には文字もプリントされているものもあり、性単語と共に、露骨にフロイラインの名前をもじったものも記されていた。ありとあらゆる性行為や、倒錯的なプレイが写真と絵の中には描かれていた。

 もはや、それは一つの何らかの建築物でさえあった。

 それ自体が、何かの魔方陣であるかのように思えた。

 対峙するフロイライン本人の顔は、微笑を浮かべていた。

 まるで、友人に自慢げに自分のコレクションを自慢する子供みたいだった。


「おい、何だ? これは?」

「ふふっ、私に傅く方々の頭蓋の中身ですの。私は彼らの脳を握り締めている事になりますわね。つまり、私の存在は彼らの魂を鷲掴みにしている事になりますの」


 彼女は、とても嬉しそうに微笑む。

 まるで、自分の集めていたシールやビー玉などを友人に見せる子供のようだった。

 グリーン・ドレスは、異様な感情が湧き上がっていた。

 巧く、言葉に出来ないのだが。

 おぞましい……、と評するべきなのだろうか……。


「あなたは自由なのか?」


 グリーン・ドレスは、思わず、訊ねていた。

 彼女には、フロイラインをまるで理解出来なかった。

 理解しようとしても、理解の外側へと零れ落ちてしまう。


「国家の為には、私自身を供物にしなければなりませんの。私はそれを誇りに思います。貴女のような下賎な者には永遠に分からないに違いありませんわ」

「分かりたくねぇよ、あなたは狂っている。…………」

 グリーン・ドレスは、珍しく、自分よりも狂気を宿している相手と相対している事を理解していた。

 敵の思考回路が、まるで分からなかった。


「そうでしょう。人でなしには永遠に分かりませんわね。人であるならば、隷従する事の喜びに生きる事こそが、人生である事を理解出来ますもの」


「なら、私は人間である必要なんて無いな」


 緑の悪魔は、吐き捨てるように言った。



 フロイラインは、完全なるマゾヒストなのだ。


 そして、自身のマゾヒズムによって、自身を開放しているみたいだった。

 自分は祝福されている。

 その信仰のみが、彼女を突き動かしていた。


 フロイラインは、高々と、グリーン・ドレスに対して、“儀式と巫女”の事を話し続ける。なるべく、可能な限り、緻密に分かり易く、そして如何にしてそれが素晴らしい事であるのかを、彼女は語り続ける。


 この行為は、つまる処、敵に国家機密の情報を漏らし続けているという事になるのだろうが、まるで構わなかった。

 それよりも、フロイラインは、敵の野蛮さを嘆き、なじりたかった。

 自分の信じている存在が、如何に崇高なものであるかの矜持を告げたかった。

 そう、このクラーケンという国家は神の国なのだ。

 みな、神の国に生きる血筋として自覚しなければならない。

 正義や善とは、つまる処、何であるかを提示しなければならない。

 プレイグも、フロイラインの挙動を許すだろう。いやむしろ、賛美してくれるに違いない。彼女はそう確信していた。


 内なる獣を開放してしまいたい。

 フロイラインは、そんな事を考えていた。

 グリーン・ドレスは、口元を押さえていた。


「グロテスクだよ、てめぇら…………、狂ってやがる。ああ、畜生。本当にクソだったんだな。てめぇらは…………」


 先ほどまで、徹底的に部下達を猟奇的に殺害していた女が、唖然とした顔をしていた。

 フロイラインは、内心、呆れていた。

 やはり、蛮族には理解出来ないのだろう。

 この国家の、プレイグの完成へと向かう調和が。



「私、お兄様の大きな笛を奏でるの好きですね。私のお口の中に、お兄様の蜜が流し込まれます。私は大きな幸せを感じますの」


 グリーン・ドレスは、フロイラインに対して、気持ち悪い兄貴の下品なアレをしゃぶっていろ、と罵倒した後に、フロイラインが答えた言葉がそれだった。

 グリーン・ドレスはそれを聞いて、少し呆れたように言った。

 そして、彼女は少しだけ真顔になる。


「……咥えるのは好きじゃない。……というか、やらない……」


 フロイラインは、きょとん、とした顔になる。


「支配するのは私だからな。性行為でも隷属なんてされない。咥えさせるのは、相手を支配する快感そのものだよなあ? 噛み千切ってしまいそうだ。男性器は好きだよ。おそらく、人間の破壊の根源だからな。征服と凌辱の原点なのかもな? それの形を模して、人を殺傷出来るものはもっと好きだな。でも、私は征服者の側で在りたい。貴方とは欠片程も分かち合えないのが大きな救いだな?」

 グリーン・ドレスは、戦いながら、思考していた。

 おそらくは、敵も、戦いながら、別の事を考えているのだろうか。

 どうしようもない程の断絶がそこには在った。


「あのさ。やっぱり、思うのよね」

 グリーン・ドレスは、フロイラインに真顔で告げる。


「あなた達って、倫理観が根絶しているだろ?」

 緑の悪魔は、韜晦を含めて言った。


「正しい事を遂行する事に意味があるのですよ。それにしても、滑稽ですわね? あれだけの酷い殺戮を行っている者の口から出る言葉ですか?」

 フロイラインは、眉を顰める。


「いや、違うだろ。……、…………私は、あなた達は、正義も道徳も在るんだろうが、……もしかすると、だからこそ、倫理が根絶しているんだろうなぁ。って言っているんだぜぇ?」

 フロイラインは、きょとん、とした顔になる。


「……どういう意味ですの?」


「あのさ。ウォーター・ハウスが言うんだ。道徳と倫理は違うって。私、そんなに、頭良くないのに、執拗に言ってくるんだよ。この二つを一緒にするなってなぁ。あのさあ、道徳は法律とか秩序とか、まあ、体制を維持するルールだな。モラルって奴だ。国とか集団を維持させていく為の取り決めだ。しかし、倫理観ってのは違うよな? 倫理は“自分自身が何をやっているのか?”という事だ。自分自身の行為を理解する、って事が善悪を規定していく事だ。私はあなたをバラバラ死体に変えてやろうとしているのだけれども、それは私が善悪を理解していて、私は悪を誠実に成し遂げたいから行っている事なんだがな……。つまり、よく分からないかもしれないが、私は“悪を倫理観から行使している”んだよ。……ウォーター・ハウスに言われたんだけどな」


 動物の世界に倫理は無い。

 暴力も殺戮も凌辱も、人間が善悪を規定したから生まれた概念なのだろうから。

 ウォーター・ハウスは、倫理を遂行したいから道徳を踏み潰す、と言う。最初、グリーン・ドレスも、どういう事なのか、よく分からなかったが、自身が破壊の行為に魅入られるうちに、何かを直感的に掴んだような気がした。


 暴力とは、神聖なものなのだ。

 それこそが、グリーン・ドレスを突き動かしている意志そのものだった。


「何て言うか、あなたは……、あなた達は…………、善が何かさえも分からないんだな……」

 グリーン・ドレスは、そして、物凄く嫌そうな顔で言った。

「醜悪だよ……、反吐が出る」


「よく分かりませんが。この国の体制は正しい。私はそれを信じている。貴女が何を言おうが、それは私には意味の無い事ですわ」

 フロイラインは鼻で笑う。

 グリーン・ドレスは絶句していた。


 おそらく、目の前にいる女は、人間で言う処の狂気の世界に生きているのだろう。完全に彼女は狂ってしまっている。グリーン・ドレスは、フロイラインの両眼を見る。その瞳の奥底に内包する闇の色は、何処までも、何処までも深く、暗かった。


 フロイラインも最初は、もっとマトモだったのかもしれない。

 けれども、愛国心とやらが、彼女を狂気の世界に追いやってしまったのだろう。彼女は、自ら望んで、獣と交じり、あらゆる男達と交じる。どんな性行為も望んで行う。売春婦よりも更に淫らで卑猥で、そして憐れであるのにも関わらず、彼女は自らの人生を喜ばしいものだと考えている。信じ切っている。


 苦痛と快楽が、記憶の残滓となって、彼女の瞳にはこびり付いていた。

 最初は、凌辱だったのかもしれない。

 果てが無い程のトラウマと恐怖の中を彷徨ったのかもしれない。

 けれども、眼の前にいる彼女からは、微塵もそのようなものを感じなかった。

 ただただ、自身の存在に対する矜持と、強い意志がその立ち振る舞いから感じられた。

 水色のセーラー服の女は、笑っていた。

 とてつもない程に、無邪気で、無垢で、そして、どうしようもない程に、邪悪な笑みだった。


「ふふっ、このまま貴女を逃してしまうと、情報漏洩の罪に問われますわね。でも、此処が貴女の棺桶になります。だから、何も問題ありませんわ」


 フロイラインは、再び、にっこりと微笑む。

 彼女の顔には、歓喜しかなかった。

 怪物達は、このとっくの昔に、発狂してしまった国家に住む者達の、歪な欲望により産まれたのだ。

 そして、国民達は自分達が邪悪の中に生きている事を知らないのだろう。

 知らないからこそ、幸せだと言えるのかもしれ「本当に何もかも、全力で私達は分かり合えないな? だからこそ、もっとピュアに殺し合おうぜ? あなたも、もっと全力を出せよ」

 緑の悪魔は、雑念を振り払うようにする。

 グリーン・ドレスは、何かが吹っ切れたような顔になる。

 思考するだけ無駄な相手がいるのだ。

 そんな存在の前では、考えるだけ無意味だし、何よりも、自分は元々、そういう性質じゃない。どうしても、ウォーター・ハウスと会話しているうちに、無駄に色々な事を思考するようになってしまったのだが、自分の気質は、そういったものなんかじゃない。

 ……面倒臭ぇな。私はこいつと殺し合いがしたい。それだけで良い筈だろ?

 グリーン・ドレスは、改めて、眼の前の敵を睨み付ける。


「まあ、いいや、私がてめぇの内臓を引きずりだして、脳漿を地面に撒く事に対して、何の問題も起きていない。そして、てめぇの崇拝する、この国も、プレイグも、私とウォーター・ハウスによって潰されていくんだ。あなた達が積み上げてきたものは、完全なまでに、滅びへと向かっていく。それを見るのは、とても楽しみだな? あなたの兄の絶望と悲鳴を聞くのを楽しみにしているぜぇ?」

 フロイラインは、にこやかにグリーン・ドレスの言葉を聞いていた。


「貴方、お優しいのですね? わざわざ、私のこの空間に入って」


 グリーン・ドレスは、気付いていた。

 先ほどから、部屋の温度がおかしい。

 そう言えば、フロイラインはリモコンのようなものを手にしていたような気がする。ひょっとすると、この部屋の空調を調整する為の道具だったんじゃないのか。

 入ってきた扉は、とっくに閉められていた。密室だ。


 緑の悪魔は、床をこつん、こつん、と叩く。

 明らかに防弾ガラスだ。

 それも、かなり強度は高い。

 壁もそうだろう。

 破れない事も無いが、多少の時間は掛かるだろう。

 緑の悪魔は、冷や汗が流れる。

 フロイラインを取り巻くように、水が彼女の足元から噴出していく。

 さながら、水は何対もの頭を持つ蛇のような姿へと変わっていた。


「行きますわよ? 私の『ソリューション』は、密室の方がより強い効果を生み出しますの。私は貴方を歓待致します。どうぞ、私に貴方の生を注ぎ込んで下さいませ。私は、私のお口で、全て受け止めますから」


 緑の悪魔は、剣呑な瞳で、眼の前にいる女を眺めていた。

 駆け引きを考えるのは、苦手だ。

 こいつを焼いて、肉体をブチ撒ける事だけを考えていればいい。

 何かが、やってきた。

 それは轟音だった。


 元々、この部屋が何の為に作られたのかを、緑の悪魔は理解する。

 それは大洪水だった。

 部屋全体が、水の槌によって、貫かれていく。

 避ける事は出来なかった。

 避けようもなかった。


 一瞬にして、部屋全体が、巨大な水槽へと変わっていく。高威力で発射される水圧は、人間一人を簡単に挽肉に出来る程の威力だった。



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