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夏の邂逅

 全中バレー県予選の決勝戦。神林希総にとってこれが最後の大会となる。

「応援に行くから」

 と出がけにいつもの母の一言。

 昔から参観日が苦手だった。母の希代乃が教室に入ってくると一発で空気が変わる。決して周囲から浮くような服装はしていないのだが、全身から立ち上るオーラが周囲を圧してしまうのだ。

 昨年までは一学年上に異母兄の春真がいて、当然その母の真冬も応援に駆けつけていた。最初の鉢合わせは周囲をハラハラさせたものだが、二度目の昨年はそれもなく穏やかに進んだ。

 そして今年。真冬は来ないがもっと面倒なツーショットが実現した。政界を引退して自由になった父瀬尾総一郎が母に連れ添って応援に現れたのだ。

 希代乃と総一郎が揃って観客席に現れたときは、会場が一瞬静寂に包まれて、二人が着席すると自然と拍手が沸いた。当の二人はそれを全く意に介していないところが凄い。

「まるで貴賓席に現れたVIPですね」

 と部員たちにからかわれて、

「それだけ軽口が叩ければ大丈夫だな」

 と返す。

 昨年までは御堂春真と言う大砲がいたが、今年のチームは良くも悪くも小ぶりだ。だがその分セッターである希総の腕の見せ所でもある。

 この日の希総は神懸っていた。恐らくコートの全面が俯瞰のように見えていて、局面ごとの最善手を的確に決めてきた。敵チームが完全に戦意を喪失しているのが一目瞭然で気の毒なほどであった。

 試合終了直後、希代乃は感極まって涙をこぼしていた。それをみてさっとハンカチを渡すあたりが流石の総一郎である。

「では、この後の祝勝会の準備がありますので、ベンチ入りメンバー以外の父兄の方は一緒にお願いします」

 と仕切り始める希代乃。

「後はお願いしますね」

 と総一郎に目配せして悠然と会場を後にする。

 残ったのはベンチ入りできなかった生徒とベンチ一メンバーの父兄。表彰式を見届けて合流する。

 希総は三年連続での最優秀セッターに加えて、今年は最優秀選手も同時受賞した。ちなみに昨年の最優秀選手は御堂春真である。

 表彰式を終えて仲間と合流しようとする希総に声を掛けてきた少年がいた。

「神林君、君はどこの高校に行くんだい?」

 相手は敵チームのエース。ただ一人最後まで戦意を失わなかった敬服すべき相手だった。

「僕は県立の南高校だけど」

「え、あそこは別にバレーが強い訳じゃ」

「僕はバレーで高校に行く訳じゃないからね」

「そうか」

 相手は希総の素性を知らないらしい。

「またどこかで会えると良いな」

「ああ。頑張るよ」

 何を頑張るのか、希総がそれを知るのは翌年の四月になる。

 仲間たちと合流してバス二台に分乗して祝勝会場である神林邸へと向かう。

 会場となる神林邸の別邸の横の庭では、希代乃が母親たちに仕事を割り振っていた。二三年生の母親は既に一度経験していることだが、一年生の母親たちは初めての事なのでまだ状況がつかめていない。経験のある者をリーダ-として指名して、そこに人材を割り振っていく。

 一年生の母親たちは今日が初対面のはずなのに名前を呼ばれた事で面喰っている。これはいつもの希代乃の手法で、人に会う時には予め情報を仕入れておくのだ。一夜漬けだが、希代乃が二度以上会う事は滅多になくその必要がある人物なら自然に覚えてしまう事になる。特に部員たちの家庭環境については事前に情報を集めてあったので、仕事の割り振りもそれに基づいて適性を見積もっている。

 前回を経験している上級生の母親たちは持参したエプロンを身に着けているが、初めての一年生の母親たちには神林家で用意したエプロンが配られる。当然希代乃も同じものを付けている。事前に連絡しておけばいい事なのだが、あえて同じ衣装を身に纏うことで一体感を演出しているのだ。

 仕事は大きく分けて二つ。会場設営と食材の準備だ。

 大きな噴水に向かって左右に大きなベンチが並ぶ。その前に丸いテーブルを置いて、対面に椅子を追加する。食材の方は大型の業務用冷蔵庫に入っているものを調理しやすい大きさに切り分けて大皿に並べていく。これらの作業を指示した後、希代乃は一番難しいコンロの火おこしに着手した。バーベキューは鉄板式が二か所、もう一か所焼き網式があって全部で三か所。それを手慣れた手つきで点火していく。

 ちょうどひと段落ついた頃に希代乃の携帯が鳴って、

「本隊が門を通過したそうです。焼きはじめましょう」

 と言ってコンロの一つを希代乃自らが担当する。門から会場である別邸の横の庭まで歩いて十分はかかるので、到着する頃には第一陣が焼きあがる計算だ。

 汗をかきながら肉を焼いている希代乃を見て、初めての参加となった一年生の母親たちは心配そうに声を掛けるが、

「美容のためにも汗をかいた方が良いのよ」

 と笑う。

 実際汗をかいた希代乃の肌はしっとりと張りがあって、ほれぼれするほどだ。が本音は神林家の家訓である率先垂範の実践である。

 本隊の先頭を歩くのはマネジャーの滝川万里華。そのすぐ後ろに三人組が騎士の如く付き従う。最後尾には主将の希総と父の総一郎。

「いつ来ても無駄に広い屋敷だなあ」

「僕もここは苦手です」

「お前はそうも言っていられないだろう」

 と笑いあう。

 到着すると、

「まずは今日の試合に出たメンバーから。背番号順に並んでください」

 と万里華が仕切り始める。

 下級生のマネージャー二人に、

「噴水の中に飲み物があるから配って頂戴」

 と指示を飛ばす。

 噴水の中に竹で編んだ籠が沈められていて、そこに缶入り飲料が大量に冷やされていた。

「これってこの為にあるんじゃないよなあ」

 と苦笑する総一郎。

「二年前に、冷やすのが間に合わなくて、段ボールから開けて直接放り込んだんです」

 と答える万里華。

 ベンチ入りメンバーは配膳を受けて席に着く。

「明日から全国大会に向けて猛練習に入るが」

 と主将の希総。

「今日はたっぷりと肉を食べて筋肉を修復してくれ。ではお先に」

 と父兄たちに一礼して、

「いただきます」

 見ていてほれぼれする食べっぷりだ。

「手伝おうか?」

 総一郎は希代乃に近づいて声を掛けるが、

「こちらは良いから、右の方の冷蔵庫にお肉が入っているので、追加してもらえますか」

「冷蔵庫があるなら飲み物も入れておけば」

「飲み物を出すたびにいちいち開けると、冷却効率が落ちるでしょ」

「ごもっとも」

 総一郎は腰のポーチからエプロンとバンダナを取り出して身に着けると、左手に使い捨ての手袋をはめて右手で冷蔵庫を開けて肉を掴みだし、手際よく切り分けていく。

 食べ終わった希総がやってきてそれをコンロまで運び始めた。レギュラー陣もそれを見て付き従う。実に連携が取れている。

 そのうちに第二陣で食べ始めたレギュラー陣の母親たちがやってきて交代してくれた。

 総一郎は最後尾の第四陣で肉にありつけた。そのすぐ前には希代乃がいる。コンロ係は三人組の母親のようだ。

「来る途中で少し話をしたけど」

 と総一郎。

「バレーを始めてから礼儀正しくなったって、ひどく感謝されたよ」

 と苦笑する。

「俺は何もしていないんだけどな」

「あら、誕生会で会ったでしょ。あの時に凄い人だったって感化されたらしいわ」

「別に大したことは話してないけどなあ。あの時はむしろ華理那の方が仲良くなってヤキモキしたくらいだ」

「嫁に行くのはまだ早いわよ」

 と苦笑する希代乃。

 希代乃と総一郎が並んで肉を頬張っていると、希総が二皿目をもって合流してきた。

「俺は初めて来たけど、毎年こんななのか?」

「初めは部員たちの士気高揚になればと思ったんだけど」

 一回目の時、

「費用は払います」

 と言うとんがった母親がいたので、

「すべて部費で賄いますよ」

 と宥めたのはマネージャーの万里華。

「遠征のための寄付が集まったので、それで清算していたわ」

 寄付の中には希代乃の金も入っているわけだが、

「今回だって、ほとんどは部費で賄って、私は自社ルートで肉を安く提供しただけ」

 神林フーズは業者向けの大量供給が基本なので、原価は店頭小売価格よりも安く提供できるのだ。総一郎の店も小麦粉や乳製品などを卸売り契約している。

「それにしても男親が俺しかいないとは」

「昨年は三割ぐらいいたんだけど、何せ食べ放題でしょ」

 大人の男性が多かったために食材が足りなくなってしまったのだ。だから今年は子供一人に親は一人が原則になった。

「俺は良かったのか?」

「私は接待側だから計算外よ」

 との事。 

「右が肉ってことは、左は何が入っているんだ?」

「野菜とあと焼きそばが」

 と聞いて総一郎が反応した。

 総一郎が焼きそばを焼き始めると、部員たちはいっせいに集まってきた。

「見事な手際だね」

 と希総が感心すると、

「若いころは、バイトで一日中やっていたこともあるらしいから」

 と希代乃がほれぼれとした表情で答える。

 食材は多めに用意していたのだが、あっという間に消費されていった。


 それから約一か月後。全中バレーボール長野大会は準決勝を迎えていた。軽井沢の別荘に滞在中の御堂春真は兄瀬尾矩総ともに弟神林希総の応援のために会場に通っていたが

「いよいよ大一番だね」

「相手は優勝候補の筆頭だな」

「まあ前評判だけなら、うちよりも下のチームなんか無いんだけどね」

 公立の中学が優秀な選手をかき集めた私立の強豪校を次々と撃破するなんて専門家にはとても予想できない事態だろう。

「まして今年のチームには御堂春真みたいな大砲もいない」

「茶化さないでよ」

 と照れる春真。

「俺がいた昨年ですら、ベスト8止まりだったのに」

 会場に入るとすぐに春真は、

「ちょっとトイレに行ってくる」

 用を足して戻ろうとしたところで一人の少女とぶつかった。

 普通なら女の子が尻もちをついてラッキーなシーンが見られるところなのだが、反射神経に優れた春真はとっさに左手を伸ばして抱きかかえるように受け止めてしまった。

「怪我はない?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 女の子は恥ずかしそうに俯いている。

「そう。俺は急ぐのでこれで」

 場所から見て、女の子がどこに向かっているのかを察してそれ以上の詮索はしなかった。実際に女の子はそのままトイレに駆け込んだ。

 矩総は観客席の入り口で待っていた。

「先に座っていてくれればよかったのに」

「いや面白いものを見付けたから?」

 普段なら即座に聞いてくるところなのにどこか上の空の春真に、

「何かあったか?」

 と問いただす矩総。

「別に、何もないよ」

「そうか。ぶつかった女の子は可愛くなかったのか」

「いや、顔も見てないし。って、どうして分かったの?」

 矩総は黙って春真の肩から長くて細い髪をつまんで見せた。

「長い髪の男がいない訳じゃないけど、男が長い髪を振り乱して突進してきたら普通は避けるだろう」

 とにやり。

「お前の反射神経で避けられない勢いだったとすれば、何でもないじゃあ済まないよな」

 春真は得心顔で、

「本当に、顔は見ていないんだ。場所が場所だけに、恥ずかしがってずっと俯いていたから」

「なるほどね。お前も運命の出会いをしたのかと」

 とぼそり。

「え、何だって?」

 と聞き返すと、

「それよりもあれを見ろよ」

 と誤魔化すように指し示した方向には見覚えのある美女が一人。大きな鍔の帽子で顔を隠しているが、

「希代乃さん。だね」

 列の真ん中あたりに一人で座っている。その両端には黒服黒メガネのガタイのいい男が座っていて、明らかに不自然な眺めだ。

「警護するにしても、もう少し目立たないようにすれば良いのに」

 と笑う矩総に、

「いや。あえて目立つことで敵を近づけないというやり方もあるらしいよ」

 と警護慣れしている春真が応じる。

「折角だから声を掛けてみよう」

 と春真。

 二人は希代乃の後ろに回り込んで、背もたれを跨いで両脇に座った。

「こんにちは、希代乃様」

 両脇の黒づくめは慌てて立ち上がったが、希代乃が右手を振るとさっと姿を消した。

「希総の応援ですか?」

 と矩総。

「何もこんなにこそこそしなくても」

「希総には決勝までは来ないと言ったから」

 といつになく歯切れが悪い。

「やはり相手が気になりますか」

 準決勝の相手は室町洛南学園中等部。神林家とは何かと競合するライバル企業が今年度から傘下に収めた学園だ。もともとバレーボールの強豪校ではあったが、神林に対しての当てつけと見えなくもない。

「全国から有望選手を集めたエリート集団ですからね。うちみたいな普通の公立高校じゃあとても相手にならない。と言うのが前評判ですが」

 と分析する春真。

「御堂春真と言う大砲を要してすら昨年はベスト八止まりだったのに、今年はそれを越えての準決勝進出。俺としては複雑です」

「でも、スタメンの平均身長では昨年よりも高い。まあセッターの希総が伸びた分だけ改善しているだけなんだけど。要するに希総の出来次第ってところですね」

 と矩総が補足する。

「相手のエースの子がまた大きくってね」

「中学三年生で二メートルとか、反則っぽいですよね」

 と春真が笑う。

「だから協会の上の方は他の競技に持っていかれない様にってかなり気を使っているのよ」

「他の競技団体も目を付けいるんですか?」

「サッカーにバスケ。他に団体規模ではないけど高校野球もいくつかの名門校が声を掛けているらしいわ」

「心配はないと思いますけどね」

 と春真。

「彼とは小学校時代に対戦経験がありますけど、あの頃はまだ小さくって。ようやく勝負できる体が出来つつあるのに他の競技になんて」

「本人はそう思っていても、周りはどう思うか。例えばあの学校が他の競技をやらせようと考えたら」

「向こうが神林を意識しているなら、それは無いでしょうね」

「むしろそれを願うわね。本人の為にも」

 試合は希総のサーブから始まった。

「いきなりのノータッチサービスエースからとは」

 と驚く矩総。

「あんな強烈なサーブも打てたんだな」

「特訓の成果だよ。と言ってもまだ成功率は四割程度なんで、ここぞと言うときまで使わないように言っておいたのだけど」

「つまりここがその時と言う訳だ」

 矩総の得意はジャンプフローターサーブ。それに強打を覚えてどちらが来るか分からないとなると待ち受ける方は対応に苦慮することになる。連続して五点を先取した。

「まさに奇襲作戦成功だな」

 敵は仕方なくタイムアウトを使って流れを切った。

 だが、このセットは25対22で逃げ切った。

「どうして?」

 第二セットで希総がベンチスタートとなったのを見て目を見開いた希代乃。

「一セット目は飛ばし過ぎたからなあ」

 と冷静な矩総。

「多分万里華の入れ知恵だね」

 と春真。

「それでも決めたのは希総本人だろう」

「どこか異常でも?」

 と心配そうな希代乃に、

「何かあるとしたら他の選手だろうね」

 と春真。

「希総のセットアップは味方の限界ぎりぎりを引き出すから、場合によっては味方をつぶすこともある」

「貴方も壊れかけたものねえ」

「それは昔の話ですよ」

「希総が大人になったと言うよりも、万里華が反省したと言う方が大きいのかもな」

「あの時希代乃様が厳しく叱ったからね」

 叱られたのは実際に手を下しかけた希総だが、それを止めなかった万里華も責任を感じたことだろう。

「逆にそれを持ち出されて希総も引かざるを得なかったか」

 このスタンドのちょうど反対側に三人の少女がいた。いずれも美少女だがその中の一人は先ほど春真とぶつかった少女だった。その名は室町美紗緒と言う。

 三人は北女の中等部の同級生で二年生。その中の一人の実家に遊びに来ていたのだが、買い物に出てきてたまたまこの会場に目を止めたのだ。

 対戦カードの片方は彼女たちの地元の代表と言うこともあったが、

「室町って、美紗緒さんと同じ名前ね」

 美紗緒の友人二人は、美紗緒を政治家の娘として認識していて、母方の実家が西の巨人室町グループの縁者だとは知らなかったのだ。

 美紗緒本人が引っかかったのは地元代表の主将の名前であった。

「あのセッターの人凄いわね。神林希総と言うと、まさかあの神林の御曹司?」

「だってここは普通の公立中学でしょう」

 と話し合う友人の会話を受けて、

「多分その神林だと思うわ。神林の今の御当主は確か希代乃様とおっしゃる方だから」

 美紗緒が引っかかったのは希総の総の字である。希代乃の息子の父親はあの瀬尾総一郎。二人の息子が両親の一字を合わせたものだとすぐに知れる。何よりも決め手は希総の顔立ち。獅子鼻の父と違って母譲りの鋭く尖った鼻以外は総一郎そのままだ。

 瀬尾総一郎は美紗緒の父武広にとって仇敵と言えた。若くして衆議院議員となった室町武広は、その若さゆえに足元をすくわれて辞職した。その後釜として補欠選挙を通ったのが瀬尾総一郎だった。

 しかしながら室町武広氏が瀬尾総一郎を恨んでいたわけではない。思えば二人の境遇は似通っていた。ともに巨大企業グループの後押しで代議士となった。大きな違いは武広が室町の姓を名乗ったことで室町家の方針と自身の政治理念との板挟みになってしまったこと。対して総一郎は神林家の支援を一切受けず、自力で政党を立ち上げてのし上がったことだ。状況が許せば青年党にはせ参じていたかもしれない。

 さて第二セットは思いのほか接戦となった。

「上手くなったなあ。サーブはまだまだだけど、セットアップは希総にも引けを取らない」

「と言うか、完全なコピーじゃない」

 と複雑な表情の希代乃。

「希総は高度のスキルを駆使している訳じゃなくて、状況に合わせた適切なプレーを正確に行っているだけ、と自分では言っていますけどね」

「初めての公式戦で、普段通りを発揮しているのは大したものだよ」

 と高評価の春真。

「まあ逆に練習でできなかったことが実戦で出来るものじゃない」

 矩総も好意的な意見である。

 二年生セッターにサーブが回ってきたところで希総が動いた。

「思ったよりも競っているから欲が出たのかな」

 得点は18対21。希総が交代でサーブを打つ。

「確かにこのままこのセットを黙って捨てるには惜しい点差だね」

「初めから捨てる気は無かったのかも」

 と希代乃

「控えのセッターを起用させたのは万里華ちゃんの意見なんでしょうけど。私も部下のやる気を削がないために、意見具申は積極的に採用するけど、助言と言う形で修正することはよくあるから」

「それも神林流の人心掌握術ですか」

 と興味深げな矩総。

「良いんですか、そんなことばらしても」

 と春真。

「構わないわよ。貴方たち二人は、希総の部下になる可能性は無いでしょ」

「確かに」

 と同意する二人。

 希総のサーブで一旦は逆転したが、サーブ権が移ったところで交代した。

「ただのピンチサーバーか?」

 これで希総はこのセット中には再びコートに立つことが出来ない。

 第二セットはデュースに持ち込んだものの25対27で落とし、試合は最終セットまでもつれたものの、セットカウント1-2で敗れた。

「第二セットであのまま希総がコートに留まっていたらどうだったかな?」

 と春真が言うと。

「セットアップでは遜色なかったから、結果は変わらなかったかもしれないけど」

 と前置きしながらも、

「総志兄さんならそのまま出ていただろうな」

 と総志。

「総志君に会って希総にない物。勝利への執着と言うか、ハングリー精神?」

 と希代乃。

「それは無くて当然でしょう」

 と苦笑する矩総に、

「私は目先の勝利に固執するなと教えているから」

 後輩に場面を任せたのは来年に向けての配慮だ。今日の勝利だけを目的としていない。

 試合を終えた選手たちがこちらに向かって走ってくる。

「前に出て後輩を労って来いよ」

 と兄に言われて前に出る春真。

「この隙に出ましょうか」

「気を使ってもらって悪いわねえ」

 春真が後輩たちの相手をしている間に希代乃を部下と引き渡して戻ってくると、ちょうどクールダウンを終えた選手たちと出くわした。

「なんでお前まで汗かいているんだ?」

 春真も一緒になって動いたらしい。

「いやあ、久しぶりに血が騒いで」

 と頭を掻く。

「兄さん。帰るなら一緒にバスに乗っていく?」

 と希総。

「いや。春真のところに荷物置きっぱなしだし」

 と辞退するが、

「途中寄って行けばいいよ。ついでに後輩たちには飯を食っていってもらおう」

 と春真が提案する。

「この大人数だよ」

 と希総が言うが、

「俺を誰だと思っているんだ」

 それを側で聞いていた万里華が、

「みんな、御堂先輩が食事に招待してくれたわよ」

 と大声で告げてしまう。

「食事はいらないってメールしないと」

「希代乃さんに?」

「いや、父さんです」

 今日は総一郎が来る日らしい。



きりがないのでフェードアウト。

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