雨降って・・・
ここ数話、時間軸が錯綜しています。
御堂春真が高校に進学。そして西条総志と総美、瀬尾矩総も二年生に進級した。
昨年のウインターカップで見事に優勝を果たしたバスケ部には入部希望者が殺到していた。
「私立の強豪校ならいざ知らず、普通の公立高校でこの人数はとても捌ききれないね」
と監督役の矩総が言うと、
「仕方ない。入部テストをやって振り落とすか」
と兄で一年生主将の総志が応じた。
五十人の入部希望者に番号を振って、順に三人ずつ組ませて三対三のゲームを行わせる。勝ったらそれぞれに三点、引き分けなら一点を与え、五点以上になった者から一次予選合格とする。
「五で割り切れるんだから五人ずつで組ませれば?」
「それだと個々人の能力を計れないよ」
三年生にはゲーム中のそれぞれの能力を評価してもらう。貢献度に従ってそれぞれにABCのランクを付け、二周目以降はその評価を用いて組み分けを変える。具体的には、一回目で勝ったチームの評価Aと負けたチームの評価BCで一組。逆に負けたチームの評価Aと勝ったチームの評価BCを組ませる。この場合のBCランクは別のチームから選ぶ。つまり一回目と二回目では全員が違うメンツになる。
「まずは誰と組んでも力を発揮する即戦力をピックアップする。次に味方の力を引き出すのが上手いやつ」
前者は二度ともA評価だろうし、後者はどちらもB評価に留まるだろう。
「二度ともCで受かっちゃったやつは?」
と聞かれた矩総は、
「それは運の良いやつだね」
と笑いながら、
「どうしても使えないなら二次で落とせばいいよ」
と辛辣である。
二連勝した人間は十二人。三週目はこれを除いた残りで組ませることになるが、逆に二連敗した人間はこの時点で脱落が決まる。
「落ちた人間にも使えるのが居そうだけど」
と総志が言うが、
「そう言う人材は他の部へ回そうよ。そもそもバスケ部じゃなきゃ駄目って生徒はうちには来ないだろ」
それだったら他に強豪校はいくらでもあるし、南高校に来る学力があったら、どこの高校でも普通に受かるはずだ。
三戦目は熾烈を極め、さらに十二人が生き残った。
「じゃあ二次試験に進もうか」
今度は二三年生を加えての三対三。主将の総志を除く十二人がそれぞれ二人を選んで組を作って総当たり戦をやる。背番号の若い順から選択権を与えられ、
「これは入部テストであると同時に新チームのレギュラー決定戦でもあるから気を抜かないように」
バスケ部は今年から顧問が代わった。前の顧問が転勤したとかではなく、協会が推薦した非正規講師がやってきて顧問を志願してきたのだ。
これを受けた滝川校長は、
「生徒たちが納得するなら」
と言う条件で了承した。
この新顧問が入部試験に異議を唱えた。
「勝手なことをするな」
「部の運営は生徒の自主性に任されています」
と抗議を退けた総志。
「五十人と言ったら新入生の男子生徒の三分の一ですよ。他の部活とのバランスが取れないでしょう」
「実績がある部活が優遇されるのは当然だ」
「その実績はここに居る西条主将が一人で築いたものですけど」
と矩総が援護射撃する。
「ご不満なら、顧問を降りられても良いんですよ」
顧問教師は表情を強張らせつつも黙ってしまった。
「いらん事をしてくれる」
話を聞きつけた総一郎は、旧友のバスケ関係者に電話した。
「すまんね。俺の打つ手が一歩遅れた」
と謝罪する青木。
「体育協会は、どこもそうだけど、体育会系でね。実績とは別の力学が常に働いている」
殊に高校レベルでは教育問題が絡むので一層面倒だ。
「俺が現役の代議士だったら、うちの凄腕秘書が裏で話を付けて止めてくれたんだろうけどなあ」
「おいおい」
「なんだ。逆なら問題になるだろうけど」
「それはまあ」
別に息子に有利になるように動く訳ではない。優秀なコーチを断ると言うのは表面的にはむしろ不利益になることだ。
「総志くんみたいな天才タイプにはコーチングは害にしかならないよなあ」
実際のところ、総志はこれまでまともな指導者に出会ったことが無い。むしろそれが彼の天才をより際立たせているのだが、
「協会はそれが気に入らないらしい」
そこには教会内部の派閥抗争も絡んでいる様だ。
「まあどちらにしても、うちの息子たちは大人たちの都合なんか意に介さないだろうけどなあ」
それから約一カ月かけて新入部員を半分に絞った。真っ先に通った十二人の中でも有望とされた数人が残ったのは当然として、「使えないなら二次で落とす」と考えていた中で一人急激な成長を遂げていたのは嬉しい誤算だった。逆に経験者が数名振り落とされることになった。
問題はそれから一か月後。六月になって矩総が生徒会長になったことに端を発っする。会長となった矩総がバスケ部への関与を辞めたのは当然として、副会長に指名された総志も主将の座を三年生に譲ったのだ。一応副主将の肩書を貰ったのだが、なかなか部の練習の方まで手が回らない。
俄然やる気を出したのが新任顧問だ。
「インターハイの予選は西条抜きで戦う」
と宣言した。総志には彼の指導は全く通じないと悟って、外堀を埋めに掛かったのだが、
「良いの、やらせておいて?」
と矩総に聞かれても、
「今の力なら俺抜きでも勝てるだろ」
と楽観視する総志だった。
昨年の実績によりシード権を得ていた南高校は一つ勝てば決勝リーグに残れるはずだった。が、その初戦で惨敗を喫した。
試合の後、
「これで満足か」
総志は不本意な結果に不貞腐れた表情の顧問を無視して、主将に歩み寄って退部届を叩きつけた。
「西条、これは」
「皆さんは誰のためにバスケをしているんですか。あんな面当てのような気の抜けた試合をするなんて。そんな人達とチームは組めません」
と言い捨てて立ち去った。
総志の怒りはそれくらいでは収まらなかった。
「男子バスケ部の廃部を提案します」
と部長会に提案した。
「瀬尾会長も同じ意見なんですか?」
バスケ部部長は半分涙目である。
「僕は議長だから意見は述べない。提案については部長たちの多数決で決めたい」
昨年度の全国制覇で男子バスケ部はかなりの予算を獲得していた。これが廃部となれば他の部に予算が回る。ほぼ全会一致で廃部が決まった。当事者の男子バスケ部主将に投票権は無く、唯一の反対票を投じたのは女子バレー部の主将だけだった。
結果を知った顧問教師が生徒会室へ怒鳴り込んできた。
「西条貴様」
殴りかかってきたその腕を隣にいた矩総が止める。
「そんなに俺を追い詰めたいのか」
「最後まで自分の事ですか。大人も大変ですね」
総志は呆れ顔で言った。
「部員の事を案じる言葉が一言でもあれば、救われるのに」
と言われて蒼白になる。
「何故反対票が集まらなかったか分かりますか?」
と矩総が口を挟む。
「バスケ部は、昨年の実績を言い立てて他の部活の活動枠を侵犯していましたね。それが他の部の反感を買ったんですよ。その実績も、いったい誰のおかげだか」
総志の怒りは増長した部員たちへのもので、顧問教師は初めから眼中になかった。
「私に人事権があれば、即座に首にするところですけどね」
校長室に呼び出された顧問はそう一喝された。
「自分はバスケ部を強くしようとして」
「誰のために?」
返答はない
「学校の部活動はあくまでも教育の一環です。勝利は結果であって目的ではありませんよ」
結果を出していれば、たとえ辞めても私立の強豪からコーチの口が舞い込んだかもしれないが、勝てる試合をみすみす落とした今となっては協会からの評価もがた落ちで、再就職もおぼつかない。
「バスケ部が無くなってしまっては、顧問の交代も出来ませんね」
うなだれて校長室を後にした。
「総一郎様ですらやらなかったことをやってのけたわね」
と希代乃は楽しそうに笑った。
「矩総も黙ってみているなんて」
とこちらは口を尖らせている矩華。
「必要ならもう一度一から作り直せばいいのさ」
と肯定的な総一郎。
その予言通りと言うべきか、夏休み明けに元バスケ部と入部テストに落ちた一年生が集まってバスケ同好会の設立申請が生徒会に持ち込まれた。それを受け取った総志は、
「俺も入れてもらって良いかな」
そう言って自分の名前を名簿に書き込んだ上で受理したと言う。
予算もなく、体育館の割り当てもない。全くのゼロからの再スタートである。西条不動産保有の空き地にバスケットリングを持ち込んで、ひたすら三対三の実戦練習である。
「それだとスタミナが付かないだろ」
「空き時間はひたすら周囲を走らせている」
と楽しそうに答えた。
「大会はどうするの?」
昨年の実績があるからウィンターカップの予選への出場権は持っている。
「出るなら、顧問教師を付けないと」
「小野先生に頼んだんだけど、断られた」
小野と言うのは総志を敵視した顧問だ。総志には全く含むところが無いから話を持って行ったのだが、
「同情はいらない」
と突っぱねられた。恐らくはプライドが許さなかったのだろうが、
「最後まで話が通じなかった」
と残念そうな総志に対し、
「君子は豹変す、小人は面を革む。と言うけど、外面を改める事すらしないとは」
と呆れ顔の矩総。
「教師より優れた生徒がいるってことを認めたくないんだろうねえ」
と一笑に付した春真。
「駄目な大人も反面教師にすればいいさ」
と締めたのは希総だった。
昨年までの元顧問をもう一度引っ張り出すのも小野教諭の神経を逆なですることになりそうなので、
「仕方がないですね」
顧問を買って出たのは滝川校長だった。
「お手数をお掛けします」
「良いのよ。元はと言えば顧問の交代を許してしまった私の責任でもあるんだから」
顧問が付いたことで体育館の使用枠が若干貰えることとなった。それに伴って元バスケ部の二年生の一部が復帰を求めてやってきた。
「三年の先輩方は、受験に専念したいと言って」
「まあそうなるだろうなあ」
大会の直前に、
「特別コーチを呼んで来たわ」
と校長が紹介したのが、
「青木岳人です」
「うちのOBで、元教え子なの」
「知ってます。うちが初めて全国に行った時のエースですね」
と総志。
「貴方の御両親の同級生でもあるわ」
ここに大きな含みがある。実の両親である瀬尾総一郎と西条志保美だけでなく、育ての母でもある西条みちるとも同級生なのだ。
「間近で見ると、本当にあの頃の志保美君にそっくりだな」
と肩を叩いてくる。
「じゃあ、後はよろしくね」
と言って校長は部屋へ戻った。
「いろいろと大変だったな。OBが騒ぎ出そうとしていたけど、全部俺のところで止めた」
と片目を瞑って苦笑する青木。
「俺の時にも有ったんだよ。全国へ行ったら、途端に先輩たちが偉そうに顔を出すようになって。実力もない癖に」
歴史は有っても伝統的な実績は無いのでOB会も存在しなかったが、インターハイ出場をきっかけに組織されたと言うが、
「それでも寄付は助かりました」
「バスケ部OB会の貢献度は二割程度らしいけどな」
南高校は長い伝統のある名門進学校だけに、その卒業生には成功者も多い。何かあれば寄付金集めはさほど難しくないのだ。
「金額は問題ではありませんよ。それぞれに事情がおありでしょうし」
「人格者だねえ。あの二人の息子とは思えない」
青木は呵々大笑した。
青木の指導方法は以前に来た総一郎とほとんど同じ。と言うか、これはかつて高校時代に短期間でチームを爆発的に成長させるために二人で試行錯誤してたどり着いたプログラムなのだ。それが何故後輩に伝わっていないのか。これを成立させるにはチームの軸となるスーパープレイヤーの存在が不可欠なのだ。それがかつての青木岳人であり、今の西条総志である。
最後に青木と総志とで一騎打ち。これは練習の一環と言うよりも総志の実力を図るためのものだ。
青木の攻撃から。いきなり奇麗に抜かれてシュートを決められた。総志にとってこれほどあっさりと抜かれたのは生まれて初めてだった。
「現役を退いた相手だからと油断したな」
元プロの実力を甘く見ていたわけではないが、経験に裏打ちされた実力の深さをまざまざと見せつけられた格好だ。
だが戸惑っていたのは初めだけ。青木の技を吸収してさらなる進化を遂げる総志。
「今日はこれくらいにしておこう」
あと一歩と言うところで青木が止めた。
「俺は三日間いるから、その間に俺を越えて見せろ」
そう言って一日目の練習を終えた。
二日目には話を聞きつけた矩総も顔を出した。
「昨年のインハイ予選の時に見かけました。父と話していましたね」
と声を掛ける。
「なるほど。その眼はまさしく永瀬会長のそれだな」
青木はちょっと及び腰になっている。
「苦手だったんですか?」
「彼女を得意にしている男なんて、総以外見たことないが」
「父と母の昔の話は是非聞きたいですね」
「俺から聞いたって言わないでくれよ」
二人を間近で見ていた志保美やみちるの証言は有ったが、それとは異なる少し離れた位置からのしかも男性目線での話は面白かった。
「この戦術はどちらが先に思いついたんですか?」
「俺たちがクラス対抗の球技大会で優勝した話は知っているな」
「ええ」
「その時に俺が、俺の動きに付いてこれる人間がお前、つまり瀬尾総一郎しかいなかったことを嘆いたら、だったら付いていけるようにすれば良い。とこともなげに言いやがった」
「それで?」
「俺のプレイを分割して、一部分だけを取得させる。と言うことで二人の意見が集約した訳だ」
「つまりは二人の合作?」
「あいつは、他人の意見を吸い上げて現実化することが上手かった。あいつが政治家になったと聞いたときはまさに天職だと膝を打ったよ」
「でもこのシステムは欠陥品ですね。貴方のようなスーパーエースがいないと機能しない」
「それは俺のために組み上げたシステムだからだ。今俺がやっているのはそれを西条総志仕様にくみなおす作業だな」
「二人はどう違うんですか?」
「まず、当時の俺よりも総志君の方が上手い。それだけに合わせる周りも大変だろう」
「分かります。全力を出せなくて欲求不満気味なのが」
「周囲の成長を促すと言っても限度があるからな」
「兄は、やっぱり強豪校へ行くべきだったのでは」
矩総は兄総志が自分のフォローのために同じ高校を選んでくれたことを気に病んでいるらしい。
「それは違うな」
と青木。
「総志君がこの学校を選んだのは君と同じ学校に行くためだけど、それは何も君のためではないよ」
「どういう事ですか?」
「バスケの為だけなら強豪私立はベストな選択だろうけど、それは彼にとってはどうでも良いことだ。それよりも君と言う好敵手と競い合うことで己を高める事こそが彼の真の理由だよ」
三日目。練習試合。相手は海東に次いで県下ナンバー2と言われてきた小田原実業。十年でインターハイ出場六回。ここ最近では二年連続でインターハイ出場を果たしている。その監督は昨年度の海東の監督である。
「学校を替えてリベンジですか」
昨年度インターハイとウィンターカップを立て続けに逃して引責辞任させられたのだ。
「それだけじゃないよ。彼とは現役時代に戦ったことがある。俺が二年で彼が三年。つまり彼が南高校に負けたのは三度目と言うことだ」
その因縁を聞きつけて総一郎まで試合を見に来ることとなった。
「暇なんですか?」
と息子に言われ、
「若手がようやく使えるようになって、多少の余裕ができるようになったけどな」
と答えた。
「ああ見覚えがあるなあ」
青木が二年生の時と言うことは、同級生だった総一郎が生徒会副会長だった年だ。彼も試合の応援に行ったことがある。
「確かポイントガードだな。途中交代で出てきた」
「よく覚えていますね」
記憶力では遥かに上の矩総だが、
「大差がついて諦めムードが漂っていた中で一人元気だったんでな。スターターが二年で、その控えに回っていたことで鬱屈したものがあったんだろう」
「OBがうるさい学校は大変ですね」
「俺も注意しないとな」
そう言った総一郎の頭にあるのは学校の事ではなくて政党の事だが。
「折角母校の監督になったのにたまたま実績が挙げられなかったからと言って首になるんだから。気の毒な」
「インターハイ予選ではその母校、つまりかつての教え子たちを倒して一位通過した訳ですね」
「辞めてすぐにライバル校に拾われたくらいだから能力は評価されていたんだろう」
「実際に結果を出しているしな」
試合開始。総一郎と矩総は外から観戦である。
南高のスターターは総志をセンターに据えて、残りはすべて一年生だった。
「お得意の超攻撃的防御陣形ですね」
と矩総。
「これが一番負けにくいシステムだからな」
一対一では強豪私立には勝てない。だから常にボールを持っている人間に二人当てる。その代わりに総志は後方に待機して二人を同時に抑えるやり方だ。アウトサイドを四人で守って、インサイドは総志一人が受け持つと言い換えても良い。昨年はこの陣形で王者海東に当たり、一つのピリオドを丸々無失点に抑えた。だがその時とはメンバーが違う。経験の少ないチームだけに攻撃的に出た方が良いのではないか。
「総志本人の提案らしいが」
最も得点力が出る総志をフォワードにする陣形では、他の選手はそこにいるだけになってしまう。そして総志をガードにする陣形は他の選手の得点力が弱い現状では使えない。
流石に完封とまではいかないが、ロースコアのまま南高の十点リードで前半を終えた。
「思ったより点が取れていませんね」
首をかしげる矩総。
理由は単純で総志があまり積極的に点を取りに動いていないからだ。
「いつもの総志ならもっとがつがつと行きそうなものだが」
一年生に経験を積ませようとしてかあまりゴール下へ入っていかない。
「あいつも手加減を覚えたか」
そして後半。メンバーは総志を含めて全員が二年生になった。
「さて、これからが本番だ」
総志の動きは明らかに前半とは違う。
ボールを運んだ総志からのパスをそのままシュート、と見せかけて走りこんだ総志がそのままダンクへ行く。昨年までの必勝パターンだ。
前半とは相手のフォーメーションも違う。今の面子は昨年のウィンターカップ優勝メンバーだ。総志だけをマークしていれば済むと言う訳にはいかない。総志にマークが集中すれば、パスが回って総志抜きでも得点できる。もはや試合は総志の手の中だ。
「総志の真の力は、運動能力じゃなくて空間認識能力だ」
「志保美さん譲りの。だね」
総志は軽やかな切り返しでマークを交わしていく。
「今の?」
「お前が得意とするアンクルブレイクの手前だな」
矩総が多用する、相手の重心を崩して転ばしてしまう高等テクだが、総志はその手前で抜きに掛かる。
「重心が片方に乗った瞬間にその反対側をすり抜ける。総志の速さがあれば無理に転ばしに行く必要もない訳だ」
「僕のは、一対一で発動しているけど、兄さんは常に複数の相手と対峙してるから、一人一人に時間を掛けられない。だね」
「正解だ」
落ち込んでいるかと思ったが逆だ。矩総は常々、
「自分は誰でもできる事を人より早く習得できるだけ」
と話している。他の人間が自分と同じことを出来ても別に驚きも悔しがりもしない。そこが末恐ろしいのだが。
外に意識を向けさせて、二人のマークの間をぶち抜く。あるいは逆に間に突っ込むと見せかけて二人を衝突させてパス。相手の対応を呼んでいると言うよりも誘導していると言うのが正しいだろう。
さらに、体を大きく後方に逸らせて、エビのように後ろに後ずさりながら発射。
「あれが決まってしまったら打つ手なしだな」
総志は撃つ瞬間ゴールを見ていない。距離を測って大体の感覚で放っているのだ。
総志は後半だけで五十点。他の四人も二けた得点を挙げているから後半だけで百点以上取ったことになる。
試合が終わって、相手の監督が総一郎たちの方をちらりと見た。彼にとっても因縁の相手ではあるが、総一郎の事を知っているはずはなく、視線の先は息子の矩総の方だろう。矩総の方もそれと気づいて会釈を返す。
「何を言われたんだ?」
試合の後、相手の監督と握手を交わした青木臨時コーチに総一郎が訊ねると、
「速くプロに連れて行ってくれってさ」
と苦笑する。
「とても高校レベルじゃないって」
「本人にその気があるのかどうか」
「高校生のまま出られる特別指定選手って手もあるけどな」
枠はあるけどまだ高校生で登録された選手はいない。
「生徒会活動があるからダメだって断られたよ」
「済みません」
会長の矩総が代わって謝った。
「いいさ。どちらにしても今年のシーズンには間に合わないし」
青木は満足そうに帰っていった。