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春真の天命

 御堂春真十五歳。四月から父の母校に入学した。三つ下の妹真梨世も中学入学なので、母真冬はどちらの式に行こうか迷ったらしいが、父総一郎が中学の方を受け持つことで纏まった。

 式の後旧知の仲である滝川校長を校長室を訪れて、

「相変わらずご立派ですねえ」

 といきなり胸を触ってくる真冬。

「貴女も相変わらずねえ」

 と苦笑しつつ、

「こんな普通の公立高校で良かったの?」

 と問いかけてくる翼。

「子供たちは私の事を知らないんでしょ?」

「ええ。単に昔の恩師としか」

 滝川翼、旧姓戸倉翼は瀬尾総一郎のハーレムの最初期メンバーだった。真冬は彼女の転出と入れ替わりで入ったので時期はかぶっていない。が、その後翼が真冬の叔父滝川千万太と結婚したことで別の縁ができた。当然二人の息子太一も小さいころから良く知っている。

 真冬は御堂家の当主として千万太の事情も知っていたので、翼の子が千万太の種でないことは最初から知っていた。しかし、

「まさかここまで自己主張が強いとは」

 生まれた太一は実の父瀬尾総一郎にそっくりだった。

「これは隠しておけないわね」

 まずはあらかじめ知らされていた”正妻”矩華に相談した。

「医者である瞳ちゃんは当然気付いてるでしょう。あと御堂系でもある千里さんには伝えないとまずいわね」

 千里は翼の夫千万太の妹であり、千里の娘万里華は太一と表向きは従姉弟だが本当は異母兄弟と言うことになる。

「あと麻理ちゃんには一人増えると伝えておかないとね」

 子供のない水瀬麻理奈は総一郎の息子たちの筆卸の権利を与えられているのだ。

「すると志保美さんと希代乃さんには教えない、と?」

 翼が首を捻ると、

「これは御堂家内部の問題も絡むので」

 と真冬。

「まあ、希代乃さんなら教えなくても嗅ぎつけるでしょうね」

 希代乃が知ったのは太一が小学校に上がる頃。春真から写真を太一の見せられたらしい。

「既に知っているものと思っていた」

 と半ば確信犯的な春真。

「太一本人も既に感づいているよ。自分は両親の本当の子じゃないって」

 そう聞かされて母の翼も息子に事情を説明することになった。

 一番最後に知ったのは西条志保美。息子の高校入学でかつての恩師に再会した時に太一の写真を見せられたのだ。

「先ほどの返事ですけど」

 話は最初の時間に戻る。

「春真は御堂の後継者ですけど、それと知りつつ厳しく対応してくれる環境が必要です。翼先生の元ならそれが叶うと確信しています」

 一転して御堂家の女当主としての顔を見せた真冬に、

「貴女、希代乃さんよりもずっと厳しいわね」

「これが御堂流ですから」

 部下に対して事細かに指示命令を下すのが希代乃のやり方だが、真冬は基本的に自由にさせておいて、気に入らなければその都度修正が入る。部下は真冬の意図を忖度しながら進むしかない。場合によっては真冬の想定しない動きもするが、結果が良ければ黙認すると言うのが真冬の巧妙なところだ。


 さて話を春真に戻す。中学時代の活躍からバレー部に勧誘された春真であるが、

「高校ではもっと別の事を経験したいから」

 と断った。

「なんならバスケ部に来るか?」

 と兄西条総志から声を掛けられたが、

「体育会系はこりごりだよ」

 と言う回答だった。実際のところ、バスケ部は昨年の実績で入部希望者が殺到していたので、熾烈な入部試験が行われていた。これではバスケに関しては素人な春真が入れたかどうか疑わしい。監督役の矩総は身内にも厳しいのである。

 入学から最初の日曜日。近所の商店街をうろついていた春真に声を掛けてきた男たちが居た。

「御堂春真さんですね」

 連れられてきたのは、本人は知る由もないが一年前に兄二人も招かれた寺の境内である。

「事情は矩兄たちから聞いているよ。だけど」

 招かれたにしては春真を取り巻く人間の殺気が凄い。

「申し訳ありません。貴方の実力をどうしても知りたいと言うものですから」

「俺は喧嘩の場数なら去年の二人よりもずっと上なんだけどね」

 と言いながら手招きをする。前後を囲む三人をほとんど瞬殺した春真。小学校時代、彼をお坊ちゃまと侮ったガキ大将をボコって手下にした実績もある。何人かは文字通り病院送りにして、治療費を全額補てんしたことも数度だ。金持ちの上に医者と弁護士を身内に持っているだけにある意味でたちが悪い。しかし自分から喧嘩を売るようなタイプでもない。弟の希総は護身術を習っているが、春真の方は実戦で身に着けた我流だ。

「動かない方が良いよ」

 春真の打撃は拳骨ではなく掌底。故に表面的には目立たないがダメージは奥に浸透する。

「念のため精密検査を受けた方が良いな」

 と車を呼んで病院へ運ばせた。

「さて、詳細をお聞きしましょうか」

 後に残ったのは先代の獅子王。

「ではこれを」

 と腕輪を手渡される。既に九代目の印である南高校の校章が刻まれている。

「随分と手回しが良いね」

「お気を悪くされましたか?」

「いいや。あらかじめ敷かれたレールの上を突っ走るのはある意味で宿命だと割り切っているから。それより・・・」

「何か」

「敬語は止めてよ、先代」

 そういう自分も年上に対してタメ語である。彼は年上の部下に傅かれるのに慣れ過ぎているのだ。

「じゃあ、後はよろしく。九代目」

 そう言って握手で別れた。


 入学から一週間、クラスにも慣れた頃、

「それ、ギターかい?」

 クラスメートの荷物に目を引かれた春真。

「ベースギターだよ。僕の姉が軽音部でね。僕も入部予定なんだ」

 そう言えば部活動紹介で演奏を聞いた覚えがある。

「俺も見学に言って良いかな?」

「御堂君って確か全中バレーで大活躍して、勧誘を受けていたんじゃあ?」

「体育会系はもう飽きたよ」

 部室には女性ばかり五人。

「部長の和泉真樹です」

 これがクラスメートの姉だった。

「御堂君は何か楽器は出来る?」

 ざっと見まわして、

「キーボードならいけると思うけど」

「君が得意なのはピアノだろ」

 和泉弟はからかい半分で言った様だが、

「まあね」

 と言いながらキーボードの前に立って、クラッシックの名曲をサラッと弾きこなす。

「うちとは曲層が違うわね」

 その腕前に感心しつつもちょっと引いている先輩たち。

「何か演奏してくださいよ。覚えますから」

「まあいいわ。歓迎がてらオリジナルを一曲やりましょうか」

 と部長。

 その様子をじっと見つめている春真。

「なるほど」

 演奏が終わると、

「覚えました」

 と言ってキーボードを代わると、今聞いたばかりの曲を弾いて見せる。それもキーボードパートではなくメインのギターの旋律をだ。

「ピアノをはどれくらいやっていたの?」

「特に先生に付いていた訳じゃないですけど。五歳くらいから家にあるピアノを叩いて遊んでしましたね」

「御堂って。あの御堂家の?」

 キーボードの担当が気付く。

「ええ。その御堂家だと思いますよ」

 春真はチャームポイントのアヒル口をキュッと鳴らした。

 その日の帰り道。

「楽器が見たい」

 と言って和泉弟とともに寄り道した春真。

「やるならやっぱりギターかな」

 と言ってあれこれと物色する。

「そこは高い楽器ばかりだよ」

 と面倒くさそうにしている店長に、

「左利き用ってありませんか?」

「今あるのはこれだけだけど」

 と示したのは、

「それはアコギだから、うちのバンドじゃ使えないぜ」

「アコギ?」

「アコースティックギター。バンドで使うのはエレキギターだよ」

「ああ、アンプに繋いで音を増幅するんだね」

 説明を受けて納得する春真。

「でも流石にアンプは担いでいけないから、今日のところは練習用にこれを貰うよ」

「え、それ百万くらいするけど」

 と驚いている店長。

「カード使える?」

 と取り出したブラックカードに目の色が変わる。

「大丈夫です」

「おまけに弾き方の教本かなんかあったら付けてくれませんか?」

 この辺りは抜け目がない。

 ギターを手に入れてホクホク顔の春真に、

「やっぱりお坊ちゃまだな。百万以上のギターをいきなり買っちゃうなんて」

 と呆れ顔の和泉。

「君が思っているほど良いものじゃないぜ。勝っちゃん」

「勝っちゃん?」

「勝秋だから勝っちゃん。駄目かい」

「いや、構わないけど。じゃあ僕はハル君で良いかな?」

「ああ、是非そうしてくれ」

 と笑う。

「で、さっきの続きだけど。俺は小遣いを現金でもらったことがない。中学に上がったときにカードを渡された。他人は無責任に羨ましがるけど、ちょっと考えてみてくれよ。どこで何を買ったか、全部母に筒抜けになるんだぜ」

 いくら使うかは問題ではなく、何に使うかの方が遥かに重要になる。

「・・・なるほど。それはそれで大変そうだな」

「俺は一応御堂家の継承権第一位だけど、すべては当主である母の思惑一つでひっくり返る」

「ギターは御堂家的にはOKなのかい?」

「我が家は芸術関係には寛容、むしろ推奨しているからね」

 春真は自覚していないが、真冬がこの方面に寛容なのは春真がこの方面で高い才能を秘めているからだ。春真は兄たちに比べて凡庸だと卑下しているが、音楽関係では卓抜した才能を持っている。その点で二人の兄からも一目置かれているのだが、それには全く気付いていない。

「なんでここで練習しているんだ?」

 春真は兄たちの住む一号室へギターを持ち込んだ。

「まりに見られると面倒だから」

「真冬さんじゃなくて?」

 と不審げな矩総。

「まりに見つかると弾いてくれってねだられるだろ。まだ始めたばかりだから」

 と言いながらコードを必死に練習している。

 一カ月ほどで簡単な曲なら弾けるようになってしまったと言うから春真の天才ぶりも半端ない。

 すっかり馴染みとなった楽器屋の帰り道、希総は剣道の防具を担いで歩いている他校の女生徒が不良に絡まれているところに遭遇した。

 助けに入ろうと近づくより前に、一人が顔を抑えてうずくまった。女生徒が何かしたらしい。

「危ない危ない。危うく出番がなくなるところだった」

 春真は間一髪女生徒の前に入って戦いを止めた。右の男の掌底で突き飛ばして、左の男の一撃は腕輪で弾いた。

「その腕輪」

 三人は割って入ったのが何者か気付いたらしい。

「ここで止めておけば、何もなかったことにしてやるぞ」

 だが獅子王様に歯向かったら無事では済まないだろう。

 男たちは這いつくばるようにして逃げ去った。

「助かったわ。九代目」

「助けがいるようには見えませんでしたけどね。きりねえ」

 女生徒は久世希理華であった。二人が最後に有ったのは希理華が小学校を卒業した時だから四年ぶりか。

「大きくなったわねえ」

 あの当時は二人の身長は同じくらいだったはずだ。今は二十センチくらい違う。

「希理ねえはこれを知っているの?」

「獅子王については各校の生徒会レベルでの申し送りだから」

 希理華は北女高等部の二年で、この時点では副会長である。

「九代目の名前を聞かされたときは吃驚と納得が半々」

「昨年、兄たちが固辞したらお鉢が回ってきたんですよ」

 と頭を掻く。

「え。春君なら判るけど、総志君はあまり喧嘩をする印象は・・・」

 春真の喧嘩っ早さは小学校時代から有名だったが、

「大きな声では言えませんが、うちで一番喧嘩が強いのは矩総兄さんですよ」

「そうなの?」

「大概の相手はあの目で睨まれると動けなくなります。ってまだ会ったこと無いんでしたね」

 実際には昨年の九月にニアミスしているのだが、

「それよりも、何ですかそれ?」

 と話題を変える春真。

「剣道の防具だけど」

「それは分かりますよ。希理ねえ剣道なんかやってたの?」

「あら。これでも昨年のインターハイ優勝者なんだけど」

 姉の総美やその相棒日野沙弥加が一目置く相手だから只者ではないとは思っていた。五年の時に総美たちと男女混合で全国に行ったときに助っ人して加わっていたが、あのは刹那の方が目立っていて希理華はそのサポート役にしか見えなかった。

「北女って、薙刀では強豪だと聞いてますけど」

「剣道部は人数が少ないからこれまで大きな大会にも出られなくて」

 剣道の三大大会のうち個人戦があるのはインターハイだけである。昨年度に卒業した三年が一人、今年度は言った一年が二人で、どうにか六人になった。点取り式だと全国の強豪と渡り合うのは厳しいが、勝ち抜き式なら希理華一人でもどうにかなるかもしれない。

「その後、バレーボールは?」

 自分の事を棚に上げて尋ねる春真。

「やってないわ。私は決定的にスタミナが無いから」

「それで剣道ですか」

 武道は技が決まればそれでおしまい。勝負はほんの一瞬で決まる。そこがスポーツとの違いだ。

「それでって言うか、もともと小さいころから父に剣道を仕込まれていて。剣道で培った読みと反射神経を見込まれて総美ちゃんから誘われたと言うのが実際よ」

「スタミナがないって言うのは矩兄と一緒ですね」

 この一言に過剰に反応を見せた希理華。

「どういうこと?」

「詳しくは知りませんが、矩兄は全力で動けるのは五分だけだとか」

 矩総の体質を把握しているのは長兄の総志だけだ。

「どこか悪いのかしら」

 眉を曇らせる希理華であった。

 春真は、余計なことを言ったと後でこっぴどく怒られるのだが、それはまた別の話。


「軽音部なんて有ったのね」

 と首を捻る元生徒会長の矩華。

「俺たちの頃には無かったよなあ」

 その部下であった総一郎も同意する。

「今の部長が入学したときに同級生三人で立ち上げたそうですから、今年で三年目ですよ」

 と現役の生徒会長である矩総が答える。

 部活動として承認されるには五人以上と言う規定なので、初めは予算なしの同好会スタート。部に昇格したのは今の二年生二人が入った昨年からになる。

「でも一年が二人なら、三年が抜けるとまた同好会に逆戻りね」

「ただ音楽を聴くだけならともかく、演奏をするとなると、今みたいに楽器が全部個人持ちじゃあ長続きしないわね」

 と生徒会長目線の矩華。

「だから予算をつけてもらって安い楽器を買おうとか言っているみたいだけど」

 と現役の会長である息子。

「あいつの場合、自腹切った方が早くないか?」

 とかなり無責任な意見の総一郎であるが、

「自分用に高いギターを買ったばかりだから自重しているみたいだよ」

「まあ金持ちじゃなければ出来ない部活なら継続性は見込めないわね」

 と冷静な矩華だった。私立の金持ち学校ならともかく南校は公立の進学高校だ。

「予算を取るために実績を作ろう」

 と春真は先輩たちに提案した。

「そうは言っても運動部ならともかく、文化部で実績なんて」

「演奏を録画して動画配信すればいい」

 撮影や配信については電脳研究部の協力を取り付けた。向こうもこれに便乗して実績を作れる。

「これがWin―Winってやつだよ」

 演奏を動画配信サイトで流し、広告収入が入ればそれも部費の足しになる。電脳研究部も慢性的な人員不足に悩んでいたので、二つの部活は翌年度には合併して動画創作研究部(略して画創研)へと発展することになる。

「お膳立ては整った。後は先輩方の実力勝負ですよ」

 音楽的には悪くないので、後は見せる工夫だけ。

「そのあたりは実戦で鍛えましょうか」

 春真は自分のコネを最大限に利用してシアターM2への出演枠を取り付けた。

「ここって出るだけでもかなりの難関じゃあ」

「新人枠があるから、一回だけならコネでなんとでもなる。でも受けなかったら二回目は無いよ」

 と発破をかける。

 新人だけの舞台は週に一回。出演料はマイナス五万円。つまり経費を払って出してもらうのだ。今回は春真が負担した。二回目があれがゼロ円。三回目以降はプラス五万円になって元が取れる。

「衣装づくりやメイクなんかは任せてください」

 と言う訳で裏方仕事はすべて春真が受け持った。無理押しした以上、結果を出さないと彼の面子にもかかわるのだが、それは春真個人の事情なので口にしない。

「器用だな、ハル君」

 寸法も取らずに衣装を縫い上げていく春真。

「良く言われるよ」

 と素直に受ける。謙虚さには欠けるが、愛嬌がある。

「後はバンド名なんですが、何かアイディアありませんか?」

 と麻理奈に助言を仰ぐ。

「そうねえ。学校名にちなんで、南風なんてどう」

「なるほど。提案してみます」

 これを聞いた先輩たちは、

「実は以前から温めていた名前があって」

 と出してきたのがギブリ。

「北アフリカに吹く乾いた南風を意味するんだけど」

「そうなの。天使の名前かと。あれはジブリールか」

 イスラム圏の天使でキリスト教におけるガブリエルである。

「じゃ混ぜちゃおうか。ギブリる。最後のるだけひらがなにしちゃうの」

 と副部長の福原江里菜。

「じゃあこれで登録しておくから」


「結果はどうだった?」

「三位だね」

 演奏者は客のアンケートによって順位をつけられ、上位二組が再度呼ばれる仕組みだ。

「但し、今回はレベルが高くて。上の二つは既に大手レコード会社が目を付けていたらしく、うち一組は既に契約を済ませていて次の出演は無い方向だから」

 基本的にこの劇場の出演はアマチュアに限る。

「繰り上がり当選と言うところかな」

 バンドの面々は不満そうだが、

「アンケート用紙は、もう一度見たいか否かでマルバツを付けてもらって、最も気に入った演奏に対して二重丸が与えられる。先輩たちには七割が丸を付けたのだから、普通なら十分に合格ラインなんだ」

「でも二重丸はゼロだったでしょ」

「今回の選曲はちょっと守りに入り過ぎたと思う。次は、もっと攻めて良いと思うよ」

「ちなみに、御堂君はどっちに付けたの?」

「俺は投票権が無いんですよ。顔パスで只で入れるけど」

 投票権は入場の時の半券に付いているので金を払っていない春真は投票できない。

「その代わりにこれまで多くのバンドを見てきたから。十分に勝負できると思ったからこそ、出てもらったんです。最低限の条件はクリアしてくれましたね」

 とどこか偉そうである。

「夏休みに入った頃に次の出演が決まりそうなので、今度は一位を狙ってくださいね」

 とハードルを上げてくる。

「取ってください。と言わないだけ優しいと思うけど」

 と擁護するような意見を述べた弟希総。

「流石に帝王学を叩き込まれている人間は違うねえ」

 とため息をつく長兄総志。

「バスケ部は大変そうだね」

 と矩総。

 会長就任により矩総はバスケ部から距離を置き、総志も副会長の職が忙しく、主将の座を三年生に譲った。それにより顧問教師が部を取り仕切っていて部内の環境がぎくしゃくしてきてる。

「自分たちでなんとなするさ」

 この話は日を改めて。

 ネットに上げた動画は、二度目のライブを契機として急激にアクセス数を増やした。

「軽井沢に行きませんか?」

「まさかフェスへのお誘い?」

「今回は見る方ですけどね」

 毎年八月下旬に行われている軽井沢フェス。御堂家がスポンサーになっているが、これはシアターM2の地下で行われいてるものの拡大版だ。出演できるのはメジャーデビューしていない新人バンドだけ。シアターの方が関東近辺だけ(デビュー前の新人なので遠くから遠征できないと言う事情)なのに対して、軽井沢は全国から集まってくる。年一回だが、こちらは大手のレーベルが集まってプロに直結する。

 但しその場で直接交渉は禁止。ライブのスタッフが間に入って契約交渉を行う決まりだ。別に御堂家が中間マージンを取って儲けようと言うのではない。才能ある若者が少しでも良い条件でデビューできるようにと言う配慮だ。

 御堂家の別荘に招かれた軽音部員たちは春真の母真冬に初めて会った。

「春真がいつもお世話になって」

 真冬は娘の真梨世とともに部員たちを出迎えた。

「若い」

「いくつなの?」

「俺を生んだのが大学卒業の年だから」

「三十七。二十代にしか見えないけど」

 並んで立つ母と娘はそっくりで、違いと言えば胸のサイズくらいだろうか。中一の真梨世はいろいろと発展途上だ。

「折角だから、一曲演奏してくれない?」

 と真冬。

「楽器は持って来てなくて」

 と部長の真樹が言うと、

「ここにあるのを使ってくれていいわ」

 と案内されると既にセッティング済みだ。春真から聞いたのか、彼女たちが普段使っているのと同じものを用意してある。

「そんなに緊張しなくても良いわよ。息子を訪ねてきた友人を接待しているだけだから」

 この演奏で今後の彼女たちをどうこうしようという気はない、と言う意思表示だ。

 覚悟を決めて今できる最善の演奏をして見せる。

「なかなか良いじゃないの。どうしてもっと早く紹介してくれなかったの?」

「先輩たちがプロ志望かどうか分からなかったし。なるにしても高校は出ておいた方が良いと思うから」

「そうね」

「お兄様、私も歌いたい」

 と真梨世。

「そうだな。勝っちゃん、ベースを弾いてくれる」

 春真のギターと勝秋のベースで真梨世が歌いだす。

「上手いですね」

 部員たちは感嘆の声を上げた。

「御堂の娘でなければ、アイドル歌手を目指せたかもね」

「お嬢様の進路としては芸能界は無しですか?」

 と副部長の江里菜。

「駄目と言うか、正当に評価されないでしょ」

 と憂いに満ちた表情になった。

 一緒に行きたいと言う真梨世を加えて八人でフェスの会場に向かった。

 真冬の開会宣言、

「これより軽井沢スーパーノヴァを開幕します」

 を受けて演奏が始まった。

 昼の二時から始まって夜の八時まで六時間ぶっ通しだ。会場の周りには出店も並んでいるのでそれぞれ隙間を見付けて食事を摂っている。

「何か買って来よう」

 春真と勝秋が買い出しに出た。

「買い物とは言わないな」

 春真はすべて顔パスでもらってくるだけだ。

「俺は中一の時から来ているからね」

「妹さんも?」

「まりは今年が初めてだよ」

 兄が中学からここに来ることを許されたから、妹の方にも今年ようやく許可が下りたのだ。

 戻ってみると一人の男が部員たちにまとわりついていた。

「おっさん。何してるの」

 春真は右手で男の頭を鷲掴みにする。

「放せ」

 男が放った右手のパンチを左手で受け止めると、

「見覚えがあると思ったら、出演バンドの人じゃないか。こんなところで遊んでていいのかい」

「もう終わったよ。すべて終わったんだ」

 なるほど不本意な演奏で落ち込んで、憂さ晴らしをしていたわけだ。

「そうか。ならこのまま右手を握りつぶして完全に終わりにしてあげよか」 

 と言って左手に力を入れる。

「止めてくれ」

 男は慌てて懇願してきた。

「プロになるだけがすべてじゃない。音楽が好きなら、別の関わり方もある」

 春真の口調が穏やかになった。

「ここのスタッフも半数は昔個々のフェスに参加した元バンドマンなんだ。プロの夢を絶たれて、それでも後進のために何かしようと集まった人たちだよ」

「君は何者だい?」

「俺の名前は聞かない方が良いよ。聞いちゃったらそれこそ終わりだから」

 男は吹っ切れたような表情で去っていった。

「良い話ねえ」

 と部長。

「俺は、演奏家としてならそこそこは行けると思っていますけど、新しい音楽を作り出すセンスは有りません。先輩たちは技術はまだまだですけど、センスを感じました」

「はっきりと言うわね」

 苦笑する副部長。

「褒めているんですよ。演奏技術は努力と経験で上達するけど、センスは無ければそれまでのものですから。でもあらゆる才能が必ず開花するとは限らない。御堂財団は世に潜む才能を発掘することを目的として活動していますから」

 このフェスもその一環である。

「来年、この舞台に立つつもりなら覚悟を決めてくださいね」

 春真はにっこりと笑いかけた。

「君、本当に十五歳?」



タイトル通り春真の話。

性格的には一番父親に似ているのかも。

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