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春真の決意

 最後の全中をベスト8で終えた春真に、

「貴方に是非とも来て欲しいっていう高校がこんなにあるわ」

 と母の真冬。

「この中で行きたいところが有ったら、自力で入りなさいね」

 と言われて困惑する。

「高校でバレーを続けるのは良いけど、それを目的として学校を決めるのは無しよ。貴方には御堂の家があるんだから」

「判っているよ」

 春真は積み上げられた学校案内を見ずに、

「兄さんたちと同じ公立を受けるよ」

「そう。だったらこれは要らないわね」

 真冬は極めて事務的に書類を持ち去ってしまった。


「それで?」

 母にすげなく扱われた春真は一号室に兄総志を訪ねた。

「真冬さんって意外に厳しい母親なんだな」

 と妙に感心している総志。

「うちは放任主義だからなあ」

「具体的に何かやれとか、逆に何かをするなとは言わないんだけど。御堂家の跡取りとして相応しい行動をしろとだけ」

「なるほど」

「兄さんにもスポーツ推薦は来ていたんだろ。何故公立に?」

 と聞かれた長兄は、

「西条家を継ぐため、じゃないよ。単純にバスケで喰うのはきついと思っただけさ。その点はバレーも似たようなものじゃないか?」

「これが野球かサッカーなら話は違ったのかな?」

 と隣で聞いていた矩総がぽつり。

「確かにとっちの方が実入りは大きいのかもしれないけど、選手寿命を考えるとお得とは言い難いかな」

「そもそもうちと御堂家では家産が違い過ぎて参考にならないだろ。聞くなら同じ立場の希総じゃないかな」

 確かに御堂家の跡取りの座を捨ててそれを補填できるほど稼げる職業など皆無と言ってよい。

「なんかたらいまわしにされている気分だけど」

 と言いながら希総に電話する春真だった。

「四号室に行くなら、手土産は必須だぞ」

 と総志に助言され、向かったのは一階にある父の店。

「珍しいな」

 ちょうど総一郎が接客をしていた。

「僕は結構来ているよ」

「それは毎度どうも」

 自分の分と希総の分を注文すると、

「おまけだ」

 と三個目を入れてくれた。

「希代乃によろしくな」

 とウインクされた。


 四号室の呼び鈴を押すと、

「あらいらっしゃい」

 応対に出てきたのは希代乃。着ているのはダブっとしたワイシャツと膝下までの白いショートパンツ。色のイメージはぴったりだが、明らかに男物。恐らくは総一郎のお下がりだろう。総一郎は白いオーソドックスなワイシャツは身に着けず、左右色違いの特注品を着ている。右前半分と左袖、左前半分と右袖が同じ色で、背中は普通の白だ。バリエーションとしては薄い赤と薄い青、他にグレーと薄紫。更にそれのストライプなど多種多様だ。

 問題はそこから見える足元。希代乃のショートパンツなんて初めて見る。白いショートパンツから見える膝からふくらはぎにかけてのラインがなんとも色っぽい。

 きれいな人だとは思っていたが、真冬と違って決して若作りではしていない。真冬の場合は主力産業である化粧品メーカーの広告塔的な役割もあって露出が多いが、希代乃の方はほとんどマスコミに顔を出さない。神林も化粧品会社は持っているが、代々女性当主が続いたことによる趣味的な立ち位置なのである。

 春真はいつもと違う希代乃の色香にどぎまぎしながらもケーキの箱を渡す。

「ありがとう。お茶を入れるから座って」

 と招き入れられる。

 希総は居間のソファーに座って待ち構えていた。

「希代乃さんて、部屋ではいつもあんな格好なのか?」

 と小声で訊く春真に、

「いつもは下を履いてないけど」

 と答える希総。

「履いてないぃ?」

「ああ、ショートパンツのことだよ。下着は、多分つけてると思う」

 多分なんだ。

「外できっちりしている分だけ、家ではリラックスしたいということだと思うけど」

 と希総は特に疑問は感じていないようだ。

「うちの母でも、もっとしっかりした格好をしているけどなあ」

 と言うか、御堂真冬は服装における公私の境界がさほど明確でない。普段部下に接するときもかなりフランクな人だ。真冬は愛され、希代乃は恐れられる。とは矩華の評だ。

 コの字に配置されたソファーの真ん中に春真が座り、左手に弟希総。そして右手にこの家の主希代乃が座る。

「春真君はストレートで良いのよね」

「はい」

 神林家でお茶と言えば自動的に紅茶が出てくる。希総にはレモンが添えられて、希代乃自身はミルクティーである。

「話題は春真君の進学についてね?」

「もしかして母から話が言っているんですか?」

「あの子も大した玉よねえ。この私に説明役を押し付けるんだから」

 と笑う希代乃。

「もともと春真君にバレーをやらせたのは私だけど」

「え?」

「あら覚えていないの?」

 そもそも息子の教育の一環としてバレーボールを選択したのは希代乃で、真冬はその意見に乗っかって自分の息子にもやらせようとした。しかし母親の意見を素直に聞く息子ではないので、

「私が、うちの子の相手をしてね。と言う形で持って行ったのだけど」

「そう言えばそうでしたね」

 春真は最初のきっかけを忘れるくらいバレーボールにめり込んでいたのだ。

「真冬さんは優しいなあ。僕の母なら推薦が来たこと自体を知らせずに済ませたと思うよ」

 と希総が言うと、

「真冬ちゃんは。私たちと違うからね」

 と肯定的な補足をする希代乃。

「私たち?」

「あの子は生まれながらの跡取りじゃないからね」

「そうですね」

 と納得する春真。

「以前から気になっていたんだけど。父さんと真冬さんの関係って?」

「春真君は聞いているの?」

「ええ。中学に上がる時に。要するに僕の母は速水のおじいさんの実子じゃないんだ」

「いい機会だから私の知っている範囲で説明するわ。もしかしたら春真君も聞いていない情報も出てくるかもしれないけど」

 と言いながらA4のコピー用紙と鉛筆を取り出して系図を書き始めた。

「昔々、御堂家に三姉妹が生まれました。長女は恵美、次女は江利、三女は映見。長女と次女の間に夭折した長男が挟まるのだけど」

「もしかしてじょう何とかっていうんじゃない?」

 と希総が口を挟む。

「丈太郎さん、って言うんだけど。なぜ分かった?」

 と目を丸くする春真。

「いや。若草物語、だよね」

「ご名答。二人目だな」

 今までにこのネーミングを見抜いたのは瀬尾総一郎のみだった。

「若草物語の主人公ジョセフィーヌにちなんでいるのだけど、二番目が女の子だった場合に用意されていたのがまりせ。それがうちの妹に使われたそうだよ」

「なるほどね」

 と素直に感心している希総。

「話を戻すわね」

 と希代乃。

「長女の恵美様は婿養子を取ったのだけど、子供に恵まれずに死に別れて。跡継ぎ候補は妹二人が生んだ女の子三人になった。次女江利様が速水秀臣に嫁いで生んだのが真夏と真冬の姉妹で、三女映見様が不破清彦氏に取次いで生まれたのが瞳ちゃん」

 とここまで一気に書き込んだ。

「まずは神林家に関係のあることから話すと、速水秀臣氏は初めは私の母と付き合っていたの。でも神林の家付き娘だった母と結婚するには婿養子にならなければならない。秀臣小父様はそこまで踏み込めずに二人の婚約は解消された。江利様と母は親友同士で、世間的には江利様による略奪とか、秀臣小父様が両天秤を掛けていたとかいろいろ言われたけど」

 この事件以後神林と御堂の関係が悪化したことは確かだが、当事者同士はさほど険悪でもなかったらしい。

「普通に考えれば、御堂の後継者は三人の姪のうちで最年長の真夏姉さまで決まりのはずだけど、姉さまご自身は、自分は速水の跡取りであって、御堂本家の跡取りとしては妹の方が相応しいと主張していたわ」

 今となってはその見込みが正しかったことは誰の目にも明らかであるが。

「問題は速水秀臣に妻以外の女性とも受けた男子がいたということ。言うまでもないけどあなたたちの父親である瀬尾総一郎よ」

「江利お祖母さまの残した日記によれば」

 と春真が語りだす。

 速水江利夫人は夫の浮気を察知して浮気相手に直接会いに行った。穏やかに話し合う積りで行ったのに、浮気の相手瀬尾みさきが親友神林ほのかに似ていたことに逆上してしまった。みさきの方も秀臣に妻子がいたことに動揺して、お腹に子供を宿した行方をくらましてしまう。

「そんなみさきさんに手を差し伸べて無事に子供を産ませてくれたのが自身も妊娠中だった西条美星さん。一足先に産み落としたのが志保美ちゃんと言う訳ね」

「だんだん繋がってきた」

 と嬉しそうな希総。

「死病に取りつかれた江利様は何を思ったのか、夫の隠し子である総一郎様を速水の跡継ぎにするように言い残した」

「それについては、贖罪だったと書き残してありました。江利お祖母様はかなり早い時期にみさきお祖母ちゃんとその子供について知っていたらしいから」

 と春真。

「みさきさんが神林の娘、うちの母の妹だということは?」

「それについては何も書かれていなかったよ」

 総一郎が速水を継ぐ場合の最大のネックは、総一郎が御堂家の血を継いでいないということ。速水家は元は小さな町工場だったのに御堂の娘を娶ることでその持参金として御堂系の企業と合併して速水精機を創立した。故に社長の秀臣が株式の二割、妻の江利が八割を握っていた。

「真夏姉さまは総一郎様が速水の跡取りとして適当かどうかを調べるべく三人の女性に接触したの。一人は中高の後輩であった神林希代乃、つまり私。そして同じく大学時代の後輩であった永瀬矩華。最後にこれは初めて会う相手だけど西条志保美。志保美ちゃんの名前時代は私から聞いて知っていたけどね」

「母さんも、矩華さんも真夏伯母さんと会った時には驚いたんだろうねえ」

 瀬尾総一郎と速水真夏は異母姉弟であるがともに父親似でよく似ているのだ。

「私も矩華さんもそれがきっかけて真夏姉さまと親しくなったのだからね」

 真夏は総一郎のハーレム計画を知って、初めは眉をひそめたがやがてそれを逆用することを思いついた。

「総一郎様と真冬ちゃんを結びつけた件については私も一枚かんでいるだけど」

 と苦笑しつつ、

「真夏姉さまの狙いとしては、速水の血を引く総一郎様と御堂の血を引く真冬ちゃんを再度結びつけることで速水と御堂を新たな絆で結ぼうとしたのね」

 江利の遺言は、自分の死後みさきと再婚して総一郎を養子にすることだったのが、みさきの方も四月遅れて亡くなり、総一郎自身も速水姓を名乗ることを拒否してお流れとなった。それに伴って御堂家の後継問題も再考されることになったのだが、

「御堂の本家が真冬ちゃんを養女にした上でここに送り込んできたときは正直驚いたわ」

 と希代乃。

「後になって分かったのは、恵美様は総一郎が神林の血を引いていることを知っていて、真冬ちゃんが生む子に御堂と神林の両方を継がせる狙いを持っていたのね」

 と言われて驚いている春真。

「そうよ。実際のところ、春真君が生まれたときには私のお腹にこの子がいたからそちらの継承については誰も問題にしなかったけど」

 春真は自分の存在が想像以上に重かったことを実感していた。

「御堂家の中には神林との関係改善を快く思っていない勢力がいたからね。多分今も細々と存在しているでしょうけど」

「それが僕の誘拐未遂事件の要因だったわけですね」

「あなた自身は何も覚えていないでしょうけどね」

 と苦笑する希代乃。

「それって、矩総兄さんがさらわれる寸前だった赤子の春真兄さんに気付いたって話でしょ?」

「その件は私も詳しくは知らないのよ。何せ現場は御堂病院内で、御堂家内部のお家騒動だから」

 なぜかちょっと悔しそうである。

「それについては格好の証言者がいるわ」

 として紹介されたのが不破瞳。


「どんどん関係ない方へ進んでいるなあ」

「乗り掛かった舟だよ」

 不破家を訪ねるに際して手土産を買ったのは希総である。そもそもなぜ希総が一緒にいるかと言えば、母の希代乃が聞いて来いと命じたからである。

 出迎えてくれたのは末弟の皆人。玄関から見える今のソファーには非番の瞳がだらしなく横たわっている。希代乃の緩さには驚愕した春真も、母親同士が従姉妹で最も行き来の多い瞳には慣れっこだ。逆に希総がちょっと引いているのに笑ってしまった。

「あら二人ともいらっしゃい」

 そう言って長椅子から起き上がってそこを二人に進めて自分は右隣の椅子に腰かける瞳。

「お休みでお寛ぎのところ済みません」

 と謝る兄に、

「大丈夫ですよ。休みの日はいつもこんなものです」

 とフォローする皆人。兄からケーキを受け取ってそれを配膳し、更にお茶を給仕すると左隣の椅子に腰かけた。

「親がだらしないと子供がしっかりするなあ」

 自身の体験も交えて父の総一郎がしみじみと語ったものだ。と言っても総一郎はしっかりさせられた息子の立場であったが。

「でも父さんと違って、僕は家計を支える必要が全くないからね」

 確かに。保険の外交員としてかつかつの生活を切り盛りしていた総一郎の母と違って、女医である不破瞳は経済的には全く問題ない。

「普段は人の生き死にに関わっているのだから、仕事から離れたときにはゆったりと過ごしてほしいよ」

 と出来すぎな息子である。

「でも、ここのシステムがなければ、子供は作らなかったわね」

 と瞳は言う。

 こののシステムとはハーレムの女性たちによる共同保育制度の事だ。母親としてやや問題のある瞳や矩華も、他の女性たちのフォローでどうにかやってこれたのだ。母親としても完璧と評される希代乃にしても、

「私の方も逆に助けられることはあるわ」

 彼女の息子希総はどちらかと言うと出来すぎた母よりもやや駄目母っぽい矩華の方に親近感を覚えている様だ。

「貴方は構いすぎるのよ」

 と矩華に言われ、

「二人足して二で割ると丁度良いのに」

 と志保美に揶揄われた。

 さて不破家で出されたのは自家製のハーブティ。

「これってどん効能があるんですか?」

 と矩総に聞かれ、

「さあ。害はないと思うわよ」

 と笑い飛ばす瞳。

「医者が進めるから良いものだと思い込むのはよくないわ。まあプラシーボ効果もあるけれど」

 瞳がハーブにはまったのは十代の頃。効能など考えずにただ味と香りを追求してきたのだという。

「何を入れたか、記録は取ってあるけど。今も試行錯誤の途上よ」

 ケーキを食べ終えてた瞳はすっくと立ちあがると、壁に掛けてあった白衣をさっと纏って、

「さあ、話を聞きましょうか」

 その表情は先ほどまでと打って変わって引き締まったものだった。あまりの変わり身に驚いたのは希総の方。春真はむしろこの変貌ぶりは見慣れていた。

「それって仕事着ですか?」

「これは普段着だよ」

 と笑う皆人。

「料理するときはいつもこれだし」

 どうやらエプロン替わりとしても使っているらしい。

「春真君の誘拐未遂事件について聞きたいんだったわね」

「はい」

 と二人。希総は先日母が書き起こした御堂家の略式系図を取り出した。 

「持って来ていたのか」

「きよねえのお手製ね」

 と言ってしげしげと見つめると、

「取敢えずこれを完成させましょうか」

 と言って新たに二人の名前を書き込んだ。御堂の御前の庶子である滝川兄妹、千万太と千里である。

「千万太叔父様には太一君と言う子供がいて、千里さんには知っての通り万里華ちゃんと言う娘ががいるわけだけど」

「その太一君って、父の血縁ですよね」

 と希総。

「血縁と言うか、息子だよ」

 と春真が即答した。

「希総君は太一君と面識は?」

「有りません。母の調査報告書で写真を見ただけです」

「と言うことはきよねえも既にご承知なのね」

 と納得して先を進める。

「そもそも御堂のお祖父様の唯一の男子であった千万太叔父様が何故跡取りになれなかったのか」

 表向きの理由は、御前の正妻つまり三姉妹の生母が御堂家の主筋の高貴な姫君だったからなのだが、千万太は生来の致命的な欠陥があった。

「分かりやすく言うと子供を作る能力が無かったの」

「と言うと?」

「陰茎は有るのにその根元にあるべき陰嚢が欠けていたのよ」

 三人は一斉に自分の股間に視線を走らせた。

「それで、滝川姓のまま食うに困らないだけの財産を与えたのだけど」

「つまり子孫を作る能力が無いから、その財産はいずれ御堂本家に回収されることになると」

 と春真。

「そんな千万太さんが結婚したいと言い出したから御堂家は大混乱したでしょうね」

 と希総。

「愛する女性に子供を産ませたいと思った叔父様は、言葉は悪いけど御堂家が納得する種馬を指名したの。それが瀬尾総一郎だった」

「太一君は御堂の血を引いていないけど、春真兄さんの腹違いの弟と言うことになるんだね」

 と皆人。

「他人事みたいに言っているけど、貴方にとっても腹違いのお兄さんになるのよ」

 と瞳が笑う。

「もちろん分かっているよ」

「千万太さんの奥さんは納得したんですか?」

 と希総。

「叔父様の奥さん、戸倉翼さんは総にいやりっかねえ、しほねえたちの高校時代の担任で、まあその後に私の担任もしていたのだけど、ここの初期メンバーなのよ」

 と言って部屋の移動について簡単に説明を加えた。

「唯一翼先生だけは部屋を出た後ハーレムそのものから抜けたから、子供たちにはその存在自体が知られていなかったのだけど」

「今の南高校の校長ってその滝川翼さんですよね」

「兄さんたちは知っているんですかね」

「さあ。しほねえやりっかねえにとっても元担任教師だから、話しづらいんじゃないかしらねえ」

「それを言うなら瞳さんにとっても元担任では?」

「うちの息子はまだお世話になると決まってないからね」

 皆人が南高校に進むとは限らないし、その時にまだ翼が在任しているかどうかも分からない。

「さて、本題に入りましょうか」

 春真と希総は居住まいを正した。

「事件の遠因は不破家と速水家の確執なんだけど。実情は速水の伯父様に対するうちの母の嫌悪に尽きるわね」

 瞳の母映見は希代乃の母ほのかを敬愛しており、ほのかを振って姉の江利に乗り換えた速水秀臣を敵視していたのだという。

「それは誤解」

 と希総が言うが、

「母は一度思い込んだらなかなか考えを変えない人だから」

 自分の方から降ったのだというほのか本人の説明にも耳を貸さなかったという。

「ほのか小母さまが体裁を取り繕ったと思ったらしいのね」

 速水秀臣への不信が高じて、映見は絶対に浮気しそうにない男性として不破清彦を夫に選んだのであるが、

「皮肉なもので、父はいわゆる学者馬鹿で、女性一般に興味が無い訳で。夫婦仲そのものは悪くないけどいたって淡白な関係ね」

 ともあれ速水と不破の対立構造に御堂家内部の派閥抗争が絡んでくる。不破家は御堂内部の反主流勢力の旗印と化していた。

「うちの母がまたお嬢様意識の消えない人で、そういう形で祭り上げられることを喜んでいる節もあって」

「有りがちですね」

 と希総。

「まふねえが本家の養女になったことで対立構造が決定的になったの」

 御堂内部の反主流派。特に神林家との関係改善を快く思わない一派が真冬への対抗馬として瞳を担ぎ出そうと接触して来た。

「その時には私はここに居て、母と速水の伯父様との関係も好転しつつあったのだけど」

「この関係は大っぴらに出来ませんからね」

 と相槌を打つ春真。

「そして事件当日。春真君には先に謝っておくわ。」

 と言って頭を下げる瞳。

「なんですか?」

「私とまなねえの計画では、春真君を一度連中の手に渡して、それを私が受け取って安全を確保した時点で一網打尽と言う手はずだったのだけど。先に矩総君が春真君を見付けてしまって」

 発見されて動揺した犯人グループから春真を奪還した直接の功績は、運転手として来ていた麻理奈であった。

「あれがりっかねえだったら、危なかったかもね」

 と瞳が苦笑いする。

「その場合には矩華さんが息子を抱いて、手ぶらだった父さんが救出に動くんじゃないですか」

「そうだとしても、まりねえほどうまく扱えたかどうか」

 麻理奈は年の離れた妹希理華の世話で赤ん坊慣れしていたが、総一郎はあまり子育てに参加させてもらえなかったのだ。

「矩総兄さんが春真兄さんの誘拐を未然に防いだっていう話は」

「間違いじゃないけど、正確じゃないわ。私とまなねえは御堂病院の内部ですべてを収めるつもりだったの。だからこそ事件の真相はきよねえの耳にも達していない訳で」

 すると矩総の介入はむしろ弟の身を危険にさらしたかもしれないのだ。

「すべてを知ったまふねえは当然激昂して、それ以来まなねえもまふねえに強く出られないようになって」

 結果として真冬の権力は強化されたことになる。

「こんなに丈夫に育ってくれて、ほっとしているわ」

 と言って瞳は春真の頭を撫でた。

「それにしても、どうしてこんな話を聞きに来たの?」

「それは・・・」

 春真が事の発端を説明すると、

「まふねえが春真君の自由意思を重んじたのは、自身の経験もあっての事ね。これはきよねえも知らない話だけど」

 と前置きして、

「まふねえは中学生の頃、友達三人とアイドルグループに応募したことがあるのよ」

「まだ御堂の姓を名乗る前ですよね」

 と希総。

「ええ」

「あの人なら、良いとこまで行ったんでしょ」

 と春真。

「それが。三人の中でまふねえだけが書類審査で落とされたわ。誰が見てもまふねえが一番可愛かったのだけど。御堂家がスポンサーになっているグループで、審査に関わっていた御堂の重役の一人がまふねえの書類を見付けてとっさに抜き取ったらしいの。そればかりか速水家に報告したから大騒ぎ」

 と苦笑する。

「速水の伯父様は、本気で目指すなら応援する、と言ってくれたけど。まふねえはその時になって初めて自分の立場に気付いたらしいわ」

「それでやりたいなら止めない。になるんですね」

 と珍しく神妙な様子の春真である。

「春真君が継承権を放棄すれば、候補者は速水の貴真君とうちの皆人になるんだけど。どちらが継いでも速水と不破の対立関係が再燃することになるわね」

「あるいは真梨世に婿を取って。いずれにしても他に迷惑が掛かりますね」

「僕の場合は他に選択肢がないけれど」

 と希総。

「それはそれで大変だけどね」

「俺はいろいろな人に支えられてここに立っているんだなあ」

 しみじみと言う春真であった。



実はつじつま合わせに苦心した太一君問題。

兄二人よりも先に弟三人が先に知ってしまった訳ですが、御堂家のお家事情に絡むので特に春真は気づかない方がおかしい訳で。

逆に兄二人は出会う機会がないから気づかないという。

特に矩総の場合には、希理華とのすれ違い問題もあって、苦労してます。

次回はその初対面の話になる予定。

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