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総志対矩総

 高校入学から一カ月余り。矩総にとっては初めての定期試験があった。

 矩総はぶっちぎりの満点首席。二位に甘んじた兄の総志は五科目合計四百七十点だから普通なら十分にトップを取れる成績である。ちなみに三位は姉の総美で四百五十点だった。

 上位五十人の名前が張り出されているのを見て、

「首位陥落のご感想は」

 と沙弥加。

「別に。勉強であいつに勝てないのはずっと前から分かっていたことだし」

 と泰然としている総志。

「それよりも君の名前は無いね」

 と言われて、

「私はこんなところに名前が載るほど頭良くないわよ」

 とむくれる沙弥加。

「元々私にはレベルが高すぎるのよ、この学校は」

「そんな事ないさ。あの総美姉さんですら、三位なんだぜ」

「実の姉に随分な言い方ね」

 少し声を潜めて

「瀬尾総一郎の子供たちはみんなIQ高めなんだから」

「知能指数なんて早熟度問題である程度の年齢に行けば関係ない。と矩総が言っていたな」

 と総志。

「学校の勉強なんて要領さえつかめれば点数は取れるとも」

 矩総の場合にはその練度が高すぎる訳だが。

「じゃあ、教えて」

「今回だって一緒にやろうって言ったのに」

「だって二人きりなんて恥ずかしい」


 一方の矩総は、

「流石っすね」

 と三人組にはやし立てられた。

 矩総の授業態度は色々と物議を醸していたのだ。

 教科書は一切開かない。既にすべて記憶していたからだ。ノートには教師の、どちらかと言えば雑談の方を詳細に記録している。

「教科書以外から出題されたら困るから」

 との事だったが。

 刺せば完璧に答えるので、いつしか授業中はアンタッチャブルな存在になっていた。

「流石ね、矩総君」

 と殿崎生徒会長にも声を掛けられた。

「大したことじゃないですよ」

 この言葉を何度言った事だろうか。謙遜ではなくて本音なのが怖い。

「でも、職員会議は大変だったらしいわよ。なんで瀬尾矩総を五組にしたんだって」

「滝川校長の鶴の一声だったらしいです」

 クラス編成に関しては、入学式の後に志保美が矩華を引っ張って質問に行ったらしいと聞いた。

「校長はうちの両親の恩師でもあったらしいです。結婚式にも出席して戴いて」

「そうなの」

 そのまま歩きながら体育館へ。

「これから部活なの。見学していってね」

 と言いながら着替えに向かう。

「殿崎先輩とどういう関係なの?」

 入れ替わりで近づいて来た姉の総美に詰問された。

「真夏伯母さんの結婚式で・・・」

 と兄にしたのと同じ回答をすると、

「初耳だわ」

「姉さんと御堂家は表向きは何も繋がり無いからね」

「そりゃそうだけど」

 怒りの表情から悲しげな表情に変わる。実にわかりやすい。

「それよりもここのバレー部はどうなの?」

 志保美は県内の強豪校からの勧誘をすべて断ってこの公立を受けた。相棒の日野沙也加と一緒の学校へ行きたいと希望したからだ。

「セッターはチーム一の万能選手の仕事だからね」

 日野沙也加は実力的には申し分ないが、残念ながら身長が物足りない。それに彼女のやっていることは外見からは見えにくいという事も有る。

「苦労したのよ」

 ここを受かるには沙弥加の学力がいささか心許なかったのだ。それを合格レベルまで押し上げたのは総美の指導と本人の努力だ。

「目当ては姉さんだけじゃなかったと思うけどね」

 とつぶやく矩総。沙弥加を頑張らせたのは同じ進路を選んだ総志への思いだろう。

「幸いにと言うか、ここのキャプテンは小中で一緒にやっていた蒲生先輩で、さーやの実力は誰よりも熟知しているから」

 既に沙弥加は一年にして正セッターのポジションを固めつつあるという。

「姉さんを含めて百七十越えが三人か。意外に戦力が揃っているんだね」

 キャプテンの蒲生多恵と副キャプテンの殿崎美琴は総美と同じくらいの背丈だ。逆に言うとまだ一年なのに総美の存在感が際立つ。

「それにしてもあの身長でセッターを務めるのは大変だろうに」

「さーやには敵味方の意図を見抜く観察眼があるからね」

 成績では常に上を行く(総志によれば要領のよい)総美だが、一対一のゲームをすると沙弥加に全く勝てないらしい。

「姉さんは考えていることがもろバレだから、沙弥加さんでなくてもすぐに判っちゃうよ」

 と言われてむくれる総美。


 六月には生徒会執行部が交代。矩総は書記に迎えられた。

「来年は会長だね。その雄姿を見られないのは残念だけど」

 と美琴に言われ、

「まだ判りませんよ。会長になるには選挙が必要だし」

 単に成績が言いだけでは生徒会長には成れない。成績ではずば抜けていた彼の母も、選挙では総一郎に苦戦したし、同じくダントツだった不破瞳も人望が伴わなかった。

「人望と言うのも色々あるから」

 と希代乃。

「きよねえは会長とかやったことないですよね」

 と真冬に言われ、

「それは貴女もでしょ」

「二人とも世襲君主だからなあ」

「学生会なんて雑用係だし、後ろで画策する方が性に合っていたから」

 と黒い事をさらりと言う希代乃。

「それは今も変わっていない気が」

 と総一郎をチラリとみる矩華。

「俺は別に操られてはいないが」

 敢えてそう見せかけている節はあるが。

「総ちゃんは、副会長と言う軽い立場を逆に利用していた気がするけど」

「そうなのよ。責任はこっちに押し付けてやりたい放題」

 と乗っかってくる矩華。

「そんな心算はないけどなあ」

 新執行部の最初の仕事は球技大会である。クラスの親睦を深めるためと言う事で、競技は一二年のみ。男子はバスケとサッカー。女子はバレーとソフトボールである。

「団体競技ばっかりかあ」

「個人競技だと、上手い人の独壇場に成っちゃうから」

 種目ごとに一名だけ本職、つまり部員を使えると言うのは当時副会長だった瀬尾総一郎の提案だったらしい。

「どうせ部員が指導するんだろうから、一名だけ参加させる方が効率的だ。と言うのが表向きの理由だったらしいけど」

 と当時の上司であった矩華の談。

「うちのクラスに各種目のエースクラスが集まっていたから、特別枠を利用して全種目の制覇を狙ったのさ」

 とその意図をばらす総一郎。

「でも結果として、特別枠の選手は素人を指導する過程で自分にたりないものに気付く事が出来て実力が上がったわ」

「その経験がのちに、野田なゆた選手の再生にも繋がったんですね」

 と矩総。

「まあ、結果論だよ」

 と謙遜する総一郎であった。

「総志君はバスケに出るの?」

「そこが最大の難関ですね」

 クラスの違う総美と沙弥加は専門のバレーを外してソフトボールで対決するらしい。

「あの二人がバレーに出て来るなら、ちょっと対処のしようがなかったですけど」

「全種目制覇を狙っているの?」

「まあできればやりたいところですし、人材は揃っているのですが」

「一二年合同のトーナメントだから、一年での完全制覇は相当にハードルが高いぞ」

 出来れば父を超えたことになるが。

 クラスは四十人で、男子がやや多くて二十二人、女子が十八人と言うのはどのクラスも同じだ。この人員をそれぞれの競技に割り振る訳だが、大概はどちらかの競技に人材を偏らせるだろう。全てを取りに行くのは至難だ。

 ソフトボールは何と言っても投手しだいだが、うちには一年生エースの星野ヒナが居る。受けるのは柔道部の半田千香。この最強バッテリーを軸として、足の速い女子を外野に配置、内野は運動神経で選抜した。

 バレーの方は身長重視で選抜し、これを率いるのは総美と沙弥加に次ぐ一年生レギュラーの南波みくがである。小四の頃から二人に鍛えられた万能型だ。

「西条さんと日野さんが出ななら、いけるかも知れません」

 バスケも身長重視で背の高い方から四名を選び、これをコントロールする指令塔は矩総本人。必然的にサッカーは高さを捨てて機動力重視。幸いにも田尾達三人組が経験者らしいので任せることにした。

 最大の難関と見られた男子のバスケだが、くじ運にも恵まれた。

「優勝候補の一年一組とは別ブロック。しかもこちらのブロックには二年生が一組だけか」

 なんて偏ったトーナメント表だろうか。初戦の二年生に勝てれば、決勝までは行けそうだ。

 斯くして当日。矩総はポイントガードで先発し、他の四人は百七十の長身ぞろい。

 矩総のファーストタッチはセンターライン付近からの超ロングシュート。これが決まって一気に流れが決まった。矩総の特典はこの先制弾のみで、後は敵を引き付けてひたすらパス回し。徹底的な省エネプレーだった。

 そして兄の居る一年一組との決勝戦。これまでの試合は前後半十分ずつだったが、決勝だけは4クオーター制を取る。

「どっちもがんばれ」

 一回戦で負けた総美が応援に来ていた。

「相方は?」

「うちに一回戦で勝って、今頃は決勝かな」

「後で見に行かないと」

 さて矩総の戦略は徹底した総志封じ。常に二人が密着マークしてボールを持たせない。持っても上に飛ばせないと言うディフェンスを行わせた。

 作戦が見事にはまって、前半だけでニ十点差をつけた矩総は、余裕をもって他の戦況を見に行く。グラウンドで行われているソフトの勝利を見届けて戻ってみると、十点差で負けていた。

「済まない。西条一人に五十点取られた」

 最終第四クオーター、矩総は仕方なくコートに復帰。今まで脱がなかったジャージの下からは物凄い筋肉質の体が現れた。

「あと五分か」

 ボールをもらってすぐにシュートで三点返す。リードしているならこれを繰り返せば良いのだけど、負けている現状では滞空時間が長いロングシューだと時間効率が悪い。目的は敵のマークを引き付けるためだ。

 センターライン付近でボールを奪って、そのままゴール下まで切り込んで総志が近づいてくる前にダンク。

「あの身長でそんなことまで出来るなんて」

 試合を終えて顔を見せた沙弥加も呆気に取られている。

「西条君があれほどコンプレックスを抱いているのが理解できたわ」

「でもね」

 と総美が弟の為にフォローを入れる。

「矩総の作戦は基本的に総志にプレーをさせない事なのよ」

 なるほど。総志にボールが渡ったら、一切の抵抗を止めて黙ってシュートを打たせる作戦らしい。

「下手に抵抗して時間を使われることの方が厄介だ」

 総志のマークは味方に任せて攻撃に専念する矩総。マークを振り切って駆け寄ってくる総志から逃げるようにロングシュート。

 二点差まで迫ったところでついに恐れていた事態が発生。総志の突進を全く無防備で素通りさせて、即座にカウンター。スリーポイントゾーンギリギリからの三点を返す。

 残り三十秒で再び総志の得点、からのカウンター。終了の笛ギリギリでのロングシュートが決まって奇跡の、いや計算通りの逆転勝利となった。

 悔しさを抑えて弟に歩み寄る総志だが、矩総の方はそれどころではなかった。むき出している手足と顔から大汗を噴出してその場に座り込んでしまう。

「大丈夫か?」

「ああ、手を貸してくれるかい」

 総志に引き上げられてコートを出ると、カバンをもって体育館裏の涼しいところへと向かう矩総。

「お前、どこか悪いのか?」

 と本気で心配する兄に、

「僕が本気で動けるのは五分間なんだ」

 と衝撃の告白。バッグから水筒、実に四本も入っている、その一本を一気に飲み干して、

「五分間、全力で動き続けるとその反動で、おっ起つんだ」

「は?」

 あまりの内容に理解が追い付かない総志。

「だから股間が」

「それって不都合が?」

「兄さんも知っているだろ、僕のは大きすぎるんだよ」

 あの大筒をぶら下げていてはとても普通の運動は出来ないだろう。出来るとすれば・・・。

「しかも一度起ったら最低でも一時間はそのまま。僕が上下繋がりのアンダーウエアを使っているのもその為だしね」

 半袖半ズボンの体操服からは見えているのは首を覆っているハイネック部分だけ。素材は希代乃が総一郎の為に開発させたもので、同じ悩みを抱える矩総にも提供された。高い伸縮性と吸水性、更に強靭さも併せ持って銃撃や剣の斬撃にも耐えると言う。

 汗をタオルで拭い、バナナを食べて栄養補給をすると、

「さて、戻って表彰式だな」

「優勝おめでとう」

「試合には勝ったけど、兄さんとの勝負には負けたな。戦略だけで抑えられる心算だったのに」

「俺の方こそ、俺の力だけで勝ち切る算段が崩された」

「僕らはまだまだ父さんの掌の上なんだよ」

 と苦笑いする矩総だった。


 表彰式の後、

「恐れ入ったよ、瀬尾君」

 と担任の若手教師。

「その調子で、テストのクラス平均もどうにか成らないかな」

 五組のテスト平均値はトップの一組とは一教科あたりでも十点以上ある。

「クラス平均が上がれば担任の評価も高まりますからね」

「それは、否定しないが」

 と素直に認める担任を見て、

「その方面でもすでに着手していますよ」

 別に担任の為じゃない。成績が上がるのは本人の為になることだ。

 弟妹達にも指摘されていたが、矩総は人に教えるのが上手くない。彼がやったのはクラスの上位成績者をピックアップして指導させることだ。

「人に教えることは自分の勉強にもなる」

 上位者が中位者を、更に中位者が下位者を指導することで全体のレベルアップを図る計画だ。その網目を構築した上で、全体を見て適宜やる気が増すような雰囲気づくりをするのが矩総の役割だ。

 期末テストでは、上位五十人の半分が五組で占められると言う快挙を達成した。対して一組は十人しか入っていない。平均でも教科平均で二点弱、合計で九点上回った。

「参ったなぁ」

 一位の矩総と二位の総志の点差は前回よりも詰まったが、矩総の点はこれ以上上がりようがない訳で、

「それよりも、五組の躍進であおりを食らったわ」

 前回三位の総美は十位まで落とした。合計点はほとんど変わっていないので、全体のレベルアップが要因である。

「それよりも日野君がこっそり入ってるなあ」

 日野沙也加は大きく成績を伸ばして、四十九位に入った。

「貴方が教えたんでしょ」

「まあね」


天才過ぎる弟を持った秀才の兄の悲劇。が上手く描き切れなかった。


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