生徒会長神林希総・冬季
「また、戦い損ねたな」
南高が決勝進出を決めた後、準決勝のもう一つの試合では夏の決勝の再戦の末に室町洛南が敗れ去った。
「春高バレーで会おう」
と言い残して王島は去った。
「うちとしては洛南の方がやりやすかったな」
とつぶやいたのは臨時コーチを務める野田阿僧祇。
「あの手の絶対的エースがいるチームは手強いけれど読みやすい。対して夏の覇者西海堂はバランス型のチームだから」
突出して大きい選手はいないが、平均して大きい。セッターとリベロ以外のスターターはすべて百八十センチ台で、特定の一人をマークすれば良いとはならない。
「そこでだ」
阿僧祇の打ち出したのは希総の対角に一年の鹿角を入れる、ツーセッターだ。但し普通と違うのは、常に前衛がトスを上げると言う事。セッターが後衛にいる場合、相手のサーブと同時に前に上がる訳だが、その瞬間に隙が生まれる。しかしセッターが二人いれば入れ替わる必要なくなる。
「要するに、僕も攻撃に参加しろと言う事ですね」
と言いながら肩をぶんぶんと回す希総。これまでもツーアタックでは点を決めていたが、本気のスパイクは打った事が無い。
「オポジットの桜塚は松木の対角のウイングに回ってもらう」
と阿僧祇。
「一年じゃあ、ディフェンスにまだ不安が有る」
阿僧祇の狙いは奇襲による短期決戦で有ったが、マッチポイントまで行った第三セットを競り負けて形勢が変わった。
「最後はスタミナ負けだったな」
「そうですね」
いつもは一人涼しい顔をしている希総も疲労の色が見える。普段はあまりやらないスパイクやブロックが効いているらしい。
「脚力の強化が必要ですね」
と言いながら足の柔軟を始める。
「みんなも疲労を残さないように充分にクールダウンをやっておけよ」
阿僧祇は臨時コーチとして最後の仕事を締めた。
「短い間でしたが、有難う御座いました」
と主将の桜塚の号令で頭を下げる部員一同。
この結果を受けてなのか、
「望月にユース代表合宿へ行ってもらう」
と希総。実は彼にも声が掛かったのだが、辞退したのだ。
「インターハイでもベストリベロに選ばれたし、まあ妥当なチョイスだろうね」
と桜塚。合宿での阿僧祇の指導を受けてさらなる成長を遂げており、国体準優勝の立役者は間違いなく彼であった。
「同世代のエースが一堂に会する場だ。彼らのプレーを体に焼き付けて来てくれ」、
望月は古株の三人組の中では頭脳派の黒幕タイプだった。成績も学年で常に十位以内をキープしていた。希総は高い身体能力と広い視野を見込んで彼をリベロとして育成してきた訳だが、それで無かったら主将に指名していたかもしれない。
「つまり、偵察任務ですね」
望月は妙にやる気を見せた。
今回の合宿は十九歳以下の代表選考の為のモノである。故に上は大学一年から、主力は高校三年生で、最年少の高二は望月と王島の二人だけだった。
「どうして神林は来ない」
と王島に声を掛けられた望月は、
「呼ばれてもいないのに来る訳ないだろ」
と答える。
「そんな筈は」
と言い掛けて口をつぐむ王島。
「何か知っているのか?」
「コーチ陣が話しているのを小耳にはさんで」
選考に関わったお偉いさんが一部のコーチから不満を訴えられて辞退の経緯を漏らしてしまったらしい。上層部が神林の御曹司をひいきしようとしてコーチ陣が反対したと言うのではなく、その逆だ。コーチ陣の強い要望に押されて駄目元で声を掛けたと言う次第らしい。それが選手にまで聞かれてしまったのは失態ではあるが。
「有りそうな話だ」
と納得する望月。自分が辞退したからこそ、代わりに望月を行かせたがったのだろう。
「うちの若大将は俺たちとは住む世界が違うからな」
世代別の代表はプロへの足掛かりではあるが、生まれながらに将来が定まっている希総には無縁の話だ。
「彼は何故バレーボールなんかをやっているんだ?」
と今更な疑問を漏らす王島。
「基礎体力作りに、チームワークの大切さを学ぶこと。ここまでの実績を上げたのはそもそも想定外だったんだろうなあ」
望月は手放しで喜んでいた希総の母希代乃を思い出していた。
「俺たちには勝利は目的であり、その先へ進む為の手段でもあるだろうが、あの人にとっては只の結果でしかない」
「それも悲しいな」
と意外にセンチな王島に、
「勝利に拘らない分だけ、真剣勝負を純粋に楽しんでいるよ。あの人は」
「そうだな。俺如きに同情はされたくないか」
と頭を掻く。
「次の春には直接ネットを挟んで対峙できるといいな」
と言って別れた。
「仲良くなるのは良いけど、勝負に私情を挟むなよ」
と言われ、
「それは無いよ。俺は彼のスパイクと直接対峙する訳だし。もちろん他のエースアタッカーたちのスパイクもたっぷり体で覚えて来たよ」
「それは楽しみだ」
十月に入ると文化祭の準備で大忙し。模擬店は二年生だけ。一年は講堂で出し物をやって、三年は基本自由参加。と言うのが二年前の瀬尾矩総政権下で打ち出された原則で、これは希総の代でもそのまま踏襲した。
「画創研の企画は“御堂春真ワンマンショー”だそうです」
「あの人、受験は大丈夫なんだろうか?」
「唯一の苦手科目だった語学も改善したようですし」
春真はこの八月いっぱいを海外で過ごした。元々耳の良い春真は流暢な、スコットランドなまりの英語を会得してきた。帰って来てからはやはりブロークンな父総一郎と英語でやり取りをしている。
当日の朝、母希代乃からメールが入った。
「二人で行くから宜しくね」
希代乃は昨年も顔を出したが、総一郎は来なかった。今年は元会長の矩華が不参加と言う事で総一郎は希代乃のエスコートでやってくるらしい。総一郎が来ると言う事で最も浮かれているのは副会長の万里華だろう。もちろんそれは表には出さないが。
生徒会室で待ち構えるのも落ち着かないので校内を巡回する希総。役員の一人が呼びに来て生徒会室に戻ると、
「後はお任せします。会長」
万里華は入れ替わりで総一郎の手を引いて生徒会室を出て行った。
「僕ら親子を二人きりにしよう。と言うのは口実で、父さんを独り占めにしたいんだな」
「手強いわね」
と笑う希代乃。
「さっちゃんとはどうなっているの?」
「片桐さんなら、連名で招待しているからそのうち来ると思いますけど」
と答えてから、
「いつからそんな呼び方をしているんですか?」
「あら、私は小さい頃から知っているから」
と微笑んで、
「父親の方も良く知っているわ。真実さんと言うのは一緒にいると男を駄目にするタイプらしくて、彼女と別れた後で大成功するのよね」
娘たちも父親の才能を受け継いで実績をあげている。
「さっちゃんは、矩総君のハーレム候補かなと思っていたのだけど。まさかこちらに回ってくるとは計算外だったわ」
「先に滝川千種さんと出会ってしまったから、と本人は言っていましたね」
「順番が逆だったら、少し考えてしまうわねえ」
滝川の女を神林の妻として迎えるのは些か危険だ。それは御堂も同様だろう。
「あれは」
希代乃の目に留まったのは額に入った三枚の写真。
「それは毎年の執行部の写真ですよ。場所の関係で三枚だけ飾るのが慣習で」
会長が真ん中で椅子に座り、執行部がその周りを囲んで立つ。副会長が左後ろに位置するのが慣例で、他は特に決まっていない。
「一番左が二年前の矩総兄さんの時代。その当時一年だった書記が翌年の会長に成って、次が僕の代」
と説明を入れる。
「昨年と一昨年の様に、前のメンバーが翌年の会長に成るのは、うちの学校ではむしろ稀なケースで、五年から十年に一度あるかないからしいです。が一度だけ三年続いた例が有って、その起点は矩華さんと父の代だそうです」
「この写真って、古いモノも取って有るの?」
「倉庫に有るので、直ぐには取り出せませんけど。見たいですか?」
希代乃が見たいのがいつの写真かはすぐに判る。希総は棚から冊子を取り出して、
「毎年の執行部が活動記録を写真に残して纏めたモノですが」
一枚目は執行部の集合写真。就任直後にとって壁に飾る為のモノだ。会長の永瀬矩華が中央に座り、左隣に副会長の瀬尾総一郎が位置する。
「この位置関係は、この代から慣例に成ったらしいです」
二枚目には会長と副会長だけのツーショット。
「まるで結婚写真ね」
実際にその数年後に全く同じ構図で二人は写真を撮っている。珍しいのは次の三枚目で、風紀委員長の西条志保美が入ったスリーショット。
「この写真はしーちゃんに送ってもらって持っているわ」
と言うか希代乃に送る為に志保美が撮らせたものらしい。
「一昨年の執行部がそれと同じ構図で写真を撮っています」
と希総が見せたのが、中央に会長の矩総、そして右に総志、左に総美が写っている。親の写真とは肩書が逆だが、母似の総志が志保美の位置で父似の総美が総一郎の位置にいる訳だ。
「身長が違うから同じ構図には成らないんですけどね」
希代乃は時計をちらりと見て、
「名残惜しいけどそろそろ行くわ」
と立ち上がる。見送ろうと立ち上がりかけた息子を制して、その背後に回ってぎゅっと抱きしめる。豊かな胸が首筋に当たる。
「母さん?」
「大きくなったから、こうして抱きしめるチャンスが減ったからね」
左手を廻して抱き寄せて、右手は頭の上に乗せて撫でる。
「充電完了」
と言って部屋を去った。
「ずるいなあ」
めったに見ない希代乃のデレモード。一緒に暮らしていた時には父が来た時に定期的に見られたが、離れて暮らすようになってからは見る機会が無かった。総一郎抜きで発動するのは始めてだ。
「そろそろ春真兄さんの舞台が始まる頃か。とすれば掟さんが来るのはその後かな」
希総は興奮を鎮めるためにお茶の準備を始めた。
終了予定時間から五分と経たずに、
「お客さんを連れてきました」
と万里華が戻ってきた。
「随分とはやかったね」
と応じると、
「出し物が終わってからすぐにこちらに向かったから」
と答えたのは後ろにいた掟の方。
「兄さんとは話さなかったのですか?」
「家庭教師で、週二で会っているからね」
「兄さんとは話さなかったのですか?」
「家庭教師で、週二で会っているからね」
「そうですか」
と一瞬に表情が緩み、
「座って下さい。お茶を出しますから。父が差し入れてくれたクッキーも有りますよ」
と言ったら万里華の表情が緩んだ。
「御堂春真ワンマンショーはどうでした?」
と訊かれた掟は一瞬の間をおいて、
「大盛況でしたよ」
と答える。
「あの人は根っからのエンターテイナーだからねえ」
「そうでしたね。試合でも観客の数でテンションが変わるので」
と相槌を打つ万里華。
「そう。でかい試合ほど燃えるタイプ」
「一応恋敵なのに。そう言う事を私の前で語りますか?」
「僕が選ばれなかったとしても、全く無縁になる訳ではないですから。速水の祖父の時みたいに両家の中がこじれると困る」
「春真君も同じような事を言っていましたね」
代々を婿養子で繋いできた神林家は企業経営に関しては婿に任せ、家政は家付き娘が取り仕切ると言うシステムが続いており、
「祖母としては両家の不和については口出しできなかったらしくて」
「下手に口を挟むと、夫婦関係に影を落としそうだものね」
「でもこの分業が結果として母のわがままを通すことに成った訳で」
「でも選んだ相手が速水秀臣の息子で、しかも神林の血を引いていたなんて、出来過ぎも良い所ね」
「みさきお祖母さまに関しては、ある種の帰巣本能じゃないかって、父は笑っていましたけどね」
春真がやってきたので話はここで終了した。
十月末の文化祭を終えて、十一月に入ると直ぐに春高バレーの県予選。シードされているがそれでも六試合。一日二試合と言う過密日程である。
「大変ねぇ」
と笑う万里華。バスケ部は夏の優勝高枠で冬の選手権の出場権を得ている。
「今日は全員出てもらう」
初戦となる二回戦のスターターは一年生が主体。セッターは一年の鹿角。その対角に主将の桜塚。WSには松木と一年の蝶野。MBは一年の猪口と菊池。リベロは不動の望月である。
「これでいけるところまで行く」
同じ中学の猪鹿蝶トリオは互いに気心が知れているし、桜塚はその先輩として三人を上手く扱えるだろう。そして松木と菊池も先輩後輩だ。
「大丈夫かな。派閥間で分裂したら一大事だぞ」
と心配する望月。
「そこは上手くやってくれよ」
と投げる希総。出たり入ったりするリベロの望月はベンチの指示を伝える役目も負う。
第一セットを大過なく取ると、
「ご苦労さん。第二セットは僕が入るから、桜塚はアウトだ」
「俺は失格かい?」
「まさか。次の試合に備えて温存だよ。外から見ていて一年のパフォーマンスが落ちたらいつでも替えてくれ」
「了解」
一見火花が散っているようで、互いに承知の予定調和である。
第二セットはこのままストレートで押し切った。
そして午後の三回戦。
「午前中に休んでいた大鳥と梅谷に入ってもらう。松木は一回休みで、代わりに桜塚」
「便利に使われるねえ」
「蝶野は居残りで、猪口には鹿角に代わって僕の対角をやってもらう」
「こいつはそんなに器用では」
と先輩の桜塚。
「レシーブはしなくて良い。攻撃専門のいわばスーパーエースだ」
「もしかして、見られてましたか?」
セッターの鹿角と遊びでバックアタックの練習をしていたのだ。
「うちはブロッカーの層が厚いから、こっそりWSへの転向も考えていたみたいだな」
「レシーブは俺がカバーすれば良いんだな」
とリベロの望月。
「宜しく」
相手のデータにない猪又のバックアタックは充分に効果的だった。
「レシーブももう少し頑張ってくれないと、厳しいな」
と言う評価だった。
第二セットは桜塚が本来のオポジットに戻り、
「大鳥の位置に菊池。大鳥は松木の対角のWSに入ってくれ」
三人組がバレーを始めた頃には松木と大鳥を同じように使っていたのだが、大鳥は一番レシーブが下手だったのでMBに回した経緯が有る。阿僧祇の指導によりレシーブ力がアップしたので、
「一年よりはマシと言うだけだけどなあ」
簡単には褒めない希総であった。
四強に残って、あと一つ勝てば出場決定と言うところまでは来た。
「珍しいね。直接電話してくるなんて」
いつもならメールでメッセージを送ってくる母だが、
「忙しくて、応援に行けそうにないから」
「それは仕方ないよ」
「代理に行ってもらうから」
「代理?」
試合前にアップを取りながら観客席に目をやると真っ先に目に入ったのは、片桐掟とその左隣に座っている兄御堂春真の姿。
「やあ。女子部のツートップも揃い踏みだな」
と隣から桜塚が声を掛けて来る。良く見ると掟の右隣に姉の西条総美と相棒の日野沙弥加が居る。この中の誰が“代理”だろうかと思いつつ、
「女子部の試合も有るからな」
と答える希総。
夏はベスト8止まりだった女子部も新チームに移行して、一二年だけで四強まで進んできた。
希総達が入学したころは総美と沙弥加が引っ張る強豪で有ったが、その二人が居なくなってからは戦力が落ちていた。生徒会長に成った希総の部活動均衡成長戦略により男子部の練習システムを一部取り入れた事が効いてきたらしい。
「今日はベストメンバーで行く」
セッターの希総とリベロの望月は確定として、オポジットには主将の桜塚。ミドルブロッカーは梅谷と猪口。そしてウイングスパイカーは副主将の松木と大鳥となった。
「あの四番の子、ミドルブロッカーじゃ無かった?」
と総美。
「トリがブロッカーに起用されたのは、三人のバランスの問題で」
と春真。
「ミドルブロッカーと言うのは主に前衛でブロックをするのが役割で、後衛に回ったら守備専門のリベロと交代して引っ込むんです」
と掟に解説を入れてから、
「三番から五番は中学時代に希総がスカウトした三人組で、その中でも一番大きなトリはチーム内の必要性から自然に今の役割に収まったんです」
高校に入って、自分より大きな梅谷が加わり、更に強力なミドルブロッカー二人が後輩として入ってきた。そして逆に三年が抜けてウイングスパイカーが手薄な状況となったので、
「少ない人材を上手く活用してチームを勝たせる。まさにトップの試練であり醍醐味でもあるよねえ」
とうなずく春真。
「神林ほどの企業なら人材に困る事なんて」
と疑問を呈する掟に、
「いやいや。人材のミスマッチなんて組織の規模に関わらず起こる事で。まして大企業と成ればどんな人材が必要かなんて判断するのは難しいし、出来たとしても実際の人事採用に直接関与出来ないですよ」
「そんな事を考えながら部活動をやっているの?」
「従業員数千人、その家族まで含めれば万の単位に届く人間の生活を預かる立場に成るんですから」
「そう言う貴方は?」
「御堂は、神林と違ってトップに権限が集中して居ませんから」
南高の勝利を見届けて希代乃にメールを打つ掟。
「じゃあ俺は一声激励してから帰ります」
と立ち上がる春真。
「決勝は見て行かないの?」
と姉に言われ、
「これでも受験生ですから」
「私も一緒に」
と掟が声を掛けると、
「良いけど、なんて自己紹介するつもりですか?」
と言われて困惑してしまう。
「片桐さんは残って最後まで応援してやって下さい」
と言って去った。
「意外にクールねえ」
と沙弥加がポツリ。
女子部の方はフルセットまでもつれこんだが最後は力尽きた。男子部は午後の決勝も勝って見事一位通過となった。
「四セット戦って、全部スターターを変えて来たわね」
と苦笑する総美。ちなみに落としたセットには希総が出ていない。
「余裕なのか、あるいは試行錯誤中なのか」
と受ける沙弥加に、
「その両方だと思います」
と掟。
「貴女が言うなら、そうかもね」
と総美に言われて頬を赤らめた。
十二月。マンションの最上階にてクリスマスパーティーが開かれた。総一郎がマンションを出て、子供たちだけで行われるようになってからは二回目になる。ウインターカップで不在の万里華を除く十人に日野沙弥加を加えた十一人に加えて、今年は滝川千種と片桐掟をゲストに迎える。
「全員呼べば良かったのに」
と兄に視線を向ける希総。
「刹那はまだ十六だからな。一人だけ帰すのもかわいそうだろ」
と矩総。野田家のクリスマスに希理華と麻理奈の姉妹が招待されているらしい。
「千種だけ呼んだのは、片桐さん一人だと来にくいだろうと思ったからだ」
「十三人って縁起が悪くない」
と笑う春真。
「そんなこと気にしなくても」
と希総。
「いやいや。クリスマスはキリスト教の行事だから、キリスト教の縁起は担がないと」
「そもそも縁起って仏教用語じゃないですか」
と突っ込みを入れるのは丁度到着した華理那。その背後には、
「ゲストのお二人をお連れしました」
掟に向かって、
「お陰さまで受験から解放されました」
と深々と頭を下げる春真。A認定を獲得したので本試験はほぼ免除である。
「春真は一発勝負に強いからなあ」
と笑う矩総。
「どこに行くか決めた?」
と千種に訊かれ、
「兄さんのいるK大も考えたんですけど、敢えてライバルのW大へ行く事にしました」
「あら。うちの大学じゃあないんだ」
と掟に言われ、
「T大は俺のキャラと合わないから」
ここで会場設営の指揮を執っていた希総が割り込んで来る。
「このテーブルって見覚えありませんか?」
「ご実家で見たモノに似ているわね。一回り小さいけど」
真四角のテーブルの中央にクリスマスケーキが置かれ、その周囲に豪華な料理が並べられている。
「元々はうちの母のデザインで、こちらがオリジナルの第二弾なんです」
と総志が説明する。
「志保美さんって確か建築士でしょ。内装も手掛けるの?」
「ええ。このマンションは母の最初の作品です」
と胸を張る。
「床下から迫り出してくる機能は無いのね」
「それは母の趣味なので」
と頭を掻き、
「その代わりに別の機能が有りまして」
と言いながらボタンを押す希総。テーブルが割れて、中央のケーキが斜め向きの正方形で残り、四方は一回り小さな四つのテーブルに成る。人一人が通れるぐらいの幅が出来た。
「人が通って給仕できるように計算されているんですよ」
第一弾は単純な四分割だったが、中央にケーキ台を残して欲しいと言う総一郎の提案を受けて改良された。
「人力で動かせばいいだけなのに、横着ね」
と笑う掟に、
「本当は周囲の料理を食べ終わった後で、ケーキを食べる時に作動させるものなんです」
と華理那が囁く。
四つに分かれたテーブル。入り口から遠い上座の左側に西条家の三人と沙弥加。右側には矩総と華理那、千種と希総が座る。これは狭い意味での神林系。右手前が春真と真梨世の御堂本流。もう一方が御堂傍流の太一と皆人、ここにゲストの掟も加わる。万里華が居ないからその代わりと言う面も有る。
希総は一人だけ内側に座って通路を動き回って給仕を務める。
「神林の御曹司がギャルソンを?」
と驚く千種に、
「希総は外弁慶だから」
と矩総。
「内弁慶じゃなくて?」
と首をひねる。
「外では神林の御曹司として敬われるけど、ここでは只の四男坊だからね」
希総がまめまめしく動いているのは、フライング気味にテーブルを動かしてしまったことへの言い訳なのだが。
年が明けてすぐに高校選手権、いわゆる「春の高校バレー」が開幕した。
「一月なのに春なの?」
と疑問を抱く掟に、
「昔は三月にやっていたそうなんですが、それだと三年生が出られないからと言う事で一月に。まあうちの高校は進学校だから、三年は既に引退していますけどね」
と春真。
「希総君にとっても最後の春か」
「隣良いかな?」
と声を掛けてきたのは凄い美女。その隣には見覚えのある顔が、
「やあ、女王様とそのお付きの方」
とからかい気味の春真。
「ああ、立たなくて良いですよ」
一番右端に座っていた春真は掟の左隣へ移動。空いた席に希理華が座り、お付きの方は春真の更に奥へ座った。
「片桐掟さんですね、初めまして。久世希理華です」
と名乗られて、
「彼の隣じゃなくて良いの?」
と訊き返す掟。
「ええ。春真君じゃないですけど、今日は私の方がお供ですから」
今日は南高関係者が多い。矩総と希理華が付合っているのは広く知られているから、それ以外の女性を連れていると目立つだろう。それでも千種以外の女性を連れている事に若干のもやもやを感じる掟だが、人の事を言えた義理ではない自分に気付く。
「もうどちらにするか決めているんですね」
と切り込まれて、
「え」
と言葉に詰まる。
「後ろから見ていたら、隣で春真君が話しているのに、顔はコートにいるもう一人の方に向いていたから。彼と一緒で」
と視線を一瞬矩総に向けて、
「人の話を聞く時には相手の目を見るタイプですよね、片桐さんも」
そんな二人のやり取りを知ってか知らずか、
「どっちが勝つと思う?」
と話し始める矩総。
「さあねえ。秋の決勝では五セットマッチで競り負けたけど、短期戦の三セットマッチならあるいは」
準々決勝の相手は三冠を狙う王者西海堂である。
「しかし今日は三回戦からの連戦だからなあ」
条件は同じと成れば選手層の厚さが勝敗を分けるかもしれない。
「その辺をどう考えるか、出掛けに訊いてみたんだけど。うちはまだまだ発展途上だから、連戦の疲労よりも実戦経験による成長を重視するって」
「なるほど。南高は練習試合が圧倒的に足りていないからなあ」
「鍵を握るのは代表合宿を名目に偵察に出した望月の情報収集力だと思うよ」
王者西海堂はユース代表合宿に主力四名を輩出していた。
南高バレー部は夏の終わりに阿僧祇から仕込まれたトータルディフェンスを完璧にやり遂げ、更にリベロ望月の大活躍で二セット連取して完勝した。




