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生徒会長神林希総・秋季

 夏休み最後の一週間。南高男子バレー部は伊豆の神林の別荘地に来ていた。

「全員、宿題は終わったのかな?」

 一部顔を伏せた部員が居た。

「では練習の後で別メニューだな」

 と笑う矩総。

「荷物を部屋に置いたら着替えて隣の体育館へ集合するように」

 と新主将の桜塚。

 体育館と言ってもバレーのコートが一面しか取れない小さなモノであるが、エアコンも効いていて練習環境としては充分である。

 先に来て体を動かしている大人が一人。国体出場に向けて県の協会が送り込んできたコーチである。

「やあ大きく成ったな、希総君」

「御無沙汰しています。師匠」

 野田阿僧祇で有る。

「師匠?」

 と首を傾げる三人組。

「僕が小学生の頃にお世話に成った。僕が唯一指導を受けた大人だよ」

 と希総。

「なるほど。しかし今の俺たちを教えられるかどうかは別です」

 と対抗心をむき出しにする松木。自分よりも二十センチは小さい阿僧祇を見降ろす。

「では試してもらおうか」

 と自信たっぷりの阿僧祇。

「そこのミドルブロッカー二人はこちらに来て、残りはコートの向こう側からスパイクを打ってもらう」

 そう言って、スタメンのミドルブロッカーの二人、大鳥と梅谷に何やら指示を与える。

「もう一人。控えのセッターはこちらのコートで球拾いをしてくれ」

 と言ってネットの前の中央。セッターの定位置に立たせる

 ブロックをすり抜けて来る球を、阿僧祇は簡単にレシーブして、しかもセッターの位置に正確に返す。

 有るモノはストレート、有るモノはクロスと打ち分けても、必ずそこに阿僧祇はいた。そして松木の順番。彼は思い切ってブロックの中央へ打ち込む。球はブロックの指先を弾いて後方へ。しかしそれにも阿僧祇は後ろ向きで跳び付いた。

「ちょっと短かったか」

 球はセッターの位置より若干前だったが、取れない範囲では無い。それよりも凄いのは、セッターが球を取った時には既に立ち上がって構えていた事であろう。スライディングしながら右手を伸ばしてレシーブ。同時に左手を軸にくるりと回って体勢を起こしていたのだ。

 最後は桜塚。全力で打つと見せかけてのフェイント。だがこれも見事に拾われた。単に反応が良いと言うだけでは無い。相手のフォームから打ってくるコースを読んでいるのだ。

「全員集合」

 集まって座った部員たちは最初とは違って姿勢を正している。

「断わっておくが凄いのはミドルブロッカー二人だ。俺は二人がしっかりとブロックしたお陰でコースが絞られていたから取れただけ。コースが判っていれば誰にでも取れる」

 と言ってにやり。

「そんなことはないと言う表情だな。しかし強豪校ならどこも当たり前に出来る事だ。それがまだ君たちは出来ていない。そこで俺が呼ばれたんだが」

「あの。野田阿僧祇選手ですよね。東京大会でリベロを務められた」

 と訊いてきたのは桜塚。小学校時代からバレーをやっていた彼だけは阿僧祇の現役時代を覚えていたらしい。

「ついでに言えば、うちの陸上部のエース野田刹那のお父さんだよ」

 と希総。

「言われてみれば面立ちが」

「うちの娘は昔から大きかったからなあ」

「小学校を出る頃にはもう父親を超えて百七十はありましたっけ」

 と笑い合う。

「僕は小四の頃に、男女混合チームで野田コーチの指導を受けた。チームの主軸は女子で、君らも良く知っている女子部の去年のツートップだよ」

「さて、まずはレシーブの強化。お手本を見せよう」

 松木を立たせ、

「俺の体に向かってスパイクを打て」

 阿僧祇はそれを正確に松木の頭上へ返す。それを延々と繰り返す。松木たちが初めて希総とあった頃にやられた事だ。

「これを二人一組で交互に三十本ずつ。決して強く打たなくて良い。まずは正確な動きを体に叩きこむ事だ」

 阿僧祇は各組を廻ってフォームを矯正する。希総は実戦派なので、技術的な面での指導は行きとどいていなかったのだ。

「レシーブの基本は正しい状態のフォームと、下半身の体重移動。反射神経の良い奴ほど手だけで行きがちだが、常に足から動くこと」

 と言いながら型を実践して見せる。

 これが一通り終わると、

「次はサーブとサーブレシーブを同時に強化する。レシーバーはコートに一人で入って、サーバーはそのレシーバーを狙って打つ」

「居ないところを狙った方が得点に成るのでは?」

「試合中に誰も無い所が有る訳はないだろう。これは試合の戦術として誰に取らせるかと言う話だ」

 レシーバーはコートを縦に三分割してこれを順番にローテーションする。セッターの位置に十本連続で返せたら交代。駄目なら一からやり直し。サーバーの方はレシーバーの居る範囲に入れられなければ連続で打つ。もちろんネットに引っ掛けてもやり直し。普通はサーブが失敗すればサイドチェンジだが、これは練習なので良いサーブが決まるまで打ち続ける事に成る。

「ミドルブロッカーはサーブレシーブが無いからレシーバー側には参加しなくて良し。その分はサーブを多めに打ってもらう事に成る。自分のサーブで敵陣を崩せないと、今度は自分の首を絞める事に成るからな。逆にリベロはサーブが無いから、倍の二十本連続をノルマとする」

 そして三つ目が、

「俺が最初にやって見せたブロックとレシーブの連携だ。初めに俺がやって見せた様に二枚ブロックで相手の得意コースを塞ぎ、リベロが逆のコースで待つ。但し、ミドルブロッカー二人は対角に配置されるから二人揃って前衛と言う事はありえない。故にミドルブロッカーともう一人がセットでブロックを受け持つ。そうなると完全シャットアウトは難しいので。ブロックの裏にもう一人配置してカバーする。これをこのチームの基本戦術としたい」

「と言う事は常に二枚ブロックと言う事ですか?」

「このチームには大きい選手が少ないので、三枚ブロックでシャットアウトと言うのは現実的ではない。ブロックを減らしてレシーブフォローで対応するべきだ。コースを限定すれば、レシーバーの居る所へ誘導できれば、同じ高校生のスパイクが取れない筈は無い」

「こちら側にブロックフォローも入れたいんですが」

 と希総。

「それはまあ誘導が上手く行った後の上級編だな。今後の実戦形式の練習の中で試してくれ」

 一日目はこの三種類の練習を理解するところまでで終了。夕食の後に自主錬、一部は残っている宿題を片付ける。希総はこちらのフォローに回った。

「自主錬にコーチが必要かな」

 と呼びだされた阿僧祇。

「若大将抜きでお話ししたいと思いまして」

 と松木。

 と苦笑する阿僧祇。

「昼間の練習でうすうす感じられたかと思いますが、我が部は大きく二大派閥に分かれます。中学から神林と一緒にやっていた譜代と高校から一緒に成った外様とに」

 と桜塚。

「此処にいるのはそれぞれの中核と言う事だね」

 松木を中心とする三人組プラス一年下の菊池の四人が譜代で、桜塚主将と後輩三人組が外様になる。

「君らの若大将はそう言うのを嫌うと思うがねえ」

 と言うか、希総の評価基準は使えるか否かだ。付合いが長いからと言って優遇するなんて事はない。

「それは重々承知しています。こちらの温度差の問題です」

「それで昔の話が聞きたいと?」

 全員が頷いた。

「前置きとしてまずは俺自身の話から始めよう。俺の姉はなゆたと言って、ジュニア時代から世界で活躍する競泳選手だった」

 今は姪のサポートで校内に出入りしているから顔は知られている。

「俺も姉に倣って競泳をしていたが、体が小さくて勝てなかった。その後いくつものスポーツを転々として、最後に辿り着いたのがバレー。バレーは君らみたいな体のでかい奴がやるモノと、初めから除外していたんだが、リベロと言う選択肢を示して俺の背中を押してくれたのが希総の母希代乃さんだった。神林の先代が姉のスポンサーとして競技生活を支えていて、その縁で俺も拾い上げてもらった訳なんだが、俺がバレー始めて四年で代表にまで成れたのは、努力と才能以上に神林のバックアップが大きいと思う」

 若干自画自賛も混じっているが、

「希総君がバレーを始めるきっかけとなったのが俺の試合を見たかららしいのだが」

 俺もそうですと桜塚。

「有難う。しかしこれこそが希代乃さんの布石だった。つまり息子にバレーボールをやらせる為に俺を支援していたらしい」

 と言うと全員が唖然とした。

「スポーツの効用と言うのは第一に体を鍛える事に有るが、中でもバレーボールを選択したのは、一人の力では絶対に勝てないからだ」

 矩総にとってバレーボールは帝王学の一環でしかない。故に結果はさしたる問題では無いのだが、

「君らは何のためにバレーをやっている?」

 全員が考え込んでしまった。

「俺の見るところ、君らに足りないのはそこだと思う」

 と阿僧祇。

「周囲はお坊ちゃんの希総君には勝利に対する貪欲さが無いと言うのだけど、実際は違う。彼ほど勝利に執着する人間はいないよ」

 神林希総にとって敗北は自分一人のモノでは無い。彼の敗北は一族郎党を路頭に迷わせる事だから。

 翌日、目の色を変えた動きを見せる仲間を見て、

「夕べ何かあったんですか?」

「まあ、コーチとしての仕事をしただけさ」

 と阿僧祇。

「そうですか」

 希総は首を傾げつつもそれ以上は追及しなかった。


 九月に入ると直ぐに五校対抗戦がある。今年の体育館競技は男子のバレーとバスケのみ。常連だった女子バレーは全国を逃していた。その代わりに部道場で男女の剣道部の試合が組まれている。

 武道種目では北女の薙刀部が古豪であるが、この地区に敵がいない。久世希理華の登場で急速に実力を付けた女子剣道部も同様であった。しかし今年は南高に竜ヶ崎姉弟が入学した事で状況が一変した。男子剣道部は団体でも全国出場を決め、個人戦では姉弟が揃って優勝した。そこで男子は南高剣道部に対して他校の選抜チーム。女子は全国出場した北女の剣道部に南高の女子部が挑む。

 そしてグラウンドでは、七種競技の覇者である野田刹那が其々の種目で専門の選手と一騎打ちを演じる予定だ。

「僕は全体の運営で動き回るから、試合の方は宜しく」

 と希総。体育館には副会長の滝川万里華もいるので、会長の希総は安心して空けられる。

 インターハイ覇者の南高バスケ部は、引退する三年生のみの出場で他校の連合軍を圧倒した。そしてバレー部は、三年だけだと頭数が足りないので、第一セットは中央高校の三年生が助っ人として加わる。これは引退記念試合なので、前半は三年だけで戦うのが慣例なのだ。

 対する西工も三年生のみの編成だと成れないポジションを受け持つ選手がいて、意外に競った試合となった。それでも第一セットは僅差で西工。ここからが本当の勝負だ。相手は一二年を加えたベストメンバーとなり、

「第二セットからは一年生に入ってもらう」

 と桜塚。

「これは新チームでのレギュラー審査も兼ねるので手を抜かないように」

 一年生の奮闘でセットを取り返して最終セットに突入。

「なんだ、まだやっていたんだ」

 と戻ってきた希総も入れてベストメンバーで最終セットを大差で取って勝利を収めた。

「他はどうでしたか?」

 と声を掛けて来る万里華。

「盛況だったよ」

 部道場にはゲストとして久世希理華も来ていた。

「一人ですか?」

 と訊く希総に、

「矩総君なら、グラウンドの方へ行ったわ」

 まずは北女の剣道部と南高の女子部の戦いから。公式戦では大将を務めていた麗華だが、今回は先輩に敬意を払って先鋒で登場。すると、北女側から勝ち抜き戦にして欲しいと要望が来た。

「それだとうちの先輩方の出番が有りません」

 と答える麗華。

「貴女一人でうちの五人すべて倒すつもり?」

 と怒り出す北女の部員に、

「構わないからやっちゃっていいよ」

 と南高の先輩方。

「双方が納得するなら」

 と希総が決断を下す。

 先鋒と次鋒は殆ど瞬殺された。中堅は引き気味に粘ったが最後に連続で二本取られた。流石に息の上がる麗華だったが、ちらりと希理華の方を見ると、上段に構えて目を瞑った。北女の副将は距離を保ったまま左に旋回するが、麗華は微動だにしない。まさか背後から襲いかかる訳にもいかず、一周して戻ってきたところで意を決して踏み込むが、その瞬間に面を撃たれた。

「剣道では技を仕掛ける瞬間に声を発するからねえ」

 と苦笑する希理華だが、

「希理華さんならどう仕掛けます?」

「難しいわねえ」

 と言って笑う。出来ないとは言わない。

 呼吸が整ったのか二本目は一瞬で終わった。

 残る大将は県でもベスト4に残った実力者であるが、相手は県どころかインターハイの優勝者である。一本目は麗華の小手打ちが決まった。軽く打ったように見えたが、北女の大将は竹刀を落としてしまう。

「竹刀を落としたら反則ですよね?」

「今のは先に小手が決まっているから、その後の反則は取られないわ」

 と言いながらも首を傾げる希理華。

 二本目は互いに面を狙って打ちあうが、北女の大将が竹刀を弾かれてそのまま一本を決められた。

「そう言う事だったのね」

「なんですか?」

「私も姉から聞いた話だけど、竜ヶ崎の奥義の一つに竜牙と言う技が有るらしいの」

 剣が触れた瞬間に衝撃を伝えて握力を麻痺させると言うのだが、

「竹刀だと威力が散ってしまって威力を発揮しないと聞いていたのだけど」

 自分の竹刀から相手の右小手を通して威力を与えたらしい。

「そんなこと出来るんですか?」

「私も半信半疑だったけど」

 と言って後輩を労ってそのまま会場を後にした。グラウンドの矩総と合流したのだろう。

 続いて男子の試合。南高の男子剣道部に対するは中央・西工の選抜チームである。こちらも公式戦では大将だった麗一が先鋒として出てきた。姉の勝ちっぷりを見て、こちらも勝ちぬき方式でと言う声は上がらなかった。麗一の二本勝ちに始まって、引退する三年ものびのびと戦い、3-2で南高が勝った。

 そしてエキジビションマッチ。薙刀対剣道の異種格闘戦だ。薙刀を使うのは北女の薙刀部の元主将。今年のインターハイ個人戦の優勝者である。対する竜ヶ崎麗華は言うまでもなく剣道の個人戦覇者。まさに頂上決戦で有る。

「ルールを説明します」

 と希総。

「使うのは怪我をしないように衝撃吸収素材を用いたモノで、中に芯が有ってしなったりはしません。当たり判定は体に付けたピンポン玉サイズの風船で行います」

 頭に巻いた鉢巻に左右のこめかみの位置に二つ。首周りに同じく左右に二つ。そして左胸つまり心臓の上に一つの合計五つ。

「三つを破壊されたらその時点で負け。五分で試合終了となり、その時点で失点の多い方が負け。同数の場合には延長サドンデス。どちらか一方が失点するまで続けます。場外に出たら即反則負け。但し場外判定は、体の一部が場外に接地し、かつ体のどこも場内に設置していない状態を指します。判り易く言うと、片足が場外に出ても、残りの片方が場内に残っていればセーフと言う事。その状態が三秒続けば反則を取るのでそれ以内に戻る事。一度始めを掛けたら、勝負がつくか時間切れまで止めませんのでその積りで」

 麗華は手に持った一本の他に短めの獲物を腰に差している。場合によっては二刀流も視野に入れているのか、あるいは単純に剣を取り落とした時の予備なのか。試合はほぼ一瞬で終わったので本心は判らない。

 始めが掛かると麗華は一気に間合いを詰めた。薙刀で右頭部の風船を掠め取られたが、懐に入り込むとあっと言う間に五カ所すべてを叩き割った。

「それまで」

 話を聞いた万里華は、

「如何にも麗華さんらしいわねえ」

 希理華なら相手に一点も与えず、一点ずつ刈り取る様な戦い方を見せただろう。それは性格と言うよりも流派の違いによるところが大きいが。


 九月下旬に国体が開かれた。南高バスケ部は新チームへの移行を優先して代表を辞退。インターハイ第二代表の小田原実業が繰り上がりで代表に成った。私立の強豪校である向こうは冬の選手権まで三年が残るからだ。対して三年が抜けた南高は確実に戦力が落ちる。特に一年はあの西条総志を直接知らない世代だから余計だ。

「練習を見に行こうか」

 と言われたが、

「それでは私が引継いだ意味が有りません」

 と断る万里華。

「それに、今の兄さんではレベルが違い過ぎて参考に成りません」

 さて一方のバレー部で有る。こちらも三年生が抜けたが、元々今の二年生いわゆる希総世代がチームの中核で有ったので、これからがまさに黄金期である。

 他に南高関係者として、剣道で竜ヶ崎姉弟が少年の部の団体メンバーに選ばれている。そして陸上の野田刹那はリレーへの出場を要請されて、

「アンカーならやりますけど」

 と答えて了承された。

「リレーって成年・少年の区別ないんですよね?」

 と希総。

「あの子、バトンの受け渡しが下手だから」

 と伯母のなゆた。それでも受け取るだけなら出来るだろうと言う消去法でのアンカーと言うわけだ。

「貴方は今回出ないの?」

 と沙弥加に訊かれ、

「今年はリーグ戦に集中したいから」

 と答えた総志。

「昨年までは学業優先でホームゲームだけに出場したけど、今年は遠征にも参加して監督を胴上げしたいと思っている」

 総志が出場した地元のゲームは全勝だったので、その勢いで敵地でも勝てるなら優勝も夢ではないかもしれない。

 さて結果だが、刹那は予選から決勝まで全てトップでゴールし、見事優勝に貢献した。対して竜ヶ崎姉弟は、一年生だからという理由で先鋒に回されたが、二人とも特に文句も言わずにオーダーに従った。二人とも二本勝ちして立派に責務を果たしたが、男子は二回戦で敗退。女子は一回戦で敗退となった。男子の方は一回戦が三勝二敗、二回戦が二勝三敗と健闘したが、女子は一勝四敗と言う惨憺たる結果であった。

「順番が違っていたら、違う結果だったかもね」

 と万里華に言われたが、

「うちの母は連盟に嫌われていますからね」

 と苦笑する麗華。

 姉弟の母竜ヶ崎麗那は日本選手権連覇中の絶対女王だが、昇段試験を固辞して未だ初段である。

「何連覇かした時に、段を貰ってくれと言われて、四段なら受けると答えたらしいです」

 特例で段位を認定されることは有るが、四段なら四十歳以上が条件だ。その当時はまだ三十前だった思う。

「昇段には経年も加味されるから、段位と強さが必ずしも一致しないんですよ」

 実戦主義の竜ヶ崎としてはその辺が納得いかないらしい。

「そろそろ行こうか」

 と声が掛かる。総志と沙弥加のカップルと麗華の弟麗一が待っている。これから五人で別の会場の競技を応援に行くのだ。

「俺が前で良いんでしょうか?」

 と恐縮する麗一に、

「君が後ろに座ったら流石に狭いだろ」

 と苦笑する総志。

「一番小さな沙弥加を前に座らせたら特に」

「スマートって言ってよ」

 と切り返す沙弥加。

「仲良いですねえ」

 と笑う万里華。

 車は室内競技の会場となった体育館に到着した。

 丁度南高バレー部がアップを取っている。沙弥加が客席で見知った顔を見つけて、

「柳原くんじゃないの。受験勉強は大丈夫なの?」

 バレー部の前主将柳原高之である。隣には良く似た少年が座っている。

「弟の高弘です。今年南高を受ける予定で」

 と紹介する。

「バスケ部の元主将の西条総志さんとバレー部の元主将の日野沙弥加さん。その向こうが今のバスケ部を率いている二年の滝川万里華嬢」

「雑誌で見ました。お二人とも、実物の方が綺麗ですね」

 と若干興奮気味の高弘君。

「竜ヶ崎の二人とは知り合いだったんですか?」

 と訊かれて、

「まあ、親同士が親しくてね」

 とぼやかした総志。

「そうですか」

 とそれ以上深入りはしてこない。

「先ほどの質問ですが、母の実家が近くで、彼岸の墓参りのついでに立ち寄ったんですよ」

 との事。

「柳原先輩は学年で常に五番以内に入っている秀才ですものね」

 と万里華。

「そう言う滝川さんは学年二位じゃないか」

「万年二位だけど」

 と苦笑すると、

「それは俺にも耳が痛い」

 と乗ってくる総志。

「今日は出ているわね」

 と沙弥加が話題を変える。

「神林ですか。それなら今日も、ですよ」

 希総は夏のインターハイではほとんど出場せず、替ってセッターを務めたのが三年で主将でもあった柳原であった。その柳原が引退したこの大会では、今日の準決勝までフル出場している。

「夏に希総君が出なかったのは何か理由が?」

 と沙弥加に訊かれ、

「単純に自分の方が上手いからですよ」

 と柳原。

「と言ってもセッターとして試合を組み立てる技術の話で、神林はその先。実戦の中でも常に選手の限界を引き出そうとする」

「ただそれは時に行き過ぎてしまうわね」

 中学の時、やり過ぎて兄の春真を壊しかけた事が有る。

「おっしゃる通りです。それで新チームへの移行時に二人で役割分担を決めたんです」

 男子部は少数精鋭の実戦主義で急激に力を付けたが、その過程で切り捨てられた部員も多い。そこで第二段階として主将の柳原が前を引っ張って、神林は後ろからこぼれそうな人間を拾い上げる。

「具体的には即戦力の一年をチームに溶け込ませるのが主将としての自分の仕事。経験の浅い初心者に基礎を叩きこんで全体の底上げをするのが選手兼監督である神林の領分と言う訳で」

「と言う事は、ここからが第三段階と言う事かしら」

「お察しの通りです」

 と頷きつつも、

「と言っても、この先の段取りは自分も知らないんですけどね」

「あいつは基本秘密主義だからなあ」

 総志は左右に手を開いて、

「右の手がやっている事を、左手に知らせない。的な」

 と笑う。

「もしかして、南高のバレー部って面倒くさい所なんですか?」

 と不安げな柳原弟。

「いや。面倒なのはバレー部を率いている神林だけだよ」

「貴方、それってフォローに成っていないわよ」

 と沙弥加が呆れる。

「バレー部が駄目ならバスケ部に来ても良いのよ」

 と万里華。

「バスケ部とバレー部で人材を取り合われても」

 と麗一が苦言を呈すると、

「その為の人材交換制度よ」

 希総政権で打ち出された新制度で、部活動の変更を円滑にする協約である。これにより特定の部活に人材が集中し過ぎないように成っている。

「この試合が終わったら本人に紹介するから、自分の目で確認するんだな」

 と兄は言った。

「決勝進出おめでとう」

 と声を掛けると、

「いらしていたんですか」

 と驚く希総。続いて出た言葉は、

「上から見て、今の試合はどうでしたか?」

 と感想を求めるものだった。ジャージの胸ポケットに差してある、万年筆型の録音機を抜いて柳原に向けて来る。

「そうだな」

 柳原の意見は、半分は一緒に見ていた沙弥加のモノで有ったが。

「有難う御座います」

 と言って、

「これを文字に落として今日の試合記録の備考に加えておいてくれ」

 と一年生に渡す。スコアラーとして育成中の部員である。

「君が柳原先輩の弟さんだね」

 と話し掛けて来る。

「柳原高弘です。宜しくお願いします」

 と差し出されて手を握って、

「宜しく出来るかどうかは、受験の結果次第だけど。四月にもう一度会える事を楽しみにしているよ。では先輩失礼します」

 と言って引き揚げて言った。

「何ですか。あの人。風格が半端ないですけど、本当に高二ですか?」

「十月生まれだから、まだ十六なんだよなあ」

 と苦笑しつつも、

「生まれなのか育ちなのか。背負っているモノが違うんだろうなあ」


まだ続きます。

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