生徒会長神林希総・春季
神林希総が生徒会長への立候補を表明したのは五月の初めのことだった。
「副会長をやってくれないだろうか」
異母姉の滝川万里華にそう頼みこんだ。
「私には男子バスケ部監督の仕事が」
「僕だって男子バレー部があるよ」
まだ二年生なので主将ではないが、実質的にバレー部を仕切っているのは彼だ。
「少し考えさせて」
万里華は即答を避けた。
希総は先手を打って兄瀬尾矩総に電話を入れた。口添えを頼むためだ。
「お前が生徒会長になるのは良いとして、万里華まで巻き込む必要があるのか?」
「確実に当選するには」
希総は同学年・下級生には広く人望があるが、上級生にはやや受けが悪い。それは単純に恵まれたモノへの嫉妬なのであろうが、
「俺の方から説得はしない。万里華が相談して来たら押してみるが」
「それで良いよ」
万里華は必ず兄矩総の意見を聞いてくるだろうと呼んでの布石だった。
「マネージャーを断られたのを根に持っているのかな」
万里華からの相談に矩総はそう返した。
「じゃあ今回は受けた方が良いですね」
「希総は君の持つ票が欲しいんだろうから、仕事の割り振りについてはきっちり条件交渉するんだね」
高校に入る前の社会経験の少ない矩総ならもっと直接的な指示になっただろう。相手の意志を尊重する言い回しは彼の成長を示している。
「じゃあ名前を貸すだけよ。と言ってみます」
と万里華。
「それが良いな」
希総は全く争う姿勢を見せずにその条件を受け入れた。
そして演説会の日。演壇に立った希総は、
「部活動の運営について新たな改革を提案します」
二年前の矩総の時代に行われた実績重視の資金・施設の配分制度を改めると言うのだ。弱小だった男子バレー部を育て上げて、今や勝ち組となったのにその勝ち得たモノを自ら手放すと言うのだ。しかも彼の背後にはこの制度における最大の勝ち組である男子バスケ部を代表する滝川万里華が控えているのだ。
「やられたわ」
万里華を指名したのは単に集票の為だけでなくこの改革案の実現性をアピールする為のモノだった。いまさらこれをひっくり返す発言は出来ない。ここからは矩総の言った条件交渉になる。
「神林候補の提言はやや過激に映るかもしれません。しかしうちは私立のスポーツ強豪校ではないので、強い部に資金と人材を集めても自ずと限界はあります。先輩の実績を評価しつつも新しく入ってくる後輩にも配慮すべきです。部活動の勝利は結果であってこれを目的化するのはまさに本末転倒です」
と万里華は応じた。
春真が持ち帰った映像を見た大人たちの感想は、
「何だか、その昔の総ちゃんとのりりんのやり取りを思い出すわねえ」
と笑う志保美。
「父のやった事を息子がひっくり返し、今度は兄がやった事を弟がひっくり返すのか」
と喝采を送る総一郎。
「生徒会長をやるって言い出した時にはどう言うつもりかと思ったけど」
と母の希代乃は誇らしげな笑みをこぼす。
「黙っていても手に入る地位と財産。それだけでは飽き足らないのでしょうね」
としたり顔の矩華。
「お前、何か聞いていたのか?」
「相談は受けたわよ。だから父親の政治手法の一端を伝授したの」
「それは聞きたいねえ」
と喰いついてくる総一郎。
「一見して無理そうな政策を打ち上げて、この人なら出来るんじゃないかと思わせる」
「俺は出来ると思ってやっていたんだけどなあ」
「まあ政治だから揉んでいるうちに最初のラインからは後退するんだけど、それを当初からの狙いだと錯覚させる技術も」
「絶賛ね。他の人からそれを聞いたら只の惚気に聞こえるけど」
と希代乃。
「自分の男を褒めるのが惚気なら、そうね」
と悪びれない矩華。
さて選挙戦は当然ながら圧勝した。対立候補は世襲反対を訴えたが、ここまで劇的な改革を打ち出されては説得力が無かった。
この改革により体育館の使用割当てが大幅に見直され、特に実績のあった男女のバレー部と男子バスケ部の割り当ては半減した。男子バスケ部は自主錬を大幅に増やし、万里華は情報分析の時間を増やした。希総も生徒会の業務を優先しあまり全体練習には加わっていない。顔を出しても周囲をランニングしたり、時に球拾いに加わって戦術を練ったりする。
「球拾いだからと言って、気を抜くな。取り損ねた球がコートに戻ってレギュラーに怪我をさせたら大変だぞ」
と一年生を叱咤したりもした。
一番困ったのは長年君臨してきたツートップが抜けた女子バレー部であろう。この夏は県ベスト8で敗退し、インターハイ出場を逃した。総美も沙弥加も今いるメンバーを鍛えるところまでが限界で、それを次の世代へ引継ぐことまでは出来ていない。
男子部の方は準決勝に進出し、次を勝てば二年連続のインターハイ出場が決まる。ここに至るまで希総の出場は無い。専門の監督の居ないチームなので、外からゲームをコントロールする事に専念していたのだ。
準決勝で始めて第一セットを落とし、ついに希総が動いた。三年生セッターの柳原と入れ替わりでコートに入ると、ファーストタッチでいきなりのツーアタックをかますと、
「誰もトスを呼ばないから自分で決めた」
と言い放つ。これでメンバーの士気が一気に高まった。自身のツーアタックを囮とした希総のトス回しは冴え渡り、第二セットを大差で取り返す。更にサーブによる十点を含めて半分近い得点を自分で叩きだし、健在ぶりをアピールした。第三セットは希総抜きでも一度もリードを許さずに勝ち切った。
決勝の朝、母の希代乃から電話が入った。
「いつもの準備をしておくから」
中学時代から恒例となった神林邸での祝勝会である。詳細は事前にメールで連絡が来ている。わざわざ電話を入れたのは息子の声が聞きたかったからだ。
試合前、部員たちを前に、
「今年も祝勝会の準備が整っている。勝って思う存分に食べよう」
希代乃も応援に駆け付けた。白い半袖のブラウスに膝下までのデニムパンツと言うラフな出で立ちだ。大きめの丸いサングラスは変装のつもりなのだろうがその高い鼻を却って目立たせてしまう。
希代乃を見つけた松木夫人、三人組のリーダーの母親が手招きする。
「お久しぶりね、松木さん」
「こちらこそ。ご紹介します。こちらは桜塚さん」
「ああ、政継君のお母様ですね。初めまして」
昨年は都合がつかなくて親が見に来られなかったのだ。
「息子がお世話に成っています」
と頭を下げる桜塚夫人に、
「しっかりした息子さんで」
希代乃は若干の皮肉を混ぜてそう言った。
桜塚政継が親元を離れてまで南高へ進んだ理由がセッターとしての希総に惚れたからと言うのは間違いないとしても、神林の御曹司と親しく出来れば将来が有利になると言う下心があった事も直ぐに察しが付いた。それを踏まえても南高の合格を勝ち取る頭脳は評価に値する。希代乃は昨年招いた時に本人に釘を指しておいた。
「向こうの三人は高校を出たらすぐにでもうちでは働きたいと言っているけど、君は大学へ行くんでしょ」
「その積りです」
「その後は?」
「家の後継ぎは兄がいるので、雇ってもらえるなら」
「その場合、コネは期待しない事ね。むしろ実力で入った方が君の為だと思うわ」
「え、どう言う?」
「コネで入った人間はいつでもこちらの都合で切れるから」
そう言われて背中に冷たいものを感じた桜塚。
「やっぱりお前の母さんは怖いな」
と希総に言うと、
「それは君に下心があるからだろ」
と切り返された。当然希総も気付いていたのだ。気付いた上で決してイエスマンに成らない彼を貴重な存在だと評価している。
「あの三人組には余計な野心が無い。僕の為なら命も賭けるだろう。でも君はそこまではしないよね」
ここで即答できないあたりがまだ若い。
「僕もそれは望まないよ。君は単なる盾として使うには惜しい男だしね」
「ああ。やっぱり君はあの人の息子だな」
さて桜塚の母の方である。希代乃の皮肉に気付いた様子もなく、
「お陰さまで、夫の仕事も順調で」
と恐縮している。神林家との繋がりは自営業の桜塚家に好循環をもたらした。運転資金の調達に苦労しなくなったし、新規の仕事が舞い込むようになっていた。希代乃が何かした訳ではないが、長期を見込んだ次男坊への投資が短期的な利益を呼び込んでいる。
試合の方は予定通り希総抜きでスタート。向こうもベストメンバーではないので腹の探り合いと言ったところか。
第一セットを危なげなく取った所で希代乃は立ち上がる。
「私は準備があるので、お先に」
いつものようにベンチ入りしていない選手の親を引き連れて一足先に引き揚げてしまった。
「息子さんが出ていないとは言え、クールなのね」
と桜塚夫人。
「全国行きは決まっているから目先の勝利にはこだわっていないのよ」
と松木夫人が応じた。
希代乃たち第一陣は神林邸を囲む塀を眺めつつ裏門を通過、別邸に面する庭でバーベキューの準備を開始する。希代乃本人は既に本邸の方へ入っているのだが、本邸の周囲は警備しシステムが張り巡らされているので外で火を使うのは拙いのだ。
外に設置された業務用の冷蔵庫から肉を取り出してさばき始める希代乃。それを受けて経験者である上級生の母達が一年の母に役割を与えて行く。
「今年は材料が倍なので、テキパキとお願いします」
全中出場を勝ち取った希総の後輩とその父兄たちも招かれていたのだ。去年はベスト8止まりで招かれなかったので、一年は当然としても二年生も初めての参加だ。経験者の三年生が下級生を指揮して会場の設営に当たる。
準備がひと段落したところで、
「試合ならもうすぐ終わるよ」
と二階の窓から声が掛かる。
「お父様、どうして?」
「君が送り込んだ撮影隊に映像をネットで流すように頼んでおいたんだ。会員限定の生中継だよ」
と自慢げに親指を立てる。専用のパスワードを知っているのは彼が交流のある財界人だけ。言ってみれば孫自慢大会である。
「こちらにも参加されますか?」
「いや、私たちが行くと周りが気を使うだろう」
と言って顔を引っ込めた。
その直後に試合終了を知らせるメールが入る。
「表彰式に出て、到着までおよそ二十分ですので焼き始めましょう」
選手たちが到着すると同時に皿に盛られた肉が配られていく。最後尾の希総が受け取った所で、
「それじゃあ頂きます」
と主将の柳原が号令を掛けて食べ始める。
第二陣は中学のレギュラー。それから高校生の控え、中学生の控え、高校の父兄、中学の父兄と手際よく続く。
「今日出場した選手は五皿が最低のノルマだからね」
と希代乃。
「しっかりと食べて、筋肉へのダメージを修復するように」
一年生でベンチ入りしたのは四名。一人は直系、希総から主将の座を引き継いだ後輩の菊池静馬。残りの三人は桜塚の後輩でウイングスパイカーの猪口猛、セッターの鹿角晃、そしてミドルブロッカーの蝶野睦紀。昨年の全中県予選で希総の後輩たちを破って全国に出場したメンバーでもある。
「俺は勝手に猪鹿蝶と呼んでいた」
と桜塚。
「うちの学校は俺が二年の時に経営陣が代わって部活動に力を入れだした。あんたと戦った時はまだ過渡期でね。こいつらは全中出場を果たしたけど推薦組の一年に押し出されてベンチウォーマーだったんだ」
それで彼が声を掛けた。中高一貫校だからそのまま高等部に上がれたのだが、外部進学すれば高校の入学金が新たに発生する。それでも公立の南高の学費は半分程度、下宿代を含むと経済的負担は若干増えるが、来た甲斐はあっただろう。
「去年は悪かったねえ。こんな上手いモノを喰い損ねさせてしまって」
とお調子者の蝶野が言うと、
「なあに。去年出ていなかった人間に謝られることは無いさ」
と菊池がやり返す。
「仲良くしようぜ。今はチームメイトなんだから」
と鹿角が二人の肩を抱く。
「青短トリオだな」
とリーダー格の猪口が言うと、
「それだと猪口ったんが弾かれるぞ」
「良いんだよ。お前らのお守りは飽き飽きだ」
名前と真逆に知性派の猪口であった。
「あの四人が次の主将候補かな」
と桜塚。
「まだ僕らの代があるよ」
「あれ、うちの代はあんたが主将じゃないの?」
「僕は生徒会があるからね」
「だったら松木かな」
「自分がやると言い出すかと思ったけど」
「俺は外様だからね」
「今のバレー部は僕と君とで作ったモノだと思っていたけど」
「まあこの話はインターハイが終わってからだな」
バーベキューは和気あいあいと進んだ。
本戦までの一ヶ月間、希総は練習に本格参入した。
「そっちなのか?」
実戦形式の練習で希総はスタメンではなく控えチームの方へ加わった。実力の劣るベンチメンバーを強化して選手層を厚くするのが狙いだ。例の減点方式の入替えシステムで一時はスタメンの半分が入れ替わると言う事態に成った。例の青短トリオがそろってスタメン組に上がり、入れ替わりで落ちたのが赤短三人。松木に桜塚、そして梅谷だ。
減点は累積式なので試合数が増えればいつかは来る話ではある。昨年度にこのシステムで一度も落ちなかったのは希総だけ。そもそもセッターのミスは認定し難いのだが、完全主義の希総は納得のいかないトスには自己申告で減点を申し出る。これには他の選手も奮い立つしかない。
控えチームには減点が無いので希総はこれまでとは違って攻めのプレーに徹した。控え選手の限界を見極めつつもそれを如何にして突破させるかに主眼を置いて負荷を掛けた。青短三人組はそれに良く付いてきた。
「俺は失格ですか?」
残された猪口は落ち込んでいる。
「ポジション適性の問題だよ」
松木と蝶野はウイングスパイカー同士の交代。梅谷に代わるミドルブロッカーとして菊池と猪口のどちらを上げるか。
「中学で一緒にやっていた菊池の力は大体わかっているが、君の方はもう少し近くで見てみたい」
オポジットの桜塚に替えられるのは希総自身を除けばセッターの鹿角しかいない。
「向こうをツーセッターにすると、僕が入った時のバリエーションも増えるしね」
希総が入る時にどちらを第二セッターで使うかと言うテストでもある。
「もう一つ、君と切り離した時のあの二人の動きも見てみたいのでね」
桜塚は次の主将を四人のうちの誰かと言ったが、希総はもっと絞って菊池か猪口かの二択で考えているらしい。
インターハイに向けての最後の難関期末テストを乗り越えてバレー部は決戦の地へと向かう。その壮行会を仕切るのは生徒会長である神林希総本人だ。
「今年、県予選を突破してインターハイへ出場するのは」
優勝候補の最有力と言われる男子バスケットボール部。そして昨年に続いて連続出場となった男子バレー部。個人種目として陸上七種競技の野田刹那。そして新たに加わったのが剣道部。男子剣道部は団体でも出場を決めたが、個人戦では一年生の竜ヶ崎麗一と麗華の姉弟が揃って出場する。
遠征費用はすべて校友会からの寄付で賄われる。神林家からはOBである先代の名前で大口の寄付が寄せられており、御堂家はやはりOGの不破瞳の名前でほぼ同額が来ている。当然、希代乃と真冬が示し合わせて金額を決めたのだ。二人は在校生の保護者であるが卒業生ではないので校友会に直接関与できない。
「うちは公立だから保護者に必要以上のご負担は掛けられません」
と言うのが滝川翼校長の公式見解。
希代乃としては直接の金銭供与は避けて、神林で作っているスポーツ用具などの割引サービスなどで対応している。もちろんバレー部だけでなく他の部活動についても一括で。
決戦の地は杜の都仙台。そこまでは全員で向かう。
「さて、これから現地までの片道切符を配る。東京から先は新幹線、一部は指定席なので車両を間違えないように。自由席組もなるべく固まって、迷子に成らないように。笑うな。去年合流できなかった人間が何人かいるんだから」
帰りはばらばらに、しかも負けた部から暫時に成るので予め指定席を取る事は出来なかったのだ。仙台までの新幹線はグリーン車両を一台まるまる占有、と言っても実際に出場するベンチ入りのレギュラーだけで、それ以外の部員は自由席になる。
「昨年よりは人数が少ないからゆったりしているな」
昨年は女子バレー部が居た。今年はそれが居ない代わりに男子剣道部と個人代表の竜ヶ崎姉弟が加わった。
宿泊先も一つの旅館を借り切っている。女生徒はバスケ部の監督である滝川万里華と、竜ヶ崎麗華。そして陸上七種競技に出場する野田刹那の三名だけ。と言う事で三人が一つの部屋に纏められている。他の男子が希総も含めて十人単位の大部屋である事を考えれば待遇は良いと言える。
希総は自分の部をそっちのけで他の部の応援に飛び回ったが、中でも今回が初陣の剣道部には特に目を掛けた。
女子部は人数もぎりぎりで勝てるのが竜ヶ崎麗華一人ではどうにもならなかったが、男子部の方はそれなりに人材が揃っていた。団体戦では一年の麗一を大将に据え、如何にしてそこまで繋ぐかに徹した。
そして初戦。副将が登場した時に二敗一分け。しかし負けた二人も一本しか取られていなかったので、副将が勝てばまだ望みはある。部の主将でもある三年の副将は先に一本を取って、ここで収めておけば良かったのに大将に楽をさせてやろうと欲張って一本取り返されてしまった。二敗二分けで大将が出る前に勝負が付いた。
「すまん。欲が出た」
「お疲れさまでした。最後に一つ勝ってきます」
一回戦なので決着が付いても大将戦まで行う。麗一は見事二本取って一矢報いた。彼にはまだ個人戦がある。
「残念でした」
試合を見ていた希総は剣道部を労う。
「副将戦は、結果には繋がりませんでしたが、判断は間違っていません。取れるなら取るのが戦いです。それよりも気になったのは大将戦の方」
「ええ。相手は明らかに手を抜いていた」
と戦った当事者の麗一。
「捨て駒の大将じゃないのか?」
向こうの大将も一年生だったが、
「それは無いですね。あちらも一年生ながら個人戦の県代表です。チームの勝利が決まっているから手の内を隠したんでしょう」
と希総が分析する。
「まあ考え方の違いですね」
麗一は意外に冷静だった。
「剣道を単なるスポーツと見るか武道と捉えるか。もし個人戦で当たったらその違いを見せてやりますよ」
「あまり気負うなよ。お前は自分の、竜ヶ崎の剣を信じて進めば良い」
そう言って肩を叩く主将。
この時の相手は麗一と当たる前に敗退したが、同じ学年なのでこの先も戦う機会はあるだろう。
「そう言えば、女子部唯一の代表は応援に来ていないのか?」
「姉なら、野田先輩の応援に行っていますよ」
「それはまた、余裕だな」
希総は自分を棚に上げてそう言った。
剣道部と一緒に宿に戻ると、
「ちょうど良い所に」
と滝川校長。隣には野田なゆたがいる。
「なゆたさんが一泊したいって」
「良いんじゃないですか。と言うか何故僕に訊くんです。引率の責任者は校長先生じゃないですか」
「貴方はスポンサーの代弁者だし」
「OB会を経由して、貰った金を何にどう使うかは学校側の自由ですけど。スポンサーと言うならうちと御堂家。神林の代弁者が僕だとしても、御堂の代弁者と言うなら校長ご自身にもその資格はありますよ」
校長の夫滝川千万太氏は御堂合名の社員である。
「じゃあ良いのね」
と笑うなゆた。
「ええ。刹那さんの方はどうでした?」
「順調よ」
なゆたの持ってきたアイスケーキを貰ってロビーで食べていると、
「やあ、竜ヶ崎さん」
男子剣道部の部屋の方から戻ってきたところらしい。
「調子は如何ですか?」
「上々です」
と言うほど表情は芳しくない。
「それは良かった」
敢えて突っ込まずにいると、
「会長は剣道部の試合の方をご覧になったんですよね。どんな試合でしたか?」
希総の正面に座って詰め寄ってくる。
「そうですね。竜ヶ崎の教えに従って常に前に出る剣道をして、良い試合でしたよ」
「勝つことが全てじゃない。ですか」
目先を変えようと稽古相手として久世希理華を紹介したのだが、
「興味深い申し出ですけど、今の私では勝てないと思いますので」
話を聞くと麗華が希理華をライバルとして強く意識している事が判る。しかしそれは単に同じ道を進む相手としてだけでは無く・・・。
翌日は陸上競技場へ行って野田刹那の二日目を応援した。なゆたの運転で向かい、現地で兄瀬尾矩総と久世希理華が合流した。
「千種も誘ったんだけど、片桐さんと海へ行く約束だからって」
「そうですか」
「片桐さんも誘ってくれば良かったかな?」
「春真兄さんはいまごろスコットランドですからね」
「競争相手のいない間に距離を詰めようとか思わないんだ」
と希理華。
「それよりも、竜ヶ崎麗華さんを御存じですか?」
「三代目のお嬢さんだろ。名前だけは知っているけど」
「凄い美人ですよ」
「それは春真から聞いたけど。それが僕と何か関係があるのか?」
「いえ。希理華さんのライバルに成るんじゃないかなと」
「県大会は団体戦しか見られなかったけど、うちの後輩との試合は竜ヶ崎さんの出番が無かったから、彼女の本気はまだ見ていないのよね」
肝心の刹那の結果は、全種目トップの圧倒的勝利だった。
「七種競技と言うよりも、七つの競技を別々にこなしたって感じね」
と希理華。
「去年よりは日程が詰まっているんだけど、参加者が圧倒的に少ないからなあ」
と応じる矩総。
「なにはともあれ、戻ってきたら褒めてやってね」
と姪を気遣うなゆた。
長くなりすぎたので分けます。




