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端午の節句

 五月五日の端午の節句。片桐掟は神林家の祝いの席に呼ばれて車を走らせた。辿り着いたのは希総の住むマンションの前。待っていると、希総はエレベーターのある正面玄関からではなく一階にある店舗の方から現れた。

「手土産の柏餅です」

 助手席に座ってきた希総が持っていた紙箱を示す。

「御免なさい。気が付かなくて」

「いいえ。買って来て欲しいって頼まれたものですから」

「じゃあ出します」

 と言ってシートベルトをするように促すと車を走らせた。

「瀬尾さんの店って洋菓子専門だと思っていたけど」

「これは店頭には出してない、常連さん限定の受注生産です」

 と答える希総。

「父は洋菓子も和菓子も両方とも作れますけど、最初に師事した師匠が洋菓子専門だったので」

 と付け加える。

「器用なのね」

 と感心すると、

「こう言った季節もののお菓子は、自分で作っていたらしいですよ。それを食べたうちの母が、これは金を取れるわ。と言ったのが菓子職人を目指すきっかけだと聞いています」

 店を出すに当たっては希代乃が個人的に出資もしている。

「代議士に成らなかったらもっと発展している筈だ。と言うのが父の口癖で」

 と笑う。

 車は神林邸の正門前に辿り着く。門の前には黒服の警備員が二人立っている。希総がドアを開けて外に出ると、一人がこちらに敬礼をしてもう一人が開門の準備を始める。

 希総は運転席のドアをノックして、

「運転を替って下さい」

 と声を掛ける

「免許は持っていないでしょ」

 と言いながらも助手席へ移る掟。

「まだ免許は取れないけど、運転は出来ます」

 門の中は神林家の私有地なので、無免許で運転しても問題ない。

 正門を抜けて本邸の前までまっすぐ歩けば五分程度だが、間に木が生い茂っているので車で進むには大きく迂回する必要がある。

「一種のテロ対策で、正面から一気に突入できなくしてあるんですよ」

 と説明する。

「しかも曲がる方向を間違えると、本宅にたどりつけないように成っていまして」

 本宅まで分岐点が三か所あって、間違えると行き止まりにぶち当たる。引き返そうとすると逆方向に向けて仕掛けられた刺によってパンクさせられる。招かれざる客はこうして排除される訳だ。

「手が混んでいるわねえ」

「戦前は軍需産業を手掛けていましたから、敵も多かったんですよ」

 本宅に到着し玄関に向かうと、左手に見えたのは鯉のぼりである。今日の集まりの趣旨に適うものであるが、

「なにか、違和感があるわね」

「それは、僕と鯉のぼりが結びつかないと言う意味ですか?」

「そうじゃなくて」

 と言葉を選びながら、

「建物とマッチしないと言うか・・・」

「神林家は、長いこと男子が生まれなくて。僕が初めて生まれながらの跡取り息子でしたから」

 つまり神林家は未来の当主の成長を祝うと言うことが無かったのだ。

「お帰りなさいませ。若様」

 玄関の前で立ち止まっていた二人にじれたようにメイドさんが声を掛けてきた。

「これを」

 掟は柏餅の入った紙箱を手渡す。席を入れ替えた所為で、必然的にこれを掟が持つことになった。これも計算の内だったのだろう。

「これはご丁寧に」

 と押し頂くメイド。

「あら、希総いらっしゃい」

 奥から顔を出したのは、メイドの制服とは明らかに違う、エプロン姿の女性である。

「今手が離せないから客間で待っていてね」

 と言って引っ込んだ。

「今のはもしかして?」

 そもそもこの家で希総を呼び捨てに出来る女性は一人しかいない。

「母です」

 と言ってから、

「忙しいならわざわざ顔を出さなくても良いのに」

 と苦笑する。

 希総は玄関から左手にある客間へと掟を案内する。

「ちょっと待って」

 希総はドアを開けると先に入って壁のスイッチを押す。すると床の中央が左右に割れて下から椅子とテーブルがせり出してくる。

「初めてのお客さんにはこの仕掛けを見せるのが決まりごとなので」

 椅子とテーブルの準備が終わって、着席するとそれを見計らったかのようにメイドがお茶を持ってくる。

「ごゆっくり」

 先ほどとは違う女性だ。

「ここには何人のメイドが居るの?」

 純粋な好奇心からだったが、

「別に他意は無いわよ」

 と慌てて取り繕う。

「最初に応対に出てきたメイド長を筆頭に、接客要員が三名。家事全般を行うのが五名で、台所に三名だから、全部で十二名ですね」

 と指を折りながら説明を始める希総。

「それなのに希代乃様ご自身が台所に立たれるの?」

「料理は母の数少ない趣味の一つですから。それにマンションで一緒に暮らしていた頃はほぼ母の手料理でしたよ」

「それは二人暮らしならどちらかがすることになるでしょうけど、このお屋敷には料理人もいるのだし、なにも自分でなさらなくても」

「率先垂範が神林家(わがや)の家風ですから」

 と言ってから、

「片桐さん、料理は?」

「人並みには出来るけど、貴方を前にして自慢できるレベルではないわね」

 掟は三姉妹の末っ子で、母も姉たちもあまり家庭的ではなかったから必然的に家事を身に付けていた。

「ここから鯉のぼりが良く見えるわね」

 掟は大きな窓の方に視線を向けた。

「あれは僕と同年齢なんです」

 つまり彼が生まれた時に購入されたものと言うことだが、

「僕らはマンション暮らしですから、兄弟の中でも鯉のぼりを買ってもらったのは僕が初めでだったから、僕が生まれた後の最初の端午の節句では兄弟そろって呼ばれて祝ったらしいです」

 と言って写真を見せてきた。

「この希総君を抱いているのは?」

「姉の総美ですね。総志兄さんの双子の姉です」

「父親似なのね」

 と苦笑する。

「お待たせ」

 丁度そこに希代乃がやってきた。白いブラウスに膝丈のジーンズと言うラフな装いだ。

「子供の日だから、動きやすい恰好にしているのよ」

 と笑いつつ、

「折角だからお庭に出ましょう」

 と外に誘う。

 鯉のぼりの見えるところに丸テーブルを置いて、振舞われたのはチラシ寿司。

「これを作っていたんだ?」

「まあね」

 と得意げな希代乃。

「でもチラシ寿司って、結局は具の素材がすべてだから。料理の腕前はあまり関係ないわね」

 具材は神林のグループ会社が調達しているプロが認めた厳選品ばかりだ。

「後はこちらでやるわ」

 と言ってメイドを下がらせると、希代乃手ずから取り分けてくれた。その様子からは大企業のトップではなく息子が連れてきた彼女を歓待する母の姿しか見てとれない。それはそれで緊張する要素ではあるのだが。

「近くで見ると立派ですね」

 掟は料理ではなく鯉のぼりの方を褒めた。

「特注品なのよ」

 と希代乃。

「父が張り切っちゃって。この子が生まれたのが十月。翌年の五月までに仕上げるように注文を出したの」

「神林家待望の男の子だったんですね」

「一人娘が婿を取って繋いできた家だからね。優秀な婿養子を選んで経営に専念させてきたことが家の発展に寄与したことは確かだけど、女の子しか生まれない事が神林家の呪いなんて言われてきたの」

「神林家の女当主は、子供を一人しか産めない。二人目を産むと不幸になる。ですか」

「ええ。私の祖母も二人目を産もうとして命を落とした。そうまでして産まれたのが女の子だったので捨てられて。その赤子を拾って育てたのが瀬尾神父。長じて妻子ある男性との間に生まれたのがこの子の父親瀬尾総一郎だった」

「希代乃様はご存じだったんですか?」

「さまは辞めて」

 と苦笑しつつ、

「私が知ったのは後の話だけど、父は密かに調べていたらしいわ。今にして思えば知っていたからこそ認められたんでしょうね」

 食事を終えて中に戻る。入り口で待ち構えていたメイドに、

「私の部屋へ行くから、お茶とお菓子をお願い」

 と指示する希代乃。

「二階よ」

 と言って中央の階段を登る希代乃。

「あそこに見えるのはエレベーターではないんですか?」

 と掟が指摘すると、

「エレベーターは使用人専用なのよ」

「この屋敷は広いからね。給仕やら荷物の搬送なんかで必要なんだ」

 と希総が補足する。

「それにしても初めてのお客を二階へ招くなんて珍しいな」

 と息子に言われ、

「何回来たって仕事だけの付き合いの相手は上には呼ばないわよ」

 と返す母。

「二階より上は私的な空間だから」

 会社の側近や重役であっても二階へは上がれない。それくらい明確に線引きがなされているのだ。

 招き入れられたのは希代乃の私室。広い部屋の奥に希代乃が使っているベッドが見える。

「あんなの初めて見たわ」

 天蓋付きのベッドを見てやや興奮気味の掟。

 三人は手前にある丸いテーブルを囲む。先ほどのよりは小さく、故に互いの距離が近い。

「失礼します」

 メイドが持ってきたのは紅茶と柏餅が二つずつ。希代乃はメイドと何やら小声で打合せた上で自ら配膳すると、

「一個はお持たせでもう一個は私が作ったものだけど。どちらがどちらか判る?」

 問いかけられて顔を見合せる掟と希総。掟はそもそも持ってきた実物を見ていない。見ていたとしても違いが判るかどうか。

 先ずは外観を観察して、

「柏の葉に違いは無いですね」

 と結論する掟。

「父の店で使っているものは、大概うちで納入しているからね」

「食べてみても良いですか?」

 と掟。

「ええ」

 中身も同じ小豆餡である。

「駄目だ。判らない」

 先に降参したのは希総の方。

 長く男子の無かった神林家では端午の節句に柏餅を食べる習慣は無かった。作られるようになったのは言うまでもなく希総の誕生以後だ。そんな訳で希代乃の柏餅は総一郎に習ったものだ。つまりは材料も作り方も殆ど同じなのだ。

「右が持ってきたものだと思います」

 と掟。

「どうしてそう思うの?」

 と希代乃が尋ねると、

「微かに匂いが違います。持ってきたものには私の車の芳香剤の匂いが付いています」

 と言われて希総も匂いを比較している。

「意外に鼻が効くのね」

 と感心する希代乃に、

「希総くんが判らないと言ったから、判ったんです」

 と掟。

「どう言うこと?」

 と聞く希総に、

「こうして問題に出される以上は何か違いが有る筈。味や形でないとすればあとは匂いだけ。車の芳香剤は私のお気に入りの香りだから」

 実のところ、味や形に違いが有っても掟には同定は不可能だった訳だが。

「私も匂いの違いに気付いたのだけど、私の鼻が反応したのは総一郎さまの匂いよ」

 と笑う希代乃。

「僕にはどちらも判らない」

 と首を傾げる希総であった。

「掟さんにはぜひとも私のコレクションを見て頂きたいわ」

 と言って希代乃が持ち出したのはアルバム帳。表紙には神林希総成長記とある。

「母さん、それは」

 と嫌そうな表情に成る希総だが、母はお構いなしだ。

 料理と並ぶ希代乃の数少ない趣味の一つがこの写真である。撮るのが好きなのであって、撮られることを嫌う。彼女の目的は写真に収めて集める事。工場視察などに行くと社員の様子をこっそりと大胆に撮りまくっている。社員と一対一で写る事は無いが、成績優秀な部署では集合写真に収まる事もあると言う。

「いまどきアルバムですか?」

「データとしてはこの数百倍はあるけど、人に見せるために厳選して纏めたものよ」

 記念すべき一ページ目は出産を終えて退院する場面。背景は病院の玄関であろう。希総を抱いた希代乃の隣に父親の瀬尾総一郎が居るのはまだ良いとしても、

「この隣にいる子は矩総君ですか。こんなに小さな頃から目力が半端ないですね」

 それにしても何故矩総がここにいるのか?

「矩総君はこの子以降の弟妹の出産に際して父親の代理で立ち会っているのよ。もちろん中にじゃないけどね」

 矩総の次、春真の出生時に起きた騒動もそれに起因している。

「矩総君はそもそも神林と御堂に生まれるであろう後継ぎの兄として指導後見する事を期待されて産まれたからねえ」

「それは聞きましたけど。何とも壮大と言うか、時代錯誤と言うか」

 と苦笑する掟。

「まあ神林と御堂の跡取りが母親違いの兄弟だと言う状況が、何かの冗談かと言う話だしねえ」

 次の一枚は兄弟勢ぞろい。真ん中に希総を抱いた長女総美。

「何と言うか、父親そっくりですね」

「双子の弟総志君の方は母親の志保美さんにそっくりなのよ」

 と笑う希代乃。

 その総志は右隣に座って弟の春真を膝に乗せている。

「それ奇跡の一枚なのよ。春真君は元気が良過ぎてじっとしてないから」

 百枚ぐらい連写して上手くこちらを向いてくれたのはこの一枚だけだったと言う。

「逆に左隣の矩総君は常にカメラ目線で」

 見つめられると反射的に見つめ返してしまうのが矩総の習性だった。それが母親譲りの切れ長の目と相まって強力な目力として認識されるようだ。

 そして初めての端午の節句。場所は三人が先ほどいた外のベランダだろう。希総を囲んで兄三人が遊んでいる。

「他のご兄弟は、今日はどうしているんですか?」

「総志兄さんは、速水のお祖父さまに招かれて、主役はあくまでも速水の後継ぎである貴真くんでしょうけど。矩総兄さんは瀬尾家でお祝いで春真兄さんは末の皆人と一緒に御堂の本宅です」

「貴女をどちらに招くかで、真冬さんと競り合ったのよ」

 と希代乃。

「どうやって決めたんですか?」

 と聞かれ、

「じゃんけんよ」

 と笑う。

「それにしても、ここまで希総君は寝てばっかりですね」

「そうねえ。大人しくて手の掛からない子ではあったけど。少し時間を進めましょう」

 と言って一気に六歳、小学校入学時の写真を出して来た。

 最初の一枚はマンションのドアの前だろう。希総と希代乃が並んで写っている。それを見て掟は思わず笑みがこぼれた。

「何?」

 と希総に訊かれ、

「帽子とランドセルが似合わないと思って」

 希総はまだ小さいながらも貫禄を備えていた。

 そして続く二枚を見て、

「これはもうコスプレ写真にしか見えないわ」

 学校の正門の前、希総と希代乃の他に千里と万里華の母娘も一緒に写っている。希総と万里華が並んで写ると、もはや入学したての一年生にはとても見えない。

 小学校に上がると、写真の量はぐっと減る。それでも主な学校行事は漏らさず抑えてあるようだ。

「参観日なんかに母さんが来ると、教室の雰囲気が一変するんだ」

 と遠い目をする希総。

「でしょうねえ」

 と賛意を示す掟。

 小学校時代のハイライトは兄春真と始めたバレーボールのシーンであろう。二人でレシーブ練習を繰り返す写真から、女の子二人を加えた四人での練習。一人は姉の西条総美だが、「このもう一人の子は?」

「日野沙弥加さん。総美姉さんの相棒で、今は総志兄さんの彼女だよ」

「へえ。総志君もイケメンだったけど、この子も中々の美少女ねえ」

 そして希総四年生の年、男女混合でチームを組んで全国大会に初めて出た時の写真。

「考えてみればこの時が今までの最高順位なのよねえ」

 と希代乃。

「希総君は全中でベスト4まで行ったんでしょう。それより上って」

「この時は準優勝でした」

「総美ちゃんと沙弥加ちゃんも、中学高校と何度も全国大会に出たけど、決勝に出たのはこの時が最初で最後だものねえ」

「もう一人、凄い美少女が居るんだけど」

「目敏いわね。気になるの?」

 とからかうような希代乃に、

「いえ。何処かで見た覚えが有るんですけど」

 と首を傾げる掟。

「久世希理華さんだね。この時は助っ人で入ってもらったんだけど。高校では剣道で三連覇を果たしたよ」

「そうじゃなくて。もっと別の所で」

「じゃあ滝川千種さん経由かな。希理華さんは矩総兄さんのお相手だから」

「肝心の瀬尾君は居ないの?」

「矩総兄さんは義務教育をすっ飛ばしていますから」

「じゃあ、二人を引き合わせたのは希総君たちなの?」

「二人は出会うべくしてであったと言うか」

 どう説明しようかと迷う希総を見て、

「希理華ちゃんは、メンバーの一人水瀬麻理奈さんの妹だから」

 と希代乃が引き継ぐ。

「二人が最初に会ったのは、希理華ちゃんが生まれたばかりの赤ん坊の頃。姉の麻理奈さんに抱かれてマンションを訪れて、一方の矩総君はまだ矩華さんのお腹の中で」

「それって出会ったことになるんですか?」

 と苦笑する掟。

「思い込みの激しい人なんですよ」

 とフォローに成らないフォローをする希総。

「姉妹で苗字が違うのは、私たちみたいに片親が違うの?」

 希総と掟は事情は異なるが父親の違う兄弟姉妹を持っている訳だが、

「いえ。ご両親とも同じです。ただ一度離婚して、色々あってよりを戻した後に生まれたから、年齢が大きく離れているんです」

「色々については差し障りがあるので触れないけど」

 と希代乃。

「そうですか。水瀬さんって、希代乃さんの同世代ですよね。とすれば親子ほども離れている訳で」

「麻理奈さんも妹と言うよりも娘のように接しているわね」

「娘のように大切な妹が矩総君とお付き合いすることについて水瀬さんはどう思っているんでしょうね」

「矩総君に問題でも?」

 と希代乃に問い詰められて、

「瀬尾君と付合うと言う事は、自分と同じ立場になるんじゃあ」

 と眉をひそめるが、

「同じと言う事は無いよ」

 と希総。

「麻理奈さんは結婚を望まず、子供も作らなかったけど。希理華さんは兄さんと結婚して子供も作る筈だよ」

「結婚については状況次第でしょうけど、子供については期待できるでしょうね」

 と希代乃。

「千種は承知しているのかしら」

 とつぶやく掟。

「今は、双方が納得すれば二人と同時に結婚できる訳だし」

「それも瀬尾さんの仕込みですね。あれも息子の為の政策ですか?」

「多重婚姻法は広い意味では少子化対策ね。余裕のある男性が二人の女性に子供を産ませるだけでなく、金が無くて結婚をためらっている男性が一人の女性を共有して子供を持てる訳だし」

「それは母から聞きましたが」

「裏の狙いは、半偽装結婚による実質的な同性婚の実現ね」

 と説明を加える希代乃。同性カップルが、異性の相手と二重婚姻を結び、その後で異性の相手と離婚すれば良いのだ。このからくりに気付いた保守派の議員が法律の修正を求めているが未だに実現していない。

「じゃああの法案は志保美さんの為なんですね?」

「本音はそうなのだけど、一番得をしたのは仕事の幅が広がった矩華さんじゃないかしらね」

 と笑う希代乃。

「希総君にバレーボールをやらせたのはやはり帝王教育の一環ですか?」

 と切り込んで来る掟。

「どうしてそう思うのかしら?」

 と聞き返されて、

「一人がボールに続けて触れてはいけない。つまり一人の力では勝てないのがバレーボールですから」

 その答えに満足しつつも、

「私は息子に何かをやれと指示したことは無いわ。バレーボールも始めたのは本人の意思よ」

 ときっぱり。

「間接的に誘導されたのは確かです」

 と希総。

「最初の一手は、その写真に写っているコーチですけど」

 と言って一枚の写真を指差す。

「野田阿僧祇選手ですね」

「詳しいのね」

 とちょっと嬉しそうな希代乃。阿僧祇はそれほど知名度の高い選手ではない。

「私も野田選手が出たオリンピックの試合をテレビで見ていたんです」

「私たちは現場に居たわ」

 神林派スポンサー企業に名を連ねていたから二人はVIP席に座って観戦していた。

「希代乃様が発掘なさったんですよね?」

「発掘と言うか」

 希代乃は苦笑しつつ、

「元々、姉のなゆた選手の方を父が個人的に支援していたの。私はその縁で弟さんの方に肩入れして・・・」

 と事情を多少省略して野田阿僧祇の開発計画について説明した。

「今は陸上界期待の星野田刹那選手のお父さんとして再び注目されているようですね」

「刹那さんも、ここに写っていますよ」

 と希総。

「あら」

「でも何故そのままバレーボールを続けなかったの?」

「彼女は父親が望んで得られなかった体格には恵まれていたけど、残念ながら対戦相手との駆け引きが苦手だったのよ。この頃は身体能力だけで戦えたけど」

「記録競技なら相手との駆け引きは必要ないですから」

 あの当時、刹那はピンポイントのブロッカーとして使われていた。ひたすらセッターのトスに合わせて飛ぶだけで殆どのスパイクを叩き落としていた。

「話を戻すと、姉と同じく個人競技向きの性格の阿僧祇君に敢えてバレーを勧めた。具体的にはリベロと言うポジションでひたすらレシーブをネット前のセッターに上げ続けると言うスタイルで」

 一点集中により短期間で代表レベルにまで到達したのは彼の努力と才能の賜物ではあったが、それでいつまでも生き残れるとは思えなかった。

「彼の望みが、姉と同じステージに立つと言うことだったからね」

 阿僧祇は結局代表チームに完全には溶け込めず、その後は代表にも呼ばれなかった。それでも元五輪代表と言う肩書は今でも彼の生活の糧となっている。

「この試合に触発されてバレーを始めたのが総美ちゃんと沙弥加ちゃんのコンビ。それにつられて春真君とこの子が続いたと言う訳よ」

「まるでドミノ倒しですね」

「私はきっかけを与えただけ。それもかなり遠まわしに。それが未だに続いているのは本人の意思よ」

 アルバムは中学時代へ進む。一年空いて兄春真と再び組んで全国大会へ。

「同学年だった総美姉さんと沙弥加さんは入学と同時に二人でチームを牛耳っていたけど、春真兄さんは一人で苦労したらしいです」

「高校でバレーを辞めたのは同じことをもう一度やりたくなかったのかもね」

「社会に出てしまえば、二度と下積みをやる事は無いのにねえ」

 と希代乃だが、

「そう言う母さんには下積み時代なんてありましたか?」

 と息子に突っ込まれて苦笑するしかなかった。

 次に目に留まったのは祝勝バーベキュー大会の写真。

「懐かしいなあ」

 と希総。第一回は三年だった総美たちのいる女子部も居た。

「この祝勝会は全国行きを確定させた決勝進出を祝ってのものなので、女子部がその後呼ばれていないのは結果を残していないから」

 その理屈だと、高校に上がった総美たちを呼んでもよさそうだが、

「私はその時点では南高とは御縁が無いから」

 OBでもなければ生徒の父兄でもない。希代乃と南高との縁が出来たのは息子が入学した後だ。故に高校に進んだ最初の大会である昨年は女子部も招いている。中学の後輩は残念ながらベスト8で敗退した為呼べなかった。

「きっちりしてますね」

「こういう事はおざなりに出来ないの」

「と言う事はこの会場はここの敷地内ですか?」

 答えたのは希総で、

「そうですよ。写っている建物は昔母さんが暮らしていた別邸で、今は隠居したお祖母夫妻が遣っています」

「お祖父さま夫妻かあ」

 祖父は婿養子なので呼び方も女性上位になる訳だ。

「そろそろお暇しないと」

 と掟が言うと、

「じゃあ僕も送って下さい」

「あら。貴方は泊まって行けばいいのに」

 他の兄弟も恐らくは泊まりで、マンションには誰もいない筈だ。

「だからこそ戻らないと」

 と笑って、

「母の日に又来ます」



前回の続き。春真と希総の鍔迫り合い。

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