若獅子と伏竜
四月。御堂春真は高校三年生になった。
「今年の一年に凄い美人が居るらしいな」
「それ、このタイミングで出す話題かな?」
話を振られた弟の希総は眉をしかめるが、
「いや。知らないなら良いんだ」
と突き放すと、
「知っているよ。竜ヶ崎さんのお嬢さんのことだろう」
とあっさりと喰い付いてきた。
「何処かで見た覚えが有ると思ったんだ」
竜ヶ崎さんと言うのは二人の父瀬尾総一郎が議員をやっていた頃の警護担当だった。
「神林は警察とも縁が有るからね」
と得意げだ。神林グループには警備保障会社が有って警察OBも何人か受け入れている。神林警備保障の顧客データベースは警察も一目置くぐらいだ。
「あそこは姉と弟の双子だったから、弟の方も入学しているよ」
「西条家と同じか」
「そうだね」
「何の話?」
片桐掟と滝川万里華が合流した。
「二人一緒だったの?」
と驚く二人。掟が車で万里華の家まで行って、そこから二人で来たらしい。
「片桐さんと万里華は初めてだよね」
「ええ。千里さんとは一度お目に罹った事が有るから、初めての気がしないけど」
万里華の母千里は掟の親友滝川千種の従姉に成る。年齢差から言えば万里華の方がずっと近いのだけど。
「私服姿で会うと、とても高校生には見えないわね」
「いや、制服を着ていてもコスプレに見えますよ」
と苦笑する春真。
「まあ」
明らかにリアクションに困っている掟。
「じゃあ行こうか」
それは奇妙なダブルデートだった。万里華は二人の姉妹だが、校内的には登録彼女である。掟は兄矩総から紹介された共有彼女である。外で会う時には、二人一緒に呼ぶ事で外形的な不自然さを軽減している訳だが、目立つという点では逆効果かもしれない。
「こうして周囲の視線を集めている方が安全だからね」
女性二人が前を歩き、男二人が後ろに付く。背丈のバランスから、万里華の後が希総で掟の後が春真になる。
「それ、私が持つわ」
と言って万里華は希総の持っているバスケットを受け取る。
「え、女の子に荷物を持たせるの?」
と首を傾げる掟。理由は後で判った。
初めてのデートに当たって、行先をどこにするのか議論が交わされた。最も無難と思われる映画だが、
「うちに映画館並みのホームシアターが有るのに」
と言う希総の言葉で消えた。
「スポーツ観戦なんてどう?」
と万里華。長兄の西条総志からもらった試合のチケットが有るのだと言う。
「部員を何人か連れて行こうかと思ったけど」
「お前に誘われたら、変な勘違いをしそうだしな」
と春真が笑う。
と言う訳で一行が来たのは市内の体育館。バスケットボールのプロリーグの試合が行われている。
席に座ると万里華がバスケットを開く。中から出てきたのはサンドイッチである。
「もしかして、希総君が作ったの?」
「そうですよ」
「だから私が持ったんです」
と万里華。
「私も作ってこようかと思ったんですけど」
「希総は兄弟で一番料理が上手いから」
と春真。掟は男の兄弟の中で、だと思ったが、実際には姉妹を含めても一番なのだと後に知った。
「三人はバスケに詳しいの?」
と掟。
「まりーは高校のバスケ部で監督をやっているけど」
と春真。
「もしかして、誰を見に来たのか知らなかったんですか?」
と希総。
「私たちの目当ては西条総志選手です」
としれっと言う万里華。
「西条総志って。長男の?」
と目を丸くする掟。
「ほらあそこに」
と指さす方向にシュート練習を始めた総志がいる。
「今日は出るのかな」
「ホームの試合では必ず出るから。そうでないとチケットはくれないだろう」
「西条君って、まだ大学生でしょ」
「ええ。片桐さんよりも一級下だから、今年入学したところです」
「なのに、プロ?」
「特別指定選手と言って、学生でありながらプロとして試合に出られる選手が居るんです。兄は、高三から指定選手になっています」
「全然知らなかったわ」
「バスケってまだまだ社会的には知名度が低いですからねえ」
試合を見た帰り道。
「その眼鏡、新調しませんか」
と万里華。
「似合ってない?」
「あ、いや。出来れば全身コーディネートしたいところですけど」
話を振られた春真は言葉を慎重に選んで答えた。
「この二人に服を買わせたら、とんでもない金額に成るから。辞めておいた方が良いですよ」
と本気なのか冗談なのか判らない口調の万里華。
実のところ、掟の服装は滝川家で一度直されているのだ。今日はスポーツ観戦と言う事でかなりラフな格好だったのだが、千里の服を借りて多少の手直しを施していた。
と言う訳でやってきたのは御堂家傘下の眼鏡チェーン店。
「ここなら顔が効くから」
三人であれこれ見繕って、さて支払いと言う段に成ってひと悶着。
「僕にも半分持たせて」
と希総が言いだしたのだ。
「半分と言ったって、カード決済だろ」
春真も希総も現金を持たない、持たせてもらえず全てカード払いである。割り勘となると面倒な事に成る。
「同じモノを二つ下さい」
と万里華。二人が同じモノを買えば同額に成る。
「一個は予備として使えば良いでしょ」
眼鏡が仕上がるまでの時間を潰そうと歩いていると、公園で一対三の喧嘩を見掛けた。
「片方はうちの一年徒だな」
と希総。
「相手は西工の連中か」
と春真。
「二人して何を呑気な事を」
掟は、
「止めなさい」
といきなり仲裁に飛び込んでいった。
余りの事に反応が遅れた希総に対して、
「世話が焼けるなあ」
言葉より行動派の春真は即座に反応して間に割って入る。それも飛び蹴りと言う派手なやり方で。
「この喧嘩、俺が預かる」
と一喝してその場を鎮めた。
「無茶しないで下さいよ」
一歩出遅れた希総は遅れて掟の肩を押さえて強く諌める。
「喧嘩を止めるにも適切な作法が有るんですから」
「御免なさい。つい、反射的に」
としょげ返る掟。
「手を貸さなくて良いの?」
「奇襲で一人倒しましたからね。あの人数なら負けませんよ」
と言いながら相手をスマホで撮影して何やら操作を始めている希総。
「てめえら、俺たちが誰だか・・・」
と凄む不良たちに、
「西工業の加賀美君に田牧君。そして蹴り倒されてのびているのが鶴来君。だろ」
と微笑みかける希総。
「君たちこそ、誰を相手にしているのか知っているかな。ねえ、九代目」
女性二人は何の事だかわからなくてキョトンとしている。対して男二人は、一瞬の間が有って蒼白になった。意外だったのは、三人組と対峙していた少年も反応を見せたことだ。
三人組は、と言っても起きているのは二人だけだが、完全に戦意を喪失したので、
「大人しく引いてくれれば余計な怪我人を増やさずに済んで、俺も助かる」
と春真が左手の裾をめくって獅子王の腕輪をちらり。
「失礼しました」
二人は倒れている一人を抱きかかえて走り去った。
「ナイスアシスト」
春真は左手の親指を立てて弟の方に突き出す一方で、残った一人に向かって、
「大丈夫かい、少年」
と笑い掛ける。
「余計な事を」
と強がる少年に、
「いくら腕に覚えが有っても、三対一で戦うのは利口なやり方じゃないな」
と春真。
「何が有ったか説明してもらえないかな?」
と希総。
「あの連中が女の子に絡んでいたので、注意したら」
「成程。君も片桐さんと同じタイプだったか」
と言われて苦笑する掟。
「あの三人組は、ちょっとばかり女癖が悪いけど、基本的に無害だ。君のやった事はまさに余計なお世話。もう少し状況を良く見定めてから行動することをお勧めするよ」
と苦言を述べる。
「判ったのかな。竜ヶ崎麗一君」
まだ不満そうな麗一に念を押す希総。
「俺の名前まで」
「君の名前は調べるまでも無かったよ。入学式で見掛けたばかりだからね。僕は二年の神林希総だ」
と右手を差し出す。
「同じく三年の御堂春真だ」
とこちらは左手だ。
両手を取られて困っている麗一。
「大きくなったわねえ。麗一君」
と声を掛ける万里華。麗一の父規弘は瀬尾代議士の警護主任、万里華の母千里は政策秘書、と言う関係で幼い頃からの顔見知りなのだ。
「万里華さん。じゃあこの二人は本物の・・・」
とその先を指で制して、
「やんちゃしちゃ駄目よ」
と万里華に窘められてすっかり大人しくなった麗一。すごすごと帰って行った。
「噂をすれば、と言うけれど。姉じゃなくて弟の方と出くわすとは」
とつぶやく春真に、
「姉の方とは縁が無かったんだろうね」
と笑う希総。
「良いコンビねえ」
と感心する掟。
「中学までは一緒にバレーボールをやっていましたからね。希クンがトスを挙げて、春クンが打つ」
「それぞれ適任ね。春真くんはどうして辞めちゃったの?」
「色々と理由はあるんでしょうけど、春クンは基本的にトップにいて力を発揮するタイプだから、高校に入ってまた一年生からの下積み生活に耐えられなかったんでしょうね」
「希総君は?」
「希クンは、どの地位にあっても自然に頭角を現すタイプ。見方を変えると、組織の中にいないと生きないとも言えますね。逆に春クンは一人でも平気なタイプ」
「良く見ているわねえ」
「私は兄弟の中でも、みんなから距離を置いて育ってきましたから」
「貴女もそうだけど、年の違いからくる引け目は感じなくて済みそうね」
万里華は年齢よりも大人びて見えるので、掟と同年齢、下手すれば上に見られてもおかしくない。内面についても、掟は勉強ばかりやっていて、世間知らずな面が有る。それに比べると、希総も春真も社会経験は同年代に比べて豊富だ。
掟を滝川の家に送ってお開きの筈だったのだが、
「二人ともここから歩いて帰るの?」
「ええ。三十分くらいですから」
と希総。
「車で送って行くわよ」
と掟が言うと、
「大丈夫ですか?」
と春真。
「失礼ね」
「けど。僕ら二人を乗っけて事故ると、大問題ですよ」
「そんなプレッシャーを掛けないで」
と言う訳で、何やら二度手間の様ではあるが掟の車でマンションまで送ってもらうことになった。
「仲が良くて結構なことだな」
帰ったら兄の矩総にからかわれた。
明くる月曜日。春真の教室に麗一が訪ねてきた。
「ランチは取ったかい?」
春真は麗一を連れて部室に向かった。
「そんなんで足りるか?」
麗一は菓子パン二つ。
「うちの親は料理とか得意じゃなくって」
と春真のお弁当をちらり。
「先輩のは誰が作っているんですか?」
「中学までは母が作っていたけど、今は主に妹かな」
麗一は御堂家の家族構成を知っているので、御堂真梨世を想起したが、この場合の妹は腹違いの西条恭子である。真梨世も料理が出来なくはないが、恭子には及ばない。腕前は悪くないが手際が悪いので、朝の短時間で弁当を作るのは不得手だ。その代わりに時間に余裕がある夕飯を担当している。そして朝食は兄弟の中で一番得意な希総の役目だ。夕飯に関しては部活動で帰宅が遅くなる為に回避している。
腹を満たした後、
「さて本題に入ろうか。何を聞きたいんだい?」
「獅子王についてです。九代目」
「親父さんは教えてくれなかったのか?」
「やっぱり。父も関係者なんですね」
聞いてみたけどはぐらかされたらしい。
「成程」
春真は左の袖をまくって例の腕輪を見せた。
「数字の下に校章が刻まれているだろ。ローマ数字の一の下に南高の校章。二番は空白で三番目が西工業。以下八番まではずっと西工業で、九番目が再び南高、つまり俺だ」
麗一は黙って頷くが、
「これ以上は、当時を知っている当事者を紹介するよ」
と言われ、
「え、教えてくれないんですか」
と不満そうだ。
「獅子王に関する伝説は伝聞が多くって、真偽のほどは不明。それに君が本当に知りたいことは俺には教えられないと思うよ」
放課後、春真は麗一を連れてマンションへ向かった。
「ここだよ」
二人が入ったのは総一郎の店である。
「なんだ、春真か。お前が来るのは珍しいな」
幸いにも接客に出ている時間帯だった。
「客を連れて来たんだけど」
「どうも」
「やあ。麗一君か。もう高校生に成ったんだな」
総一郎はレジを任せて個室の喫食室へ移る。
「獅子王について聞きたいと?」
ケーキとコーヒーを勧めてくる総一郎。
「とりあえず、二代目が何で空席なのか。辺りから」
「瀬尾さんが初代なんですか?」
「順を追って話そう」
先ずは瀬尾総一郎が獅子王に祭り上げられた経緯から。
「俺が南高で副会長をやっていた頃。うちの生徒が西工の生徒に絡まれて、そのトラブルを解決する為に俺は単身西工へ乗り込んだ。いわゆる獅子王伝説では俺が数十人を相手に大立ち回りを演じたことに成っているんだが、実際に俺がぶちのめしたのは四人。それも一対一でだ」
当時の西工のトップだった桐原の下にいた四天王と名乗る四人。それを総一郎は言葉巧みに一対一のタイマンに引きずりだして、派手なやり方で倒した。
「桐原と言う男は腕だけでなく頭も切れるやつで、俺と戦って勝っても得るものは無く、負けたら失うものが大きいと覚って譲歩案を出してきた。それが獅子王の称号だ」
「なんでそんな廻りくどいことを?」
と麗一。
「簡単な事だ。俺個人がいくら強くても、俺が一人加わっただけではインパクトに欠ける。逆に俺一人の下に西工が丸ごと付いたとなったらその宣伝効果は計り知れないだろ」
「確かに」
「このアイディアに反対しそうな跳ねっ返りの四人はその場でのびているから問題なし。虚名を過大に膨らませて利用するやり口は、その後政界に入ってから大いに参考にさせてもらったけどな」
とにやり。
「さて問題は俺が卒業した後だ。膨れ上がった獅子王の虚名を利用しようと言う輩が何人も現れた。我こそは二代目獅子王と名乗る連中の抗争に巻き込まれたのが錦規弘。つまり君の父上だよ。人一倍正義感の強かった錦は、二代目を名乗る連中を片っ端から倒して、三代目を名乗った。獅子王の名が制度として固まったのは錦の所為だな」
「麗一君が知りたいのはその先だろ」
と春真。
「獅子王にあこがれを抱いた美少女剣士が登場する。名前を竜ヶ崎麗那と言うが、これが君の母上だな」
母の名前が出た時にはちょっと照れくさそうになった麗一。
「彼女は俺が獅子王だったことを突き止めて接触して来たんだが、彼女の知る獅子王は俺と錦、初代と三代目の話がごっちゃになっていた。その辺を整理して良く考えろと諭して」
「その先は知っています。竜ヶ崎の道場を巡る戦いに父が助太刀して、それが二人を結びつけるきっかけに成ったと。ただそこに至るパーツが欠けていたのが気に成っていたんです。つまりは瀬尾さんが二人を結びつける役割を果たしたんですね」
「厳密に言うと、最初に二人をくっつけようと画策したのは矩華なんけどな」
竜ヶ崎夫妻が馴れ初めに関して総一郎の関与を伏せたのは、総一郎のハーレムに関しての機密に抵触するからである。
「ちょうど三年前に成るのか、高校に入学した俺の息子に獅子王の座を返上しようと言う計画が有って、矩総が竜ヶ崎に獅子王についての話を訊きに言ったっけ。三年経って、今度は俺が竜ヶ崎の息子に向かって獅子王の成り立ちを語ることになるとはねえ」
「じゃあ御堂先輩が九代目に成ったのは、代理継承と言うことですか?」
「まあそんな所だよ」
この時点では、麗一は二人の本当の関係を知らない。
その日以来、御堂春真はしばしば剣道部に顔を出すようになった。
「また来たのか」
同学年の主将は嫌そうな顔をする。
「御堂先輩と何かあったんですか?」
と剣道部期待の新星である竜ヶ崎麗一。
「ああ。あいつはバレーで全中に出たほどの選手だったんだが、高校ではバレーはやらないと成って、他の運動部が勧誘に集まったんだが」
「自分よりも下手な奴を先輩と呼びたくない」
と豪語して、すべて断ってしまったのだ。
「うちの当時の主将もあいつに挑んで返り討ちにあっている」
とため息をつく。
「なにせ新しい生徒会長が部活動の予算を実績本位で配分すると言いだしたから」
その制度は次の執行部にも引き継がれている。
「で、御堂先輩はどうしたんですか?」
「あいつは軽音部に入ったよ」
「あれ、軽音部なんてありましたっけ?」
と首をひねる麗一。
「翌年には電脳研究会と合併して動画政策研究部に改名したからな」
「その軽音部の先輩は凄かったんですか?」
「卒業してプロに成ったって聞いたけど」
「それはレベルが高い」
軽音部の先輩をプロモートしたのは春真本人だが、そんな裏事情を主将は知らない。とは言え全ては実力が前提なのは間違いない。
「御堂先輩、お相手願えませんか」
と麗一。
「うちの先輩方は些か歯ごたえが無くて」
と春真の耳元に小声で語る。
「いいだろう」
こう言う事も有ろうかと胴着は、体育の授業で使っているものを持って来ていた。
「着替えてくるから、防具は用意しておいてくれよ」
戻ってくると、練習は中断して女子部員までギャラリーに加わっている。その中には春真が目当てにしていた麗一の姉麗華もいたのだが、すでに戦闘モードに切り替わっていた春真の目には入らない。
防具をつけると、
「さてやろうか」
春真は竹刀を二本掴んだ。
「正式な試合なら、一本は短いのを持たないといけないんだけどな」
「まさか、二刀流ですか?」
現行のルールでは、高校レベルでの二刀流は認められていない。麗一も二刀を相手するのは初めてだ。主将の方をちらりとうかがうと、
「一昨年の主将もこれでやられたんだよ」
と苦笑いする。
「決着方法は?」
と審判に立った主将に訊かれ、
「決まっているだろ。時間無制限一本勝負だ」
それを聞いてやっぱりな、と言う表情に成る主将。
「望むところです」
二刀で一番厄介なのは防御に徹して引き分けを狙われることだ。だが長引けばスタミナに関しては春真の方に分が有る。
「始め」
左利きの春真は左足を一歩前に出すと、右手を上段に振りかぶり、左手は中段に構えて間合いを取る。少なくとも構えからは素人とは思えない。実際、中段に構えた左手一本で攻防をこなしていた。
「これは二対一で戦っている様なものだ」
どちらか一方であれば麗一の敵ではない。麗一が攻めきれないのは上段に構えた右手に意識が取られていたからである。右手は牽制の為と頭では理解できたが容易には踏み込めない。バレーのエースアタッカーだった春真の打ち下ろしは侮れない。
だが普通の二対一と違うのは、二体が完全に連動して動いていると言うこと。これは長所だが、その一方で目の前の敵を倒せば残りの一人も無力化すると言う弱点にもなる。
麗一はそこまで頭で考えて動いた訳ではない。彼の身に染みついた竜ヶ崎一刀流の流儀「攻撃は最大の防御」に徹しただけだ。
二人の体がぶつかりすれ違う。旗は麗一の方に上がった。判定に不満そうなのは勝ちを宣告された麗一の方で、春真の方はさばさばと一礼して背を向けた。
防具を外して壁際でくつろいでいる春真に、
「あれは相打ちでしたね」
と声を掛けてきた美少女。
「二刀流は当たり判定が辛いからね」
と答える春真。
「あ、名乗りが遅れました。一年の・・・」
「竜ヶ崎麗華さんだろ。麗一君のふたごのお姉さん。ご両親とは何度か会った事あるよ」
「もしかして、御堂先輩ってあの御堂の御曹司の?」
と訊き返されて、
「そうだけど」
逆に当惑している春真。
「俺が名乗ると、いつもイメージと違うって顔をされるんだよなあ」
「確かに先輩は如何にもな御曹司ではないですね」
と笑う麗華。
「如何にもな御曹司か」
御曹司と言って春真が真っ先に思いつくのは弟の希総だが、
「どっちかと言うと、俺は悪い意味で当てはまりそうな気もするけどなあ」
春真は勉強も運動も出来るが、要領が良過ぎてお坊ちゃんぽくない。その辺が逆に父の総一郎に「俺に一番似ている」と言わしめる所でもあるのだが。
「剣道も素人じゃないですよね?」
「色々やった習い事の一つで、中一で初段を取って辞めた」
「そう言うところはお坊ちゃまらしいんですね。でも何故辞めたんですか?」
「表向きはバレーボール専念する為だけど、剣道の初段って満十三歳からだろ。俺は三月生まれだから、俺より弱い同級生が先に初段を取って行くのが我慢ならなくって」
それでも初段を取るまで我慢したのが如何にも負けず嫌いなところだ。
「勿体ないですね。そのまま続けていればうちの弟の良きライバルに成ったでしょうに」
「それはどうかなあ。俺は背負っているものが大きいから、剣一筋って訳にはいかない」
「それにしては堂に入った二刀流でしたね」
「俺は左利きだから左手に力が入り過ぎる嫌いが有った。それを見た師匠が、それを逆用する手として二刀流を提案してきたんだ」
「随分と大胆な指導ですね」
「かの剣豪宮本武蔵も左利きだったと言う伝説が有るしね」
武蔵は芸術面にも才能を発揮したと言うが、その意味でも春真は武蔵に通じる。武蔵は絵画なのに対して、春真の才能は音楽であるが。
「ところで、俺と話し込んでいて良いの?」
「大丈夫です。この部には男子部も含めて私より強い人は居ませんから」
つまりは彼女の弟も現時点では彼女より弱いと言うことだ。
「なんでうちの学校に来たの? この辺りで一番強いのは北女だろ」
「あの久世希理華さんの居ない北女に入っても仕方ないですから」
三つ違いなので高校ではすれ違いである。
「君と希理華さんの戦いは見てみたかったな」
「お知り合いですか?」
「色々と関係はあるけど、ここでは師匠の娘と呼ぶのが一番ふさわしいだろうね」
「そうですか」
訝しげな麗華の視線を交わす為に、
「君たちって段位は?」
と話を逸らす。
「まだ取っていません」
「まだって事は、取る気はあるんだ?」
竜ヶ崎姉弟の母麗那は女子剣道界に君臨する無敵の女王だがいまだ初段である。
「私は後継ぎじゃありませんから」
麗那が昇段試験を固辞するのは、竜ヶ崎一刀流の後継者として他人に審査される立場にないと言う主張だ。
「出来る姉を持つと弟は苦労するな」
春真は身近にいる西条家の姉弟を思い出して苦笑した。
初めは春真と麗一だけで話を構想していたんですが。




