獅子王とマドンナ
瀬尾矩総、入学から最初の日曜日。
「俺らとで良かったんですか?」
と三人組。
「何で?」
「いや、デートとか」
「登録制度で拘束されるのは校内だけだよ」
「じゃあ休日は浮気し放題?」
「人聞きが悪いなあ。一人頭二週間しかないのに、全員と校外デートなんてできないだろ」
だから誰ともしないのが平等だと言う理屈だ。
「ドライですね。まあそれくらい割り切らないとクラスの女子全員と梯子交際なんてできないか」
矩総は三人の案内で生まれて初めてゲームセンターに足を踏み入れた。昔なら周囲の雑音を処理しきれずに頭痛を起こしていただろう。
「なるほど。そうやるのか」
後ろからやり方を観察して、
「じゃあやってみるか」
矩総がトライしたのはシューティングゲームだ。初めてだというのに手慣れたプレイだ。人がやっているのを見よう見まねで覚えてしまう。その呑み込みの早さは驚異的だ。
「一目見て出来ると思ったことは出来る。出来ないと思ったことは出来ない」
と嘯くが、
「出来ないと言っても単純に現時点でのスペックが不足しているだけだが、埋められる場合とそうでない場合がある。筋力不足なら鍛えれば良いけど、身長が足りないのはどうしようもないからね」
初回でかなりのハイスコアを叩き出した矩総だが、
「一回やれば充分かな」
とコンティニューはせずに席を立った。
格闘系、ガンアクションと一通りの種類を体験して、
「面白いけど、時間の無駄だな」
とバッサリ。
外に出るとガラの悪い三人組に声を掛けられた。
「よう、久しぶり」
目当ては矩総ではなく連れの三人組らしい。
「知り合い?」
と聞くと、
「中学の先輩で」
と表情が曇る。それでどういう関係かが一発で判った。
「お前らにしては毛色の違う連れだな」
と一人がこちらに近づいてくる。
「兄ちゃん、金貸してくれないかな」
「いくら入用ですか?」
と気軽な応対に、
「そうだな。これくらい」
と指を三本。
「三百万ですか?」
「随分とお坊ちゃまの連れだな」
と笑う。
「利子は十一ですけど」
と笑い返す。男の表情が変わった。
襟元に伸びてきた男の手を掴んで軽くひねる矩総。そのままためらわずに関節を決めてそのまま肩を外す。
「何をしやがる」
残りの二人も異変に気付く。
「カツアゲするなら相手を選ぼうね」
と以前微笑みを絶やさない矩総。
「彼らに借りがあるなら、この際きっちり清算してくださいね」
と言いながら歩み寄る。
殴りかかってきた二人目を軽くいなしてボディへショートフック。一撃で悶絶させる。
三人目は、
「舐めるな」
ナイフを取り出した。
「そんなもの使えるんですか?」
矩総は笑みを消した。
「何?」
「人を殺す覚悟があるんですか。と聞いているんです」
と臆することなく近づいてく。
「来るな」
混乱した男はでたらめに振り回すが、矩総はそれをやすやすとかわしてその手を掴む。
「それじゃあ、人は殺せませんよ。ナイフは振り回すんじゃなくて突くんです」
と言って腰のあたりに構えさせて、
「さあ、どうぞ」
と手を放して二歩後退して両手を開く。男が覚悟を決めて一歩踏み込んだ瞬間に下から矩総の足が飛んできてナイフを蹴り飛ばす。
それを呆然と眺める男に一気に接近して顔面を殴打。そのまま後ろに倒れこむ男の首の後ろに足を差し込んで地面すれすれで止める。
男は気を失っていて、
「このまま頭を打つを危ないからね」
足を抜いて立ち上がると蹴り上げたナイフを空中で掴み取る。
「まだやるかい?」
先にやられた二人は地に伏したまま既に戦意喪失状態だ。
「そろそろ出てきたらどうですか?」
路地の奥に潜むもう一人に声を掛ける。
「僕がこのゲーセンに来た時からずっと見ていた様ですけど、彼らをけしかけたのもあなたですか?」
「いや、声を掛けるきっかけを探っていたら、こいつらが先に動いたので」
と言ったとたんに矩総は持っていたナイフを投げつけた。
「意外に喧嘩っ早いな」
男はそれをあっさりと受け止めた。
「なるほど。こいつら雑魚とは格が違いますね」
男に殺気が無い事を確認すると携帯を取り出して、
「車を一台回してください。僕を含めて四人乗ります」
男を振り向いて、
「彼らを病院に運びますので用があるなら日を改めて」
「そうするよ」
男は姿を消した。
「あの人は」
今まで息をひそめていた田尾が口を開いた。
「知り合いかい?」
「八代目です」
「なんの?」
「獅子王。この辺りの何というかまとめ役ですよ」
「こんなチンピラが、跋扈しているようではまとめているとは言い難いねえ」
と苦笑する矩総であった。
程なくして車が到着。倒れている三人を御堂病院に運んで処置を頼んだ。
「春真君が収まったと思ったら今度は矩総君なの」
と苦笑する不破女医。
「降りかかる火の粉ですよ」
とクールに返す矩総であった。
その翌日、学校支給の携帯端末に生徒会から呼び出しが入った。行ってみると一組の級長である兄西条総志も居た。クラス委員長全員の招集かと思ったが、
「揃ったわね。一年五組瀬尾矩総君、一年一組西条総志君。あなた方二人に獅子王からの招待状が来ています」
と生徒会長。
「何か心当たりは?」
矩総が答えようとするより先に総志が、
「何なんですか、その獅子王ていうのは?」
と聞く。
「良く知りません」
と会長。
「代々の申し送りで、協力するように言われているんです」
と困惑の様子だ。
「この学区を守る自警団みたいなものと解釈していますが」
「だったら一般生徒に危害を加えるようなことはありませんね」
と安堵の表情雄浮かべる総志。気は優しくて力持ちな総志は余り喧嘩は得意ではない。弱い訳では決してないが。
「西条君。お姉さんとは似ていないわね」
「うちの姉貴を知っているんですか?」
「私女子バレー部に所属しているの」
「殿崎会長は副主将だよ」
と矩総が付け加える。
「女関係は情報が早いな」
と総志が茶化す。
「真夏伯母さんと貴志叔父さんの結婚式で、一緒に花束贈呈をやったんだよ」
と説明する矩総。
「と言うと御堂家の関係者?」
「会長は御堂系列の殿崎食品のご令嬢で、当然、僕らの関係も知っている」
なるほどと頷いて、
「あれってお前が三つの年だろ。当時と今じゃあ大分印象が変わっているだろうに」
矩総の記憶力については良く判っている兄だが、
「流石に見覚えが有る程度で、母さんたちに確認したよ」
「さっきの話ですが、男の俺が母似で女の姉が父似なんですよ」
「お母様。西条志保美さんね」
「母もご存じで?」
「面識はないけど、永瀬瀬尾時代の風紀委員長でしょ。生徒会にも記録が残っているわ」
「その名称を聞くと母が複雑な顔になるんですよね。父のおまけみたいだって」
一同笑い。
「とにかく、気を付けてね」
と言いながら招待状を二人に手渡す。
「この件は総美姉さんにはくれぐれも内密に」
と矩総。
「そうね。余計な心配を掛けちゃうから」
「いえ、そうじゃなくて」
と苦笑して、
「あの人の性格だと、自分も行くって言い出しかねないので」
二人が向かったのはとある山の上の寺院。
「お前は心当りがあるみたいだな」
「あ。気付いてた?」
「嘘はダメと言っても、馬鹿正直にすべての情報を話す必要はないぞ」
と諭すような口調。
「その辺の加減が難しいんだよね」
まだまだ対人スキルは発展途上な矩総である。
「なるほど」
昨日の事件について説明を受けた総志は、
「俺を戦力として期待するなよ」
「大丈夫だよ。僕は話してわかる相手とは喧嘩しないから」
裏を返せば、話してわからない相手には拳を使う事を躊躇わないという事でもある。
山門の入口で招待状を見せると裏の本堂に案内された。中には三人。正面に一人、向かって左手に一人。そして向かって右手に昨日出会った八代目が座している。
用意された座布団に座ろうとする兄を制止して、
「この配置は気にりませんね」
と早くも喧嘩腰だ。
「呼び出されただけでも気に入らないのに、これじゃあまるで僕らが頭を下げに来たみたいだ」
「何を」
といきり立ったのは左手の男。しかし正面の一番の最年長の男は、
「それは尤もだな」
と腰を上げて、右手に移る。それを見て左手の男もその隣へと席を移した。三人の間で席次の譲り合いが起こったが、最初から座っていた八代目を先頭に据えて次に正面の男、最後は左手も男で落ち着いた。
「体育会系って面倒くさいなあ」
と言いながら対面に座った兄弟。此方は矩総が上座だ。
「さて、俺は八代目獅子王玄田哲治という。隣が六代目、次が先代の七代目だ」
「というとまだ上に五人も居るんですか?」
と総志。
「いや。二代目は欠番だからあと四人」
と六代目。
「うち一人乃至二人は君たちも知っている人物だと思うぞ」
と七代目。
「なるほど。うちの父ですか」
と矩総。
「何だと?」
と詰問口調になる兄に、
「僕たち二人を揃って呼び出す理由が他に思いつかなかった」
「初代のご子息をこうしてお招きできることは光栄の至りです」
と三人そろって頭を下げる。
「初代?」
「そもそも獅子王というのは当時の内のトップが瀬尾総一郎氏に奉った尊号で」
と言いながら現役の八代目は手首のブレスレットを外して見せてきた。
「なるほど」
歴代獅子王の校章が刻まれているらしい。三代目から八代目までは西工業、二代目の位置は空位を示すただの丸印で、一番古いのが南校の校章だ。
「こんなものいつ作ったんですか?」
「この手の金属加工が得意だった四代目が」
と答えた六代目。
「初代の一個だけが浮いてますね」
と総志。
「要するにうちの父にボコられて神輿として利用したって事でね」
とバッサリ。
「何せ二十年も前の話なので、当時の話は伝説と化していて正しく伝わっていないんです」
「二代目が空位っていうのは?」
と総志。
「瀬尾さんが卒業した後、その名前を受け継ごうという連中が乱立しまして。それをまとめて統一タイトルを継いだのが三代目の錦規弘大先輩。今は結婚して竜ケ崎姓を名乗っていらっしゃいますが」
実はこの三代目の改姓も混乱の原因だったのだが。
「竜ケ崎って、あの?」
「父の護衛役の警部さんだね。いやもう警視だったっけ」
「そう言う訳なんで、九代目を受けて頂けないでしょうか」
「嫌だ」
と即答の矩総。
「矩総がやるなら、九代目なんて中途半端な数字じゃなくて、それこそ空位の二代目を名乗るべきだよな」
と総志。
だがそうなると三代目以降の歴史が無になる。残念そうな三人に、
「喜んで受けそうなやつが来年入ってくるけど」
と矩総がポツリ。
「おい」
言うまでもなく二人の弟御堂春真の事だが、
「あいつは拙いだろ」
背負っている家の事も有るが、春真は公式には瀬尾総一郎の息子と名乗れない。が、瀬尾姓をなのる矩総が断ったなら、他の誰がやっても一緒だという見方もある。
ともあれ二人は就任を辞退してその場を立ち去った。
「ちょっと寄ってみようか」
と矩総。父が居るかも知れない後援会事務所へと足を向けた。
「先生は来客中で」
二人を出迎えたのは後援会長である永瀬貴矩。つまり矩総の祖父である。
「仕方ないな。竜ケ崎さんはいる?」
「自分が何か?」
と顔を出した竜ケ崎警視。
「ちょっと昔話を・・・」
「獅子王ですか」
竜ケ崎は遠い目をした。
「ここの事務所名もそこから来ているんですね?」
「初代も初めは乗り気じゃなかったようですが」
と笑う。
「自分は三つ下なので初代の現役時代は直接は知らないんですが」
「良いです。それは本人から聞きますから。今は三代目ご自身の話を聞かせてください」
と促す矩総。
「俺も巻き込まれた口なんですけどね」
普通の剣道少年だった錦規弘は行きがかり上獅子王継承戦争に巻き込まれて、成り行きで三代目を名乗ることになってしまったのだ。
「お蔭で今の妻と結ばれることになったんですが」
と頭を掻く。
「うちの両親が仲人をしたとは聞いたけど」
「女子高生時代の麗奈は獅子王のファンでして」
「それってどっちの?」
「当時から初代と三代目、つまり俺ですが」
と自分を指さして、
「逸話がごちゃごちゃと混じって伝わっていまして。麗奈は教生として母校に戻ってきた瀬尾総一郎に接触を試みたわけですが」
「その時点でハーレムは出来てた訳ですね」
と声を潜める矩総。
「ええ。その後欠員が出来たとか言って、姐さん。いえ永瀬矩華さんが麗奈を訪ねてきて、そこに行き会ったのが三代目。永瀬さんは初代の武勇伝について全くご存じなかったらしくて」
「僕も母から聞いたことありませんでした」
「何が聞いたことないって?」
父総一郎が入ってきた。
「初代の伝説について」
と三人が声を揃える。
「あれは竜ケ崎君が派遣されてきた直後だったか」
七代目がこの事務所の名称についていちゃもんを付けてきた事があった。
「それくらい、初代については曖昧模糊として伝わっていなかったらしい」
と笑う総一郎。
「あの当時の矩華に知らせなかったのは、力だけしか信じない連中も居るからだ。力と言っても腕力だけじゃないぞ。数の力というものもある」
「今やっているのはまさしくそれだね」
と理解の早い矩総。
「そういう事だな」
翌日。矩総は体育館に殿崎美琴を訪ねた。
「報告ならメールで良かったのに」
と言いながらも少しうれしそうな美琴である。
「無事な姿を直に確認してもらおうと思いまして」
と矩総。これは父からの入れ知恵である。
「そういう細かい心遣いが大事なんだ」
と総一郎。
「別に殿崎さんは本命じゃあ無いけど」
「何を言っている。何事も練習だよ。練習で馴れておけば本番、本命相手でも自然にできる」
「言っていることは尤もらしいけど、内容は女性の扱いですよね」
と隣で呆れている竜ケ崎。
「これは万対人関係に応用が可能なスキルだよ。矩総に一番欠けている、わざわざ学校に通わせてまで学ぶべき分野じゃないか」
この天才児は学業だけなら既に高校卒業レベルをクリアしている。
「肝に銘じておきます」
根が生真面目な息子である。
「聞いたわよ。クラス全員と付き合うんですって。この女殺し」
「いやあ。何事も経験ですよ」
と頭を掻く。
「残念だわ。私の入り込む隙間は無さそうね」
「本気で言っています?」
「年上で、その上自分より大きい女はダメ?」
と可愛く聞いてくる。
「年齢の事を言ったら、同級生は全員年上ですし」
身長については、以前別の子に突っ込まれたなあ。
「登録は校内だけの話なので、長期休暇中は空いてますよ」
と半ば冗談交じりに返したら、
「夏休みはインターハイがあるから」
「じゃあ応援に行きますよ」
「もしかして早目に負けた方が遊べる?」
「最後の大会なんでしょ。頑張ってくださいよ」
「そうね。勝ったらご褒美貰おうっと」
「贅沢だなあ。殿崎会長って才色兼備のお嬢様で、普通に三拍子そろった学園のマドンナだけど」
と兄に言われ、
「周囲にスペックの高い美女が居て見慣れているからあまり感じなかったな」
と返す矩総。
「総志兄さんは人の事言えないと思うよ」
と希総。
「全くだよ。すぐそばで美少女がアピール掛け続けているのにずっとスルーだったんだから」
と春真が同意する。
「もしかして、日野君の事か」
「何で今更君呼びなの?」
昔は姉に倣って「さーやちゃん」と呼んでいたのに。
「裏を返せば意識していたって事だよね」
と笑う希総。
弟たちに背中を押されてようやく告白に至る長兄であった。
ネタを突っ込みすぎて上手く消化できなかった。